森の奥
「坊ちゃま……本当によろしいのですか? 『黒いダイヤ』などというもの、聞いたこともございませんが」
屋敷を出て、ガタガタと揺れる馬車の中。 御者台に座る従者ではなく、なんと執事のハンスが同乗していた。 父上から「イリスが逃げ出さぬよう監視せよ」と命令されたらしい。彼の頭上の『過労フラグ』が、いまにも爆発しそうなほど赤く点滅しているのが不憫でならない。
「あてはある。……というか、あてがなきゃ俺たちは終わりだ」
俺は窓の外、荒涼とした領地の風景を眺めながら答えた。
もちろん、『黒いダイヤ』なんて適当なデマカセだ。 だが、この『破滅フラグブレイカー』のスキルは、破滅を回避するためのヒントも表示してくれる。 さっき、父上を説得している最中に、こんな表示が出ていたのだ。
『ヒント:枯れ木村の特産品【???】は、市場価値が極めて高いが、現地では廃棄されている。発見難易度はD、説得難易度はB』
何かわからないが、とにかく「金になる何か」があるのは間違いないらしい。 それを『黒いダイヤ』と呼んで期待値を上げてしまったのは失策だったかもしれないが、まあ、黒くて高いものなら何でもいいだろう。
数時間後。 馬車は、領地の北の果て、『枯れ木村』に到着した。 その名の通り、村の周囲には葉の落ちたねじれた木々が立ち並び、畑は痩せ細り、村全体が灰色に沈んでいた。 村の入り口では、ボロボロの服を着た村長と数名の村人が、怯えた様子で出迎えてくれた。
「よ、ようこそおいでくださいました、領主様の御子息様……。し、しかし、税につきましては、どうかご慈悲を……。今年は雨が少なく、麦がまったく育たず……」
村長が地面に額をこすりつけて懇願する。 その頭上に浮かぶ文字を見て、俺は戦慄した。
『【村長による刺し違えフラグ】:隠し持っている錆びたナイフで、交渉決裂と同時にあなたを襲撃する覚悟を決めています(危険度A)』
(ひえっ! じいさん、殺る気満々じゃねーか!)
俺は慌てて馬車から飛び降り、村長の両手を優しく取って立たせた。
「村長、顔を上げてくれ。私は今日、税の取り立てに来たわけではない」
「は……? で、では、何のために?」
「この村を救いに来たのだ。……そして、私自身も救われるためにな」
後半は小声で呟きつつ、俺はスキルを発動させた。 視界がサーモグラフィーのように切り替わり、村の中に無数の「フラグ」が可視化される。 ほとんどが【餓死フラグ】【病死フラグ】といった陰鬱なものばかりだが、その中に一つだけ、強烈な金色の光を放つフラグがあった。
場所は、村の裏手。
枯れ木の森の、さらに奥深く。
「村長。あの森の奥には何がある?」
俺が指さすと、村長は顔をしかめた。
「あそこですか? あそこは『魔の森』ですじゃ。木々は腐り、地面からは異臭がし、気味の悪い黒いコブのようなものが地面から生えてくる、呪われた場所でごぜえます」
「……黒い、コブ?」
俺の心臓が跳ねた。 異臭。黒いコブ。木の根元。
俺の天才的な知識が、一つの答えを導き出す。
「ハンス! スコップを持て! すぐにその森へ行くぞ!」
「は、はい!? 坊ちゃま、護衛もつけずに森へ入るなど!」
「いいから来い! 宝の山が呼んでいる!」
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