24.初イベント前夜
「乾杯っ!」
カルロスに続き、僕たちも「乾杯」と叫んでみんなでコップを当て合う。
テーブルには色とりどりの料理が並び、サラが一人異常なスピードで食べ始めていた。
灯台商売から一ヶ月が経ち、六月の最終日。
現在、僕たちはカルロスたちの家で『イベント頑張ろうパーティー』をしている。
灯台の件でお世話になったこともあり、今日の食事代は全て僕の奢りだ。
かなりの額だったが、商売での儲けを考えれば大したことはない。
それより明日からはついに僕たちラック初のイベントが始まる。
イベントは年に四度あり、一月、四月、七月、十月の頭に行われるらしい。
僕たちは四月の中旬にBNWに来たので、四月のイベントには参加していない。
というわけで、七月のイベントが初参加となる。
楽しみな気持ち半分、面倒くさいという気持ち半分。
今回のイベントではハンスとグループ戦をしなければならないからな。
明日、二人にごちゃごちゃと文句を言われることが想像できる。
「ゼロ君、食べてる? 私があーんしてあげようか?」
「あ、大丈夫――」
「もう~、照れなくていいわよ!」
僕の言葉を遮り、エリカが男を落とす声でカレーが乗ったスプーンを口元に近付けてくる。
照れるというよりかは困っているのだが。
残念なことにダイチとカルロスは酒を飲みながらリアと会話中。
サラは言わなくても分かると思うがずっと食べている。とにかく食べている。
結局、僕は観念して口を開けてスプーンのカレーを口に入れた。
味はエリカの料理なので、文句なしの百点。
僕は「美味しいです」と作り笑顔で言うと、エリカが「か、間接……キス、しちゃったね!」と頬から耳まで真っ赤に染め、ガチ照れの状態でそう言葉にする。
その表情はエリカの年齢を忘れてしまうぐらい可愛く、だけど、唇の艶や少し潤んだ瞳は色っぽくて大人の色気を感じた。
「エリカ! 酒のおかわり!」
「は、はーい!」
僕とエリカの間にピンク色の空気が漂う中、ダイチの一言で何とか正常に。
エリカが立ち上がったのを確認し、僕はコップに入ったお茶を一気に飲む。
「ゼロ、危なかったね」
「ああ」
料理から目を離すことなく、サラが小さく僕にそう言う。
というか、危ないと思っていたなら助けろ!
戦場で仲間を助ける大切さを習わなかったのか!
「このピザってやつ美味しいけど、食べる?」
「あ、もらう」
「はい、あーん!」
「あーんっ! うん、美味いな」
サラが珍しく料理をくれたので、嬉しくて自然に食べてしまった。
それにしても、ピザという食べ物はチーズがビヨーンと伸びて面白いな。
パンの部分はモチモチで美味しいし、上に乗っている具材も多くて、色んな感触が味わえる。
「……指なめられた……」
「ん? サラ、なんか言ったか?」
「え、ううん。何にもない」
指を見つめていたが、ピザが熱かったのだろうか。
僕は熱さとか冷たさの感覚には鈍いことがあるからな。
まぁ大丈夫そうだからいいか。
それよりもリアの奴、酔っ払い二人の相手をするなんて凄いな。
まぁでも、楽しそうに笑っているし、苦痛ではないのだろう。
僕なら流石に嫌な顔まではしないが、作り笑いで流しながら周りに助けを求めるがな。
エリカ一人の対応にも困るぐらいだし。
「ゼロ君、ごめんね。寂しかった?」
「あ……はい」
間を開けて考えた結果、傷づけない言葉を選んでしまった。
それを聞いていたサラが静かにクスクスと笑っている表情に、ムカっと来たがまぁいいか。
「ごめんねー! 寂しい思いをさせてしまった代わりにハグしてあげるぅ! ギュ~!」
いや、エリカがしたかっただけだろ。
てか、酒臭いな。
頬も耳も茹タコみたいに真っ赤だし、瞳もウルウルとしてる。
絶対にこの人……出来上がってるぞ!
「もぅ~、ゼロ君カッコイイィ~! 好きっ! だーいすき!」
更に力強く抱きつき、ペロッと耳を舐められた。
それには流石の僕もビクッと体が反応し、頭からつま先までじわじわと寒気が走る。
胸もなぜかいつもより柔らかく、って絶対にブラしてないぞ、これ。
そう理解した瞬間、心臓が大きく跳ねた。
「あ~力入んないぃ~」
「ちょ、エリカ――」
――ドンっ!
エリカの体を支えきれず、僕は椅子から倒れ落ちる。
頭は打たなかったが背中を強打し、電気が体中に走る感覚がした。
恐らく大きな怪我はしていないと思うが、久しぶりの痛みに顔を歪ませる僕。
だが、エリカはそんなことは一切お構いなしと言わんばかりに、ニタニタと笑みを浮かべている。
それよりこの体制はヤバい!
エリカが僕に馬乗りになり、僕はいつの間にかエリカに手足を抑えられていた。
思わず口に溜まった唾を飲み、喉を一度動かし、目を見開く。
「あはっ~ん! もう私、我慢できないかも!」
「え、それはどういう……?」
「あはは、ゼロ君は童貞だったね。仕方ないなぁ~、私が今から教えてあ・げ・る!」
いつもの母性を感じさせる声とも幼い男を落とす声とも違うおっとりとした艶やかな声。
エリカは「いただきます」と言っているかのように、唇を舌でペロリと濡らす。
そして優しく右手の人差し指で、僕の首から顎、唇を撫で、ふふっと不敵な笑みを浮かべた。
「……」
無言で近寄ってくるエリカの小さく整った顔。
僕の体は金縛りにあったように動かず、声もなぜか出ない。
――食われる……。
そう思い、男として覚悟を決めた瞬間……
「ダメ、あたしのゼロ」
サラがピザを片手にエリカの肩を抑えた。
口の周りにピザのケチャップが付いているのがサラらしくて可愛い。
そんなサラを見て、エリカは「じょ、冗談よ」と弱々しく呟き、僕の体からゆっくりと離れた。
「おーい、そっちで何かあったのか?」
カルロスが何か異変に気付いたのか、酒瓶を片手に様子を伺う。
続けてダイチとリアもこちらに視線を送ってきた。
ここでエリカの失態を言ったところで空気が悪くなるだけだ。
明日はイベント。
グループ内の空気は大切にしてあげたい。
「いえ、少しエリカが酔っぱらって倒れただけです」
「えっ……」
驚いた目で僕を見て来るエリカ。
僕は口元を緩め、ウインクをすると、エリカは申し訳なさそうな表情で「ごめんね」と僕にしか聞こえない声でそう言った。
テーブルの料理もほとんど無くなり、時刻は午後十一時。
酒をずっと飲んでいた三人――カルロス、ダイチ、エリカは床やソファーで寝てしまい、サラはお腹いっぱいになったのか、リアが言うにはサラの定位置であるベッドで幸せそうな表情で夢の中に入っていた。
残ったのは僕とリア。
僕たち二人は四人を起こさないように、食器をキッチンに運んだり、酒瓶の片付けを行っていた。
「ゼロは先に寝てもいいわよ」
「有難い言葉だが、まだ眠たくないんだ」
「そう」
僕は酒瓶を集める係、リアが食器を洗う係に分かれて作業する。
水の音、食器や酒瓶が当たる音、そして四人の寝息が部屋に響く。
リアと会話すべきか迷ったが、別に話すこともないからいいだろう。
たまにはこんな静かな状態も悪くない。
片付けが終わり、僕は一人、家を出て木のベンチに座る。
周りは真っ暗で何も見えないが、耳を澄ませば、フクロウなどの夜行性の動物たちの声が聞こえてくる。
冷たい風が森を通り、草木を鳴らし、僕の肌を撫でるように冷やす。
空を見上げると、満天の星空が広がっているが、もうこの景色は見飽きた。
綺麗だが、流れ星も飛行機もないせいか空が変わらなくて面白くない。
「何、まだ寝れないの?」
「え、ああ。まぁな」
いつものパジャマに白色のレースガウンを羽織るリアが僕の隣に座る。
そしてなせか僕の肩に頭を乗せて来た。
「疲れたぁ~」
「まぁ酔っぱら相手だったしな」
「うん」
いつもより元気のない声。だけど、それがどこか色っぽい。
リアの頭から女の子らしいフローラルの香りがし、僕の鼻孔を優しくくすぐる。
「実は私……」
リアがゆったりとした口調でそう呟く。
もしかして、この言葉を言うということは……告白?
どうしよう?
グループ内恋愛っていいの?
って、どこのアイドルグループだよ!
「……イベントが怖いの」
「へ?」
全く考えていなかった回答に思わず変な声が出た。
エリカがあんなにガツガツ来たせいで恋愛脳になっていたから、僕が変な勘違いをしてしまったじゃないか。
もうっ、全く……まぁいいか。
恋愛には興味はある。だが、まだその時期ではないだろう。
「だって、イベントについて何も分からないし」
「まぁ、そうだな」
「死が関わるイベントだったらどうしよう……」
リアの声、体はブルブルと震えている。
本当に珍しい。リアが自分の過去を話した時以来か。
仕方なく、僕はリアを安心させるために優しく手を握る。
すると、リアは僕の手を力強く握り返してきた。
リアの手はモチモチしていて柔らかく、僕の手より冷たい。
「別に心配することはないさ。大丈夫」
「う、うん。ありがとう……ゼロ」
リアは柔らかい笑みを浮かべ、耳元でそう囁く。
そして少し安心したのか、さっきまで力強く握っていた手から力が抜けた。
明日からはイベント。
何が待っているか分からない。
死ぬ可能性だってあるだろう。
だけど、僕はこのグループなら大丈夫だと思っている。
例え何があっても、必ず無事にイベントを終えれるはずだ。
――頑張ろうな……リア、サラ。




