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57.サラの過去【1】

 2069年の三月。

 アフガニスタンの厳しい冬が終わりを迎え、春が始まろうとしていた頃。

 サラが変わる、いや、サラを変えてしまう『あの日』はやってきた。


 その前に『あの日』までの軽い過去話でもしておく。


 まず何故アフガニスタンで紛争というものが起きていたのか。

 結論から言うと、土地の奪いである。ただそれだけの理由だ。

 最先端の国で育った人なら「何百年前の話?」と思うかもしれないが、実際にあたしの国では数年前まで起きていたこと。

 その紛争の発端は分からない。

 それぐらいアフガニスタンの紛争は長々と続いていた。


 でも、それは仕方ないこと。

 だって、紛争とは始まってしまえば、もう敵との共存を望むことは出来ないのだから。

 話し合いで解決なんて、いや、それどころか話し合いすら不可能。

 どちらかが壊滅するまで紛争が終わることはない。

 だが、その終わりもまたない。

 なぜなら、『子供を産み、戦闘員を育て、殺し合う』の無限ループなのだから。

 紛争とはそういうもので、終わりのないもの。


 そんな地獄のような紛争地域であたし――サラは産まれた。

 産まれてから勉学などはしたことはなく、物心がつく前からずっと銃の扱い方や戦闘技術、体作り、体力をつけることなどしかやってこなかった。

 いや、やらさせてもらえなかったという方が正しい。

 と言っても、普通女性は戦場で戦わない。

 だって、家事をしてたくさん子供を産むことが仕事なのだから。


 じゃあ、何であたしは女だというのに、男の道を進むことになったのか。

 答えは簡単、あたしが特別――『悪魔の子』だったからである。

 髪から皮膚、瞳、眉毛、まつ毛など体中どこを見ても真っ白。

 その姿はあたしの集落で代々受け継がれている神話の『悪魔の子』そのものだった。

 悪魔の子とは人間以上の力を持った神に近しい存在。

 だから、すぐにあたしは紛争に勝つための即戦力として育てられることになったのだ。


 初めて戦場に出たのは五歳の頃。

 あたしは身長と同じぐらいの一丁のライフルを小さな両手で持ち、大人に囲まれながら敵と共に銃声を鳴らしあった。

 演習と実戦は全く違い、あたしは思った以上に照準が定まらず、雨のように敵陣から飛んでくる銃弾を避けるのに必死だった。

 真横、目の前で仲間が倒れる姿を見て、目を見開き息を呑んだりもしたが、足を止めると『死ぬ』ということだけは頭と体が理解しており、動きを止めることなかった。

 だがしかし、結果的にそんな逃げ回ることしか出来なかったあたしは一人も殺すことが出来ず、猛烈な暑さと緊張感、恐怖心で倒れ、戦いの途中で一人の大人に連れられて戦場を後にすることになった。


 そしてあたしはその日の晩、いつもの天井を見つめながら自分の存在をやっと理解した。

 自分が『悪魔の子』でも何でもなく、ただの普通の存在なんだと。

 特別な存在の見た目をしただけの、ただの幼い女の子なんだと。

 もちろん、そのことはあたし以外の集落の人たちも理解したようで、初めての戦場を最後に戦場に出ることはなくなった。


 その後、あたしは戦力外の弱者と共に武器の準備や整理を行う毎日を送ることに。

 それはそれは安全で恐怖もない最高の毎日だった……けど、あたしは敵を殺すために産まれ、育てられたせいか、その心の大部分を埋める安心感に謎の悔しさとイラつき、吐き気を覚え出した。


 そして六歳の冬。真夜中。

 あたしはライフルと銃弾や爆弾の入った鞄を持ち、一人で敵の陣地に乗り込むことにした。

 俗に言う奇襲を仕掛けたわけである。

 恐らくこの時のあたしは刺激がほしくて、いや、違う。

 また『悪魔の子』という名で呼ばれ、みんなからあたしという存在を認めてほしかったんだと思う。

 今思えば滅茶苦茶だが、あの時はとにかく必死だった。


 真夜中のアフガニスタンに灯りなどはない。

 星光と月光だけが小さく輝いて見える程度。

 他は何も見えやしない。

 だが、あたしはそうではなかった。

 そう、気付いてしまったのだ。

 あたしの特別な能力――『キャッツアイ』に。


 あたしの瞳は真っ暗な場所でも何故か周りが見えた。

 むしろ暗い場所の方があたしにとって視界は良好。

 つまり、あたしは昼間より夜中の方が相性が良かったのである。

 それに気付いたからこそ、あたしはこの奇襲を行ったのだ。


 結論から言うと、あたしは一夜にして相手の陣地を火の海に変えた。

 どれだけの悲鳴を聞き、どれだけの痛む人間の姿を見て、どれだけの人を殺しただろうか。

 正直、分からない。

 けど、朝日が昇った頃には丸焦げの人間らしき物体がゴロゴロと転がっていた。

 そして最後まで敵は誰一人としてあたしに銃弾を当てることは出来ず、それどころか見つけることすら出来なかった。


 翌日、あたしが敵地を火の海に変えたことを知った大人と一緒に育った男子、同じ集落に住む人たちの態度は一変。

 すぐさま『悪魔の子』という名は、みんなが希望を抱きくような目であたしを見るようになって戻って来た。

 それからというもの、あたしは夜専用の部隊として選抜され、毎晩のように襲撃を行い、敵を殺し、殺し……殺し続けた。

 もう何人の命を奪ったのかは分からない。

 でも、その当時のあたしは『人の命を奪う=人を殺すこと』が一番大切なことだと思っていたし、生きるためにはそれが正しいのだと思っていた。

 実際、そうして生きて来たのだ。


 しかし、そんな日々は一年足らずで失われることになる。

 そう、『あの日』が来たのだ。

 ここからは説明では物足りない。

 もっと近くで『あの日』を感じてほしい。

 では、行こうか。


 ――あたしを変えた『あの日』へ。

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