表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最後のアーティファクト  作者: 三六九
第二章 這い寄る影
48/170

九話 情報屋への対価

「ここは俺が持つから好きなだけ飲みな」


 そう言って、赤の混ざった髪を逆立てた男はテーブルに着くなり話を始めた。

 一度門前払いされた店の隅、店内は騒がしく、よほど近くまで来ないと話は聞かれないだろう。



 怪しい情報屋と名乗る男が言うには。


 城塞都市レグルスの騎士団を率いる団長、レイグリッド・トルーガは現在勾留されている。

 理由は湖の水の蒐集失敗による責と、アーティファクト強奪の手引きの疑い。

 あの時、尖塔にはレイグリッドと、王直属の衛兵が居たらしい……クロスボウを構えていた重装備の面々がそれだろう。


 巷でまことしやかに囁かれているサルファン王の情緒溢れる号令は事実。

 だがその裏で、若き王にアーティファクトの使用を進言した側近、その直属の兵が俺の命を狙っているという。


 レイグリッドの伝言はつまり、噂を聞いて油断しているだろう俺への注意喚起。

 気をつけろ、か。

 怒りを買いこそすれ、心配されているとは思わなかった。

 ……少しだけ、無い胸が痛い。


「わざと漏らしたんだろう、サルファン王のアレは」


「なるほど効果的……ですね」


 まだ電子機器の類を見ていない……恐らくそこまで技術の発展していないこの世界では、人々の噂や口コミの類は大きな情報源になるだろう。

 信憑性はともかく、その内容がセンセーショナルなら尚のこと人々の興味を引き、爆発的に広まる。

 それは最早、包囲網にも等しい。


 周りをちらりと窺う。

 フードを被っているからよくは見えないけど、このテーブルに注目する視線はなさそうだ。


「外のは、別ですか」


「ああ」


 ウルフレッドは頷いてから、大きい木製のジョッキに並々と注がれたぶどう酒を一気に飲み干した。


「奴らは言わば自浄作用さ、この場所のな。

 ここは異物を嫌うんだ。初めての奴には敏感に、臆病に……攻撃的になる」


 その言葉にここまでの光景を思い返す。

 わざわざ小高い丘の陰になる場所、反対側は鬱蒼とした森、中の様子を探れない建物の数々。

 元々そういう作りなのだ。排他的と感じるのも当たり前だった。


「あんたたちは目立ってたからな。既に色んな奴に目を付けられてる」


 手に余る大きさのジョッキを両手で持ち、一口。

 エクスフレア邸で飲んだものとは雲泥の、とにかく酸味が強い。

 隣のソラは匂いを嗅いだだけで俺の方へジョッキを追いやった。


「外のバレバレの奴らはまぁ、そこまで問題じゃない。ヤバいのはここを牛耳ってるマクロレン商会だな」


「……その話は言伝と関係あるんですか」


「まぁ聞けよ。あんたのその白い髪と、そっちの獣の特徴はマジで珍しいんだ」


 そんなことは言われなくても知っている。

 城塞都市レグルスでも奇異の目で見られたし、ディアーノ・トルーガも言っていた。


「言われなくても、って顔してるな。だが恐らく思い違いをしている。

 考えたことがあるか? 自分が剥製にされるかもしれない可能性」


「え?」


 いや、そこまでは流石に。

 ……え、どういうこと? はくせい?


「流石に驚いたか。話を戻すぞ。マクロレン商会、この大陸で有数の商業組合。

 そこの頭は珍しいものがお好きでね……特に一品物に目がない」


 珍しいもの。一品物。

 そこに、人間も含まれるというのか。


「つまり、だ」


 赤の混ざった髪を逆立てた男は、指を一本ずつ立てていく。


「大陸にあるほぼ全ての街に息の掛かっているマクロレン商会。

 若き王の意向とは逆に、暗殺を目論む王の側近。

 そして王直属の騎士団。もう一つ、そのお触れを又聞きした賞金稼ぎの類」


 四本の指が愉快げに踊る……これだけの連中があんたを狙っている、と。

 思っていたよりも俺を取り巻く状況は悪いようだった。

 それら全てを撃退してあの三姉妹の元へ……いや、違うか。

 目的と手段をもう一度整理しないと。


 ちびちびと木のジョッキに口を付け、考える。

 ……うぅん、これは酸味が強すぎて考え事のお供には向いていない。


「さて、本題はここからだ」


 物思いに沈もうとする俺を引き戻す声はほんの少しだけ低い。

 が、ウルフレッドは立てていた四本の指に一本足して、店員を呼んだ。

 ぶどう酒のお代わり……どんだけ飲むんだこいつ。


「……本題は、言伝だったのでは」


「俺自身の、さ」


 ウルフレッドはニヤリと笑い、ソラの一口も付けていないそれを手に取り勢い良く呷った。

 ソラはおつまみの……これはなんだろう、恐らく炒った豆をぽりぽりと摘んでいる。

 ちょっと可哀想になってきた。


「レイグリッドからの仕事は終わった。だから、次の仕事を探さなきゃならない」


「そうですか、がんばってください」


「あんたの立場は複雑だ。俺が知っている限り……レグルスとソムリア、両方に繋がりがある」


 自然と目が切り替わった。

 この男は何をどこまで知っているのだろう。

 体内を廻る魔力は淀みなく穏やかで、攻撃的な意思は感じられない。

 が、油断できない。


「そう睨まないでくれ、可愛らしい顔が台無しだ」


 なぁ? と対面の男はソラに話を振るも、ソラは興味なさそうに皿の上の豆を指先でいじっている。

 肩をすくめた男は運ばれてきたお代わりを受け取ると、喉を鳴らして旨そうに飲み下した。

 よくそんな勢いで飲めるな、これを。


 両方への繋がりか。

 ソムリアに関してはどうだろう、あの三姉妹としか関係は持っていない。

 利用し利用される間柄だけど、このまま時間が経ちすぎると危うい気がする。


 レグルス……城塞都市レグルスに関しては、もう近づかない方がいいだろう。

 俺自身に敵対する意思はないと言っても、やったことは完全な敵対行為であり……裏切りだ。

 元々は『黒き魔女』、ヒイラギのものなのだから取り返しただけ、なんて言い訳もできなくはないけど。


 俺にとってアーティファクトの蒐集は枝道でしかなかったのだけど、二つを身に宿した今なら分かる。

 これはきっと、この世界の神さまとやらを殺すその為の道具であり、手段だ。

 全部で九つあるというそれを集めれば、その神さまに牙が届くのだろうか。

 同郷の女の願いが、叶うのだろうか。


 酷く酸味の強いそれを飲み下す。

 酔いは回らない。毒にすら耐性があるのだから、恐らく酔うこともないだろう。


 ……俺は、どうなんだろう。

 長い夢を見ているだけ、という淡い期待はとうに消えている。

 この小さな身体は不便だけど、便利でもある。

 女の子なのはさておいて。


 老いず、頑丈な、傑作品。

 それはつまり、この世界でならば無限の時を過ごせるかもしれないということだけど。


「……」


 ……いや、ないな。

 想像すらできないけど、恐らくきっと……魂だか精神だかが、先に磨り減ってしまう。

 死ぬこともできず、永遠の時を過ごすなんて。

 笑えない。


「今なら『白き魔女』の情報は高く売れるだろうな」


 ようやく半分ほど減ったジョッキに口をつけようとして、止めた。

 ウルフレッドはまた旨そうにぶどう酒を流し込んでいく。


「だが俺はお人好しでね。字も読めないお嬢ちゃんを売るなんてことはしない」


「……何が望みですか」


 自然と声色が低くなる。

 と言っても少女のそれでは、凄みなど皆無だけど。

 あっという間にお代わりのぶどう酒も飲み干した男は、小指から順に指を立てていく。


「言っただろ。仕事だよ、仕事。道案内、諜報、護衛に荷運び」


「えぇと……口止め料、とかではなく?」


「そんなもんはいらねぇ。仕事をくれれば、それでいい」


 繋がりを持ちたい、そういうことだろうか。

 それでこの男に何の得があるのだろう。

 雇用関係……それで情報の拡散を防げるなら、悪くはないと思うけど。

 怪しい。


「私に有利すぎませんか、それ。あなたにメリットはあるんですか?」


「ある。あんたたちのことをもっと知れる」


「えぇ……?」


「シエラちゃんは渡しませんよ」


 いや急に入ってくんなお前は静かに豆食ってろ。

 ソラは豆に飽きたのか、椅子を引き摺ってすぐ隣で身体をすり寄せてきている。

 その俺たちを、対面から満足そうに頷きながら見つめるウルフレッドは、ぶどう酒の追加を注文した。

 何杯目だそれ。


「俺に絵心があればこの素晴らしい光景を永遠に封じ込められるのだが」


「……」


 こいつ、もしかしてそういうことか……?

 一抹の疑問が浮かび、ソラの頬に手で触れた。

 すりすりと俺の手に頬をこすりつけてくるソラは、目を細め満更でもなさそう。


 横目でちらりと見る、ウルフレッドは僅かに目を細め、今までで一番真剣な顔でこちらを見つめている。


 この白い髪、人形めいた肌、この姿かたちに見惚れてあんなことを言い出したのかと思っていたけど、違った。

 こいつ……俺とソラの絡みを見たいだけだ。

 ただの変態じゃねーか。


「えぇと、その。あなたに仕事を頼むとして……報酬は」


「もう貰っている。そのまま、そうしていてくれ」


 ウルフレッドは運ばれてきたお代わりを、こちらを凝視しながら飲み下していく。

 酒の肴にされている……。


 ソラはこの状況すらどうでもいいのだろう、お互いに被っているフードが邪魔で鼻を近づけられないことに不満気な顔をしている。


 ……騎士団も、三狂の魔女も、利用してやると決めたのだ。

 ならば、こいつも利用してやる。

 そんなに見たいなら、見せてやる……対価の重さに咽び泣き、馬車馬の如く働くがいい。


「ソラ、こっち向いて」


「? なんです、んむ……っ?!」


 首を傾け、ソラの唇を甘く挟む……魔力をゆっくり流し込んだ。

 フードの中で耳がピン、と立ったのが分かった。

 視界の端……テーブル越しに、力が入りすぎたのか木のジョッキにヒビの入る音。


「んぁ~……っ、……はふ、ぁ……」


 ソラの喉から変な声が漏れるのを聞いて、唇を離した。

 僅か数秒の魔力供与は、幸いなことに他のテーブルにはバレていないようだ。


「……ソラさん、よだれ垂れてますよ」


「はひ……じゅるり」


 対面の男に向き直ると、ウルフレッドはぶどう酒が滴り漏れるジョッキをテーブルに置き……合掌していた。

 何してんだこいつ……。


「神よ……」


 拝まれていた。

 そうか、神さまはここにいたのか。

 ああ、この旅の目的は自分自身を理解することだったんですね……幸せの青い鳥かな?

 だとしたら自害しなきゃいけないんですけど。


「それじゃあ、お仕事を頼みます」


「なんなりと」


 平伏だった。

 これはこれでやりづらい。


「『黒き魔女』が遺したアーティファクト、その在り処を全て知りたい」


「……なるほど。承知しました」


 憑き物が落ちたような、張りのある達観した表情のウルフレッドは、口調も変わりまるで別人のようだ。

 どちらさまですか。


「お二人はこの先の、港湾都市に向かわれるんですか?」


「港湾? ソラ、言ってた大きな街ってそこ?」


「はふー……。はい、なんですか」


 こいつ話を全く聞いてねぇ。

 心なしか頬に赤みが差し、酔っているようにも見える。

 ……何に?


「港湾都市リフォレ。道なりに進んで川を二つ越えると見えてくる交通の要所、大都市国家です」


「だそうですよ、ソラさん」


「ああ、はい。多分それです」


 そうですか。なんだか適当ですね。


「ではシエラ様。私、ウルフレッド・カーヴィンは、先に行って務めを果たしております」


「あ、はい。よろしくお願いします」


「外の輩は排除しておきますので、ご安心を」


 宿の手配もしておきます、そう言ってウルフレッドは硬貨を置いて席を立った。

 彼に一体何があったのだろう、人って劇的に成長(?)するんですね。


 しかし、頼んだ仕事それ以外の気配りはとてもありがたいものだった。

 なぜかふらふらしているソラも心配だし、今日のところは早めに休むとしよう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ