第一話:英雄の準備
1~3話は短編の話にちょい足しした内容となっております(`・ω・´)ゞ
この世界には魔物がいる。ダンジョンもある。魔王もいるらしい。
この世界には戦士や魔法使いもいる。ギルドもある。勇者もいるらしい。
その他にも鍛冶屋、道具屋、普通の市民、兵士や国王だっている。
――だが彼は――アーロン・リタンマンはどれでもない。
伝説の装備を纏って魔王と戦う訳でもなく、兜を被り、鎧を身に纏い、ダンジョンの中で棺を運ぶだけだ。
待っている者達がいる。その為に、アーロンはダンジョンへ潜る。
目の前に倒れる血塗れの者達。
その者達を抱え、彼は棺へと納めていく。
「女神ライフよ……この者達に幸があらんことを」
そう言ってアーロンは、鎖で繋いだ棺を運びながらダンジョンの中を進んで行く。
「女神ライフに声が届く場所へ、教会へ……急がねば」
それが戦士でも魔法使いでも、勇者でもない彼の仕事だ。
♦♦
拠点としている街で、今日もアーロンは仕事の準備を始める。
「……鍛冶屋に武器防具の受け取り、道具屋でも買い物しなければ」
準備は大切だ。
命賭けの仕事なのに変わりないからだ。
生き残る為に彼は街に出て、まずは鍛冶屋へ向かった。
すると、まるで樽の様な体形の店主が、アーロンへと豪快に手を振っていた。
「お~い! アーロン! 頼まれていた武器と防具の整備終わってるぞ!」
「……助かる」
彼は鍛冶屋の店主と話し、預けていた武器と防具を受け取る。
それはアーロンの仕事道具で命を預ける相棒達であった。
――だが俺は兵士でも傭兵でも、冒険者でもない。
「今日は他に何かあるのか? 色々と入荷しているぞ?」
店主はそういって嬉しそうに、店の奥を指差した。
ここの店主とアーロンは付き合いが長い。
だから、こうやって優先的に品を流してくれるから彼も助かっていた。
「すまんな店主、いつも助かってる」
「なぁに、助かってるのはお互い様だ!――お前がいるから皆は助かってるし、俺の息子も生きてるんだからよ」
店主はアーロンと、彼の仕事に好意的だ。
昔、店主の息子さんも助けた事での信頼関係もあれば、店主が自身が長年冒険者を見ているだけあって、その目利きが信頼できる。
無論、準備してくれている道具も全て質が良い物ばかりだ。
「……かぎ爪ロープを3、ミスリルのバックラーを1、あと鉄製の矢を40本にナイフも20本頼む」
「おう毎度! どうする? お前の拠点に届けておくか?」
「いや、ここで受け取る」
アーロンはそう言って手を翳すと、彼が持つ固有魔法を唱えた。
「空間魔法――『異次元庫』」
目の前に時空の穴が開く。
これがアーロンの固有魔法の一つ、空間魔法。
魔法で作った特殊な空間への穴で、その中に彼は買った物を次々に入れていった。
「良いなお前の魔法は……買い物カゴ要らずだもんな」
物珍しそうにカウンターから覗いてくる店主だが、この魔法は見た目より簡単じゃないと、アーロンは首を振った。
「こう見えて扱いは難しい。生き物は入れられないからな。――だが、この魔法のお陰で俺は今の仕事を続けられている」
そう言ってアーロンは、買った物入れ終えると空間を閉じ、店主にジャラジャラと金貨銀貨が詰まった袋を手渡した。
「これが代金だ」
「ありがたいな……お前だけさ、いつもツケ無しで払ってくれんのは。全く、最近の冒険者はなっとらん」
店主はそう言って、アーロンからの代金が詰まった袋を嬉しそうに両手で受け取った。
それを確認し、彼は店主へ背を向けた。
「じゃあ俺は行く。道具屋にも教会にも寄らければならない」
「そうか、次ゆっくり出来る時は言えよ? 茶や菓子ぐらい出すからよ」
そう言って店主と別れた俺は次に道具屋へと向かった。
「あらぁ! アーロンさんいらっしゃい!」
歓迎のムードで出迎えてくれたのは、赤いポニーテールが特徴の女性店主マキだ。
マキは待ち人来る、そんな様子で満面の笑みでアーロンを出迎えた。
「あぁマキ、早速だがアイテムを見せてくれ」
「ふぅ、相変わらずの仕事人間ね? 少し世間話とかお茶とか誘ってくれないの?」
マキは髪を弄りながら、愚痴の様に言ってくるが、彼女もアーロンが忙しいのを理解しているので、アイテムをすぐに見せてくれた。
買うのはポーション、エーテル、毒消しに魔物除けのお香。
どれも幾つあっても足りないぐらいだ、毎度大量に買わなければならない。
――だが俺は商人ではない。
「いつものと……ロープにフライパン。そうだ簡易爆弾もない、あと新しいテントも欲しい」
「ハイハイ、すぐに準備するから出した奴から入れちゃいなさい」
マキも彼の仕事を理解しているのでスムーズに買い物ができ、アーロン的にもありがたかった。
彼女が出す品をお言葉に甘え、次々と異次元庫に放り込むと彼は最後に代金を支払った。
これまた金貨銀貨が詰まった袋で、それをマキは嬉しそうに受け取る。
「まいどあり! 本当は少し話ぐらい付き合って欲しいけど、今日は忙しいのよね?――でも、次はせめてお茶ぐらい付き合ってよね?」
「あぁ、そうさせてもらう」
期待する様な表情で手を振るマキと別れた彼は、次に教会へ――
「――しまった……看板がもうないのか」
そう思ったが不覚だ。看板をダンジョンで全部使ったのを忘れていた。
緊急の仕事が入る可能性がある中、急がないといけないのにやってしまったと、アーロンは兜を撫でた。
「……木工ギルドに行かなければ」
彼は目的地を変更し木工ギルドへと向かう為、街の中を走った。
「どうしたアーロン急ぎか?」
到着すると受付の木工ギルドの若い青年――モックが目を丸くしながら、彼の様子を察してくれた。
それを見て、アーロンも静かに頷く。
「……あぁ、すまんがいつのも看板を頼む」
「わ、分かった! すぐ準備するよ!」
彼の仕事を知っている人は対応が早くてありがたい。
モックは素早く準備し始め、手を振りながら仲間にも声を掛け、急いで準備してくれた。
「準備できたぞアーロン!」
若い衆や熟練の職人の人達も手伝って、大量の矢印の板が付いた看板を持って来てくれた。
申し訳ないと思う反面、やはりありがたい。
共にアーロンの異次元庫へ一緒に入れてもらい、ついでにサービスとして梯子も買った。
「代金はこれだ。すまんがもう行く」
「お、おう! 頑張れよ!」
「また来いよ坊主!」
木工ギルドのメンバーが両手で手を振ってくれる中、彼は急いで教会へと向かう。
街の中心にある神聖感ある教会。
ステンドグラスには蒼い長髪の女神が描かれており、蒼を強調した神秘性にアーロンは思わず足を止め、見上げていた。
だが我に返ると急がねばと、勢いよく扉をアーロンは開けた。
すると偶然、入口近くにいた神父様とシスターが彼を出迎えてくれた。
「おやおやアーロン殿、随分と慌てた様子ですが……」
「大丈夫ですか……?」
神父様とシスターは珍しいものでも見たかの様に、目をパチパチとさせている。
彼も兜の中で額に汗を流しているだけだが、神父様達にはそう見えたらしい。
高齢の熟練の神父様と、若いが正しい心を持っているシスターに出迎えてもらったアーロンは、さっそく要件を伝えた。
「すまないが、聖水を瓶で30個、ロザリオを10……あと棺を20頼む」
「分かりました……すぐに他の者達に用意させましょう」
神父様は静かに頷くと若い人達に指示を出した。
これらも他の人達に手伝ってもらい、異次元庫に入れていく。
――これで準備は完了だ。何が起こっても対応できる。
そう思っていると、アーロンに神父様が近付いて来た。
「アーロン殿、今日の予定はどうなのですか?」
そうだ忘れてはいけない。
アーロンの仕事に神父様の協力が不可欠だ。情報の共有はしなければ。
「いえ、今日まだ予定はありません。ですが、いつ依頼が来ても――」
彼が神父様に状況を伝えていた時だった。
教会の扉が勢いよく開き、入って来たのは整った服を着た小柄な女性だった。
「ア、アーロンさんはいらっしゃいますか!?」
慌てた様子で両手を振り回すのは、ギルドの受付嬢――テレサだった。
彼女はアーロンを探している様で、どうやら仕事が来たかもしれんと彼の纏う雰囲気が変わった。
実際、彼女は彼の姿を見てホッとした様子だった。
「アーロンさん! よ、良かった……ここにいらしたんですね!」
「落ち着け、一体なにがあった?」
「依頼です! しかも緊急の!」
どうやら勘はさえている様だ。案の定、緊急の仕事が来た。
それを聞いて、彼は神父様の方を見た。
「……神父様」
「えぇ、分かっております……私共も準備をしておきましょう」
伊達に長い間、この街で神父を務めていない。
神父様は冷静に頷くと、周囲のシスターや牧師に指示を出し始めた。
これで、こっちの方は大丈夫そうだ。ならば急がなければと、アーロンはテレサに問いかけた。
「場所はギルドか?」
「はい! すぐにご案内します!」
教会とギルドは近い。確かにパパっと走った方が良いだろう。
アーロンはテレサと共にギルドへと急いだ。




