78.公開グループ戦【4】
公開グループ戦――絶対コイントスも進み、両グループとも二点ずつ取り合い現在同点。
どちらが先に次の一点を取るかによって勝敗が決まるという終盤まで来ていた。
カジキのふざけた命令や質問はどちらも一点ずつ取り合っていた時だけ。
僕たちが二点目を取って勝利に王手をかけてからは顔付と口調がガラッと変わり、カジキにスキル『リバース』を巧み使われ、あっさり追い付かれてしまった。
「それにしても、さっきまでとは別人ね」
リアのそんな呟きに、僕も呟くように「ああ、そうだな」と返事を返す。
本当に最後までふざけていて欲しかったと思うぐらい今のカジキは別人。
先ほどまでのバカ丸出しはどこに行ったのやら。
周りから「ペンギンペンギン」と言われていただけの実力はあることは間違いない。
「これは困ったな」
「そう困ることないさ! どうせ次で終わるからな!」
カジキがそう言いながら鼻で笑う姿を一目して、僕は今日何度目から分からないコイントスを行う。
宙に舞うコインはもう見慣れた光景で、周りの人々も目の前の三人、横の二人すら目で追うことはない。
だが、僕だけは目で追い、落ちてくるタイミング角度を脳内で計算する。
突発的な強い風が吹くこともなく、計算通りコインは僕の手に向かって落下。
僕はその落下するコインを瞬きすることなく、見続けながら手の中へ収めた。
そのままコインを取った時の上の手である左手をコインから離し、コインを露にする。
「えっ……は? どうなってんだよ、それ……」
僕の右手の中にあるコインの姿に見て、目を見開きながらそう言うカジキ。
暇そうにしていた周りも急に体を前のめりにし、僕の右手に視線を向ける。
「これはこれは、まさかこんなことになるとは僕も予想外だよ」
「よく平然とした表情でそんなことが言えたもんだな。コインが掌の上で立つとか普通はありえねぇーよ!」
今カジキが言った通り僕の右手の掌の上にコインが立っている。
もちろん、バランスを保つために掌を軽く折り曲げることなどしていない。
そんなことをすれば、誰だって文句を言うはずだからな。
「こういうことを奇跡と言うのかな?」
「知るかよ、そんなこと。てか、もうそんな茶番はいらねぇーよ!」
あらら、茶番とか言われちゃったよ。
カジキの奴「奇跡だ、凄い!」の一言ぐらい言ってくれてもいいのに。
ノリの悪い奴だ。
そんな僕の気持ちも知らず、カジキは言葉を続ける。
「で、コインが立った場合はどうなるんだ?」
「その説明は最初にしたはずだぞ?」
「は? してねぇーよ!」
「はぁ……これだから話を聞かない奴は困る。仕方ないからもう一度だけコイントスの結果の説明してやるよ」
一度、呼吸を整え、僕は口を開く。
「もしコイントスの結果、『見える面』が『表』だった場合、コイントスをしたグループが相手グループに対して、座ったまま行えることなら何でも命令することが出来る。
相手グループはその命令されたことを絶対に行い、成功すれば一点、失敗すれば得点はなしだ。
一方コイントスの結果、『見える面』が『裏』だった場合、コイントスをしたグループが相手グループに対して、YESかNOかで答えられる質問をすることが出来る。
相手グループはその質問を絶対に答え、その答えがYESなら一点、NOなら得点はなしだ。
質問の答えが嘘だった場合は得点が一点減点となる」
僕は「見える面」という言葉と「表」「裏」という言葉を強調してカジキに丁寧にそう言う。
すると、カジキはやっと気付いたようで、顔を分かりやすく曇らせた。
「つまり、見える面が両方の場合、命令も質問も行えるということか……」
「そういうことだ」
僕はそう言い終えると鼻で笑い、口元を緩める。
コインが立つということはこの絶対コイントスにおいて二回攻撃できるということ。
加えてコインが立ってしまえば、カジキのスキル『リバース』も意味を持たない。
「けどさ、命令と質問どちらも出来るということは、得するのは俺たちの方じゃないのか?」
カジキの言う通り二回攻撃にメリットがあるのはカジキの方だ。
むしろ二回攻撃と言いながらも、僕たちにはデメリットしかない。
だがしかし、僕がそんなことを知らずに、わざわざコインを立てるわけがない。
つまり、僕はちゃんとした理由があったから、意図的にコインを立てたのだ。
「心配してくれているなら、ありがとうとでも言っておく。だが、それは命令されたことを成功した場合か、質問でYESと言えた場合だろ?」
「まぁそうだな。じゃあ、命令でも質問でも好きな方からしてくれや」
「もちろんそのつもりだ」
僕はそう言い、一度椅子を引いて座り直す。
その瞬間、リアが僕に体を寄せてきて耳元で囁く。
「ゼロ、大丈夫なの?」
「ああ、問題ない。リアは昨晩言った通りにしておいてくれ」
「わ、分かったわ」
それだけ言うとリアはもう話しかけてくることはなかった。
サラの方は胸の大きさで勝った嬉しさはそろそろ落ち着いてきたようで、いつもの表情で水を飲んでいる。
相変わらずマイペースな奴だ。
それよりも公開グループ戦も仕上げといきますか。
というわけで、僕は視線をサラから目の前の三人へ移動させて口を開く。
「じゃあまずは質問からだ」
「減点狙いか?」
「さぁーな」
僕とカジキは目と目を合わせながら、軽い駆け引きをする。
そして僕は軽く口角を上げて口を開いた。
「では質問だ。マーキュリーと出会って喋ったことはあるか?」
「……」
カジキはマーキュリーという言葉を聞いた瞬間、息を呑み目を分かりやすく泳がせる。
クリオネはタバコを落とし、ずっと目を閉じていたジンベイは瞼を上げた。
周りもルールを気にして騒ぎはしていないが、小声で何か話しているようだ。
やはりマーキュリーという存在、言葉はGレイヤーではタブーなのかもしれない。
長い長い沈黙が僕とカジキの間を流れる。
カジキは何度か喉まで言葉が出かかった仕草を見せたが、未だに口から言葉は出ない。
そんなカジキを僕はほとんど瞬きせずに見つめ続ける。
僕の視線にカジキは何故か慌てながらも、あるはずもない助けを待っているという感じだ。
「カジキ、質問を答えるまで残り十秒だ。十、九、八――」
「なっ!?」
僕のその言葉を聞き、カジキの表情は一変。
カジキの目は遊園地のコーヒーカップに乗った後ぐらいクルクルと回っている。
だが、周りの人々はもちろん、グループメンバーさえも助ける仕草を見せない。
カジキは流石に危機感を覚えたのか、グループメンバーに対して無言で必死に助けを求めてるが、目を逸らされて反応すらしてもらえてない。
現実とは残酷だ。
見ているだけで可哀想と思えてくる。
が、僕のカウントダウンは止まらない。
「――三、二――」
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁあ……YES!」
カジキが頭を抱え、苦しみながら口から出した答えはまさかのYES。
その瞬間、空気は自然と凍り付いた。
「なるほど。YESか」
「そ、そうだぜ! YESだ。こここ、これで俺たちの勝――」
「減点だからそれは嘘だな」
「は? 嘘じゃねぇーよ! 本当だ!」
「じゃあマーキュリーの男女比率と話した会話内容を教えてもらおうか」
「質問はYESかNOだろ? そ、そこまで話すルールはねぇ!」
動揺している割には意外と冷静に言葉を返してくるカジキ。
だが、もう詰んでいる。
「確かにそうだが、今カジキは減点になったのに嘘じゃないと言ったぞ。それっておかしいくないか?」
「減点になった?」
「ああ、僕はさっき言っただろ? 『減点だからそれは嘘だな』って。つまり、減点された=YESという回答が嘘だったのにもかかわらず、カジキは嘘じゃないと言ったってことだ」
「チッ、そういうことか……ああ、そうだ。嘘だ、マーキュリーなんて見たこともねぇーよ」
「やっぱりそうだったか。嘘と言ってくれてありがとうな」
「えっ?」
僕の顔を歪んだ顔で見るカジキ。
全く、どこまでも面白い奴だ。
ふざけなくてもここまで面白いとは感心する。
「減点なんて誰が決めるんだよ。最初からこの公開グループ戦の得点管理は僕たちの口頭でしかしてないぞ?」
「てめぇ、俺をハメたのか?」
「いや、カジキが勝手にハマっただけだろ」
僕はそう言葉を口にして、ニヤッと口角を上げる。
それを見たカジキは狂ったように叫び、頭をかきむしる。
酷い様だ。
「気にするな。まだ命令が残っている」
「……」
手を頭に乗せながら無言でこちらを睨みつけるカジキ。
僕はその睨みに対して微笑みを返しながら口を開く。
「そう心配するなよ。命令はただこの紙を破るだけだ」
僕はポケットから『個人イベント~ラックを殺せ~』と書かれたあの指名手配書のような紙を取り出してカジキに渡す。
「あん? 個人イベント~ラックを殺せ~? 何だよ、これ……」
カジキはブツブツとそんなことを言いながら、僕の命令通りに紙をぐちゃぐちゃに破る。
数秒後、カジキが紙を破り終わり、重い口をゆっくりと開いた。
「これでいいか?」
「ああ、これで同点だな」
「チッ、意味が分からねぇー! 減点して得点させるとか舐めてんのか?」
「いや、そんなことはない。それよりも次はカジキがコイントスをする番だぞ?」
「あー、分かってる。やるよ、やりますよ」
かなりイライラしながら、カジキは適当にコイントスをする。
出た面の色は……黒(裏)。
だが、カジキはスキル『リバース』を使い、出た面の色を白(表)へ。
「俺がするのは命令だ!」
「見たら分かる。で、何を命令する?」
そう聞くと、ニヤッと笑みを浮かべて舌で唇を舐める。
それから数秒後、沈黙が訪れると急にカジキは腹を抱えて笑い出した。
それには周りもカジキの横にいた二人、僕たちラックも驚きを隠せない。
僕たちの驚いた顔を見て満足したのか一度笑い声を止めて口を開いた。
「俺はゼロに命令する」
カジキのニヤケ面を見る限り、無理難題な命令をすることは間違いないだろう。
だが、僕はどんな命令をされたとしても、この命令を成功させて公開グループ戦を終わらせるつもりだ。
なぜなら、もう公開グループ戦にやり残したことはないのだから。
これ以上はただの時間の無駄でしかない。
少し沈黙が訪れた後、カジキがゆっくりとニヤケ面のまま口を開く。
「さっきサラが持っていた拳銃で、自分自身の心臓に銃口を向けて引き金を引け!」




