誰がバルトコル伯爵家を潰したか
今回はちょっと毛色の違う話になります。
バルトコル伯爵家は、後継者不在のため、お家断絶となった。爵位と領地が王家に返上され、元伯爵領は王領となり、その統治者として代官が置かれた。
新任の代官は、バルトコル伯爵家の分家、ランデス家の若き当主が任命された。
「どういうことだ、何故、ランデスの若造が代官に成り上がる。ランデスは男爵、我がバルーダ子爵家より格下だろうが」
大荒れに荒れたのは、先代のバルーダ子爵。憤懣やるかたなしと、怒鳴り散らした。
「落ち着いて下さい、父上。ランデス家は子爵に陞爵しました。格下というなら、我が家の方ですよ。爵位返上して、この度、平民になるのですからね」
「何、何だとぉ」
真っ赤になった老人を、もうすぐ貴族でなくなる男が淡々と諭した。
「我が家は従属爵位。本家が爵位返上となった以上、我が家も返上するのが筋というもの。何の不思議もありはしない」
「馬鹿なことを言うな。それなら、ランデス男爵はどうなる。あの家も従属爵位だろうが」
「だからですよ。男爵位を返上したうえで、代官にふさわしい爵位を叙爵されたのです。国王陛下直々にね。ランデス子爵家は直参貴族となりました」
「ばっ、馬鹿な。何、何、なっ、なぜ我が家が代官にならんっ。なぜ、なぜランデス家に持っていかれるっ」
「お分かりになりませんか」
息子にずいっと顔を寄せられ、老人がギッと睨み返した。
「全部、父上の自業自得ですよ。今までのツケが回ってきたのです。バルトコル伯爵家は断絶する。もはや家の名誉を守るために、父上の犯した罪を隠蔽する必要がなくなった。その気になれば、いつでも我が家を告発して全員罪に問えるのです。爵位剝奪だけで見逃していただけるのは破格の恩情。感謝申し上げなくてはならない立場だと、理解できてますか」
バルーダ子爵は、良くも悪くも普通の男だった。名門バルトコル伯爵家の分家の嫡男という生まれに満足していた。無難に領政をこなし、商会経営でほどほどに利益をあげる。
そんな彼の唯一の痛恨事は、野心にあふれた父の暴走を止められなかった事だった。
男爵家の次男、カレスン・ランデスが御本家に婿養子に入ると決まった時、彼はまだ生まれていなかった。お前さえ早く生まれていればと父に愚痴られても、どうしようが有ると言うのか。
理不尽な父の愚痴は、やがて野心に育った。女伯爵が女子一人を産んで次の子を望めなくなったと聞いて、カレスン卿に第二夫人を宛がうべきだと言い出した。
自分の娘を本家へ送り込むためにだ。
彼は姉を助けられなかった。恋人と引き離され政略結婚を強いられた姉は、バルトコル伯爵家第二夫人として娘を二人産んだ。
「あなたはご存じなかったでしょうが、姉とカレスン卿は、白い結婚でしたよ。無論、女伯爵もご存じのこと。分家のバルーダ子爵家出身の姉が産む子は、薄くともバルトコル伯爵家の血縁。父親がランデス男爵出身のカレスン卿でも、平民の恋人でも、血の濃さは大して変わりませんからね。良かったじゃないですか。大事な孫が大嫌いなカレスン卿の娘で無くて」
愕然とした老父の顔を見ながら、言葉をぶつける。
「ちゃんと伯爵令嬢として認知していただいたのに、何が不足だったんですか。幼いキャサリンお嬢様のお命を狙うなど、言語道断。そのせいでキャサリンお嬢様はランドール子爵家へ嫁いでいかれた。もしそれが無かったら、キャサリンお嬢様が婿を取って伯爵家を継いでいらしたでしょう。我が家も、従属子爵として代を重ねられたでしょうよ」
「う、うわああぁぁ」
言葉にならない唸り声をあげて、老人はうずくまった。
伯爵令嬢と認められた姪たちは、実家のバルトコル伯爵家を失ったものの、テムニー侯爵夫人の腹違いの妹という立場を得ている。
幸か不幸か子はいない。作為を感じないでもないが、これ以上貴族の血統に関わらないなら、出自を糾弾されずに済むだろう。
爵位を返上して平民になっても、自分がバルーダ家の当主であることは変わらない。領政が必要無くなるだけ身軽になると思えば、悪いばかりでも無し。
「さて、商会に本腰を入れて励むとするか」
むしろ清々しい気分で、彼は前を向いた。
誰がキャサリン義姉さんを殺そうとしたのか。曖昧なままなのが引っかかっていたので裏話です。
わりとストレートな利害関係にしました。黒幕とか陰謀とか凝りだすと一話で終わらないので(笑)
キャサリン義姉さんがランドール家へ嫁いだのは、テムニー侯爵夫人に息子が産まれてバルトコル伯爵の後継者候補ができたからなんですが、バルーダ子爵はそこまで知らなかったんでしょうか。老父に思い知らせるために意図的に省いたのかなとも思います。
お冨にだって、悪役書けるんですよ。物足りない小物どまりですけどね。
お星さまとブックマーク、ありがとうございます。完結まで、あと少し。お付き合いくださいね。




