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47.ゼロ教の今後

 イベント――ハンティングゲームが幕を閉じてから一週間。

 Iレイヤーの活気は前と比べものにならないほどに失われていた。

 街に隙間なく並ぶ店はほとんどが閉まっており、一部の店だけが開店している。

 恐らく、否、間違いなく閉店している店はイベントで店主が亡くなったのだろう。

 よくあることだが、ここまで街の人が亡くなったのは初めてだ。


 それよりもまずは俺の紹介をしなくてはいけないな。

 俺の名前はミナト。

 イベントでは上位グループでも下位グループでもなかったグループの一人だ。


「ミナト、本当に行くのですかぁ?」

「ああ、頼まれたからな」


 ゆったりとした口調でそう聞いてくるのはグループメンバーのナコ。

 雪のように白い肌はスベスベで、背中まで伸びているサラサラとした黒髪からは甘い香りがする。

 とろけるような垂れ目が特徴的で、顔を見ているだけでリラックス効果がある癒し系。

 身長は俺より少し高く、大きく実った胸は歩く度にボヨンボヨンという効果音が聞こえるぐらい揺れている。


「ゼロ様は確かに命の恩人ですが、指示に従う必要はないと思いますけどねぇ~」

「いや、これは俺自身の意思で行動している」

「それならいいですけどぉ~。無理しないでくださいねぇ~」

「ああ」


 俺たちは今、草原にそびえ立つ灯台に向かっている。

 イベントが終了してから一週間。

 どうするか悩んだ結果、俺は灯台に向かうことにした。

 正直、次のイベントまでにレベルを上げたい気持ちはあったが、まだ三ヶ月も時間があるので問題ないと思った。

 それに見に行くだけならデメリットはないしな。


「しっかし、静かだね! ミナトの知り合いとかは大丈夫だった?」


 右手にわたあめを持ちながら、明るい口調で話しかけてきたのはもう一人のグループメンバーのリコ。

 モチモチとした頬、大きく真ん丸とした目。瞳は透き通るような淡い緑色。

 ナコとは違い、髪は内巻きショートで色は少し明るめの茶色。

 顔も体も小さく、俺の胸元辺りに頭があるぐらいの身長。

 もちろん、胸はないがスタイルは良く、小動物みたいで可愛い。


 俺は心の中でため息をつき、口を開く。


「親しい知り合いはいないし、顔見知りの店主はほとんど見てないよ」

「だよね。やっぱり前のイベントで――」

「あんまりそれを口にするな、リコ」

「あ、ごめん。一応、言っておくけど悪気があったわけじゃないから」

「知ってるよ。でも、今はIレイヤーでイベントの話はしない方がいい」

「う、うん」


 前回のハンティングゲームという名のイベント。

 アレは異質だった。

 下位1%の死刑ルールはいつも通りだったが、イベント内で人間同士の殺し合いが承認されていたのは初めて。


 俺たちは自分たちの戦力を考え、動物の狩りに専念し、イベントを乗り切ったが、あらゆる場所に死体がゴロゴロと落ちていたのは衝撃的だった。

 それに加えて、最後の最後に目にしたあのゼロ様のグループとこの街の人たちの殺し合い。

 あれほど胸糞悪い光景はないと言える。

 でも、仕方なかったとしか言いようがないのも事実。

 生き残った俺たちはこれから切り替えて生活していかなければならない。


「おぉ~、見えて来たねぇ~」

「間近で見ると思っていた以上に大きい! ヤバい! 超興奮するっ!」


 リコは子供のようにぴょんぴょん飛び跳ねて、灯台の周りをグルグルと走り回る。

 一方、ナコは「楽しそうねぇ~」と母性を感じさせる声でそう言い、柔らかな笑みを浮かべてそのリコを見守っている。

 俺はその光景にため息をつき、ゆっくりとリコに近寄って口を開いた。


「リコ、落ち着けっ!」

「もっ! 何で止めるの! 離してぇ~! 離してっ!」 

「ダメだ。こうでもしないとリコは走り続けるだろ!」


 俺は捕まえたリコをガッチリと逃げれないようにする。

 大物の魚のようにバタバタ暴れているがこんなのは慣れたもの。


「ミナトが胸、触った! 痴漢だ! ち・か・ん!」

「はぁ……うるさいな。胸ないのにそんな嘘つくな!」

「なっ! 胸あるもん! 小さいだけであるもん! あるもん! あるもんっ!」

「はいはい、分かった。ナコ、リコを頼んでいいか?」

「もちろん、いいですよぉ~! はーい、リコ! 暴れないで静かにしようねぇ~!」


 こういうリコが子供モードに入った時はいつもナコに任せている。

 ナコは母性の塊みたいな存在なので、子供ぽいリコの扱いはとても上手い。

 ものの数分で、リコの平常心を取り戻すことができ、いつもお世話になっている。


「むぅ~! 遊びたいのにっ!」

「気持ちは分かるけど遊ぶのはまた今度! リコなら我慢できるよねぇ?」

「……わ、分かった。そうする」

「流石、リコ! 偉いわねぇ~」


 優しい笑顔で頭を撫でながら、ふわふわとした感じでそう言うナコ。

 ほら、ナコにかかれば、リコなんてちょろいだろ?

 本当にナコは頼りになる。


「そろそろ中に入るぞ!」

「楽しみねぇ~」

「うんうん! どんな感じなのかなっ!」


 俺は灯台の扉をゆっくりと開ける。

 すると、中にはベッドが一床と上に続く螺旋階段が存在した。


「うぉぉぉぉぉお! 螺旋階段だぁ!」

「豪邸とかにあるやつよねぇ~。立派だわぁ~」

「ミナト! ミナト! 上っていい? いいよね?」

「ナコと一緒ならいいぞ」

「ナコ! ナコ! いこっ!」


 リコはワクワクしているのか嬉しそうな表情でナコの手を引っ張る。


「はいはい、分かったからゆっくりねぇ~! じゃあぁ~、ミナト。私たちは上に行くわねぇ~」

「ああ、俺も後から行くよ」


 その言葉を聞き、ナコとリコは謎の感動を覚えながら螺旋階段を上っていった。

 それにしても、よく出来た灯台だ。

 外見も凄いと思っていたが、中のクオリティも想像以上。

 しかも、このベッドもIレイヤーの中でもトップレベルのクオリティ。

 どこの宿を探してもこんなベッドには出会うことはできないだろう。


「それはいいとして、ゼロ様が俺をここに行くように指示をした理由はこれ、か」


 俺はベッドの枕の下にポツンと角だけ出ている手紙を発見。

 白と黒の手紙の封筒を開け、中から薄い二つ折りの白い紙を取り出す。

 そしてゆっくりと手紙の内容を確認する。


『君は僕――ゼロに選ばれた。おめでとう』


「な、なんだこれは……」


 一文目を読んだ俺は自然と眉間にしわが寄り、思わず口から言葉がもれる。

 選ばれた?

 どういうことだ?


 とにかく先を読むことにする。


『と言っても、君が誰なのか僕には分からない。

 たまたま灯台に入った人間なのか。

 それとも僕の指示で灯台に入った人間なのか。

 どちらにしても、君が手紙を取ってくれたことに感謝している』


 流石、ゼロ様だ。二通りの人間が来ることを想定していたのか。


『1.たまたま灯台に入った人間へ。

 2.僕の指示で灯台に入った人間へ』


 内容がそこで分かれていた。

 俺は『2.僕の指示で灯台に入った人間へ』の方なので、上の内容を飛ばして下の内容に読み始める。


『まず最初にこっちを読んでいるということは、僕に認められたと言っておく。

 上からの物言いかもしれないが、僕は君よりも上の存在だ。

 そして僕はAレイヤーを本気で目指す存在でもある。

 ゼロ教のゼロ。もし、ゼロに対して宗教のお飾りという認識があるなら捨てほしい。

 と言っても、僕がIレイヤーを離れることによって皆の記憶から少しずつ消えていくのは必然的。

 崇拝する相手であるゼロがいないのだから当然と言える。

 だがしかし、それではダメなんだ』


 ……認められた、か。


 ――もしかすると、俺のスキル『変身』を見抜いていたのかもな。


 俺はあのイベント最終日。

 スキル『変身』を使い、リコとナコと共に羊になってゼロ様たちを観察していた。

 理由としてはちょっとした興味本位だ。

 ランキング上位のゼロ様の実力を知りたかった。ただそれだけ。

 結果的にはその実力は分からず、とにかくあの俺たちを殺そうとしたサラという人間がバケモノ級に強いということしか分からなかった。


 それにしても、ゼロ様がここまで上から目線とは思っていなかった。

 でも、俺はゼロ様を上の存在という認識をしていたので別に違和感などはない。

 むしろ、これぐらいの方がしっくり来る。

 そう思いながら、イベント最後に指示された時の声音と口調を思い出す。


 それよりもゼロ様は一体何が言いたいのか?

 なぜゼロ教が皆の記憶から消えることがダメなのか?

 俺はそんな疑問を抱きながら残り少ない手紙を読み進める。


『はっきり言おう。

 ゼロ教はBNWの全体の宗教にする』


 その文字を見て、俺は鳥肌立ち、目を疑った。

 一度息を吸い吐き、読むのを続ける。


『意味が分からなくてもいい。

 何れ君にも理解する時が来る。

 だから、僕から君に頼みだ』


 俺は『頼み』という文字が目に入り、心臓が大きく跳ね、息を呑む。


『ゼロ教を生かし続けろ!

 BNWが変わるその日まで、君がゼロ教の神になれ!

 つまり、君が僕――ゼロとなるのだ!』


 ――俺がゼロ様に……。


 自然と心臓の鼓動が体中に広がっていく。

 頭は真っ白になり、瞬きすら出来ず、その目の前の文字が俺を襲う。


「……無理だ……」


 心の声が静かに口から発せられる。

 無意識だったが、体も心も考えは同じのようだ。


 そんなまだ俺の頭が追い付いていない中、自然と目が手紙を読み始める。


『最後に君に一言。

 君は今……絶望しているか?

 君は今……興奮しているか?

 僕は君が絶望していることを願う。

 なぜなら、絶望の裏にはあるものが君を成長させると思うからね。

 ……頼むぞ、君! いや、ゼロ!』


 最後の一文を読み終え、俺は息を呑んでゆっくりと手紙を二つ折りにした。

 そして元通りに封筒に入れ、自分のポケットにしまう。


「おーい! ミナト! 早くおいでよ!」


 リコの明るく元気な声が螺旋階段の上から聞こえる。


「そうですよぉ~! 見ないと損ですよぉ~!」


 ナコのゆったりとした癒しを感じさせる声が螺旋階段の上から聞こえる。


 俺は瞼を閉じ、深呼吸をする。

 そして気持ちと沈んでいるであろう表情を入れ替える。


「そんなに凄いのか! 楽しみだなっ!」


 俺はいつも通りの声でそう言葉を返し、螺旋階段を一段、また一段と音を立てながら上がっていく。

 その音は耳に響き、心に響き渡る。


 正直、ゼロ様からの手紙を読み、ゼロ様からゼロ教を頼まれたが、やれる自信なんて何一つ湧いてこない。

 それどころかこの状況に恐怖している。

 いや、この手紙を読んだこと、この灯台に来たこと、ゼロ様の指示に従ったことに後悔しかない。


 ゼロ様は俺の絶望を願っていた。

 はっきり言って、ゼロ様の願い通り俺は絶賛絶望中。

 本当に最悪の気分だ。


「はぁ……」


 俺は螺旋階段を上り切り、ため息をつく。


「どうしたの?」

「いや、何でも」

「そう。それよりもこの景色見てよ! 凄くない?」


 リコにそう言われ、視線を下から上へ。


「……綺麗だ……」


 目の前に広がっていた景色は自然と頬が緩むぐらい美しかった。

 絶望なんか忘れるぐらい綺麗で、冷ややかな風が肌に触れ、心の闇が浄化されるように緑へと変色していく。

 そんな感覚を覚えた瞬間、不思議な気分に襲われ、脳裏にゼロ様の言葉が過る。


 ――絶望の裏にはあるものが君を成長させる、か。


 なぜか苦笑してしまい、リコに「何笑ってるの?」とツッコまれる。

 俺はそれに「いや、何でもない」と言う。だが、リコもナコも俺の顔を不思議そうにずっと見つめていた。

 流石に恥ずかしくなり、俺は二人に問いかけてみる。


「俺の顔に何かついているのか?」

「ううん。でも、なんかぁ~、ずっと笑ってるからさぁ~」

「うんうん! ニヤニヤしてる!」

「え、マジ!?」


 無意識のうちに俺は笑っていたみたいだ。

 景色のせいか、ゼロ様のせいか。

 まぁ両方だろう。

 これもゼロ様の狙い通りという感じなのだろうか。


 まぁ何にせよ、これで良かったと思う。

 俺はゼロ様に『絶望』を与えられた。しかし、それは自然とその裏も与えられたということ。

 俺は絶望の裏を見てみたくなった。

 まだ俺が知らない綺麗な景色がここにあったように、絶望の裏というものに興味が湧いたし、実際に見てみたい。


 ――そのためにはまずはこの二人に話さないとな。


「なぁ、二人とも話がある」

「ん? なぁーにぃ?」

「珍しいね! 何でも聞くよ!」


 二人は満面の笑みでそう答える。

 本当にゼロ様ありがとう。

 そしてグループメンバーがナコとリコで良かった。

 俺は変わるよ、ゼロ様。


 ――俺から……ゼロ様に!

これにて一章は終了となります。

最後の一話は本編というよりスピンオフに近いものになっております。

どうだったでしょうか?

もし、機会がありましたこの三人の作品も書きたいなと思っております。


まずはここまで読んでくださった読者様、本当にありがとうございます。

長い一章でしたが、まだまだ序盤です。

本番はこれからなので、期待しておいてください。


そして一章が終了したこのタイミングで

感想、レビュー、評価などをしてもらえると嬉しいです(^▽^)/


次は二章でお会いしましょう。

では、これからもこの作品をよろしくお願いいたします(o*。_。)oペコッ

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― 新着の感想 ―
[良い点] すっげえ…これすげえ作品だわ、こんな世界観の中にいたら価値観ぐちゃぐちゃになるわ
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