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52.Gレイヤーの朝

 今朝は窓から差し込む眩い光によって目が覚めた。

 いや、無理矢理起こされたという方が正しいか。

 この日光を顔に浴びて、起きない奴なんていないだろう。


 ――はぁ……明日からはカーテンをして寝ないとな。


 そんなことを考えながら「ふぁぁぁ~」と長い欠伸を一つ。

 それから僕はゆっくりとベッドから体を起こし、手を頭の上にあげて伸びをする。

 体の骨がポキポキっと大きな音を鳴らすが痛くはなく、むしろ気持ちが良い。


 時刻は午前八時過ぎ。

 朝食は午前七時から午前九時の間。

 そろそろ用意をしないと間に合わなくなる。


「んぅ~! ゼロぉ~、離れないでぇ~」


 そう言いながら、瞼を閉じたままのリアが僕の服にしがみついてくる。


「おい、離れろ」

「嫌だよ。眩しいもん!」

「僕をカーテンにするな。それにもう起きる時間だ」

「じゃあ、起してよ」


 僕は「嫌だ」とはっきり言い、しがみついているリアを振り払うように勢い良くベッドから立ち上がる。

 すると……


「いたっ……」


 リアが豪快にベッドから大きな音を立てて落ちやがった。

 悪いとは思っていない。

 逆にやり方はどうあれ起こしてあげたのだから、感謝してほしいぐらいだ。


「もぉー、私の扱い酷くない?」

「前からそうだろ?」

「そうだけどさ。んー、扱いを改めようとは――」

「思わないな」

「そ、即答!?」


 当然である。

 リアはこういうキャラだからな。

 それに扱いを改めてほしいなら、もう少し自分を見つめ直すことをオススメする。

 それよりもその派手に乱れた寝巻姿の方をどうにかしてほしい。

 Iレイヤーの頃から毎朝だ。

 本当に目のやり場が一点になってしまう……じゃなくて困る。


「僕は奥の部屋で着替えるから」

「あ、うん。私も着替えるから勝手にこっちに戻ってこないでね」

「分かった、分かった」


 よくその姿で言えたものだ。

 僕は呆れながら、自分の服が入った鞄を持って別室へ。


「やはり何もないな」


 僕は別室に入り、そう呟く。

 昨日、一度が入って見てみたが、この部屋には何もなく、大きな窓だけがドンっとある。

 正直、何のための部屋なのかは分からないが、あまり広くないことから更衣室代わりの部屋だと思っている。

 他に物置とかにも使えると思うが、使い道はそれぐらいしかない。

 まぁ自由に使わせてもらう。


 僕はそんなことを考えながら、窓のカーテンを閉めて着替えを始める。

 一応、盗撮対策だ。

 僕の体に需要がないことは充分承知しているが、どこの誰かも知らない女性の方々の『おかず』になるには嫌だからな。


 昨日同様の服装に着替え終えて数分。


「着替えたわよ」


 リアの明るく元気な声が聞こえ、僕は扉を開けて先ほどの部屋に戻る。


 お、今日は黄色を基調とした花柄の肩紐がなく胸元にフリフリが付いているオフショルダービキニのようだ。

 やはり良く似合っている。

 そして下乳が「おはようございます」と言っていらっしゃる。

 よし、ここは僕も挨拶しておくか。

 もちろん、心の中で。

 しかし、フリフリが付いているのに下乳が隠れないってどうなってるんだよ。

 フリフリが付いている意味がこれではないに等しくないか?


「ゼロ、さっきからずっと私の胸を見ているけど、朝から私の水着姿に興奮でもしちゃったの?」


 リアはからかうような口調でそう言い、嬉しそうに口角を上げている。


「いや、別に興奮はしてないよ。ただ似合ってるなって思っただけ」

「なっ!」


 リアは僕の言葉に顎から頭の頂点に向かって、ゆっくりと茹ダコのように赤く色を変えていく。

 そして「ほ、褒めても何も出ないから!」と目を魚のようにスイスイと泳がせながら、手をバタバタと動かしてそんなことを言ってきた。

 僕は「うん、何も期待してない」と一言を返し、外出用鞄を肩にかけ、昨日の水着と寝巻を手に持って朝食を食べに一階に向かった。


        ⚀


「ゼロさん、おはようございます」

「おはよう、ココ」


 僕は軽くココと朝の挨拶を交わし、空いている席に腰を下ろす。

 先ほど持っていた水着と寝巻は、ここに来る前に洗濯機の中へ入れて来た。

 この宿は下着や水着を他の人に洗ってもらうことに抵抗がある人の気持ちを考え、洗濯は自分で行うというルールになっているのだ。


 少し遅れてまだ頬が赤らんでいるリアが僕の前の席につく。

 そして……


「お、おい!」

「ふんっ!」


 なぜか脛を爪先で蹴られた。


「リアさんもおはようございます」

「あ、おはよ! ちょ、聞いてよココ!」

「な、何ですか?」

「あのね――」

「聞かなくていい。ココ、朝食を頼む」


 僕はリアの言葉を遮り、ココに朝食を頼む。

 リアはその対応に「むぅー」と言いながら、頬を膨らまして睨んできた。

 それを見てココはどうしようか、あたふたとしている。

 僕はそんなココの姿に、少年と分かっていても可愛いと思ってしまった。


 よし、そろそろその可愛い姿にも満足したし、声をかけてやるか。


「ココ、気にするな。まぁでも、暇なら朝食を食べながらでも聞いてやってくれ」

「あ、はい。じゃあ、そうさせてもらいます」


 そう一言告げ、ココは速足で店の裏の方に消えていった。

 表情と行動を見る限り、かなり戸惑っていたようだ。

 今頃、「ゼロさん、ありがとうございます」と思っているはずだろう。


 そんな妄想をしていると、正面から強い視線を感じたので話しかけてみる。


「何だ?」

「別に何もないけど。ただその余裕ぶった表情がムカつくだけ」

「悪いな、この表情は素なんだ。それともこっちがいいか?」


 僕はそう言い、満面の笑みをリアに向けてやった。

 すると、リアは嫌そうな顔をして僕にだけ聞こえるように「チッ」と舌打ちをする。


 そんな会話をしていると、ココが朝食を持ってこちらへ戻って来た。

 僕とリアは表情を戻し、柔らかな雰囲気を醸し出す。

 違和感しかないが、これでココは安心するはずだ。

 もしくはその違和感を察し、寒気を感じ、体中に鳥肌が立ってしまうか。

 どちらかだな。

 まぁ表情と態度を見る限りでは前者だと思うが。


「お待たせしました」


 そう一言告げてからトレイに乗っている朝食をテーブルに置いていく。

 朝食は夜のように凝ってなく、目玉焼きの乗った食パンにベーコン、トマトやレタスなどのサラダ。そしてコーヒー。

 家族を持っている家庭のテンプレみたいな洋風朝食だ。


「朝はシンプルなのね」

「はい、朝から食欲がある人は少ないので。ですが、一応お客様に飽きられないように一日おきに洋食と和食に変えています」


 お客様のことを考えて一日おきにわざわざ洋食と和食に変えているなんて、流石高級な宿という感じである。

 今日のラインナップを見る限り、今日は洋食のようだ。

 シンプルだが普通に美味そうだし、朝食の量と考えればベストだろう。


 それよりも料理を全てテーブルに置き終えたココが空いていた椅子を持って、僕とリアが囲むテーブルに自然と入ってきたぞ。

 まさかさっき言った「朝食を食べながらでも聞いてやってくれ」という言葉を実行する気か。

 あの場からココを解放するために言ったのだが、本気にしていたとは。

 てか、店の方は大丈夫なんだろうか?


 そんな心配をしながら、僕はココに話しかける。


「本当にリアの話を聞くんだな」

「まぁ朝は基本暇なので」


 ココは苦笑しながらそう言い、続けて「どうぞ、冷めないうちに召し上がってください」と食事を促してきた。

 僕たちは「いただきます」と一言。

 そして朝食を食べ始める。


 三十分後。


「それでね、ゼロが――」


 リアが「酔っぱらたOLかよ」と思うぐらい食べながら喋っている。

 それをずっと作り笑顔で聞いているココの姿は本当に可哀想。

 僕の発言でこのようなことになってしまい、申し訳ない気持ちでいっぱいである。

 だが、そろそろ朝食も終わる。

 というか、僕はとっくの前に食べ終わっているのだが、リアがずっと喋っているのでまだ食べ終わっていないのだ。


「リア、早く食べろよ」

「もういいじゃない! ね、ココ!」

「あ、は、はい」

「無理するなよ、ココ。このリアという女は甘やかしたら終わりだぞ」

「何よ、その言い方! てか、終わりって何!?」


 その様子を「面倒くさいなぁ~」「早くこの場から抜けたいなぁ~」「仕事があるって言えば良かったぁ~」みたいな目でココが見ている。


「とにかく早く食べろよ。ココが洗い物をできないだろ」

「はいはい、分かったわよ」


 不貞腐れたような感じでそう言い、残り一口だった食パンを口に入れた。

 これにてようやく朝食が終了。

 僕は「はぁ……」と重いため息をつき、ココをこの場から退散させるために洗い物をしてくるように言う。


「じゃあ、ボクはこれで失礼します」


 ココはそう言いながら椅子から立ち上がり、トレイに僕たちのお皿を乗せる。

 そして小さな足音を立てながら去っていた。


「あ、そう言えば……」


 ココが何かを思い出したように、急にこちらへ振り向く。

 すると、少し頬を赤くしながら、なぜか恥ずかしそうに口を開く。


「あ、あの別に二人が夜の部屋でそういうことをするのはいいのですが……」


 僕とリアはその言葉に不思議そうに首を傾げる。

 何のことだろうか?

 昨晩、僕たちはサラについて話していただけなんだが。


「他のお客様もいらっしゃるので、声や音の大きさを考えてもらえると有り難い……です」

「ココ、何のことだ?」

「あ、ごめんなさい。別にボクは……え、エッチなことをするのが悪いとは言ってないんです。とにかく他のお客様の迷惑にならない程度にお願いします。では!」


 ココはそれだけ言い残し、走って店の裏に駆け込んで行った。


 って、ちょっと待て。

 なんか「エッチなことをするのが」どうとか言ってなかったか?

 もしかして何か誤解されているのか?

 てか、何でそんな誤解されているんだ?


「ね、ねぇ、ゼロ。アレはどういうことかしら?」

「いや、僕に聞かれてもな。思い当たる節は……」


 僕は「ない」と言いかけた瞬間、脳裏に昨晩のことが過る。

 ココが言っていた「声と音」……それってリアの「泣き声」と「拳でベッドを叩く音」じゃないのか?

 そうなると、ココはそのリアの声と音を僕たちが「エッチなことをしている音」だと勘違いして、遠回しに注意したというか、限度を考えろ的なことを言ってきたのか?

 おいおい、マジかよ!

 ガチで勘弁してくれ……。


「ゼロ、顔色が悪いけど大丈夫?」

「大丈夫じゃない。ココには後からちゃんと説明しないと、今のところココは昨晩、僕たちがその言いにくいのだが……エッチなことをしていたと思っているようだ」

「え、は!? な、何で?」

「考えてみろ」


 ただそれだけ伝えると、リアは昨晩のことを思い出したのか、数秒後に「あ……」と言って頭を抱えていた。

 いや、頭を抱えたいのはこっちの方なんですけどね。

 全部、いや、それは言いすぎだけど、九割はリアのせいだから。

 本当に何で大声泣くの? 何でベッドを本気で叩くの?

 って言っても、今頃どうしようもないか。


「死にたい……」

「いや、死ぬな。それに説明すればどうにかなる」


 ……多分?

 ……恐らく?


 まぁ今は誤解を解くことは不可能なので、パッと話を変えて今日の話をリアにしてみる。


「で、リア。これからどうする?」

「えっと……サラと合流かな?」


 リアは頭を抱えたまま、「病んでるのか?」と聞きたくなるぐらいの真っ青な表情でそう言う。

 いや、実際に病んでいるのか。

 もう諦めろ。それに誤解なんだから説明するタイミングを待て。

 僕だって、昨日の今日会った人にリアとそんなことをしたとは思われたくない。

 だから、こうやって今日の会話をして現実逃避しているんだ。


 てか、リアの得意ないつもの高速切り替えはどこ行ったんだよ。

 こういう時に使え! 今、発揮しろ!

 でも、無理なものは無理か。

 この感じだとリアはもう少し時間がかかりそうだな。

 とにかく僕だけでも平然な表情をして話を進めるか。


 というわけで、僕はリアに言葉を返す。


「まぁそうだな。でも、逃げられないか心配だ」

「そ、そうね」


 相変わらずの表情で軽く言葉を吐くリア。


 それはもうほっとくとして、本当にサラに逃げられないか心配だ。

 実際、最初に逃げたのはサラの方。

 なので、リアに仲直りをしたいという気持ちがあったとしても、サラにはまだその気持ちがないかもしれない。

 そうなれば、必ずサラの奴は逃げるはずだ。


「まぁもし逃げられた場合は諦めるか」

「いや、諦めないわよ。それに絶対に逃がさないから大丈夫。死んでも追いかけるもの」

「おいおい、メンヘラストーカーかよ」

「失礼ね、まぁいいわ。とにかく早く動きましょう」


 リアはそう言うと少し顔色を戻し、ゆっくりと椅子を引いて立ち上がる。


 それにしても、よくさっきまでゆっくりと食事をとっていた奴がその言葉を言えたよな。

 こっちは十分前からそのつもりだったんだぞ。

 なんかこれじゃ僕が食べるの遅かったみたいになってるだろ!

 はぁ……まぁいいか。

 それよりも今はサラである。

 すぐに捕まってくれて、何事もなく無事にリアと仲直りしてくれることを願うばかりだ。


 そういうことで、僕たちはココの宿を後にするのであった。

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