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短編の歴史

人生とは舞踏会のようなものだと考えて……

作者: 猫乃つづり
掲載日:2019/04/11

ふと、思った、


自分の行為が気にくわないと……


シャワーを浴びる音に不快感を催しながら、こんな時間があるから、人間めんどくさいんだと……


でも、まぁ人間だし、きれいじゃないと社会の不適合者と見なされ、住み心地は悪くなる。

だから、仕方なく私は偽善の仮面を被るように過ごすのだ


それを考えない人間は人間を辞めてると思い、私は自意識が多少なりとも働いているから、まぁ仕方なく身綺麗にしておく……


また、このWebの小説を書くのもめんどくさい、形式が本物の小説と違いすぎる。


虫唾が走る、また、ひとたびの怒りの沸点をどこかにぶつけたいとしたいが、人間にはぶつけられない性分だから、今、私が書いてる文字と言うものに怒りの力をぶつける。


フラストレーションはストレスの芸術だと私は思う。


純粋理性とかとは真逆のまた、違った不快さを表す作品である。

読んでて全くイライラする。


しかし、何事にももしかしたら、


舞台では理性が必要だが、理性だけでは物足りない、情熱が必要だ。

しかし、情熱が行き過ぎるのも不快を通り越して、絶望に変わる。

また、逆も然り、かの哲学者たちはその理性を追求して絶望にうちひしがれた。

だとしたら、小説家とはまた、逆のパスカルを働かせた、有機物なのだろう。


しかし、まだ、私は小説家とは言えない、それはむしろ、先代の偉大な文豪に申し訳つかぬことなのだからだ。


だが、彼らもまた、文豪とは思っていないのかもしれない、もし、彼らが文豪と自己主張しているならば、人々は見向きもせず、気づかぬおバカさんを称賛することだろう。


だから、人間とは気づかぬおバカさんを称賛して、自己に優越感をもたらしてると言えるのかもしれない。


つまり、バカと天才は紙一重と言うように嘲笑は称賛と、この人生は表裏一体で成り立ってるのかと思わせてくれる。


この世界は、舞踏会、演劇の脚本を作るのは小説家、頭の中は制作現場、私は仮面を被りつつ、人の内面を見つめ、物語を書いて、自己を見つめる。


そう考えるとやはり、私はこの世界は嫌じゃないと思えるのだ。





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