BLルート
一階のエントランスホールは、一触即発の空気だった。
玄関を破壊して押し入ってきたのは、白銀の鎧に身を包んだ屈強な騎士たち。 その先頭に立つのは、金髪の獅子のような男、騎士団長ガレス。
対するは、私兵を従えた悪徳領主顔の父、ゲオルグ。
「ゲオルグ! 我が息子を返せ! 貴様の娘が拉致したという目撃情報があるのだぞ!」 「知らんな! 我が娘がそんな野蛮な真似をするわけがなかろう! 言いがかりをつけるなら、その首を刎ねてくれるわ!」
両者、武器に手をかけている。 このままでは屋敷が血の海になる。破滅フラグ進捗率99.9%。
「お待ちなさああああいッ!!」
俺は泥だらけの姿で、両軍の間にスライディングで割り込んだ。
「イ、イリス!? なんだその恰好は!」
「息子よ!」
父上とガレス団長が同時に叫ぶ。 俺の後ろから、シャルロットと、縄の跡が残るレオンが姿を現した。
「レオン! 無事か! 酷いことをされていないか!」
「ち、父上……」
ガレス団長が剣を抜き放つ。その切っ先が、俺とシャルロットに向けられた。
「貴様ら……よくも息子を……!」
「誤解ですッ!!」
俺は両手を突き出して叫んだ。
「これは誘拐ではありません! 『保護』です! 行き倒れていたレオン殿を、我が妹が保護し、私が滋養強壮のための食材を命がけで調達しに行っていたのです!」
「保護だと……? ならばなぜ、地下になど……」
「それは! ……ええと、そう! レオン殿が『修行のために静かな場所がいい』と仰ったからです!」
苦しい。あまりにも苦しい言い訳だ。 ガレス団長の眉間に皺が寄る。殺気が膨れ上がる。
「ふざけるな! そんな言い訳が通用すると――」
「失礼いたします」
その殺伐とした空気を、悠然とした声が切り裂いた。
執事のハンスだ。 銀のワゴンを押して、戦場のど真ん中に現れた老執事は、震える手で(しかし顔は澄まして)蓋を開けた。
ふわぁ……。
湯気と共に、濃厚な香りがホールを支配した。 先ほど俺が持ち帰った黒トリュフを、贅沢に削り入れたポタージュスープだ。
「な……なんだ、この香りは……」
美食家としても知られるガレス団長の鼻がピクリと動く。
「当家特製、黒トリュフのポタージュでございます。疲労困憊のレオン様のために、イリス坊ちゃまが泥にまみれて森の奥から採取してこられた『幻のキノコ』を使用しております」
ハンス、ナイスフォローだ! 後で肩たたき券をやるぞ!
俺は自分の泥だらけの服と、ボサボサの髪を指さして強調した。
「そうです! 見てください、この泥を! 全ては、未来ある若き騎士、レオン殿の健康回復を願ってのこと! 決して悪意などございません!」
ガレス団長が、俺の泥だらけの姿と、芳醇なスープ、そして無事な(ちょっと手首が赤いけど)息子を交互に見る。 そして、息子に問いかけた。
「……レオン。本当か?」
全ての視線がレオンに集まる。 彼の一言で、俺たちの生死が決まる。
レオンは、スープの香りに喉を鳴らし、そして俺を見た。 必死な形相で、泥だらけになりながら、父と騎士団長の前に立ちはだかる俺の姿を。
(頼む、合わせてくれ! 後でいくらでも食わせてやるから!)
俺が目で懇願すると、レオンの瞳に、なぜか奇妙な光が宿った。 それは、空腹でも、怒りでもなく……もっと熱っぽい何か。
「……ああ。本当だ、父上」
レオンは、はっきりと答えた。
「僕は修行の旅に出て、行き倒れたところを……このイリス殿に救われたんだ。彼は、僕のために泥だらけになって、この貴重な食材を探しに行ってくれた」
「そ、そうか……。しかし、縄で縛られていたようだが?」
「それは……その、僕が暴れないようにするための、彼なりの『配慮』だったんだ。錯乱していた僕を、彼が必死に止めてくれたんだよ」
すげえ好意的な解釈をしてくれた! これぞ「フラグブレイカー」の真骨頂、災い転じて福と為す!
ガレス団長は剣を収め、バツが悪そうに咳払いをした。
「……そうであったか。ゲオルグ殿、早とちりをしてすまなかった。どうやら、貴殿の息子は、見かけによらず義理堅い男のようだ」
「ふん! 当然だ! 我が息子がそんな不埒な真似をするはずがなかろう!(さっきまで『穀潰し』って呼んでたけどな)」
父上も機嫌を直したようだ。 黒トリュフの香りに、父上自身も興味津々の様子である。
「さあさあ、冷めないうちに召し上がれ! 騎士団の皆様も、どうぞ!」
俺が勧めると、殺伐としていたホールは一転して、即席の試食会会場となった。
《ピロリン♪》 『おめでとうございます! 【騎士団長の息子・拉致監禁フラグ】(危険度SS)を回避しました。 さらに、黒トリュフの献上により、【父ゲオルグの機嫌】が「上機嫌」に変化。 【近衛騎士団とのコネクション】を獲得しました』
勝った。 俺はその場にへなへなと座り込んだ。 今日も生き延びた。首の皮一枚で。
「……イリス殿」
ふと、横から声をかけられた。 スープを飲み干し、血色の良くなったレオンが立っていた。
「あ、ああ。レオン殿。話を合わせてくれて助かったよ。礼を言う」
「いや……礼を言うのは僕の方だ」
レオンは俺の手を取り、ギュッと握りしめた。 その距離が、やけに近い。
「君は、僕のためにここまで……。泥にまみれ、父上の剣の前に立ちはだかり、身を挺して守ってくれた」
「え? あ、いや、それはまあ、我が家の不始末というか……」
「美しいな」
「はい?」
「君のその、泥だらけの姿は……どんな宝石よりも、高潔で美しい」
レオンの熱っぽい視線が、俺の顔に突き刺さる。 その背後に、新たな文字が浮かび上がったのを見て、俺は戦慄した。
『新規フラグ発生: 【騎士団長の息子の熱烈な求愛(BLルート)】 危険度:未知数(貞操の危機)』
(なんでだよ! 地雷踏んだああああああああッ!!)
俺の平穏な毎日は、まだまだ遠いようだった。
こうして地獄のようなフラグを回避した俺、今後も様々なフラグがその身に降りかかることは予想できるが、フラグブレイカーを回避してそれを回避できるか。それは未知数であった。
(完結)




