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62.サラという名の『鍵』

「ねぇ! 私の赤色のバラ柄の下着がないんだけど! 盗んだでしょ!」

「……ん? お、あがったか」


 僕は少し寝ていたようで、体を起こしてぼやけている目を手で軽く擦る。

 と、そんなことをしていたら、いつの間にかリアが目の前に来て睨んできていた。


「ちょっと聞いてた? 盗んだでしょ!」

「僕じゃない。で、それはどこに置いてたんだ?」

「今朝、洗濯機に入れておいて、お風呂に入る前に脱衣所に置いてたのよ!」

「じゃあ、犯人はココじゃないか? 僕は見ての通り寝ていた」


 ココがそんな大胆な犯行に出るとは思わないが、ここは僕の被害を抑えるために盾になってもらうことにする。

 実際、本当に盗まれていたなら、宿側であるココたちの責任だからな。


「ココがそんなことをするはずがない! 犯人はゼロしかいないのよ!」

「何で断定してるんだよ。僕が盗んだ証拠は?」


 そうだ、証拠がないのにそんなことを言われても困る。


「盗んだ人は大体そんな感じで『証拠は?』って聞いてくるのよ!」

「理不尽だ」


 理由としては滅茶苦茶。

 ただ僕を犯人にするための悪魔的な言葉でしかない。

 酷い。これは酷い。


「それに前からいつか盗むと思っていたのよね~」

「何それ? 喧嘩売ってるの?」

「だって、私の体をいつもエロい目で見てるじゃん!」


 え、だって、リアの体がいつもエロいからじゃん!

 って、そうじゃなくて何でリアみたいな変態に「いつか盗むと思っていた」とか言われなくちゃいけないんだ。


「それとこれとは話が別だろ」

「あ、やっぱり……エロい目で見てたんだ! さ、最低……」


 そんな引くような目で見ないでくれ。

 僕を凍らせるつもりなんですか?

 瞳の冷たさを例えるなら、水風呂の三倍は冷たいからね。

 リアルに。


 それよりもどっちが最低だ。

 犯人扱いしながら、上手いこと鎌を掛けやがって。

 まぁそれにまんまと引っかかる僕も僕なんだが……。

 でも、やっぱりせこいよな。

 あんなの引っかかるに決まってるじゃん。

 しかも、あんな言葉を言ってしまったら、もうどうやっても誤魔化せそうにない。

 それならいっそのこと開き直ってやる。


「はいはい。見てました。だって、リアが見せてくるし!」

「はっ、はい!? 私はそんなことしてない……」

「とも言えないだろ!」


 日頃の変態行為がここに来て、自分に返ってきたな、リアの奴。

 完全に下を向いて、ボソボソと悔しそうに文句を言ってやがる。

 バカだ。

 これを俗に言う自爆って言うんだよな。

 いやぁ~気分が良い!


「そ、それより……」


 あ、話を変えやがった。


「本当に盗んでないの?」

「ないって言ってるだろ。盗んで僕に何のメリットがあるんだ」

「いや、嗅ぐとか、頬ずりするとか?」

「パンツでそんなことする趣味はない。てか、僕でそんな妄想してたのか?」

「違うし! 今のはただの例えだし!」

「ならいいが……」


 僕はそう言いながら、先ほどの仕返しとしてジト目で見つめてやった。

 リアは「うっ」とあからさまに困った表情を見せていたがそんなことは知らない。

 自業自得である。


「話を戻すけど、じゃあ盗んだのはゼロじゃないんだね」

「さっきからそうずっと言ってるが」

「ならココなのかな?」

「さぁーな。てか、リアはお風呂場に行く時に下着を持って行ってたのか?」


 僕が覚えている限り手ぶらだった記憶があるので聞いてみる。

 思い出してるのか、斜め上を見て「えっと……」と呟きながら眉間にしわを寄せている。


「あ、忘れたんだった」

「じゃあ、今は寝巻の下に水着を着ているのか?」


 僕の質問に一瞬難しい顔で固まり、指で襟を引っ張って寝巻の下を確認する。


「あっ……」

「おい、嘘だろ? まさか……」

「はい、そのまさかです。疑ってごめんなさい」


 リアは申し訳なさそうにそう僕に謝ると、すぐに顔を手で覆い隠し、声にならない声で唸り始める。

 耳まで真っ赤になっているのを見る限り、顔も真っ赤に染まっているのだろう。

 確か「赤色のバラ柄の下着を盗まれた」と言っていたから、今付けている下着も顔と同じように真っ赤なはずだ。

 全身真っ赤に染めるとはある意味器用な奴である。


 それにしても、こんなことが実際にあるなんて、な。

 自分が身に着けている下着を盗まれたと思うなんて。

 僕なんか相当な被害者だ。

 全く、これからはちゃんと探してから疑ってほしい。

 いや、もう疑われるのはこりごりだ。

 でも、今回に限ってはリアの自爆が見れて大満足である。


 リアが盛大にやらかしてから一時間後。


「そろそろ落ち着いたか?」

「あ、うん。本当にごめんね」

「もう気にするな。これ以上は寝るのが遅くなって明日に影響を及ぼす」

「そ、そうだよね。切り替えるわ」


 リアは両手で自分の頬を二度「パチパチ」と気合を入れるように叩き、部屋の冷蔵庫にある水を飲む。

 部屋に冷蔵庫とは豪華だよな。

 加えて水まで無料で入っているとは流石としか言いようがない。


「よし、準備は出来たわ」


 僕が座るベッドの隣のベッドに腰を下ろすリア。

 だいぶ落ち着いたようで、もう顔は酔っ払いのように赤くはなく、表情も真面目な感じになっている。


「では、早速明日の作戦会議を始めるが、実を言うと作戦会議をするほど作戦は難しくない」

「へー、そうなの?」

「ああ、作戦は『海からも街からも離れた小屋』に向かう。ただそれだけだ」

「えっ? そんな簡単に三ヶ所のうちの一ヶ所を選んでいいの?」


 不思議そうに心配そうに僕を見つめるリア。

 まぁそういう反応になるのも仕方ない。

 だって、間違えればもう他の場所に行くことは不可能なのだから。

 でも、理由もなく僕がそんな適当に三ヶ所のうち一ヶ所を決めるわけがない。

 ちゃんと理由はある。


「リアはこのグループ戦の勝ち筋がまだ見えてないのか?」

「それはどういうこと?」

「このグループ戦は僕たちが絶対に勝てるようになっている」


 リアはその意味がまだ分からないらしく、首をゆっくりと傾げる。

 仕方ないので説明を続ける。


「その理由は簡単。現在、グループ戦の三ヶ所の印によって見えづらくなっているが、僕たちはサラの位置情報を見ることができる。つまり、最初からサラの居場所が分かっていたんだよ」

「えっ? 嘘でしょ?」

「本当だ」

「ということは、もしかして相手がルール設定をミスしたの?」

「リアの言う通りこれは完全に相手のミスだ。なぜなら、相手は位置情報を分からなくするルール設定をしなかったのだから。その結果、僕たちはメニューバーのデフォルトで付いている位置情報機能が使え、サラの位置がいつも通り分かるようになっている」


 そういうわけで、このグループ戦は完全に勝ちが確定した勝負。

 僕たちのグループに三ヶ所のヒントを教えるというルール設定をしなくても、ダックスに勝ち目はなかったということ。


「でも、じゃあ何で今日は聞き取り調査なんてしたの?」

「それは相手の強さを確認したかったからだ」

「強さ?」

「ああ、サラの居場所が分かったとしても僕たちが相手を倒せないとどうにもならないからな」


 この隠れ鬼ごっこでは『居場所を特定すること』と『相手を倒すこと』が勝利の絶対条件になってくる。

 だから、どちらか一つでも欠けた場合、絶対に勝つことは出来ない。

 そういうわけでダックスの聞き取り調査をしていたのだが、寿司屋の店主の話を聞く限り、僕たちが倒せない相手ではないことが分かった。

 まぁ僕が倒せない相手なんていないんだけどな。


「なるほど。じゃあもう勝ったも同然じゃん」

「そういうことだ」


 僕の説得力のある説明を聞き、リアは今回のグループ戦に『もう勝った』と思ってくれたようで、体の力を抜いて安心した表情をしている。

 今の状況を一言で言うなら『予定通り』。


 正直に話すと、今の話は全て相手の罠の話である。

 いくらグループ戦を滅多にしないグループだとしても、流石にこの隠れ鬼ごっこのルールでサラの位置情報をそのままにするはずがない。

 最初から相手は僕たちをサラのもとにおびき寄せることが作戦。

 そしておびき寄せることに成功した瞬間に、恐らくサムという奴のスキルである『瞬間移動』もしくは『高速移動』で他の二ヶ所へ。

 そうすれば、もう僕たちは理論上、他の二ヶ所には行けないのだから相手の勝ちが確定する。

 そして僕たちはどうすることもなく、絶望しながら負けることになる。

 つまり、この戦いは最初の時点で僕とリアの負けが確定していたのだ。


 僕はそれをリアに知られないため、今日という一日を使って自分たちの勝ちが確定していると思わせるような理由を集める行動をした。

 じゃあ何で僕がそんな手間暇かけて、わざわざリアを騙すようなことをしたのか。

 理由は簡単。

 そうしなければ、リアは間違いなくサラを助けるために勝手に動くからだ。

 で、そんな勝手行動を今回だけはリアにされたくなかった。

 だから、僕はリアに『勝った』と思わせる説明をしたのだ。


「明日は何時にここを出るの?」

「そうだな。午前十時に出れば間に合うだろう」

「そんなギリギリで大丈夫?」

「心配ないさ。早起きしてベストな状態で行けない方がダメだ」

「そうね。じゃあ、そろそろ寝ましょうか」

「ああ」


 昨日と同じようにリアが電気を消しに行く。

 一方、僕はチカチカとしたライトアップをカーテンでシャットアウト。


「おい、そこは僕のベッドだが?」

「いいでしょ? 二人で寝るのも今日で最後なんだし」

「何で一人で寝れないんだよ」

「それは違うわ! 私はゼロのために一緒に寝てあげているのよ!」


 おいおい、理由が滅茶苦茶だな。

 この世界に来てからイベント以外ずっとこの距離感で寝ているが、よくも間違いが起こらないものだ。

 ある意味凄いと思うが、僕たちの理性が腐ってるとも言える。


「僕はそんなことを求めてないんだが」

「いいのいいの。そんな恥ずかしがらなくても!」


 なんかウザくなってきたな。

 ということで、僕はベッドに寝転びリアに背中を向ける。


「くっつくなよ」

「嬉しいくせに」

「はぁ……もう好きにしろ」


 だるいのでもう絡むことを止める。

 柔らかな感触を背中に感じながら、僕は目を閉じる。


 明日、全てを解決させてラックの日常を取り戻す。

 僕とリア、それとサラの生活が戻ってくるのもそう遠くはない。

 そのためにも今回の『鍵』であるサラには頑張ってもらわないとな。

 そういうわけでフェダーには悪いが、僕は最初から今回のグループ戦に興味などない。

 興味があるのは……


 ――サラの成長力だ。

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