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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第五章 続いていく世界
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一話 燃え上がる火種

 がたん、がたん。

 荷馬車の車輪が薄い轍に残る小石を弾き飛ばし、道の脇の草葉を揺らした。

 背丈の短い草同士が擦れる音を意図的に獣の耳が捉え、その結果に満足して一人小さく笑みを作る。


 薄汚れた荷馬車の幌の上、目を瞑り寝そべりながら頭の上に構成した獣の耳をぴこぴこと動かす。

 御者台の男の呼吸、荷台の中のソラの寝息、その尻尾を枕に眠る竜の少女が鳴らす喉の音色。

 馬の蹄の音やけたたましく回る車輪の音を排し、本来はかき消され届かないそれを一つ一つ拾い上げる作業は、神経を使うけれど中々に楽しい。


 後から行く、と言ったルデラフィアに見送られてしばらく。

 前回と違い一台だけの荷馬車はのんびりと街道を東へ向かっている。


 城塞都市を襲った崩落の噂は、街から街を渡る商人たちや傭兵、情報屋などと呼ばれる者たちを経て既に大陸中に広まっているという。

 話好きの御者の男の話によると、城塞都市レグルスの一報を受けてさらに西、砂塵都市と呼ばれる大きな街が動き出すんじゃないかとか、魔術都市も隊を編成しているとか、きな臭い話が飛び交っているらしい。

 しかしその中でも『白き魔女』の話題は影を潜めることはなく、特に城塞都市の中では真っ二つに分かれ熱を帯びている。

 救いを求める者たちと陰謀を疑う者たちとの間に広がる溝は深く、埋まることはないだろうと。


 情報者としての顔もあるのだろう、御者の男の話は俺にも分かりやすく明瞭で、だからこそ救いの目が見出せない。

 仮に今から城塞都市に戻ったとして……俺に何ができるとも思えない、そんな暗く先の見えない状況。

 サルファン王の生存は絶望視されていて、世襲君主制だという城塞都市レグルスでは後継者の選出に既に多くの血が流れている。

 特に下層の治安は悪化の一途をたどっている……暴力が暴力を呼び、『臆病者の壁』と呼ばれている外壁は日に日に崩れ、代わりに死体が積み上げられていく。

 負の連鎖は止まらないだろう。


 四肢に魔力の結晶を抱える彼らはどうなったのだろう。

 騒ぎに乗じて逃げ出したのだろうか。

 それとも混乱を鎮める為の燃料として、変わらぬ扱いを受けているのだろうか。

 ……あの国から二度も逃げた俺が今更何を考えても、もうどうしようもないのだけど。


 遠く街道は二つに分かれ、道なりに進むと港湾都市に、左手に逸れる森林沿いの道は魔術都市へ続いている。

 港湾都市に用はない……いや、そういえばウルフレッドのことを忘れていた。

 彼には確か仕事を頼んでいたっけ。

 空を飛ぶ魔獣を探してほしい、それも人間が御せる程度の、という難題を。

 あの男のことだ、アーティファクトの情報も引き続き追ってくれているかもしれない。


 一度リフォレに寄ってもらうか……そう決め、御者台を覗きこもうと身体を起こすと、左の分かれ道から三台の荷馬車がこちらに向かってきていた。

 思考に埋没していて気がつかなかった……見れば道なりの方からも一台、荷馬車がやってきている。


 そしてそのどちらもが、今俺が乗っているこの荷馬車に向かって、手を大きく振っている。


「何かあったようですねぇ。止まりますが、よろしいですか」


「はい」


 御者台からの声に答えながら前方を注視する……魔術師が乗っている気配はない。


 ちょうど道が分かれる辺りで合流した計六台の荷馬車は、道を塞ぐように立ち止まった。

 それぞれの馬がぶるると首を振り、不意に訪れた小休憩に、機嫌良さそうに鼻を鳴らしている。


「あんたらどっちに行くんだい」


「港湾都市の方だが」


「ああそりゃ止めといたほうがいい、商売どころじゃない」


 降り立った御者の男たちは、腹をつき合わせて情報交換を始めた。

 彼らは皆、街から街を渡る商人なのだろうか。

 幌の上から見渡しても、御者台には護衛の傭兵が乗っている他は目立ったものは見えない。


 彼らの話に耳を済ませる。

 幌の上、端に座り足を投げ出す俺を見てぎょっとした顔をされたけど、笑みを浮かべ手を小さく振ると半笑いで手を振り返してくれた。


「ソムリアの連中、機と見たのだろうな。中立都市を根こそぎ奪う気だぞ」


「そういうことか。今はどうなってる」


「二日前の朝の時点で北と西が塞がれていたな。南を空けているのはわざとだろう」


 ……なんだか物騒な話をしている。

 気になるけど任せよう、話好きで教え上手なあの御者の男なら、後で要点だけ纏めて教えてくれるだろうから。



 小休止は十分程度で終わった。

 それぞれの荷馬車に戻った彼らは、口々に気をつけろよと言って馬をぺちりと叩いた。

 見送り、御者台へ下りる。


「戦争ですか?」


 俺の声に御者の男は顎に手を当てて少しだけ考えた後、口を開いた。


「侵略、の方が近いですねぇ。厄介なことになりました」


「侵略……」


 城塞都市が機能不全でしばらく動けないと判断した魔術都市が、周囲にある大都市国家に属していない小さな都市や街を傘下に治めようと動き出したということらしい。

 拮抗していた力関係が崩れた今、魔術都市を止められる都市国家はないという。


「ベスターハーゼンが重い腰を上げることはないですからねぇ」


 魔術都市の後背を突ける位置に存在している複数の都市国家の集合体はその成り立ち上、全てを領土の中で完結させ徹底的な専守防衛で維持している。

 周りがどうなろうと知ったことではない、ということか。


「しかし港湾都市リフォレも軍組織が小さいとは言え、粒揃いの魔術師に加え傭兵も多いですからねぇ。

 魔術都市側もなるべく最小限の犠牲で済ませたいと考えるでしょうから、長引きそうですねぇ」


 この侵略行為に彼ら鈍色は絡んでいるのだろうか。

 アーティファクトの蒐集、そしてこの身体を目的としているのなら、恐らくは関係ない……筈。

 むしろ下手に俺が関わってややこしくなるほうが問題に……でもあそこにはお世話になった人たちがいる。


「……」


 悩んだ時間はごく僅か。

 余計な介入なんだろうけど、知ったことではない。

 頭上に浮かぶ大きな二つの月、そこへ行きたいと夢見る少女の旅路を妨げるなんて、無粋が過ぎる。


「ソラ。リチェル」


 荷台に顔を突っ込み、すやすやと丸まって眠る二人へ声をかける。

 同時に目をくしくしと擦り身体を起こした二人を見やり、隣に座る御者の男に頭を下げた。


「ここまでで大丈夫です。先に行きます」


 慣れているのだろう、男は手綱を握るように軽く引き、馬の脚を止めた。

 荷台の後ろから転がるように降りたリチェルとそれを追いかけたソラを目の端に置き、御者台から飛び降りた。


「フィアお嬢様に何か言伝を?」


「いえ、特には」


 余計な心配をかける必要もないだろう。

 四肢に魔力を廻らせる。

 まだ少し眠そうなソラの手を握り、リチェルが背中にふわっと飛びついてきたのを確認してから、続けた。


「今日中に終わらせますから」

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