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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十九話 戦いは乱れて

 転移の魔術で少年ルッツ・アルフェインと、あれが召喚の魔術とやらだろうか、それを操る老人の後ろへ現出した。


「よく見てみい。ガワだけじゃ」


 こちらへ振り返る老人の眼窩は落ち窪み、黒く暗い木のうろのようだ。

 皺が深く刻まれた顔は枯れ落ちる樹木のように乾いている。


「外側だけ? じゃあ動かしてるのは誰なのさ」


「知らんよ。よく似てはおるが、歪じゃの」


 なんだか好き放題に言われてる気がする……。


「……あの」


 意を決して口を開く。

 しかし何を聞けばいいのかは分からない。


「目的はアーティファクトと……この身体、ですよね」


 老人の片眉がぴくりと動いた。

 しかしそれは俺の言葉への反応ではなかった。その杖が、二度三度と地面を軽く小突く。

 老人の後方で地面から壁のような魔獣が生え、直後に起きた爆炎を防ぎきった。


「言語変換の術式が動いておるな。さてはあの者と同じ、異邦のものか」


「……っ」


 この老人は、どこまで知っている?


「驚くことはなかろうよ。その術式の作成には儂も噛んでおる」


「なに。じゃあ盗んだの、こいつ」


 黒い髪をした少年の声色が、低く変質した。

 さっきまでの飄々とした態度は消え、どす黒い魔力が身体から滲み出るよう。


「儂にはさなぎに見えるがな。はてさて奇怪なものよの」


 老人は振り返り、杖をつきながらゆっくりと遠ざかる。

 杖が土に砂に草に跡をつける度、魔力が地面に浸透し、魔法陣を描く……魔獣が、増えていく。


「泳がせておくもよし。だが回収したほうが、早いだろうよ」


 そう言って、屋敷の方へ次々に生える魔獣を解き放っていく。

 その背は曲がっていて歩くのも杖なしでは難しいのだろう、しかしその歩調を遮ることはできそうにない。


 周囲の魔素を吸い尽くすように黒く燃える、『吸血鬼』を構える。

 ルッツ・アルフェインはこちらを睨みつけたまま動かない。


「……、その器」


 低く重い声色の少年を中心に、風が吹き荒れる。

 鈍色のローブがはためき、腕に脚に全身に気持ちの悪い魔力が廻っている。

 ゆっくりと真横に持ち上げられた左腕、その延長上の魔素が全て消失し、揺らめく半透明の……巨大な腕!


「返せよ」


 振り抜かれたそれは確かな質量で、到達は一瞬だった。

 咄嗟の防御、上げた右腕が軋み、身体が浮き上がる。

 吹っ飛ばされるその先、視界の端で魔素が捩れる、魔力を立ち上らせる少年の真上を睨みつけ、人差し指の付け根を噛む。


 運動エネルギーがゼロになり、見えた黒髪のつむじ、『吸血鬼』を振り下ろす。

 しかし真っ黒な揺らめく刀身は少年の頭部には届かず、取り巻く薄い……魔力の層に受け止められた。


「ああ、本当に」


 ぐるり、と首を廻らせたルッツ・アルフェインの目は、怒りに燃えている。

 地面をごっそりと削りながら振り上げられた半透明の巨腕、転移の魔術で少年の真後ろに跳び回避、その背に全力で『吸血鬼』を突き刺す。


「偽物じゃないか」


 その切っ先は魔力の層を何枚か貫き、しかし身体には届かず、阻まれた。

 直後、裏拳のように雑に振り回された巨大な腕で、再び吹っ飛ばされた。


「師匠がこんなに弱いわけがない……あの人は、あの人なら、一瞬で僕を、ああ……」


 空中でなんとか翻りながら着地。ソラ程ではないが上手くなったと思う。

 少年の細い腕から伸びる巨大すぎる腕は、魔力そのものというわけではないらしい、空気か風か、そういったものを固めたような。

 そして少年を取り巻く、『吸血鬼』の刃を阻んだあれは、恐らく純粋な魔力の壁だろう。


「ふうぅ……」


 腰をぐるりと結ぶリボンベルトに結わえてあるトトの短剣を、右手で逆手に掴む。

 それを見て、少年の目が僅かに細くなった。

 あれが純粋な魔力で構成されているなら、こっちは防げないだろう。

 息を深く吸う。

 ゆっくりと、吐く。


 ちらりと横目で屋敷の方を見やる……老人の手勢は多いが、あの二人からすれば相性は良さそうだ、押し切られることはないだろう。

 両腕を持ち上げ、俺を挟み込むように振り抜かれたその巨腕を跳んで回避、追撃は……下から。

 巨大な腕はルッツ自身の腕の動きに完全に連動していて、あらゆる抵抗を無視して迫るその先端の速度は見切れそうにない。


「ふぅ……っ!」


 震える右手に力を込め、転移する。ルッツの目の前に現出、真上に振り抜く。

 僅かな抵抗を切り裂き、ルッツが追撃で振り上げていた右腕を切り飛ばした。

 その事実と感触に俺自身が動揺し、次の動きがすぐに取れない。

 残った左腕が振り下ろされる、頭上から迫るその連動した巨大な腕を、振り払うように『吸血鬼』の刀身で切り裂いた。


 手が震える。初めて人を切った感触は生々しく、重かった。

 ルッツ・アルフェインは、とめどなく流れ落ちる真っ赤な血を意に介さず、懐から丸められた羊皮紙を取り出した。

 広げられ、血溜まりにひらりと落ちたそれには紋様が細かく描かれている。

 血が染み込むと同時に周囲の魔素が励起し、逆回しの映像のように……落ちた肘から先の腕が、ルッツの半分の長さになった腕に血液ごと引き寄せられていく。

 ずるずると、意思を持った生き物のように。


「待っててくれるなんて、優しいんだね」


 その柔らかな少年の声に、背筋が震えた。

 『吸血鬼』を構えなおす。右手の震えはまだ止まらない。

 攻撃は有効だった、けれど。

 感触が、まだ右手に残っている。


「は、はは……、ふざけ、やがって」


 少年らしい声が憎悪に染まり、怒気とともに魔力が膨れ上がる。

 流れ出た血液ごと元に戻った右腕が、懐から羊皮紙を取り出し、足元に転がした。

 独りでに広がったそれを足で踏みつけ魔力を流したのだろう、羊皮紙から広がった魔法陣が地面を侵食する。

 召喚の魔術だろうか、それを待ってやる義理もない、人差し指の付け根を噛む。


 ルッツの真後ろに転移し、右手で切り上げる……伝わるだろう嫌な感触に耐える為、歯を噛み締めた。

 しかしその肉を切り裂く感触の代わりに、ガキン、という鈍い音で、刃は止められた。


 鉄の板……いや、巨大な剣だった。

 小柄な少年を覆い隠すほどの、幅広のそして恐ろしく長大な大剣。

 魔力が走っているそれを見上げる、跳び上がったのだろうルッツがその柄を掴み、空中で身体を捻る、そのまま攻撃に転じる構え。


「返せよ、それ」


 距離を取る為に真後ろに転移の魔術で跳んだ、大剣を振り下ろすルッツの姿、その顔は獰猛な笑みを浮かべている。

 大剣の刃が届く位置ではない、しかし気がつくべきだった。

 魔力で圧し固めた十数倍の巨大な腕を接続、連動させていたあの魔術が、大剣にも──!


 振り上げた『吸血鬼』、重なる刀身、手応えのあったそれを、しかし切り裂くには至らず逸らすことしかできなかった。

 真横に落ちる巨大な質量が土砂を巻き上げ、周囲全てを蹂躙する。

 至近距離でその衝撃を受け、俺の身体は軽々と吹き飛んだ。

 本当にこの身体は軽い。


 俺の中の魔術師のイメージがどんどん崩れていく。

 向こうの老人はまさに魔術師って感じなんだけど……身体に魔力を通して強化できる分、魔術師のほうが近接戦闘に長けているのだろうか。


 葉が全て吹き飛んだ裸の木に着地、掴まる。

 あの大きさの剣を軽々と扱っているのも、体内を廻るあの密度の高い魔力のおかげか。

 あれを振り回されたらたまったものじゃない……けど今の俺には接近戦しか活路がない。


 横に薙ぎ払われたそれを跳んで避ける、眼下の木がぐしゃりと潰れ、へし折れた。

 重さを感じさせない切り返しが思った以上に速い、斜め下からの巨大な斬撃に『吸血鬼』の刃を合わせ、なんとか受け流す。

 弾き飛ばされた身体が空中をくるくると回り、下は爆風と熱波と轟音と魔獣の群れ。

 このまま屋敷まで飛ばされそうだ。


「シエラちゃん」


 転移での着地場所を探していると、屋敷の二階の窓から跳び出してきた少女の姿のソラに抱き止められた。

 ないすきゃっち……だけどまたお姫様抱っこですか。

 危ないので『吸血鬼』の魔力は回収。


「中は片付いた?」


「はい」


 ソラは空中で器用に勢いを殺し、ヴィオーネとルデラフィア二人の後ろに着地。

 ニャンベルの姿はまだ見当たらない。


「キリがねェな、面倒くせェ」


 そう吐き捨てながらしかし魔力は迸り、左腕一本でまるで楽団の指揮者のように爆炎を操るルデラフィア。

 死んでいるものも生きているものも纏めて絡め取り、自身の手駒へと変えていくヴィオーネ。

 二人の洗練された魔術を見つつ、『吸血鬼』の柄と短剣をいそいそとしまう。


「何遊んでんだよ、爺さん」


 魔獣と砂煙の向こう、大剣を引きずり苛立たしげに歩いてくるルッツ・アルフェイン。

 ……確かに、あの老人からは今のところ敵意も殺意も必死さも、何も感じない。

 何か別の目的があるような……。


「なんじゃ、逃げられたのか。お主も口だけじゃな」


「言ってろ」


「まぁしかし、よく動かしておる。異邦の者は随分と魔術の素養が高いと見える」


 距離があるのによく聞こえるその声は、少年と老人という姿なのに長年連れ添った伴侶のように遠慮がない。

 少しだけ羨ましく感じるその罵りあいを聞き流しつつ、ソラの顔をちらりと見る。

 そろそろ降ろしてくれませんかね。

 ソラの体温に、ちょっと安心しているのも事実だけど。


「ルッツ・アルフェインと……キルケニス・オーグリアですね」


 ソラが呟いた言葉に、三狂の魔女の二人が僅かに反応した……ような気がした。


「……ヒイラギに付き纏っていた魔術師?」


「はい」


 黒き魔女絡みなのは疑いようもない。

 しかしキルケニスという老人は、何故攻めるでもなく守るでもなく、時間を浪費するような戦い方をしているのか。

 その疑問の答えは、老人が小突き続けていた杖の動きが止まり、すぐにもたらされた。


 無限に湧き続けると思われたヒヒのような魔獣、その産出が止まり、新たに老人の目の前に広がった魔法陣。

 そこから這い出てきたのは、黒尽くめの、やはり四肢がひょろりと長い……腕に何かを、抱えている。


「ソラ」


 名前を呼ぶだけで伝わった。

 それが見えた瞬間、爆炎が止むと同時にヴィオーネは全ての魔獣の動きを絡め取った。

 ルデラフィアの腕が前ではなく横に伸ばされる、俺を抱えたままのソラの一歩は鋭く、俺の左手が、ルデラフィアの腕を掴んだ。

 転移の魔術。


 ルッツとキルケニスの間に、二人の魔女と、一人の少女の姿をした魔獣が現出した。

 僅かに驚愕の気配、ソラに抱えられていた俺が上に放り投げられ、視線が一瞬集まる……『吸血鬼』を掴む。

 ルッツが咆哮とともに振り下ろした大剣を、ルデラフィアの炎の剣が受け止め、焼き切った。

 そしてソラの爪が老人……キルケニスの杖に弾かれ、しかしそのまま首を狙う。

 空中で黒尽くめの魔獣の背を睨みつけもう一度転移……その首に『吸血鬼』の刀身を突き刺し、魔力を根こそぎ吸い取った。


 からからに乾いた魔獣が抱えていたニャンベル・エクスフレアを奪い取り、着地。

 やはり軽いその身体、小さな腕には分厚い大きな魔術書を抱き締めていた。

 いつものニャンベルが持っているものではない……背表紙のタイトルは空白。


「油断、した。……、……ありがと」


「うん」


 呟くような短い礼に答えつつ、足元から這い出てきたヒヒのような魔獣の腕を後ろに跳んで避ける。

 見れば老人は右腕がちぎれ、首も百八十度逆に折れ曲がっている……にも関わらず、杖でとんとんと地面を叩き、次々に魔獣を呼び出している。


「アッハァ!」


 ルデラフィアは楽しそうだ……暴力を具現化した眩い炎の剣を振り回し、少年を周囲を空間ごと燃やし削り取っていく。

 近づくと巻き添えをくらいそう。


「未完の癖にやりおる。流石と言うべきか」


 身体のあらゆる部位に致命傷を負いながらも、老人の声色は変わらない。

 その異様さに流石にソラも何かを感じ取ったのか、後ろへ跳躍、俺の隣に着地した。


「なんです……あれ」


「俺に聞かないで」


 分かるわけがない。

 ともあれ、ニャンベルは回収できた……後はルッツとキルケニスの二人をどうするかだけど。

 少年を追い詰めていたルデラフィアが大きく退き、振り向きながら老人の上半身を消し炭にした。

 ぐらり、と大きく揺れた下半身、しかし老人の声は、止まない。


「引くぞ、ルッツ」


「はぁ!? ふざけんなよじじい、誰だか知らない奴に器を!」


 少年への返答はなかった。

 老人の身体がどろりと溶け戦闘で剥げた地面に染み込み、数瞬で黒々とした気味の悪い魔法陣が広がった。


「シエラ、触れるな」


 ルデラフィアの声に、足元まで広がってきていたそれから、ニャンベルを抱えたまま飛びずさる。


「次相見えるまでに、成熟しておけ……『魂の器』よ」


「逃がすかよ」


 ルデラフィアの腕が薙ぎ、少年と老人だったものから炎の柱が上がる。

 地面に広がっていた魔法陣が黒い泥となって少年を取り囲み……消失した。

 見えていた魔力が、一瞬で消えた。


「チッ」


 周囲の魔獣も、ヴィオーネが魔術によって捉まえていたものも、どろりと溶けて消えていく。

 ……どうやら、追い払えたらしい。

 安堵の溜め息をつく……抱えていたニャンベルがぱたぱたと手足を暴れさせた。


「おろしてー」


 あまりの軽さに抱えていることすら忘れそうになっていた。

 ニャンベルを地面に降ろし、辺りを見回す。

 芝生だったらしい地面は剥げ庭木もほとんどが折れ、酷い有様になっている……屋敷自体は無事なのが不幸中の幸いか。

 さらにその周り、森の中なのだろう鬱蒼とした木々は、何事もなかったかのように風に揺られている。

 ……終わった、のか。


「で、シエラ。その耳と尻尾どうした」


 さて、どこから説明しますかね。

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