最高級黒トリュフ
村人たちに案内され、俺たちは『魔の森』へと足を踏み入れた。 確かに臭う。土と、湿気と、どこか濃厚な麝香のような香り。
村人たちは「腐った臭いだ」と鼻をつまんでいるが、俺の鼻には、それは「金の臭い」にしか感じられなかった。
「ここですじゃ。見てくだせえ、地面がボコボコと黒く隆起して……気味が悪いでしょう」
村長が指さした木の根元。 そこには、確かに黒く、ゴツゴツとした塊が、地面から顔を出していた。
俺は震える手でそれを掘り出した。 掌に乗るサイズ。土にまみれた黒い塊。
スキルが、その正体を鑑定する。
『【最高級黒トリュフ】: 美食家たちが「黒いダイヤ」と称賛するキノコの王様。この地方の土壌と枯れ木(実は希少な香木)の影響で、最高品質の香りを放つ。市場価格:金貨10枚/個』
「……勝った」
俺は黒トリュフを握りしめ、天を仰いだ。 金貨10枚。平民の年収に匹敵する額だ。
見渡せば、森のあちこちに同じような隆起がある。百個、いや千個はあるかもしれない。
これは税収どころではない。パーシヴァル家の財政を立て直すどころか、王家御用達になれるレベルの発見だ。
「村長、これだ。この『黒いコブ』こそが、私が探していた『黒いダイヤ』だ!」
「へ……? こ、これがですか? ただの臭いキノコですが……豚も食いませんよ?」
「それは豚が贅沢なだけだ! いや、豚に食わせる前に人間が掘り返して捨てていたからだろう!」
俺は興奮気味にまくし立てた。
「いいか、村長。今日からこの村は『枯れ木村』ではない。『黒宝村』だ! 村人総出でこれを掘り出せ! 傷つけないように丁寧にだ! 掘り出した分だけ、報酬を出す。税金なんて免除どころか、お釣りが来るぞ!」
「ほ、本当ですか……!?」
村長の頭上にあった【刺し違えフラグ】が、パリンと音を立てて砕け散った。 代わりに現れたのは、【村の英雄フラグ】と【忠誠度MAX】の文字。
「ああ、約束する。ハンス、すぐに父上への報告書を書いてくれ。『至高の珍味を発見。至急、王都の市場へ卸すルートの確保を』とな!」
ハンスも、手にした黒トリュフの香りを嗅ぎ、驚愕に目を見開いている。 「こ、これは……以前、王宮の晩餐会で一度だけ香ったことがございます。まさか、このような辺境に自生していたとは……!」
俺はニヤリと笑った。 これで父上の機嫌は取れる。村も救える。俺の評価も上がる。 まさに一石三鳥。完璧なフラグブレイクだ。
……と、思っていたのだが。
《ピロリン♪》 『警告:新たな破滅フラグを検知しました。 【妹シャルロットのやらかし】: 兄の留守中に暇を持て余したシャルロットが、「お兄様がいない間に、私の専属騎士団を作っちゃおうかしら♪」と思いつき、近衛騎士団長の息子(攻略対象:メインヒーロー)を無理やり拉致監禁しました。 危険度SS:このままでは国家反逆罪で家が滅びます』
「ふざけんなあああああああああッ!!」
静寂な森に、俺の絶叫が虚しく響き渡った。 トリュフを掘っている場合ではない。 俺は泥だらけの手のまま、ハンスの胸倉を掴んだ。
「ハンス! 馬車だ! 今すぐ屋敷に戻るぞ! 最高速度でだ!!」
「えええ!? ぼ、坊ちゃま、せめてトリュフを……!」
「トリュフなんか後だ! 妹が! あの馬鹿妹が、国を敵に回しやがった!!」
俺の戦いは、まだ始まったばかりだった。 最強スキル「破滅フラグブレイカー」を持ってしても、このカオスな一家を救うのは、前途多難すぎる。




