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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
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三十二話 象徴を巡り

 明くる日。

 朝方に戻ってきた家の主、ダルセイ・クリシュは憔悴した顔で俺を呼んだ。


 客間への扉が従者の女によって開かれ、中には徹夜なのだろうダルセイともう一人の従者、そして。


「お目にかかれて光栄です。白き魔女殿」


 そう言って片膝をついたのはまだ若い女で、琥珀色の長い髪にはゆるく癖がついている。

 開かれた胸元に視線が吸い寄せられる、あのヴィオーネより大きい。

 一目で分かる質の良いロングスカートは僅かに透けていて、ショートパンツを穿いてはいるけれどなんというか、目に毒だ。


「スティアラ様! そのような」


 片膝をついた女の斜め後ろに控えていた、こちらはもっと若いまだ少女といった方がいいだろう従者が、慌てた様子で口を開く。

 亜麻色の髪を一つに纏め、つなぎ風のスカートは短く、健康的に焼けた肌が眩しい。

 やんごとなき身分なのだろう膝をついた目の前の女は、ああ目を切り替えるまでもなく分かる、魔術師だ。

 けれどどこか悪いのか、身体の重心がズレているように見える。


「失礼ですよ、アイファ」


 静かなその一言で、アイファと呼ばれた少女も同じように片方の膝をつき、頭を下げた。

 見えそうですよお嬢さん。

 既にソファに腰を下ろしているダルセイは様子を見守っている。

 その顔には不安も焦りの色も見受けられない。


「……えぇと」


「失礼しました。私はスティアラ・ニスティと申します。

 この街で工房を営んでおり、恥ずかしながら魔女と呼ばれているものです」


 魔女。

 そういえば未だに魔女と魔術師の違いを聞けていない。

 今の声色だと、悪い意味ではなさそうなんだけど……。


「こちらは助手のアイファ・ルク」


 声を受けぺこりと頭を下げた少女、アイファはしかし若干目つきが悪い。

 ひざまずいたまま名乗る女に自己紹介されたものの、その畏まった態度に内心落ち着かない。

 助け舟というわけではないだろう、だけどいいタイミングで俺の後ろをついてきていたコリンが、ぴょこりと横から顔を出した。


「すちぃー!」


「あら」


 愛称だろうか、すちぃと呼ばれたスティアラはにっこり笑い、ひざまずいたまま口を開いた。


「コリン、身体はもう平気なの?」


「うん!」


「コリン! またそんな呼び方をして!」


 立ち上がるのを我慢しながらのアイファの声は、他人の叱責というよりも……姉が妹に対してするような印象を受ける。

 なんだろうこのアウェー感。

 注意を受けたコリンは何事もなかったかのように俺の脇に歩み寄り、そのまま抱きついてきた。


「お姉さま、わたしはコリン・クリシュです!」


 知ってるよー。

 けれど、おかげで居心地の悪さは少しだけ払拭された。

 この子は、すごいな。

 その栗色の髪を撫でながら、口を開いた。


「シエラ・ルァク・トゥアノ。……シエラとお呼びください」


 手を差し出そうとすると、コリンとは反対側の腕が抱きつかれ、動けなくなった。

 真っ黒なローブを羽織った、獣の少女。


「ソラです」


 ……うん、知ってる。

 知ってるから、張り合うのはやめなさい。



「『リフォレの大樹』について、お願いがございまして」


 そう切り出したのは、昨日はダルセイが座っていた、対面のソファに座っているスティアラ……魔女と呼ばれているという女。

 かなり若い……二十も過ぎていないように見えるけど、どういう立場の女性なのだろうか。

 スティアラの言葉を継ぎ、上座に座る家の主、ダルセイが口を開いた。


「大樹に起きた変化についての責は不問にするという方向で、五佳人会議は進んでおります」


 やはり隣に座ったコリンは、俺の左手を握り真剣に話を聞いている。

 右に座るソラは毎度のことながら既に会話への興味を失っていて、俺の肩に頭を乗せていた。


 それなら話……お願いとは一体、と考えを巡らせるより早く、後ろに控えていたスティアラの従者、アイファが薄水色のハンカチごとテーブルに置いたのは、白い葉っぱ。

 昨日、ソラが持っていた。嫌な予感がする。


「なぜあなたが街の中心、『リフォレの大樹』に魔力を付与されたのか……その理由は推察できます」


 ほう。

 魔力の制御をミスって素っ裸になって慌てて隠れた先がたまたまあの大木で、なんとか服は再構成できたもののやっぱり制御は完璧じゃなくてその余波であんなことになってるんだけど、それを見抜いただと。

 もしかして一部始終を見てたんじゃないだろうな、この女。


「コリンを、ひいてはこの街を守る為、ですね」


「……ん?」


 どういうことだ。

 したり顔で言ったスティアラの台詞は、いや全然違うんだけど……突っ込みづらい。


「なんと……」


「お、お姉さま……!」


 呟き、目頭を指で押さえるダルセイと、感極まった表情で抱きついてくるコリン。

 その柔らかい頬とさらさらの髪に意識を引きずられながらも、なんとか口を開いた。


「どうして、そう思われたのです?」


 下手に否定するよりも先に、そんな解釈をした理由を聞いたほうが良さそうだ。

 何かとんでもないことをやらかしている可能性がある。

 俺のその言葉にスティアラは頷くと、白い葉をハンカチ越しに摘み、自身とコリンの前に一枚ずつ置いた。

 よく見るとハンカチには、薄っすらと紋様が縫いこまれている……何をするつもりだろう。


「コリン、触れてみなさい」


 無造作に白い葉を摘みあげるコリン。

 対面のスティアラはそれを見て、恐らく安堵の溜め息をついた。

 そして恐る恐る、といった様子で白い葉に手を伸ばす。


 パチ、と。

 スティアラの指先から青白い火花が散る。

 ……どういうこと?


「……コリンは度々、私の工房に遊びに来ていました」


「家に伝わる魔術だけでは狭くなりますからな」


 スティアラの言葉を補足するようにダルセイが口を挟むが、えぇとつまり、弟子とか教え子みたいなものだろうか。


「私は人より魔力の機微に敏感な体質で……。だから、帰ってきたコリンの魔力が以前とは違うことに、気がつきました」


 俺の、魔力か。

 昨日コリンに魔術を見せてもらったときにも見えていた……まだ完全には取り込まれていなかった、俺の魔力。

 身体に害はないのだろうか、少し心配になってきた。


「実際に白き魔女……いえ、シエラ様にお会いして、確信しました」


 一息つき、指をさするスティエラの目は真っ直ぐで、信頼に満ち溢れていた。

 その信頼はどこからきた。


「『結界の魔術』を有するクリシュ家、その才を余すことなく受け継いだコリンに白き魔女様が直々に鍵を授け。

 『リフォレの大樹』へ注がれたその魔力を以って自身を、そしてこの街を守るよう、取り計らったのだと」


「そういう、ことだったのか」


 小さく呟き、至った、という面持ちで天を仰ぐダルセイ・クリシュ。

 はわわ、と両の目を潤ませ俺を見つめるコリン。

 何を言ってるのか全然分からない……!


「この触媒を誰でも扱えるようにしなかったその配慮に感謝します。そうでなければ今頃、あの木は血で染まっていたでしょうから」


 スティアラの後ろに控えて少し冷ややかな態度だったアイファ・ルクも、そういうことか、と深く頷いている。

 ドアに立つ、そして窓際に立つダルセイの従者二人も、また同様に。

 助けを求めて隣を見やる……ソラは俺の肩に頭を乗せ、静かな寝息を立てていた。

 ちくしょう。


「……それで、お願いというのは」


 少し考える時間が欲しい……否定も肯定もせず、続きを促す。


「はい。……私、スティアラ・ニスティにも、シエラ様の寵愛を授かりたく」


「ちょう、あい?」


 ……何言ってるんだろう、この人。

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