三話 謁見の間にて
城塞都市レグルスの中層を抜け、上層への門をくぐり抜けた。
中層までの込み入った街並みとは違い、上層は……開けていた。
邸宅一つ一つが庭付きで、郊外にある別荘地という言葉がしっくりくる光景が広がっている。
乾燥した土地だと思っていたけど上層だけは随分と緑が豊かで、門をくぐったときに別の国に転移していたと言われても信じてしまいそう。
生えている草花にひょろりと背が高いものが多いのは、三方を切り立った崖に囲まれているからか。
陽を求めて上へ上へ。
ゆるく蛇行している道は遠く、切り立った山岳を背負う小さな城へ続いている。
家々から遠巻きにこちらを覗くのは身なりも立派な、貴族と呼ばれる方々だろうか。
騎士の名に連なる者の多くは、上層の中でも門に近いこの辺りに住んでいるらしいと聞いた。
そして辿り着いた城の前。
警備につく兵の数は僅かで、城の規模も大きくはない……城壁がないからか、立派な邸宅といった方がしっくりくる。
石造りで凹の形をした建物の奥側には、尖塔のとがった屋根が見える。
「グレイス、後は任せた」
「ああ」
どうやら団長のレイグリッドと白き魔女は王さま直々に呼ばれているらしい。
レイグリッドは一度ニアリィの頭を撫で、馬から降りた。
騎士団の面々を残し、城内へ。
なんだか緊張してきましたよ。
建物の内部にも兵の姿はあまり見当たらないけど、さっきから忙しなく動き回る人々が目につく。
「後処理だろうな」
呟いたレイグリッドの声は重い。
後処理……若き王の側近にまで上り詰めていた鈍色のローブを纏った魔術師、その彼らが残した傷痕は深いのだろう。
この国はきっと、これからが大変なのだ。
謁見の間。
装飾は洗練されていて、重武装な護衛の兵士は微動だにしない。
高い位置から取り込まれる陽の光は計算されていて、空間を温かく満たしている。
本来の厳かな雰囲気はしかし行き交う役人と書類とで乱雑に散らかり、少しだけ騒がしい。
しかしその騒がしさも、ぴたりと止んだ。
騎士団を率いる団長レイグリッド・トルーガとその隣。ああ、めっちゃ見られてる。
一番奥で足を組み、難しい顔をして座っているのは若き王、サルファンその人。
急に静かになった場に顔を上げ、こちらに気づいたサルファン王は、相好を崩した。
「レイグリッド!」
手を挙げ呼ぶ声は若く、鋭い。
ほんとにちゃんと、王さまだったんですね。
歩み寄るレイグリッドを、立ち上がり手を広げて出迎えるサルファン王。
「よく戻ってきてくれた」
視線を交わす二人の間には、確かに信頼のようなものが感じられる。
逃げ出したい気持ちを抑えつつ、レイグリッドの斜め後ろにこっそりと立つ。
「やはり、そなただったか。白き魔女シエラ」
中層での『嫁に来い事件』は記憶に新しい。
若き王、こうしてまじまじと見ると威厳を漂わせ、整った顔立ちと黄金の髪は、世の女性を虜にするには充分すぎるほど。
「先日は、失礼致しました」
「よい。全て余に対する献身だと聞いている」
……ん?
「アーティファクトに対する処置もな。そなたの深い思慮と高潔な精神に感謝を」
「えぇと……はい」
よく分からないけど随分と評価されているらしい。
どんな話が伝わっているんだろう、後で詳しく聞く必要がありそうだ。
「その上でもう一度、聞いてほしい。シエラよ」
「?」
小首を傾げる俺の前で、若き王が大きな花束を取り出した。
護衛の兵士、見守る人々が、息を呑んだ。
「余の妻に来てくれないか」
豪奢な外套のしたに隠していたのか、薔薇に似た花束は色とりどりで、でも白い花はないですね、これ何十本あるんだろう、この小さな身体では両手でも抱えられないかもしれない。
ふわり、と良い香りがする。
あれ。……顔が熱い。
何故だろう、魔力が廻り油断すると獣の耳と尻尾が生えてしまいそうだ。
「あ、あわわ……」
上手く言葉が出てこない。
あの時はそれこそ即座に答えていただろ。
どうした、俺。
「え、えぇと……お、ぉ気持ちはぅごにょごにょ……」
ところどころ声が裏返り、語尾が情けなく尻すぼみになる。
自分が何に動揺しているのかも分からない、ただただ、顔が熱い。
落ち着け。俺は男で、相手も男で、そこに何かが起きる筈がないだろう。
しかし、その目はあまりにも真剣で。
「……」
その真摯な目を見据える。
若き王サルファンは自身の立場をわきまえた上で尚、真剣に……こうして、俺に向き合っているらしい。
ちゃんと、答えよう。
性別がどうとかじゃなくて、きちんと。
小さく、深呼吸をした。
「……お気持ちは、大変嬉しく思います」
周囲に、ほんの僅かにどよめきが起きた。
「ですが、私にはやらなくてはならないことが、あります」
真っ赤な美しい薔薇に似たそれを、一本だけ引き抜いた。
『竜の心臓』に意識を集中する……ぼう、と青白い炎が指先から溢れ、花弁が真っ白に染め上がった。
魔力の変質。
『リフォレの大樹』のそれとは違い、ちゃんと……触れる筈。
「……サルファン様。あなたも為すべきことを、為してください」
「そう、か」
俺が差し出したそれを受け取って胸に差すと、サルファン王は花束と一緒に俺を抱え上げた。
「では今は、友として迎え入れよう。良いな?」
「は、はい」
燃えてきたぞ、と快活に笑い飛ばすサルファン王。
あれ、この人もしかして諦めてないな?
周りの人々からは、がんばってくださいサルファン王! という理解しがたい声が上がっている。
中層の一件のときもそうだったけど、どうやら随分とこの王さまは信頼されているらしい。
「では話を聞かせてくれ、レイグリッド」
「ハッ」
いや、その前に降ろしてくれ。
いい声で返事してる場合じゃないだろレイグリッド。
「あの、降ろしていただいても?」
「やはりそなたの声は妖精の囁き、花の蜜の如き甘さまで感じられるではないか」
話を聞いて?
というか花の香りはあなたが抱えている花束から漂ってますよ。
いい匂いですね。
こっそりサルファン王の首の後ろに腕を回す。
一瞬だけ目を切り替えて、やはりあったそれに触れた。
放っておけば自然に解除されると聞かされてはいたけど、念の為。
こくり、と頷くと、レイグリッドは安堵の溜め息をついてから、今までの話を始めた。
『白き魔女』シエラ。
真っ白な美しい髪。紅い宝石のような瞳。
手足はすらりと細く、その声は全てを魅了する。
少女は城塞都市に巣食う悪を正す為、単身乗り込んだ。
黒き魔女の秘宝は、人の手に余る代物だった。
それを少女は誰一人傷つけることなく回収した。汚名を着せられてまで。
そして裏で糸を引いていた者を引きずり出し、討伐せしめたのだ。
それも全ては、若き王サルファンへの深く美しき献身。
少女は『救国の魔女』として語り継がれるだろう。
「いやはや、素晴らしいですな」
「……はぁ、どうも」
どうやら上層の人々の間では、そんな話が流布されているらしい。
誰だこの話を作った奴、出て来い。
次々と王の元にやってくる人々に握手を求められている。サルファン王の膝の上で。
口々に名乗る彼らの名前は長く、何一つ覚えられそうにない。
分かるのは、金持ちなんだろうなということくらい。
脇にはレイグリッドが控え、時折兵士が飛んできては何かやり取りをしている。
俺の頭の上ではサルファン王が凛々しい顔をしているが、時々居心地悪そうに座る俺の髪を、慈しむように撫でている。
噂の白き魔女を見に、そして言葉を交わしに来る人々への応対で、気がつけば陽が暮れていた。
……そういえばソラはどこに行ったんだろう。




