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最後のアーティファクト  作者: 三六九
第一章 覚醒する魔女
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十一話 決意はそれぞれの胸の内に

 すっかり懐かれてしまったようだ。

 落ち着いた二人に、今日は泊まっていってくださいと懇願されてしまった。

 食事も頂いたのだけど、味はうん、言わないでおこう。

 そもそも調味料的なものがほとんどないみたいだったし。


 二人が寝静まった後、俺はこっそり外に出た。

 丸まればすっぽり入るくらい大きく立派な切り株に座り、紙箱を取り出す。

 陽はとっくに沈み、重なる二つの月は相変わらず俺を見下ろしていた。

 どこからか視線のようなものを感じていたけど、そうかお前か。悪趣味な奴め。

 驚くほど明るい夜だ、さぞかしよく見えることだろう。


 全く眠くなかった。

 知らなければいけないことが、たくさんある。

 今日だけでそれを痛感した。


「……まずは自分のことだな」


 見えない煙を吐き出し、目を瞑る。

 あの時、男たちの体内に見えたのは魔力の塊。

 ああ、集中するまでもなく分かった。

 俺の……この白い少女の頭の中と身体のど真ん中に、酷くどす黒い塊がある。


「んん……?」


 彼らの中のはもっとこう……綿菓子みたいにふわふわして見えたんだけど。

 これはなんというか、密度がエグい。なぜかブラックホールを連想してしまう。

 そしてその魔力は身体中の端から端まで行き交い、循環している。

 まるで血液のように。


 見ているだけで圧倒される。

 その一端すら今の俺には理解できないけれど、分かる。

 この身体は途方もなく……きっと途方もなく高度な魔術で造られているのだと。


「悪いことしたな」


 あの女は、恨んではいないと言っていたけれど。

 上手くいく要素もなかったと言っていたけれど。

 多分……簡単にできたのではないだろうか。

 それこそ、俺の意識だか魂だかを消し飛ばして中身を入れ替えるくらいは、造作もなく。

 今となってはもう、分からないけど。



 音を立てないように部屋に戻った。

 結局自分のことは、全く分からないということが分かった。


 静かな寝息を立てて眠る二人はどちらも微妙に寝相が悪い。

 痛みにうなされているようにも見える。

 昼間はそんなそぶりを全く見せなかったのは、我慢しているのもあるだろうけど。

 慣れて、しまったのだろう。

 さっきまで魔力の流れを凝視していたせいか、昼間に見たときよりも鮮明に見えるそれは、四肢の……主に腕の侵食が酷く見える。


 どれほどの痛みなのだろう。

 供物としてその身を捧げる……一族として生き、それに殉じることができるのなら、まだいい。

 だけどそれが叶わず、ただのモノとして扱われ、その為だけに耐える痛みというのは。


「……」


 二人の間に割って入り、腰を下ろす。

 どうせ眠くないし。


 二人の手を取った。

 この身体が魔素を餌とするのなら、この二人の痛みごと食べられればいいのに、なんて思いながら。




 視界が縦に真っ二つに割られている。

 それは黒と赤で、それは泥と空で、それは死体と炎だった。

 口の中は血と泥の味に埋め尽くされていて、何かが焦げた酷く不快な臭いが鼻腔を覆っている。

 ひゅう、ひゅう、と規則的な生きている音は、手を繋いだ先にいる姉のもの。


 まだ生きていた。

 倒壊した家屋、その残骸に押し潰される形で。

 厳しくも勇敢な父と真っ直ぐで優しい母、だったものに覆われる形で。


 どれだけの時間そうしていただろう。

 人はあんな声を出せるのか、なんてことを、友人の断末魔を聞きながら思った。

 泣き叫ぶ声が、肉の裂かれる音が、耳にこびりついて離れない。

 動かない身体は氷のように冷たくて、ただただ指先の姉のことだけを考えていた。


 辺りが静かになって、少し経った頃。

 陽の光を背負い、その人は現れた。

 差し伸べられた手を苦労して握り返したその先の、逆光の中に浮かんだ笑み。

 落ちる意識の中で、それだけがはっきりと焼きついている。




「あ゛ー……」


 いつの間にか眠っていたらしい。

 酷く生々しい夢だった。


 手を繋いだままの二人は、心なしか安らかな寝息を立てているように見える。

 というか、指ががっちり組み付いて離れない。


「……まぁ、いいか」


 時間の感覚は分からないけど、壁の隙間から差し込む光は朝の柔らかなそれを過ぎているようだ。


 昨日の話を思い返す。

 どうやら彼らの一族はこの世界では酷い扱いを受けているようだけど。

 昨日の闖入者は別として、二人はここで普通に暮らせているように見える。


「村、か」


 恐らくここから近いのだろう。

 今日の目標はそこだな、と決まったところで。

 ……こいつらは、いつになったら起きるんだろう。



 あれからたっぷり三十分経って、ようやく二人は目を覚ました。

 不思議そうにそれぞれ自身の手を見つめながら、なんだかよく眠れました、と言った二人は、のそのそと起き上がり朝食の準備を始めた。


 何か色々混ざった硬いパンと、何か色々混ざった野菜のスープ。

 それらをご馳走になった後、俺は話を切り出した。


「村に行きたいんだけど」


 それを受けて二人は黙り込んでしまった。

 何か悩んでいる……逡巡しているような。

 そういえばあの大柄な男が何か言っていた……間に合わないとか何とか。

 あれはどういう意味だったのだろう。


「……姉さん」


「ん。多分、同じこと考えてる」


「うん」


 その短い受け答えで結論が出たようだ。

 二人は頷き合うと、少し待っていてください、と言って身支度を始めた。

 よく分からないけど真剣な表情をしていたし……二人に任せよう。


 俺は外に出て紙箱を取り出した。

 偉そうに見下ろしてくる大きな二つの月にも少しだけ慣れてきた。


 自然と口にしている煙草に似たこれは一体なんなのだろう。

 目を凝らしてみても何か……恐らく魔術的な要素なのだろう、それがあまりにも緻密に凝縮されていて、つまりやっぱり、何も分からなかった。

 身体がじんわりと満たされて落ち着くこの感じは、魔素が身体に取り込まれてるからだと思うのだけど。

 でも魔素なんてそこら中にいくらでもあるよなぁ、と目を切り替えながら考えていると、荷物を背負った二人が家から出てきた。


「お待たせしました」


「いや、そんなに待ってはいないけど……随分と大荷物だな」


「えぇ、多分必要になるので……では行きましょう。案内します」


 そうして歩き出したのは、湖の方向だった。

 先頭を行くのは弟のトト。腰にはあの無骨な短剣の鞘が縛り付けられている。

 姉のテテは俺の隣で鼻歌でも歌いだしそうな足取りの軽さで……あ、まじで歌いだした。


「んっんー♪ んふっふー♪」


 どうしよう、この子すんごい音痴っぽい。

 でもその調子外れの歌は、あの境遇を聞いた後だからだろうか、不思議と心地良く聞こえる。


 ひんやりとした森のトンネルを抜けて湖に出た。

 今日は風がない。

 湖面は驚くほど静かで、水面を歩けるんじゃないかと錯覚しそうなほど、ピタリと静まり返っている。

 湖の中にまばらに生えている寒そうな木々も微動だにしていない。

 トトが口を開いた。


「どうして僕らがこんなに自由に生活できているのか、疑問に思っているでしょうね」


「……うん」


 だけどなんとなく、察しはついていた。

 テテが酷く恐れていた……湖の水自体を、そしてその中で平然としている、俺の姿を見て。


「見た方が早いと思います。……行きましょう、こちらです」


 湖畔を進む二人は、やはり湖から距離を取って歩いていく。

 村と湖と、この二人の関係……それらを知って、俺に何かできるのだろうか。

 トトの後を追って歩きだした俺の、すぐ近くを付いてくるテテは呑気なもので、


「んふー。シエラさんはなんだか、懐かしい匂いがする」


 と、鼻をすんすん鳴らしていた。

 あれかな。おばあちゃんの家の匂いかな。

 あんまりうれしくねぇなそれ。


 ともあれ、ようやく当初の目的だった人里に出れそうだ。

 とりあえずあれだな、この服をなんとかしよう。

 もっとこう目立たない感じに。

 そしてできれば下着が欲しいですね。

 そんな風に、俺は少しだけ浮かれていた。


 実際に、その村の惨状を目にするまでは。

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