疎外感
「モトちゃんおはよ~~~ん」
後ろから声がして振り向くと、自転車のアコちゃんに片手運転で手を振られる。
アコちゃんっっ!
アコちゃんからはあれからラインがなかった。
緩く手を振って「おはよう」と返すと、アコちゃんはゆっくりと自転車を漕いで降りてこっちに寄って来る。
「あれ~?今日もキダ君と来たんだ~~?」
「…うん」
「モトちゃん?」可愛く小首をかしげるアコちゃん。
「…」アコちゃん普通だな。
アコちゃんはキダにも「おはよう」と言った。
「お~」と答えるキダ。
「そいじゃ先行くね~。また昼休みに遊びに行く~~」
それでアコちゃんは自転車をそのまま漕いで学校の方へ。
超普通。
でも『モトちゃん?』て首をかしげてた。私が普通じゃない感じだったからかな。マズいな。
「キモトさん」
…やっぱり休み時間にどうにかアコちゃんの所へ言って、夕べの事をもっと詳しく聞きただしてみよう。このままじゃダメだ。アコちゃんと仲悪くなるのも嫌だ。ていうかアコちゃんがどうのっていうか、私がアコちゃんの事を嫌だな、と思うようになっちゃいそうなのが嫌だ。
「キモトさん」
やっぱアコちゃんには…
「おい」とキダにぐいっと腕を掴まれる。「木本呼ばれてる」
ぼおっとアコちゃんの事をだらだら考えながら校舎に入って階段を上ろうとしている所へ、後ろから呼ばれていたらしい。
「おはよ」と言ってくれたのはホリさんという同じクラスの女子だった。
「…おはよう」と私も返す。
はじめて話しかけられた。
はじめて話しかけられたのになんでもう名前を憶えているかというと雰囲気がちょっと他の女子とは違うからだ。まずキャピキャピしていない。誰ともまだ仲良くはない。でも結構堂々としている。私みたいに他の子の動向を気にしたりしない感じの子なのだ。
「キダ君もおはよう」とキダカズミに言うのでちょっとドキッとする。
ホリさんは私と中学も違うし、もちろん小学も違うからキダカズミとは面識ないはずなのに。
「はよ」と普通に答えるキダにさらにドキッとする。
が、キダは私に聞いた。「え、と?誰だっけ?」
「あ~…私のクラスのホリさん」
「ふうん」とキダ。
「今日も一緒に来てるんだね」とホリさん。
え?と思う。ホリさんもキダカズミに興味あるの?
「仲良くていいね」とニッコリするホリさんだが、いまいちどういう気持ちでそれを言っているのかわからない。
彼氏かって聞かれたら違うって答えられるけど、『仲良くていいね』って言われたら、良くないともいえないし、そんなに別に仲が良いわけでもないから、なんとも返事が出来ない。
じゃないって説明したよね?
「じゃあな」ともう教室の前でキダがそう言う。「昼休みな」
「…あ、うん」
うん、て言ってしまった。昼休みもまた来るのかな。
「あんなカッコいい彼氏と毎朝登校とかあこがれる」と、キャピりもせずふざけもせず大きな声でもないのに力強く言うホリさんと一緒に教室に入る。
「…彼氏ではないんだけど」
「そうなの?ただの友達?」
ただの友達?友達なのかな?だって3年間会ってなくて、それで帰って来てまだ1週間にもならない。小学の時は友達っていうより『少し他の男子より絡みの多い、男子のクラスメート』だった。
でも好きって言われたけど。友達かって言われたら友達なのかも。だって結構むかしから知ってるから。
「彼氏でもないのに毎日一緒に来るの?」
なんでホリさんがこんな事まで聞くのかな。私とも今日初めて喋ったし、私以外の人と話してるのもほぼ見かけたことがないんだけど。キダを好きなのかな。
「いやあ」と困った感じを出してしまって答える私だ。「そのうち一緒には来なくなるとは思うけど」
「そうなの?なんか面白いね」
「…」
面白いか!?何が面白いんだろ…
とりあえず自分の席に着く。ホリさんと離れてて良かったかも。なんかちょっと絡みにくい人だな。
そして、「はよ!」と声をかけてくれたのは、私たちの後からタタッと教室に入ってきたスズキ君だ。
スズキ君からまた挨拶してきてくれた。
でも!アコちゃんに告白されたのを私は知ってるんだけどね。
私だってさあ、これからだんだん、確実に仲良くなっていこうと思ってたのに。アコちゃんが告白しちゃうんだもんなあ。
「おはよう」と私も答える。
うん、とちょっとうなずいて少し笑ってくれたスズキ君は普通だ。普通にいつものように優しくて爽やかで感じ良い。
アコちゃんが告った時も『ありがとう』って言ったんだよね。素敵だな。私が告ったとしても『ありがとう』って言ってくれるかな…
こんな素敵なスズキ君に、『何言い出してんの木本』とか言いながら笑われたりしたら立ち直れないかも。
スズキ君は私がスズキ君を好きな事には気付いてないし、アコちゃんが告った事を私に教えた事も知らない。
あ~どうしよう…『昨日アコちゃんから何か言われなかった?』って無性にぶちかましてみたい衝動に駆られてるんだけど、実際はそんな勇気はない。
が、なんと1時間目終わりの休憩、10分しかないのにアコちゃんがうちの教室にやって来た。
あ、アコちゃん来た、と思うが私のところへ来てくれたわけじゃなかった。アコちゃんは私には目もくれず、スズキ君だけをドアのところから呼んだ。しかも!しかも『リョウ君』て呼んだ。
マジか、と思う私。
そしてガン見してしまった私と目が合ったアコちゃんは私に手を振った。
行けばいいんだよね。私もあそこに普通に言ってアコちゃんに話しかけたら。だって友達だもん。
でも邪魔しちゃ悪いとも思うし、邪魔してアコちゃんに嫌われたらいやだと思っている。わざわざ二人の間に割り込んで声をかけるなんて出来るわけがない。だって告ったの知ってるから。
何話してるんだろう。気になるからチラチラ見たいけど、もちろんそんな事も出来ない。でも見ちゃう。そしてそんな私をホリさんがじっと見ている事に気付いた。
怖い。怖いよホリさん。
すぐに予鈴がなってアコちゃんは帰って行った。
ていうか!やっぱり私の事も呼んでくれてもいいじゃん!私と一言も話してないじゃん!私と友達のはずじゃん!私も行けば良かったじゃん!
スズキ君も席に戻って来てそのまま座る。
なんかすごい疎外感!
もやもやしたまま2時間目の初めての国語総合の現代国語の時間が終わると放送が鳴った。
「おはようございます」と女の声だ。「各学年の飼育委員の皆さんにお知らせいたします」
飼育委員?
パッとスズキ君を見るとスズキ君もパッと振り返って私を見た。
「昼休みになりましたら、」と放送が続く。「昼食を持参の上、校長室へ移動してください。繰り返します、各学年の飼育委員の皆さん…」
ザワっとする教室の中、スズキ君と顔を見合わせたまま。
校長室へ?しかも弁当持ってって…?
そして3時限目の物理基礎の時間、高森先生が入って来るとすぐにスズキ君が立ち上がって、さっきの飼育委員の呼び出しについて質問してくれた。昨日も委員会があったのに、飼育委員だけ弁当持ちでなぜわざわざ校長室に呼ばれるのかということについて。
が、「昨日も行ったんでしょ?」と突き放した感じの先生の返し。
「今日も行ってみたらわかるんじゃない?私も詳しい事はわかんないから」
自分があみだに負けたせいで私とスズキ君が仕事をさせられているとは思えない言い草の高森先生だ。
「まあ…はい」と仕方なく納得するスズキ君。
私がスズキ君に申し訳ない気持ちになる。
「今日は別な説明だと思うけど。校長室にいるフクロウとかの」
校長室にいるフクロウの説明?
校長室でフクロウ飼ってんのか!
フクロウの世話についてはなかなか想像は出来ないが、スズキ君と校長室に行ってお弁当を食べるのは想像できる。なんでフクロウ、なんで校長室、とは思うが、アコちゃんに負けた気がしている今、アコちゃんの来ないところでスズキ君とお弁当を一緒に食べる事が出来るのを喜ぶ私は、全然友達思いじゃない。
…そうだ、キダも来るんだった。キダのクラスも放送聞こえたかな。
「どうだった?昨日…キモト?」
「え!?」
急に高森先生に聞かれて慌てた。
「え…と」
昨日の水槽の説明の事だよね?気持ち悪かったとか答えてもいいのかな。
「まあいいや」と高森先生は私の答えを待たずに言った。「取りあえず頑張って」
「え…あ、はい」
はい、って返事しちゃった。




