第三話:英雄の職業は――
ダンジョンを出て、転移魔法を使ったアーロンは教会内に現れた。
すると彼が棺を引きながら現れた事で、周囲は息を呑んだような緊張感に包まれ始める。
だが同時にザワつく者達もいた。
「帰ってきたぞ……!」
「だが棺が4つとは……」
「む、娘はどうなんだ!? どうなるんだ!?」
この場にいるのはギルドや街の者、また、この4人の両親も駆け付けた様だ。
最初は俺が教会の真ん中を進む姿に困惑した様子だった。
だが、周囲は教会や神父達の静める様な気によって落ち着きを取り戻し、やがてアーロンの耳には自分の足音と鎖の音しか聞こえなくなる。
また一歩、また一歩と進むと、彼はやがて、教壇の前に立つ正装に身を包んだ神父様の前で足を止めた。
そして4つの棺の蓋を開くと、その中身を見て周囲からは悲しみの声が漏れる。
――確かにまだ若いしな。
この4人はまだ若い。少年少女とも呼べるほどに。
だからこそ、今からが重要になる。
「神父様……後はお願い致します」
「えぇ……お任せください」
もう何度もやり取りして来たアーロンの言葉に神父様は優しい表情で頷くと、彼もその場から下がって様子を見守った。
「……では始めましょう」
神父様の声が教会に響いた直後、シスターの引くパイプオルガンが盛大な音を鳴らす。
「この世を見守りし大いなる女神よ……今ここに、運命を捻じ曲げられし4人の若者。――コロル・ホットサンド、ミレイ・アルトール、レッグ・マッドス、リアラ・カルトスの魂をここに呼び戻して下され……!」
パイプオルガンが演奏する中、神父様がそう唱えると棺の中の4人の肉体が輝き始め、やがて全身を包み込んだ。
そして神父様の言葉、シスターの演奏が終わると同時に光は収まり、そして――
「あれ……?」
「ん? ちょっと、ここって教会?」
「僕達は洞窟にいたんじゃ?」
「……うぅ~なんか長く眠ってた気がするよ~」
棺の中にいた死んでいた4人が目を覚ました。
それを見て一斉に4人に駆け寄る家族とギルドの者達。
――これがこの世界のルール。
この世界は女神『ライフ』によって見守られており、病気や寿命じゃない不遇な死をした者は教会で蘇らせることが出来る。
――だが、それには条件がある。
それは女神ライフへ声が届く場所。
神聖なる、魂を呼び戻せる場所――教会でのみでしか叶わない。
だからこそ、誰かが帰らぬ者達を連れ戻す必要がある。
――そして、これが俺の仕事だ。そう俺は……。
「ご苦労様! 今日も活躍ねアーロン?」
感傷に浸っていたアーロンの背後から、鎧を叩きながら声を掛けて来たのは道具屋のマキだった。
そんな彼女からの労いの言葉を受けた彼も、静かに頷いて返す。
「それが俺の仕事だ……それにもう一仕事ある」
まだ仕事は終わっていない。
この仕事はアフターケアも肝心だ。
アーロンは自分へ手を振っている4人の無事を確認し、神父様とシスター達にも一礼してから皆に背を向けて歩き始めた。
「気を付けていってらっしゃい」
「……あぁ」
マキの言葉に応え、教会から出ようとするアーロンだが、その時に周囲からの話し声が聞こえた。
どうやら若い冒険者が彼の事が気になっている様だ。
「凄いですね……あの人は何者なんですか?」
「ギルドどころか、世界でも伝説の人さ……この世の全てのダンジョンを知り尽くしたダンジョンマスターで、全ての魔物も討ち倒してきた最強の英雄だ」
「聞いたことないか、こんな詩を?――棺を担いで彼は来る、棺を引く為にやって来る、女神に愛されし棺引き、棺を背負いし英雄は――って感じのやつ」
「……フッ、英雄に詩か」
アーロンはその話を聞いて思わず笑いそうになった。
別に全てのダンジョンを行ったのは否定しない、あらゆる魔物を倒してきたのも否定はしない。
必要だから行っていた内に、常人離れした強さを持ったのも否定しない。
――だが俺はダンジョンマスターでも、ましてや英雄でもない。
ただダンジョンに忘れられようとしている魂を、連れ戻しに行っているだけだ。
「さて……もう一仕事だ」
アーロンは転移魔法を唱え、再び転移する。
場所は勿論、行ったばかりの『神獣の巣』だ。
♦♦♦♦
教会に送り届けたからといってアーロンの仕事は終わりじゃない。
彼は洞窟の入口に脇に立ち、そこに木工ギルドで購入した看板を打ち立て、そして文字を記入した。
『金ランク以下、絶対に立ち入り禁止。―アーロン・リタンマン―』
そう書いた看板を設置したアーロンは洞窟内へと入って行き、入口近くにも看板を設置した。
注意書きの看板の設置も彼の仕事だ。
ダンジョンのアフターケア。こうでもしないと、同じ理由で入る奴がいるから。
『ここの鉱石は奥に進むごとに回収しやすくなるが、奥には強靭な魔物が生息。金以下は絶対の絶対に立ち入り禁止』
「後は『溶け込み樹の蔓』を巻けば……大丈夫だ」
周囲に溶け込む性質を持つ、木の蔓を看板に巻けばダンジョンの魔物も異物とは気付かず、早々に看板は破壊されなくなる。
梯子を完全に固定し直し、上から下まで蔓を巻き付けて作業を終えた頃、アーロンは不意に懐中時計を取り出すと、間もなく日が暮れる時間だった。
「今日はここまでだ。お疲れ……」
彼はダンジョンに労いの言葉を掛けると、転移魔法で帰還した。
――だがこの時、俺は、その後に洞窟に入って来た者の存在に気付かなかった。
♦♦♦♦
翌日、再びダンジョンに訪れ、アフターケアの続きをしていたアーロンを最奥で出迎えたのは無残に殺された男の死体だった。
かなり損傷は激しいが、どことなく見覚えがある姿。そしてタグに男の名前が記されていた。
「……ショウか」
昨日の4人を騙した張本人、ショウだった。
どうやら何を勘違いしたのか、一人でここに入って魔物達に殺されたらしい。
だが放って置く事もできず、アーロンはショウの遺体を整えると棺に入れ、もう一度教会へ向かった。
♦♦♦♦
「……駄目なようです」
アーロンの連絡を受けて駆け付けたマスターとギルドの者達の前で、神父様は無念そうに首を振った。
そうショウは生き返れなかった。
――これもまた世界のルール。
女神ライフは命を見ている。だから悪しき者は生き返る事が出来ない。
結果、ショウは自業自得の死を迎えるが、悲しそうにしてくれたのはマスターだけなのが全てを物語っていた。
♦♦♦♦
――全てを助けられる訳ではない。
それでもアーロンはダンジョンに潜り、彼等を連れ戻してくる。
長年行っていると、外見だけで悪党かも見分けがつく様になり、生き返る者と生き返れない者も分かる様になっていた。
ダンジョンで力尽き、そんな者達を連れ戻して教会まで連れ帰り、最後はダンジョンのアフターケアをする。
それが全てのダンジョンを知り尽くし、色んな魔物と戦って来たことで常人よりも強い以外、ただの人間であるアーロンの仕事だ。
――そして、今日も俺の下へ依頼が舞い込んでくる。
「大変ですアーロンさん!? 西の国王陛下がいらっしゃっております!?」
「おおぉアーロンよ!? 勇者が! 勇者達の命の水晶の光が消えてしまったのだ!!」
どうやら勇者は本当にいたらしい。
だが勇者も人間らしく、油断してしまったのだろうが勇者が行って命を落とした以上、並みのダンジョンではないだろう。
――けれど相手も場所も関係ない。
何処へだろうが向かい、連れて帰る。それがアーロンの仕事だ。
騎士でも兵士でも英雄でもない。
魔術師でも聖職者でも大工でもない。
――そんな俺の仕事は『救出屋』
「頼むぞアーロン! 棺の英雄よ!?」
――棺の英雄。そう俺を呼ぶ者が増えた。
けれど肩書きも、二つ名も彼には関係ない。
だからアーロンは今日も棺を背負い、依頼人へ問いかける。
「――どこのダンジョンだ?」




