59.一人では生きられない
「……夢、か……」
あたしは『あの日』の夢を見ていたようだ。
地球にいた頃は毎日のように見ていたが、こっちの世界に来てからは初めて。
久しぶりで懐かしさを感じながらも、何度も見ても最悪な日だったと改めて思った。
『<情報>グループ戦が開始されました。
相手:ダックス
内容:隠れ鬼ごっこ
制限時間:二十四時間
場所:Gレイヤー』
あたしの脳内に聞いたことのある声音と知らない言葉が響き渡る。
「一体、これは何?」
あたしがいない間に、あのゼロとリアがグループ戦を受けるなんて有り得ない。
何がどうなっているの?
寝起きで冴えない頭を回しながら、必死に考えるが全く理解が追い付かない。
あ、そうだ。
ここはゼロに連絡するしかない。
でも、昨晩あたしは一人で生きるって決めたしな……。
「って、何これ……」
『あの日』の夢と急なグループ戦のアナウンスに、頭をフル回転させていたせいで今まで全く気付いていなかったが、あたしは今……拘束されているようだ。
鉄の椅子に座らされ、手は後ろ、手首には手錠、足首には足錠。
完全に身動きが取れない。
「お、眠り姫はお目覚めかい?」
「ふ、フェダー! これはどういこと?」
「どうもこうもないさ。サラはグループ戦の鍵になったんだよ」
「鍵?」
「そう! このグループ戦――隠れ鬼ごっこではサラが中心さ!」
あたしが中心に動いているグループ戦。
意味が分からない。
ずっと眠っていたあたしが中心であり鍵。
今の状況では全く理解できそうにない。
「詳しく説明して」
「簡単に言えば、勝利条件にサラが関わってくるってことさ。俺らの勝利条件はサラを取られないこと。そしてラックの勝利条件はサラを救い出すこと」
そう言うと、口角を上げて笑みを浮かべるフェダー。
昨日とは全く違う顔。
また……裏切られた。
いや、違う。
あたしは最初からこの三人を信用なんてしてなかった。
この三人はあたしがゼロとリアから逃げる理由であり、食事を奢ってくれるだけの存在。
だからなのか、『あの日』や『昨日』のような「裏切られた」というコントロール不可能な感情は出てこない。
それよりもあたしはまた二人に迷惑をかけてしまったようだ。
今の勝利条件を聞く限り、あたしが逃げてフェダーたちについて行ったせいで、このグループ戦が起きたということは間違いない。
一人で生きると決めたのに、結局あたしは二人をグループ戦に巻き込んでしまっている。
はぁ……何してるんだろう、あたし。
「まぁサラのグループであるラックに勝ち目はないがな」
フェダーは余裕の表情でそう言い、鼻で軽く笑って手に持っていた酒瓶の酒を飲む。
喉を上下に揺らしながらゴクゴクという音を鳴らし、飲み終えると水でも浴びたような気持ち良さそうな顔をして、空になった酒瓶を壁に掘り投げた。
もちろん、酒瓶は粉々に割れ、酒瓶の破片が飛び散って地面は粉々の破片だらけ。
フェダーはそれを見て「掃除は頼む」と一言。
そして大きな欠伸をして「じゃあな」と言い、この場を後にしようとする。
だが、あたしはその瞬間に口を開いた。
「フェダー! 何が目的?」
「あん? 目的か……んー、ただの暇潰しだな」
「じゃあ暇潰しのために、昨日ずっとあたしの前で演技してたってこと?」
「いや、それは違う。昨晩、少し色々あってな」
「色々?」
「ああ、それでたまたま宿に泊めていたサラを使うことになったのさ」
昨晩、出て行った時に何かあったことは間違いない。
この情報量で詳しいことは分からないが、一瞬にして心変わりする出来事、もしくはグループ戦をするぐらい価値のある話を聞いたといったところだろう。
まぁどちらにしても、あたしがグループ戦の脅し道具として使われたことに変わりはないが。
そんなことを考えていると、フェダーが「少し寝てくるわ」と言い残し、この場から出て行ってしまった。
それにしても、グループ戦だというのに緊張感の「き」の文字もない。
まるで、勝つことが見えているような、そんな感じがする。
そう言えば、フェダーが「ラックに勝ち目はない」とか言ってたか。
何を根拠にその言葉を発したのかは知らないが、油断していることは間違いないので有難い。
と言っても、一応見張りであると思われるサムとフッキはあたしの隣にいる。
でも、欠伸をしながら、時折眠気に負け首をガクンガクンさせていた。
おかしな光景すぎて、グループ戦をしていることを忘れてしまいそうだ。
「フッキ、朝食は?」
「……え、あ、もう昼だけど」
「ひ、昼!?」
思わず動揺して大きな声が出てしまった。
しかし、このあたしが昼までぐっすり寝るなんて驚きだ。
この世界に来てから睡眠中の危険がイベント以外ではなかったせいで、完全に体がだらけてしまっている。
それに加えて、昨日は考え事&イベントの疲れが溜まっていた。
そんな色々な理由が重なり、こんなにも長々と寝てしまったのだろう。
でも、そのおかげで疲れはなくなり、体の調子はかなりいい。
まだ頭の回転は悪いが、それも時間の問題だ。
そんなことよりもお腹が空いた。
しっかり拘束されているけど、食事を与えてくれるのだろうか?
「えっと、アイスでいいよね?」
「え、あ、うん」
なんかフッキが酒瓶の破片を避けながら、自然と昼食だと思われるアイスをどこからか持ってくる。
「はい。棒のアイスだし、口だけで食べれるよね?」
「あー、うん。ありがとう」
拘束されているというのに、優しくされるとは違和感しか感じない。
アメとムチという言葉があるが、これはムチとアメだ。
それに何で拘束されてるのに、あたしは「ありがとう」なんて言ったのだろう。
あたし、バカなのかな?
いや、違う。
ただ状況がおかしいせいで、頭が混乱しているだけに違いない。
あたしはそんなことを考えている間にアイスをペロッと食べ終え、木の棒を地面に吐き捨てる。
フッキはそれを拾い、ゴミ箱へ。
何と言うかフッキにお世話されている気分だ。
気分じゃないなくて実際されているな。
それはいいとして、少しでも情報を得るために話でもするか。
「昨晩、何があったの?」
「ワタシとフェダー、サムでお酒を飲んでいただけよ」
「けど、フェダーは色々あったって!」
強めの口調でそう言うと、フッキは顎に手を置き困った顔をして口を開く。
「それがワタシにも何のことなのか分からないのよね」
「わ、分からない!?」
フッキは苦笑しながらそう言い、ゆっくりとあたしから視線を逸らす。
それよりも「分からない」とは本当だろうか?
じゃあ、これはフェダーの独断で行っているグループ戦ということ?
そんなのいいの?
まぁあたしが言えたことじゃないけど、今のあたしならそんな独断でグループ戦はしない。
何があったとしても。
それより話の続きを聞かないと。
黙り込んでいるフッキに視線を向け、あたしは口を開く。
「じゃあ、グループ戦をする理由も分からないのに、グループ戦を反対しない理由は?」
「まぁワタシはいつもフェダーの言うことを聞いているだけだから今回もそうしただけよ」
「それで死ぬことになってもいいの?」
「死なないわよ」
「そんなの分から――」
「信じてるから。ワタシはフェダーのこともサムのことも……信じてるから!」
あたしの言葉を遮ってそう力強く言うフッキ。
それにサムも大きく首を二度縦に振る。
「そう……なんだ。あたしはそんな簡単に人を信じることなんて出来ない」
「なのに、ワタシたちについてきたの?」
「そ、それは事情が……」
痛いところを突かれ、思わず動揺してしまった。
って、何が事情だ。
ただあたしは二人から逃げ……避けるために三人を利用しただけ。
本当にそれだけ。
でも、会う覚悟も勇気もなかったのだから仕方がない。
そして昨晩、あたしは「一人になる」と決めた。
なのに、グループ戦が始まって……最悪だ。
これじゃ昨晩の覚悟が腐ったようなもの。
もうどうしたらいいのか分からない。
「それならいいけど。でも、本当にグループメンバーは大切にしなさいよ」
「えっ……」
あたしはその言葉に思わず変な声がもれ、瞬きを止めてフッキを見つめる。
「『えっ』って面白い反応するわね。でも、その表情じゃ何も分かってないって感じかしら」
あたしの表情をジーっと見ながら「フフッ」と笑い、言葉を続ける。
「大切にしないといけない理由は簡単。グループメンバーは家族より強い絆である『命』で繋がっているからよ」
一呼吸してまた口を開くフッキ。
「グループメンバーは他人とは違う。そんなことは分かっていても、ランダムで決められた知らない人と上手く生活していくのは難しい。でも、それでもこの世界でグループメンバーだけがサラの味方なの。サラに人を信じることが出来ないどんな理由があろうとも、グループメンバーを信じられないということは自分を信じられないということと同じよ」
フッキはそこで言葉を一度切り、姿勢を正す。
そしてあたしの瞳を貫くように見つめて、柔らかな笑みを浮かべてこう言った。
「だから、グループメンバーだけは信じなさい」
一体、あたしはグループ戦をしている敵に何を言われているのだろうか?
二十四時間後にはどちらかが死ぬ。
なのに、何でこんなことをフッキはあたしに向けて言ったのだろう。
分からない。
けど、あたしの心の鍵が一つ開いた気がする。
それが良かったのかは分からない。
もちろん、これから閉まる可能性もある。でも、閉めたくないとあたしは思った。
そして……
――あたしはもう一人で生きることは不可能なのだと悟った。




