29.勝負の作戦会議
サラの体力を出来るだけ回復させるため、とにかく魚を取って取って取り続け、時刻は正午を過ぎていた。
川辺には僕が取った魚がペチャペチャと跳ねている。
「これだけあれば、充分か」
僕は額の汗を手の甲で拭い、大量の魚を二人のもとへ持ち帰る。
腕枕のせいで腕に痛みを感じながらも、洞窟の入口に戻るとリアは既に起きていた。
「もう大丈夫なのか?」
「うん、体力的には大丈夫。でも、スキルは今日はもう使えそうにないわ」
「そうか。それより昼飯にするぞ」
僕がそう言うと、リアはあらかじめ細い枝を集めていたのか、昨日サラが生成したマッチを使い枝に火をつける。
小さな火は枝から枝へと燃え広がり、立派な炎が完成した。
それにしても、リアは流石だな。
一言も「昼飯を焼き魚にする」なんて言ってなかったのに、僕が望んでいた準備をしているとは相変わらずの予測力である。
正直、リアの予測力は怖いがこういう時は本当に有難い。
「魚は木の棒に刺せばいいのよね?」
「ああ、それでいい。でも、十五匹ぐらいはそのままにしといてくれ」
「分かったわ」
ここからはリアが魚に木の棒を刺す係、僕がその魚を焼く係に分かれて、効率良く昼飯の準備を進める。
僕は大きな石に腰を下ろし、一気に焼くのは無理そうなので三匹ずつ焼いていく。
焼き始めて数分後、僕は頭を抱えていた。
「む、難しい……」
ただ魚を焼くだけなのだが、それは思っていた以上に難しい。
理由は恐らくだが、枝によって炎の強さが違うせいで、一匹ずつ焼き加減が変わってくるからだろう。
全く火が通ってない魚もあれば、焦げている魚もある。
初めてということで仕方ないが、魚すらまともに焼けない自分が情けなく感じた。
「ふふっ、ゼロ下手ね。焦げてるじゃない」
「悪いな、案外難しくて……」
リアはバカにするような笑顔ではなく、失敗した子供を励ますような笑顔でこちらに寄ってきたので、僕は頭をかいて苦笑いを浮かべ、魚を焼く係をリアに任せる。
「ゼロは料理が苦手なの?」
「苦手と言うか、やったことないんだ」
そう、僕は料理をしたことがない。
いや、する機会がなかったというべきか。
なぜなら、僕が生きていた地球には食事という文化はなかったのだから。
アンドロイドとの融合により食事は姿を消した。
食事もBNWに来てから初めてしたしな。
「へー、今の時代は男も料理出来なきゃダメよ?」
微笑みながらそう言うリア。
男も料理を出来ないといけない時代って古いな。
今の地球は料理をしない時代なのに。
でも、この世界にいる限りは料理は必要になる。
少し勉強するのもいいかもしれない。
「分かったよ。で、リアは料理が得意なのか?」
「ん? まぁ人に提供できる程度にはって感じかな?」
「なんか意外だな」
「意外って何よ!」
「そう、怒るなよ」
だって、カジノのオーナーの娘が料理って……。
普通に考えて、食事が存在した時は家に専属のシェフとかがいただろ。
「まぁ親に喜んでほしくて、子供の時は料理を作ってただけだけどね」
下を向き、体から力が抜けるような声でそう言った。
言葉を聞く限り、親にはあまり甘やかされてなかったのだろう。
暗い空気になり、二人の間に沈黙が続いていると、リアが焼けた魚を持って元気の良い声で話しかけてくる。
「はい! 熱いと思うから気を付けてね」
「ああ、ありがとう」
僕は魚をもらい、大きく口を開けて食らいつく。
「あ、あつっ!」
「もう~、気を付けて言ったのに!」
僕の熱がる表情を見て、微笑ましい表情を見せるリア。
リアの表情は一見、親が子供を見るような表情だが、よく見ると友達との時間を楽しむような表情にも見えた。
「私も食べようかな――」
「パクっ!」
「ちょ、サラァァァア! 何食べてるのよ!」
「あたしをほっといて食べてるのが悪い」
サラは焼き魚の匂いで起きたのか、リアの持っていた焼き魚を猫のようにかぶりついた。
そして自然とリアの手からその魚を横取りして、近くにあった大きな石に腰を下ろす。
「美味しい! おかわりっ!」
「はぁ……はいはい。ちょっと待ってね!」
リアはため息をついたものの、サラの物欲しそうな表情を見て、なぜか嬉しそうに魚を焼き始める。
この二人を見ていると姉妹にしか見えない。
そう思いながら、僕は魚を綺麗に食べるのであった。
⚀
昼食を終え、僕たちは今後の方針について語ろうとしていた。
「サラ、体の調子はどうだ?」
「出血が多かったせいか、まだだるい」
「そうか」
食欲もあったし、会話もしっかり出来てることから、止血後よりかはかなり良くなっていると思うが、流石にあの出血の量ではだるくなって当然だろう。
というか、正直サラの自己回復力は凄い。
リアだったら、二日や三日は寝たまんまだったはずだ。
「それでどうするの? そろそろ移動する?」
リアが鞄を背負い、そう言う。
まぁそうなるよな。
いつまでもこんな熊の洞窟の入口にいるのは危険すぎる。
「あたし動けない」
「ゼロに背負ってもらえば問題ないわよ」
「夕食は?」
さっき昼食を食べたばかりなのに、夕食を気にするなんて流石サラだ。
しかし、問題ない。
先ほど、魚を十五匹ほど残しておいたからな。
「まだ魚があるから問題ないわ」
「ふーん」
サラは「また魚か~」みたいな表情で鼻を鳴らし、大きな欠伸をする。
「とにかく移動しましょう。そして寝床を探すのが第一だと思うわ」
「確かにな……でも、僕は反対だ」
「な、何で?」
慌てた反応をするリア。
サラはリアのように大きな反応はしなかったが、鋭い視線をこちらに向けて来た。
「ここで一度、勝負に出る」
「は? 何言って――」
「リア、このまま負ける気か?」
リアは僕の言葉にそれ以上何も言って来なかった。
そしてゆっくりと腰を下ろし「勝負に出るって具体的にどうするの?」と問いかけてくる。
「この洞窟の熊を全滅させる」
「冗談でしょ? サラは動けないのよ?」
「ああ、分かってる。だが、それがベストなんだ」
「ベスト? 熊のイベントポイントは20ポイントなのよ?」
リアも流石に気付いていたのか。
まぁそんなことは僕も承知の上だ。
でも、確かめたいことがある。
「本当に20なのか? と僕は思った」
「20だったわよ。イベントポイントの増えた方を見たでしょ?」
「見た。だが、おかしいんだよ」
「何がよ?」
「熊が……群れを作っているのが」
「え?」
リアは意味を理解してないのか、眉間にしわ寄せている。
だが、サラの方は小さく「そうか」とだけ呟いた。
僕はリアのために、説明を始める。
「熊とはけして群れることのない生き物。だが、洞窟内の熊は違った。完全に群れて生活していたんだ。この意味が分かるか?」
「厄介な熊ってこと?」
「違うな。ハンティングゲームの『特別』という存在の可能性があるということだ」
そう、僕はずっとおかしいと思っていた。
熊とは群れを作ることのない生き物で有名だ。
だから、最初に群れている熊を見た時は驚いた。
本当に熊なのか、いや、熊のプログラムを間違えたのかと。
だが、BNWでプログラムミスなんて見たことがない。
つまり、それは仕様というわけだ。
「でも、じゃあ何でサラが殺した熊は『特別』ではなかったの?」
「弱いから」
リアの問いに答えたのはサラだった。
そして言葉を続ける。
「あの洞窟の奥には熊の主がいる。姿は見てない。けど、弱い熊たちを指示していることは分かった」
「サラ、証拠はあるの?」
「主らしき声と共に弱い熊が一斉に襲ってきた」
「それは証拠になるの?」
「なるな。充分な証拠と言える」
しかし、僕たちが作戦を立てている間にそんなことがあったのか。
それにしても、このサラの情報は非常に大きい。
『特別』の可能性があるとしたら、その熊の主だろう。
「でも、勝てなければ意味がないじゃない。メリットが無さすぎるわ」
リアは完全に弱気である。
いや、リアの反応、言葉は正しい。
僕が間違っているのだ。
だが、ここで勝負しないと間違いなくハンスにグループ戦で負ける=死ぬ。
まぁここで勝負する理由はそれだけではないけどな。
「メリットならある」
「何よ?」
「一、熊全滅によるイベントポイントの大量獲得。
二、熊全滅による食料確保。
三、熊全滅による寝床確保。
四、『特別』な生き物のヒントを得ることができる」
僕は指を親指から立て、丁寧に説明した。
メリットが四つもあるのだ。
これでは文句は言えないだろう。
そう思っていたが、リアは驚いた表情を一瞬見せ「ふぅ~」と大きく息を吐いて口を開ける。
「確かにそのメリットは大きいかもしれない。けど、熊と戦うほどのメリットではないと思うわ。それにイベントはまだ三日もある」
「別に熊と戦う気はない。僕は全滅させると言っているんだ」
「は? 意味が分からないんだけど」
リアは更に難しい表情になり、額に手を当てながらこちらを見ている。
「僕たちは今、熊と戦いたくない、いや、戦えない。けど、全滅はさせたいと思っている」
「それって矛盾してるわよね?」
「リアは頭が固い」
急に会話に入ってきたのはサラ。
バカにするようなため息をつき、「つまり」と言い、言葉を続ける。
「戦闘をしないってこと。地球で言うと、スナイパーや毒、時限爆弾などに当たる。ゼロ、そういうことであってる?」
「ああ、正解だ。そして僕が用意したのはこれだ」
僕は先ほど魚を取る時に見つけた濃いピンクの花を鞄から出す。
「ハイビスカス?」
「残念。そんなに美しいものじゃないよ、この花は」
「じゃあ、何なのよ!」
「キョウチクトウ」
知らないのかリアは首を傾ける。
まぁ花に詳しくない人なら知らなくて当然か。
てか、この花をみんなが詳しく知ってたら、世界は終わっているはずだ。
「結構、どこにでも咲いてる花だよ。でも、毒性がある」
「なるほどね。だけど、毒性があると言っても、どうやってその毒を熊に?」
「燃やすんだよ。このキョウチクトウは燃やした煙にも毒成分が残るからその煙を洞窟に流し込み全滅させる」
僕はキョウチクトウを見つけてから熊の全滅は可能だと思っていた。
洞窟という換気が悪い場所ということもあり、毒殺には完璧な場所。
これなら熊と戦う必要もない。
文句なしの計画だろう。
頭の中で思わず笑みが溢れる僕。だが、それはすぐに吹っ飛んだ。
「その作戦じゃ、熊の肉がダメになるし、洞窟が寝床として使えなくなるんじゃない?」
「あ……」
「煙は目に見えるけど、洞窟内から完全に毒が無くなったなんか分からない。これでは四つあるメリットの中でも大切な二つが台無しなるわ」
顎に手を添えたリアにそう言われ、僕は今更そんなことに気付いた。
何が文句なしの計画だ。
文句しかないじゃないか。
何してるんだよ、僕は……。
「毒殺の方法を変えれば?」
ボーっとした表情をしながら、そう言ってきたのはサラ。
そして右手にはなぜか夕飯の魚が存在する。
僕たちが黙っていたせいか、仕方ないなみたいな表情でサラが話し出す。
「この魚って熊にとっては好物。川の近くに住処である洞窟に住むぐらいだからそれは間違いないと思う。そして今、熊たちはお腹を減らしている。なぜなら、あたしたちがここにるせいで昼飯を食べられてないから。でも、もう少しすれば我慢も限界を迎える」
珍しく長く喋ったせいか、一度呼吸を整え、サラは言葉を続ける。
「それで思った。この魚の中にそのキョウチクトウという花を入れて食べさせたらいいと。洞窟の入口付近に置いておけば、何匹かの弱い熊が取りに来るはず。で、その魚を食べた熊は死ぬ。食料にする熊なら、あたしが朝に殺した熊があるから心配ない」
全てを言い終えたのか、重いため息をつき、川で汲んだ水を飲む。
それにしても、サラの作戦は天才的だ。
熊の特徴や熊の気持ちを理解してないと考えられない作戦。
これが僕とサラが戦場で戦ってきた経験量の差なんだろう。
「凄いよ、サラ。文句の付け所のない作戦だ」
「確かにそうね。それならメリットにも影響を及ぼさないし、熊とも戦わなくて済んで安全ね」
リアもこの作戦には納得したようで、表情に久しぶりに笑みが見えた。
しかし、イベントが始まってから今までのサラは「こいつ誰だよ」と思うぐらい、あらゆる面で活躍している。
確かにこういうサバイバル的なイベントはサラに向いてるかもしれないが、それにしても助けられてばかりだ。
「じゃあ、作戦は先ほどサラが言った内容でいくぞ」
「分かったわ」
「うん」
ということで、早速僕たちは作戦の準備を始める。
魚の口からキョウチクトウの花や葉を丁寧に入れていく。
熊の空腹の限界は夕方頃だろう。
現在の時刻は午後三時。
タイムリミットはそう長くはなさそうだ。




