23.灯台商売
「ゼロ君、さっきはごめんね」
僕が絶景に浸った後、灯台を降りると、目がパンパンに腫れているエリカが申し訳そうに謝ってきた。
横にはカルロスもいて、苦笑いをし、手を合わせて無言でペコペコと頭を下げている。
グループメンバーの失態を一緒に謝るとはとても良い人だ。
何というか、温かさを感じられる。
「あ、いえ。大丈夫ですよ。ダイチから事情も聞きましたし」
「ダイチの奴、言ったの?」
「は、はい」
なぜか少し恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら拳を強く握りしめている。
これは言ったらダメなやつだったかな?
と、思いながらダイチに視線をやると、肩を落とし頭を抱えていた。
あ……ごめん、ダイチ。
「ダ~イ~チ! 何で言っちゃうのよ!」
「いや、その……ゼロたちならいいかな~って」
むぅ~とした可愛らしい顔で怒るエリカ。
そんなエリカとは目を合わさないように、ダイチはそっぽを向いている。
あー、ダイチの気持ち分かるなぁ。
リアもよくこんな風に怒るし。
時々、枕や鞄で叩いて来るけど、痛くないんだよな。
もちろん、痛そうな表情してるけどね。
そうしないと、なんか本気で叩いてきそうじゃん?
「もうっ! 子離れ出来ないダメな母親と思われたじゃない!」
「実際、そうだろ?」
「そうだけど! ダイチも子供いたから分かるでしょ!」
「まぁ、分かるけど……」
ダイチにも子供がいたとは初耳だ。
我が子のことを思い出したのか、ダイチが急に寂しそうな表情に。
やはり子供と離れ離れになるとは辛いことなのだろう。
僕には分からないが。
「ちょ、あからさまに悲しい顔しないでよ。私が悪いみたいじゃない……」
「悪い悪い、久しぶりに思い出してしまってな」
無理矢理笑顔を作り、強がりながらそう言うダイチ。
ダイチの言葉の後から沈黙が続き、その場の雰囲気が暗くなっていく。
それにしても、二人で過去を掘り返して、こんな空気にするのは止めてもらいたいものだ。
特に僕がいる前では。
初対面である僕の気持ちにもなってもらいたい。
そんな風に思っていると、カルロスが二回手をパチパチと叩き、口を開く。
「はいはい! 雑談はそこまでにして! 朝食にしよう!」
カルロスが笑顔でそう言うと、一瞬にして空気が変わる。
まるで、真っ暗になりかけていた部屋に、一筋の光が入ったように。
これがカルロスという男なのだろう。
カルロスを中心にこのグループは成り立っている。
そう感じた瞬間だった。
二人は「そうだね」と表情に明るさを取り戻し、僕もつられて頬が緩む。
そして三人に連れられて、僕は灯台の裏へ。
「とーっても! 美味しいっ! エリカお手製サンドイッチだよ!」
エリカは先ほどの声とは違う幼い声で、僕にサンドイッチを見せてくる。
さっきエリカが用意していたのは、このサンドイッチだったようだ。
とても色合いが良く、見ているだけで美味しさが伝わってくる。
「美味しそうです」
「もっ! 美味しそうではなく、美味しいの!」
エリカはニコっとした笑顔を見せ、僕にそう言った。
それを見て思わず僕は苦笑いし、その場を乗り切る。
僕以外の男なら、今の笑顔でエリカに惚れていただろう。
母親になった女性でもこれほど可愛いとは。
地球上で不倫が多発した理由が分かる。
「エリカってば、また若い男を狙ってる~」
「俺もそう思ったわ。その声を使う時は大体そうだしな」
冷たい目でカルロスとダイチがそう告げ、「はぁ……」とため息をついて、サンドイッチが置いてある机を囲む椅子に腰を下ろす。
てか、やはり僕はエリカに狙われていたのか。
怖い、女、怖い。
「だって、ゼロ君ってカッコイイじゃない!」
先ほどまで僕を自分の息子だと思っていたとは思えない発言。
切り替えが早いことは良いが、切り替えの方向性を間違っている気がする。
「ゼロ、無視して椅子に座りな。守ってやるから」
「あ、ありがとうございます」
ダイチがポンポンと叩いた椅子に僕は腰を下ろす。
それに続き、エリカも僕の目の前に座った。
「じゃあ、食べようか」
カルロスの「いただきます」の後に、僕たちも「いただきます」と言い、サンドイッチを食べ始める。
「エリカ、いつもの」
「俺も」
「はいはい」
二人のその言葉を理解したのか、すぐさま机の上にあるコーヒーポットでコーヒーを作り出すエリカ。
全く、僕には言葉の意味が理解できなかったので凄い。
これは長年一緒に生活している人たちだからこそ出来ることなのだろう。
「ゼロ君はどうする?」
「僕はブラックで」
「お、大人だね。ダイチ負けてるんじゃない?」
ふふっと笑みを浮かべながら、煽るようにそう言うエリカ。
ダイチはその言葉に対し「コーヒーに勝ち負けはない、ふんっ」と言い、たまごサンドを口にほおばった。
「そう言えば、リアはどこ行きましたか?」
「リアなら先に帰ったよ。俺が朝食に誘ったんだが、サラが寝てるからって」
「そうだったですか」
リアのやつ、灯台を降りてそのまま帰っていたのか。
まぁサラを起こすのは大変だからな。
それに街が人で溢れかえる前に行動しておきたかったのだろう。
「はい、コーヒー」
「ありがとうございます」
「いいのよ! 無くなったら言ってね!」
「は、はい」
苦笑いを浮かべ、エリカからコーヒーを頂く。
指が当たったのは、たまたまか、わざとなのか。
この笑みと声音を聞く限り、後者としか思えないが……。
⚀
エリカの美味しいサンドイッチを食べ終わり、カルロスたちと別れた後、僕は静かに灯台の中で過ごしていた。
時刻は午前八時過ぎ。
商売まではまだ一時間もある。
「それにしても、エリカの質問攻めエグかったなぁ~」
ダイチが作ったフカフカのベッドに寝転び、灯台の螺旋階段を見ながらそう呟く。
別に隠すこともあまりないから、全部答えたが、「その情報いる?」と思うものもたくさんあった。
例えば、「年上はいける?」とか「童貞なの?」など。
もちろん、どちらもイエスと答えたが、いや、嘘を言っても仕方ないと思い、正直に答えただけで別にエリカに好かれようと思ってそう答えたわけじゃない。
ていうか、もう好かれているし。
てか、童貞が好かれるとは限らないし。
まぁ結果的に、僕の回答にエリカは目を輝かせていたが……。
まるで、獲物を見つけたライオンのような目で、じーっと。
あの目には流石に鳥肌が立った。
肉食動物に狙われる草食動物の気持ちが分かった瞬間だったよ。
後は大胆にも足を絡ましてきたので、一瞬机の下に視線をやると、エリカが口元に指を当て、シーっと言ってきたので、僕は小さく二度首を縦に振った。
合コンでよくある戦法だ、と思いながらも、冷たく艶のある足を堪能……ではなく、その絡みに反応しないように我慢した。
エリカが平然とみんなと会話しながら、繊細な足さばきで僕に攻撃してきた時は正直怖さを覚えたが、女子のアピールの仕方を実際に味わうことができ、良い経験になったと思う。
そう言えば、今思えばダイチは全く守ってくれなかったな。
全く、口だけの男はモテないぞ!
そんなこともあったが、グループメンバーと違う人たちと会話するのは新鮮で楽しかった。
商売で知らない人とはたくさん話しているが、何というか自然的ではないというか。
だけど、あの三人は違った。
グループメンバーに似た匂いがした。
恐らく僕をゼロ様と崇めることなく、普通の人間として扱ってくれるからだろう。
そんな風に今朝のことを思い出していると、徐々に外が騒がしくなってきた。
「ゼロ様~」
外からは僕を呼ぶ声が、色んな声音で聞こえてくる。
女性の甲高い声、男性の低く渋い声、子供の幼い声など。
そんな声にアイドルのライブ開始を待つ観客かよ!
とツッコミたいが、そんなことは神として言えない。
信仰者にツッコミを入れる神とかいないからな。
「はぁ……そろそろ商売か」
いつもとは違う商売で新鮮に感じるがとにかく眠い。
間違いなく、今朝の早起きと朝食中のエリカの質問攻めのせいだろう。
気を抜けば、このフカフカベッドで爆睡しそうだ。
というわけで、ちょっと早いが、僕はサービスを兼ねて信仰者に姿を見せることにした。
フカフカベッドから立ち上がり、足を滑らさないように螺旋階段をゆっくりとあがる。
そして二階にある扉を開け、眩しい日差しを浴びながら外へ。
「キャ~! み、見てっ! ゼロ様だわ!」
「うわっ! 本当だっ!」
「カッコイイ! キャ~!」
黄色い声に照れながら、爽やかな笑顔で僕は手を振る。
それから灯台をゆっくりと回り、灯台を囲む信仰者たちに僕の姿を確認させた。
それにしても、凄い量だ。
灯台の周辺はほとんど信仰者たちで埋め尽くされていて、あのなびく草原が全く見えない。
どこを見ても『人』『人』『人』。
こんなたくさん信仰者がいたことに、嬉しさを感じながらも、一対複数ということもあり、心臓が速くなっていくような感じがした。これを緊張というのだろう。
人前に立ったことがないので、初めて味わう感覚。
だが、深呼吸するとすぐに走る鼓動は歩き出した。
「皆さん、静粛に」
僕がそう一言告げると、場は一瞬にして音を消した。
これがゼロ様の力。
学校の教師ですら、子供たちを黙らすまでに三十秒から長くて三分はかかるらしいからな。
それに対し、僕は幅広い年齢の人間を一瞬にして黙らした。
我ながら、ゼロ様は凄いと思う。
「えー、今日は皆さんに会えて嬉しいです」
ゆっくりと灯台を回りながら、口を動かしていく。
その言葉に頷く者もいれば、真剣に僕を見つめる者もいる。
これが人の前に立つ者だけが、見ることが出来る景色なんだろう。
「昨日までは短時間でしたが、今日からはゆっくりと話せますね。皆さんが幸せと思える良い時間になることを願ってます」
その言葉に信仰者が大きな拍手をしてくれたので、僕はそれに答えるように顔の横で手をあげた。
続けて僕が「頭を下げなさい」と告げると、信仰者は一斉に片膝をつき首を垂れる。
「ゼロである僕に感謝の言葉を」
いつも通り信仰者が感謝の言葉を述べ始める。
その声は街の音、鳥の声、風の音、何もかもをかき消してしまうほど大きい。
だが、重なり合ったその声は思いのほか美しかった。
色はたくさんの色を混ぜると汚くなる。
だが、声はたくさん混ぜても、正しく混ぜることによって綺麗になるのかもしれない。
信仰者の声を聞き、ふと僕はそう思った。
そうこうしているうちに、午前九時を迎えた。
というわけで、本格的に商売を開始する。
「では、皆さん。幸せの時間の始まりです」




