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56.サラの決断

「は、破産させる気か、サラ!」

「あぁ~美味しかったぁ!」


 フェダーの言葉を無視し、あたしはお腹をさすりながらそう呟く。

 あ、フェダーとは先ほどナンパをしてきた男のこと。

 見た目は金髪坊主でイカツイが中身はチャラチャラとしている。

 その他の二人の名前はサムとフッキ。

 サムの方は全体的にゴボウのように細長くて身長が高い。

 口数は少なく、ミステリアスなイメージ。

 一方、フッキはムキムキで焼けた肌が特徴的。

 自称ボディービルダーらしいが、それが何なのかはあたしには分からない。

 フッキは目付きが鋭いせいで見た目は怖そうだが、話すと意外と優しいところがあり、口調も何と言うか柔らかい。


「それにしても、サラだけで何皿食べたんだよ」

「七十八皿ぐらい? フェダーもそんなものでしょ?」


 淡々とあたしがそう答えると、フェダーの「そんなわけあるか……」と言う言葉と共に、三人は頭を抱えて苦笑交じりのため息をつく。

 言い忘れていたが、実はお寿司屋さんというところに連れて行ってもらった。

 あたしが地球にいた時に住んでいたアフガニスタンには海がなかったから、産まれて初めて生魚というものを食べた。


 最初は生魚というものに対して抵抗しかなかった。

 だって、焼いた魚はIレイヤーの時に食べたけど、生の魚は食べたことないし、見たこともなかったのだから。

 それにその生魚の下には酢飯というものがあって、その生魚を食べる時には醬油というものをかけるのが常識らしい。

 もう全てが未知。

 でも、酢飯の上に生魚が乗っている『寿司』というものを口の中に入れた瞬間、そんな抵抗は消えるように自然と無くなっていった。

 未知の味だったけど、信じられないぐらい美味しくて体にビリビリっと電気が走った。

 恐竜の肉を食べた時以来の衝撃で、その美味しさは宇宙を感じさせるレベル。

 その一口からもう手が止まらなくなった。


 その後、生魚のマグロやサーモン、ハマチ、タイなどを順調に食べていき、ハマグリやホタテ、エビ、タコ、イカ、ウニ、イクラという魚ではないものも食べた。

 ウニだけは見た目でかなり食べるのに躊躇したが、食べてみたら思っていた以上に美味で目を大きくするほど驚かされた。


 そんな感じであたしは寿司というものをフェダーに奢ってもらったのである。

 五十皿を目の前にした辺りからフェダーは何故か「食べ過ぎ」とか「もうやめてくれ」とか言っていたけど、聞く耳を持たずにお腹いっぱいになるまで食べ続けてやった。

 最初に奢るなどと軽々しく言うから悪いのだ。

 でも、あたしは久しぶりのちゃんとした食事をお腹いっぱい食べれて大満足。


「それよりあの光は何?」


 太陽が顔を隠し、空に星が輝き出した頃。

 七色の光が地面から天に向かって、ピカピカと光ながら点滅を始めた。


「アレはこの街に新しく来たグループに対する歓迎の演出みたいなものだよ」

「へー、綺麗」


 Iレイヤーでは夜はずっと星空しか見えなかったから何か新鮮。

 地球でもこんな景色は見れなかった。

 でも、本当に綺麗。


 そんな光を見つめながら、あたしはフェダーに話しかける。


「そう言えばどこに向かっているの?」

「ん? 宿だけど来るだろ?」

「あ、うん」


 時刻は午後七時前。

 まだ二人のもとへ帰れる勇気も覚悟もないし、ここはフェダーのお言葉に甘えて宿に泊まらしてもらうことにする。


 数分後。

 海からも街からも離れた場所にフェダーが言う宿に着いた。


「ここは宿?」

「俺らの宿だ」

「完全に小屋だと思うけど」

「気にするな」


 あたしの言葉にそう軽く返事を返し、フェダーは慣れた足取りで中へ入っていく。

 サムとフッキ、そしてあたしもそれに続く。


「ボロボロ……」

「文句ばかり言うなよ。寝床があるだけ感謝してくれ」


 そう言われても、Iレイヤーの宿より酷い。

 小屋ということもあり、狭くて汚いし、昔の家を思い出す。

 軽く見た感じベッド以外に机と椅子がちょっとあるぐらいでほとんど物がない。

 宿というよりかはちょっとした物置小屋に近い気がする。


「サラのベッドはそれな」


 フェダーがベッドを指で差しながらそう言う。

 あたしは「うん、分かった」と言うと、フェダーは「じゃあ、俺らはちょっと酒でも飲んでくるから」と言って、どこかへ出かけて行ってしまった。


 あたしはベッドの軋む音を聞きながらゆっくりと寝転ぶ。


「か、硬い……」


 宿のベッドよりも硬い。

 はぁ……カルロスの家にあったフカフカがベッドが恋しい。


 それよりも一人になってしまった。

 時間的にまだ寝るのには早い。

 まず眠たくない。


 そう言えば、二人とも迎えに来なかったな。

 別に心配してもらって、必死な顔をしながら見つけてほしかったわけではないが、何と言うか連絡も何もないのは少し寂しい。

 まぁあたしから逃げておいて言えたことじゃないけど。


 もしかしたら、逃げた理由がバレたのかな?

 イベントの最後、リアは放心状態だったけどゼロはしっかりと見ていた。

 あのゼロなら、あたしが狙って150人を殺したのだと見破り、リアにそれを言っていてもおかしくない。

 そうなれば、リアは許してはくれないだろう。

 あたしにどんな理由があったとしても、それはあたしの私情に過ぎないのだから。

 絶対に理解なんかしてくれない。


 はぁ……もしそうだったら、あたしのグループは崩壊したも同然。

 あたしが変われなかったせいで、グループはぐちゃぐちゃの滅茶苦茶。

 これは過去を忘れられないあたしが悪いのだ。

 でも、いつまで経っても過去が……『あの日』が頭から離れてくれない。

 あの日があたしを変え、今のあたしを作った。

 そしてあたしは、そんなあたしと数年も生活を共にしている。

 だから、そう簡単に今のあたしは変わってはくれない。


 ――ああ、本当に……誰かに変えてほしい。


 いつになればあたしは……救われるのだろうか。

 ずっとあの日を境に脳内が『アレ』を許してくれない。

 そう、『アレ』を許してくれないのだ。


 ――そして『アレ』とは『裏切り者』。


 裏切り者を見てしまうとこの体のコントロールが利かなくなる。

 あの日も……イベント最後の時もそうだった。

 みんなを殺さない方法があったというのに体が勝手に動いて、いつの間にか周りには死体が散らばっていた。

 イベントの時に関して言えば、最終的には関係のない人にまで手を出そうとしてしまった。

 アレには流石のあたしでも、罪悪感を覚えた、いや、今でも覚えている。


「はぁ……」


 思い出しただけでため息をもれる。

 そして死にたくなる。

 だって、あたしが死ねば、この世界にある大量の命が救われる可能性が高くなるのだから。

 でも、今はもう死ぬことさえも許されない。

 なぜなら、あたしの命はゼロとリアの命となってしまったのだから。

 本当に実力協力制度とは酷い制度だ。


 これからどうしたものか。

 Iレイヤーの時は出来るだけ街のみんなと親密な関係にならないように振舞っていた。

 まぁそれでも、裏切られたと分かった瞬間、躊躇なく殺してしまったけど。


 あ、そうか。ならもっともっと人と関わらないければいいのか。

 親密な関係ではなく、関係すら無くしてしまえばいい。

 それはつまり、あたしが一人になればいいのだ。

 そうだ、これでいい。これが正解。

 やっと答えが……見えた。


 ゼロとリアには迷惑をかけるかもしれないが、あたしなら一人でイベントを乗り越えられる。

 二人と別行動でも生きていける。

 だから、あたしがこのまま一人で進めばいいのだ。

 さっき知り合った三人とは、明日の朝に軽く挨拶だけして関係を終わらせばいい。

 それで全てが解決する。


 そしてこれからは仲間や親しい人間を作らなければいい。

 そうすれば、自動的にあたしにとっての『裏切り者』は存在しなくなる=『死者』が出ることもなくなる。

 完璧な考えだ。

 

 よし、考えはまとまった。

 後は明日から実行するだけ。

 そう、実行する……だけ。


 ――あたしは一人になる。

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