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44.初イベント最後の試練

 僕は髭の生えた男の攻撃指示と同時に、倒れ込んでいるリアを守るように抱きかかえる。

 正直、サラの「動いたら死ぬから」という言葉の意味は未だに理解できていない。

 だが、僕が今できることは言われた通り動かず、放心状態のリアを守ることだけ。


 それにしても、本当にサラは一人でこの数を相手にするつもりなのか。

 無謀というレベルを超えている。

 こんなのは自殺行為と差ほど変わらない。


 そんなことを考えている間に、360°からサラに向かって攻撃が飛んでくる。

 炎、氷、水、風、土、雷など、全部スキルによって生み出されたものだろう。

 レベルが低いのか、質はあまり良くないが量は半端ない。


 ――バァァァァーンッ!


「や、やったか?」


 攻撃がサラに直撃したのか、物凄い音と爆風が僕たちを襲う。

 髪は靡き、煙でサラの様子は一切見えない。

 僕たちも煙によって息をすることすら苦しいぐらいだ。

 質は良くないと言ったが、量の力とは計り知れないものがあるな。


 それよりもサラはどうなった?

 ずっとサラに視線を送っていたが、最後まで一切動く素振りを見せることはなかった。

 クソっ、やはり直撃したのか?


 煙はゆっくりと晴れていき、目の前の視界が露になっていく。


「……う、うそ……だろ」


 髭の生えた男がそういう反応をするのも仕方がなかった。

 なぜなら、そこには攻撃前と変わらない姿で、サラが首を回しながら堂々と立っていたのだから。


「遅い。銃弾に比べれば、こんな攻撃……アリの散歩と差ほど変わらない」

「な、何だと! どうやって避けたっ!」

「飛んだだけ、ただそれだけ」

「クッ、クソがぁ! てめぇーら、攻撃を止めるな! この女が死ぬまで攻撃を続けるんだ!」


 一気に表情を変え、そう叫ぶ髭の生えた男。

 サラが一筋縄ではいかない相手だと判断したのだろう。

 まぁそらそうか。あの攻撃を無傷で避け、飄々とした表情で立っている人間なんて普通じゃないからな。


 それにしても、一気に攻撃の量が増えた。

 次はそう簡単にもいかないぞ、サラ。


 しかし、そんな僕の心配を良い意味で裏切るように、蝶のように舞い、華麗なステップと予測能力、反射神経で紙一重で避け続けるサラ。

 まるで、何かのサーカスでも見ているかのよう。

 どれだけ攻撃が飛んできても、全く当たらない。

 もうその回避している姿はどこから見ても人間業ではない。

 いや、実際に人間の能力以上ではないと、この回避は不可能と言えるだろう。


「な、何でだぁ! 何で当たらないんだ!? てめぇーら、狙っているのか!」

「真剣に狙ってるよ」

「そうよ、真面目にやってるってば!」


 少しずつイラつき始める髭の生えた男とその仲間。


「もうどうなってもいい! 向かいの奴に当たろうが、攻撃連発でぶっ倒れようが、何でもいいから殺せ! 強化スキルも温存するな! このままだと間に合わない!」


 確かに髭の生えた男の言う通りこのままだと間に合わない。

 サラの回避能力だけで時間は痛いほど進んでいく。

 それに伴い、焦りは高まるだろう。

 もちろん、その精神的な焦りというものによって攻撃が定まらなくなることは間違いない。

 早めに手を打ってきたという感じか。


 それより僕も始めて知ったが、強化スキルというものがあるのか。

 回復系、攻撃系、生成系、操作系など色々スキルを見て来たが、完全にそのスキルをサポートするスキル。

 スキルのためのスキルという捉えからで間違いないだろう。


 ――スゥッ!


「チッ……」


 サラの服に攻撃が掠ったのか、布切れが地面にひらひらと落ちる。

 今の攻撃はサラが油断していたのではなく、間違いなく強化スキルによって威力、攻撃スピード、攻撃量が向上した証拠だろう。


「……もう、我慢の限界……」


 そんな意味深な言葉を小さく呟き、地に足を付けて動きを止めた。

 その隙を見逃すかと言わんばかりに、サラに強化された攻撃スキルが360°から猛スピードで向かって来ている。


 だというのに、サラは膝を曲げ、前かがみの姿勢に。


「終わりだぁぁぁぁあ!」


 髭の生えた男のそんな言葉が草原に響き渡り、攻撃陣が、いや、敵全員が勝利をサラの死を確信した瞬間、サラは……宙へ舞った。

 最初と同じく、攻撃同士がぶつかり合い、強化された攻撃スキルということもあり、先ほど以上の爆風と爆発音が僕たちを襲う。

 そして視界は鼠色一色に。

 何も見えない。


「キャァァァアッ!」

「グッ……」

「あぁぁぁぁぁ……」


 視界が煙で見えない中、敵たちから謎の悲鳴や声にならない声が聞こえてくる。


「一体、何がどうなっているというのだ」


 僕の口から思わずそんな言葉がもれ、半目の状態で首を回すが辺りはやはり何も見えない。

 ただ鼠色の煙が舞っており、咳が出るほど息苦しいだけ。

 しかし、そんなことで敵たちが悲鳴をあげるだろうか?

 答えはノーだ。

 恐らく悲鳴の正体は何かに攻撃されているという証拠だろう。


 その後もそのような叫び声は留まることはなく、地面に人間が倒れる音が草原に響き続けた。

 数分後、やっと視界が良くなり、今の状況が露になり始める。


「こ、これは……て、てめぇーら、これは一体どういうことだ!」

「わ、分かりません」

「い、いやぁぁぁぁぁあ!」


 髭の生えた男たちはその変わり果てた光景、いや、仲間たちの姿に目を見開き、一人の女性は残酷な光景を一目し、恐怖のあまり頭を抱えて狂ったように叫び、逃げ出す。

 だが……


 ――バンッ!


 その音と同時に逃げようとしていた女は、頭から血を流して顔面から砂埃を立てるぐらい勢い良く倒れ込んだ。


「あたしから逃げられるとでも思ってるの?」


 声の主はサラ。

 右手には拳銃。

 左手には……空気拳銃が握られている。

 空気拳銃とは、2059年に開発され、後にAI警察やAI警備隊が持つことになったものだ。

 どういうものか簡単に説明すると、空気中の空気を拳銃内に取り込み、凝縮し、引き金を引くことによって、その凝縮された空気が発射されるというもの。

 死ぬ可能性のある拳銃とは違い、意識を飛ばしたり、骨折程度の威力で人間を殺さずに捕まえるために開発された別名――安全な拳銃。


「てめぇーだけは絶対に許さねぇぇぇえ!」

「あたしを殺そうとしたのはそっち。怒られる筋合いはない」


 確かにサラの言ってることは正しい。

 完全に敵はただの逆ギレだ。

 でも、ここまでしなくてもいいだろ、サラ。


 敵の三分の一は壊滅。

 しかも、全て頭に銃弾一発のみ。

 痛み無く殺してあげるという優しさか、それともただ即死させるためか。

 どちらにしても、拳銃テクニックは相当なもの。


 それよりもサラが拳銃を生成できたことに驚きだ。

 恐らく最大のピンチにとっておいたという感じか。

 そして間違いなく、この拳銃を使う可能性があったから、サラは最初に「動いたら死ぬから」などという言葉を告げたのだろう。


「黙れ、クソ女がぁ! 許さないと言ったら、許さないんだよっ!」


 髭の生えた男はそう叫び、一度大きく息を吸い、口を開く。


「てめぇーら、死んだ仲間の分まで死ぬ気でこのクソ女を殺せぇ! いや、そこに膝をついている奴らでもいい。とにかく殺せっ! 殺せば、殺せばぁ! もう殺せば何でもいいだ! てめぇーらの最大火力をブチかましてやれぇぇぇぇえ!」 


 その髭の生えた男の言葉に生き残った奴らが拳を上げて雄叫びをあげる。


 今の髭の生えた男の言葉で気が付いたが、サラは本当に凄いな。

 なぜ最初から拳銃を使い、敵を殺さなかったのか。

 もちろん、「我慢の限界」という言葉から、出来るだけ殺すつもりはなかったんだろう。

 しかし、本当の理由は自分だけにサラだけに攻撃を集中させるためだったのだ。

 普通に考えて、あの量の攻撃が一発も僕とリアのもとへ飛んできていないのはおかしい。

 つまり、サラは僕たちに攻撃が飛んで来ないように、敢えて攻撃を避け、軽く挑発じみたことをしながら、自分だけに攻撃が来るように誘導していたのだ。


 ――でも、ここからはどうするだ、サラ。


 髭の生えた男の声で攻撃が再開される。

 人数は減ったものの先ほどとは桁違いの威力、攻撃スピード。

 憎悪によってスキルが自動的に強化されたという感じか。

 そんな感情だけで、スキル強化などあり得ないと思うかもしれないが、別に不可能なことではない。

 人間は憎悪によって、今まで以上の力を発揮することがあるからな。


 って、こっちにも大量に攻撃が飛んできてやがる。

 状況からして逃げることは不可能。

 左手が折れた状態で、放心状態のリアを抱えて移動なんて無理だからな。


 ――パァン……パァン、パ、パァンっ!


 そんな音に合わせて、飛んできていた炎、水、氷が一瞬にして消え去る。


「な、何で! どうして!?」

「スキルを強制停止させたのか?」

「何が起こったんだ!?」


 スキルを放った奴らは困惑した様子。

 しかし、僕は何もしていない。

 リアも当然、このざまだから何もしていない。

 ということは……


「動いたら……死ぬから」


 ただそれだけもう一度サラは僕に告げ、戦闘を開始する。

 恐らく先ほど攻撃が目の前で消えたのは空気拳銃の空気だろう。

 相手の意識を失わせるためや骨折させて戦闘不能にするために使う空気拳銃を、サラはスキル防御のために使っているのだ。

 これにより遠距離でも、僕たちを守りながら戦闘が行える。

 と言っても、数ミリ狂えば終わりの世界。

 かなりの自信、技術がなければ出来ない神業だ。


「ど、どうなっているんだ! こんなクソ女一人にな、何で……」


 サラは空中でバレエを踊るかのように鮮やかに攻撃を避け、避けきれない攻撃に関しては空気拳銃で攻撃を防いでいく。

 もちろん、防御だけに徹しているわけではない。

 右手に持っている拳銃で次々と敵の頭に銃弾を貫通させていく。

 敵は銃弾の速度などに反応できることなく、バタバタ倒れていき、いつの間にか敵の数は五分の一程度、約三十人ほどになっていた。


「クソっ、クソっ……」


 もうここまで来たら、相手には余裕の「よ」文字もない。

 焦りと仲間を殺されたという悔しさ、サラへの憎悪で頭はいっぱいだろう。

 そんなことは知らないとばかりに、サラは高く飛び上がり、生き残っている敵を見下ろす。

 って、どんな滞空時間だよ!


「消えろ」


 そう言い、空中で回りながら、360°にいた27人という数の敵をいとも簡単に、銃弾を頭に貫通させ、羽が生えているかのようにフワフワと地に足を付けた。

 しかし、拳銃で二十七発連続発砲など普通に考えて出来るはずがない。

 拳銃は約五発か六発ほどしか弾を入れられないからな。

 だか、サラが拳銃を生成し直した様子は一切なかった。

 その証拠に地面に拳銃は落ちていないし、サラの右手にしか存在していない。


 あ、そう言えば、サラが銃弾を補充したところを僕は一度も見ていない。

 ということは、考えられることは一つしかない。

 つまり、拳銃の中に銃弾を生成し続けていたということなんだろう。

 銃において唯一の隙とも言える銃弾補充をなしにするなんて、どう考えていも反則技だ。

 でも、これがサラのスキル。

 この戦闘能力に加えて生成というスキルは思っていた以上に脅威かもしれない。


「残りは三人、か」


 不気味な苦笑いしながら、拳銃と空気拳銃を人差し指でクルクルと回すサラ。


「調子に乗るんじゃねぇーぞ! クソ女がぁぁぁあ!」


 余裕を見せるサラに対し、そんな言葉を吐きながら残り三人の中の一人――髭の生えた男が遠距離戦ではなく、近距離戦に持ち込もうと接近してくる。

 この男のスキルは知らない。だが、遠距離戦では一切攻撃していなかった。

 もしかすると、近距離戦に向いたスキルなのかもしれない。

 いや、そうじゃないと近距離戦には持ってこないか。


「うぉぉぉぉお! 筋力強化ァァァア! 体力強化ァァァア! 反射能力強化ァァァア!」


 なるほど。自身の身体能力を強化するスキルか。

 でも、サラに対しては無意味すぎると言える。

 身体能力を強化したところで、一対一でサラに勝てるほど甘くはない。


 髭の生えた男のふくらはぎの筋肉が膨張し、地面を思い切り踏切って、サラに向かって飛ぶように向かって来る。

 そして一瞬にしてサラの目の前に。


「死ねぇぇぇぇえっ! クソ女がぁ!」


 そんな言葉と共に腰をネジり右手を振りかざす。

 だが……


「遅い。上……」


 髭の生えた男はすぐに視線を上に。

 しかし、その瞬間、サラの右足のかかと落としが髭の生えた男の顔面をとらえる。


 ――終わりか。


 と思ったが……


「ま、まだ終わってねぇぇぇぇえ!」


 倒れることなく、はち切れそうな足の筋肉で体を支える髭の生えた男。

 それにはサラも目を大きく開き、離れようとするが、一瞬の隙に右足を掴まれてしまう。

 どれだけ機動力のあるサラでも掴まれれば、どうしようもない。


「くらいやがれっ! てめぇーが殺した奴らの仇だぁぁぁぁあ!」


 今回の右手の攻撃は先ほどの右手の振りより速くて強い。

 腹に食らえば内臓がぐちゃぐちゃに潰れ、顔面だと頭蓋骨が折れて脳に突き刺さり、間違いなく死ぬだろう。


 ――でも、そんな『死ぬ』という心配はサラにはいらなかったようだ。


「だーかーら、遅いんだって!」


 サラは体を捻り、右手のパンチを嘲笑うかのように避け、左足の回し蹴りを髭の生えた男の顔面にぶち込む。

 身体能力強化のスキルがあると言っても、人間の急所である顎に当たれば、流石に関係なかったのか。

 意識を失い、サラの足を自然に離す。

 そして口から泡を吹き、仰向けに倒れ込んだ。


「……ま、まだぁ……」


 本能なのか、何なのか半開きの目でサラを睨みつけ、弱々しくだが言葉を吐く。

 意識は朦朧としているだろう。

 視界は真っ白かもしれない。

 音さえも聞こえないかもしれない。

 それでもまだ戦おうとするのは、本当に生き延びたいと思っているからだろう。

 だが、そんな思いだけで、この世界を生きていけるほどこの世界は甘くない。

 この髭の生えた男が最初に言った通り、このBNWは「そういう世界」なのだから。


「静かに眠れ」


 ――バンッ!


 最後はサラの拳銃が額を貫き、髭の生えた男は息を引き取った。

 それと同時にこの男の仲間と思われる二人も地面に倒れ落ちる。

 これで僕たちを囲んでいた敵はいなくなった。

 あの約150人が髭の生えた男を除き、僕たちを中心に綺麗な円を描き、死んでいる。

 残酷な光景だが、これが現実。

 これがBNWの正体と言った感じか。


「サラ、終わった――」


 ――バンッ!


 サラは僕の言葉を遮るように、いきなり先ほど羊がいた場所に向かって拳銃を発砲する。

 そこには男一人、女二人のグループが存在した。


 ――パッ!


 僕はそれを確認したと同時に、地面に落ちていた石をコイントスをするように持ち、銃弾目掛けて放つ。

 間一髪、銃弾は三人の目の前で弾け飛び、何とか間に合った。


「おい、サラ。流石に関係のない奴らを殺そうとするのは見過ごせないな」

「……」


 何も言うことなく、サラは大きいく息を吸って天を見上げる。


「なぁ、そこの三人。頼みがある」


 僕はそう一言告げ、一度息を吸って吐く。


「Iレイヤーに戻ったら、草原にある灯台に向かってくれ。返事はするな、その代わりに分かったならこの場から去れ」


 僕の言葉を理解したのか、すぐに立ち去る三人。

 まぁあの三人でいいだろう。

 Iレイヤーを任せるには充分な人材だと言える。

 スキルも面白そうだったしな。


 ――ブゥゥゥゥー


『只今をもちまして、イベントを終了致します。

 転送までもうしばらくお待ちください』


 謎の音と同時に、マーガレットが声が脳内に響き渡る。

 そして仕様なのか、体が動かなくなる。

 恐らくイベント終了後の攻撃を防ぐためだろう。


『<情報>グループ戦終了。

 グループ名――ラックの勝利。

 これによりグループ名――サタンのGスコア及びGポイントの全てがグループ名――ラックへ移ります』


 マーガレットからグループ戦の方も終わりの言葉を告げられる。


 ――やっとイベント終了か。


「えっ、なに……これ?」


 放心状態から元に戻ったのか、リアが周りの景色を見てそう呟く。


「サラが全部殺った」

「な、何で……こんなの酷すぎるよ」


 そんなリアの弱々しい今にも涙を流しそうな声を最後に、僕たちはイベント特別エリアを後にした。

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