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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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十三話 崩壊をもたらす三人の魔女

 村に辿り着いたとき最初に思ったのは、来なければ良かった、だった。

 ここに着くまでの歪な道しるべは言わば序の口。

 悪夢ならどれほど良かっただろう。

 これが、この光景が現実だとは、思いたくない。


 空はほとんど煙で覆われていた。

 この豊かな森の木々、その木材がこの村の特産だったのではないだろうか。

 そう思わせる木造りの建物は軒並み全て倒壊し、原型を留めているものは一つも残っていない。


 動くものも動かないものも、みな等しく燃えて崩れていた。

 まだ息があるものも何人かいたけど、俺の姿を見るなり、あの初老の男と全く同じ反応を示して事切れた。

 この壊滅的な状況で助けを求めない彼らは、本当に人間だったのだろうか。


 服が汚れそうで嫌だな。

 ああ、この分だと髪も酷いことになりそうだ。

 村の凄惨な有様から村人の反応から、目を逸らし逃げるように別のことを考えながら歩を進める。


 多分村の中央だろう、井戸のような……大きな水がめのようにも見えるそれ。

 そこには我先にと人々が群がったのだろう、その全てが炭化していて、奇怪な一つのオブジェが出来上がっていた。

 なぜそんなことになっているのか、それを考える余裕がない。

 足元に転がっていたそれは、トトが持っていた短剣だった。

 まだ煙をそこかしこから上げている歪な塊から目を逸らし、鞘に収まったままの短剣に手を伸ばす。

 拾い上げ顔を上げた瞬間、視界が歪んだ。

 爆散。


「う……っ」


 思わず両腕で顔を覆う。

 人だったものが破片になって辺りに撒き散らされた。

 何が、何をどうしたら、こんなことになるのだろう。


 村の中央にあった構造物ごと一緒に吹き飛ばされ、煙も晴れたそこは見晴らしが良くなっていた。

 少しだけ抉れた地面の向こうに、三人の……いや、五人の姿が見える。


「んふ……何処から迷い込んだのかしら、おチビちゃん」


「……村の、人間では、なさそう」


「レグルスの奴、でもないか。誰だお前」


 最初に姿を認めた三人の女は、順番に口を開いた。

 紫を基調としたそれぞれが纏う豪奢な服は一切汚れておらず、この場から恐ろしく浮いている。

 その後ろで一際大きく爆発とともに炎が噴き出した。

 逆光で顔はよく見えなかったけれど、そんなことはどうでも良かった。


「二人を、離せ」


 最後に口を開いた女の足元、横たわっている二人はピクリとも動かない。

 けど多分、生きている。

 無意識に見ていた薄く青い世界、その中で二人の体内には魔力が弱々しくだけど巡っている。


「二人? ……ああこれか。ッハ! ……首輪付きでもねェ野良の石ころ、渡すわけねェだろ」


 長い髪は薄い金、ショートパンツから伸びる長い脚……その左脚には幾何学的な紋様が刻まれている。

 その女は不敵な笑みを浮かべ、ロンググローブの右手を持ち上げた。

 照準は……俺だ。


「……っ!」


 視界内の魔素が、一斉に煌いた。

 単純な直線ではない、それは俺を取り囲むように展開された、半球形の魔術の起こり。

 一瞬、そうほんの一瞬、手の平がこちらを向いたその瞬間……あの時のように避ければいいと思った。

 楽をするからそうなる……あの男の言葉の意味を、ようやく少しだけ理解した。

 この女はつまり、楽をしていない。


「アッハァッ!」


 握られた手の平に連動するように、張り巡らされた半球形の励起した魔素が収縮した。

 その意味、指向性、それらを理解するよりも早く。

 悲鳴も、視界も、感覚も全てを塗り潰す、衝撃と轟音。


 あ、死んだわこれ。



 もうもうと巻き立つ煙の中で声が聞こえる。


「もぅ……綺麗な子だったのに。やりすぎじゃない? ルデラフィアちゃん」


「あれが、最後、みたいだったし。別に、いいのでは」


「ハッ、ガキの癖にタメ口利くからだ」


「え、そこ、なの?」


 人だったものが散乱するこの場でそれを気にも留めないその口振り、その当たり前がただ単純に怖い。

 何なんだあいつらは。

 いやそれよりも俺はどうなったんだろう。

 意識が一瞬、白く塗り潰されて……それこそ、死を覚悟したんだけど。


 尻餅をついた姿の俺は服が多少汚れてはいるものの、破れてもほつれてもいない。

 身体の方は……そこかしこに薄っすらと痕があるものの、痛みはほとんどない。

 あの同郷の女がくれたこのふわっふわな服とこの小さい身体は、随分と頑丈にできているらしい。


 煙が晴れていく。

 どうする。

 煙越しに見えるあの塊……魔力は、とても濃い密度で全員健在。

 あの三人は多分きっと恐らく優秀な魔術師なのだろう。

 どこの誰かも分からないおチビちゃんを相手に油断せず、楽もしない程度に。


 その相手が五体満足な上に無傷だと知れば……次は三人掛かりになることは想像に難くない。

 どうする。

 どうする。

 何ができる?


 今の俺が相手より勝っているのは……魔素が見えることと、この異常な耐久性くらいだろうか。

 この二つを使ってできることは、何だ?


 脱兎の如く逃げる。恐らく可能、だけどどこへ? いや、考えるまでもなく却下だ。

 ならば猪突猛進。あの爆発範囲、自分自身の近くでは使えないのではなかろうか。

 こっちは何発撃たれても平気だろうし、組み伏せてしまえば……それを残りの二人が黙って見ているわけがない。

 えぇと、それなら……。


 考えがまとまる前に、立ち込めていた煙が晴れていった。

 それなら。

 完全に煙が消える前に立ち上がり……パン、パン、と服の汚れを叩く。

 余裕を見せつけるように。


「……ハハッ」


 女のその反応は、珍獣を見つけたときのそれだった。

 薄い金の髪が揺れ、その目は紫の中に赤が強く爛々と輝いている。

 吊り上がった口角から白い歯が覗く。

 無傷なことにびびって戦意喪失、が理想だったのだけど流石に無理か。

 あの反応は、火に油。


「おお、すごい、ね」


「あらぁ……面白いわね。ねぇルデラ……」


「手ェ出すなよ、あれはあたしのだ」


 はいはい、と溜め息混じりに答えたのは三人の中で一番の長身、アップに束ねた金の髪もより濃く艶やかな女だ。

 ロングスカートの強烈なスリットから大胆に見える長い脚にも、やはり紋様が刻み込まれている。

 そして、胸がでかい。


「出た、悪癖、もう」


 呆れた様子で嘆息したのは俺とほとんど同じ背格好の女。

 アンティークの人形のような可愛らしい姿で、手には図鑑みたいな分厚い本を重そうに抱えている。

 薄い赤金色のふわふわした髪も相まって、やる気を微塵も感じられない。


 三人ともが紫色を基調とした一見ドレスのようにも見える絢爛な格好をしているけど、それぞれの性格を表しているのか差異が大きい。

 と、何かしら情報を得ようと観察していたのだけど。

 趣味が悪い、とまでは思わないけど……あの格好。


「……ソムリアの人、ですか」


「あ? 今更何言ってんだ、見りゃ分かんだろ。……で、お前は何処の誰だ?」


 あの大柄な男が言っていたソムリアとやらの魔術師。

 なるほどこいつらと勘違いされたのか。

 こんな、奴らと。


 静かに深く息を吸う。覚悟を決めろ、俺。


「……教える必要は、ないですね。私に傷一つ付けられない、木っ端如きに」


「……ア゛ぁ?」


 まずは噛まずに言えたことを褒めてもらいたい。

 にっこり笑いながら吐き捨てるつもりだったけど、そこまでの余裕は残念ながら無かったので、絶望的なまでに無表情だっただろう。

 それでも、目論み通りの反応は引き出せた。


 頭に血を昇らせて魔術を連発してもらい、それを全て(できれば余裕綽々な感じで)受けきって……第三の案、相手に諦めてもらう。

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