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永遠の誓い

 次の休みの午後、スウがバルコニーからレイの部屋の窓を叩くと、レイは昼寝をしかけた眠い目を擦りながらバルコニーに出てきた。

「バルコニーから覗くの禁止でしょ。」

「おまえが言うな! 早くから叩き起こしたくせに。」

「よく覚えてるね。」

「おまえは覚えてるか? ホワイトデーの時、俺が言ったこと。」

「一ヶ月以上も前だよ・・えっと・・」

「もういい、一ヶ月以上も遅れたが・・手を出せ。」

 レイは右の手の平を出した。

「違う左手だ。」

 右手を引き左の手の平を出すと、スウはその手を掴み甲を向け、胸ポケットから出したリングを薬指にそっとはめた。

 レイは驚いて、リングとスウの顔を交互に見つめた。

「ちゃんと言ってなかった、レイ、結婚しよう。」

「えっ? 結婚って・・」

「結婚してここを出てふたりで生活する。もちろん俺が死神でおまえが人であることは変わらないし、死神の仕事も続く。皆との繋がりがなくなる訳じゃない、嫌か?」

 レイは涙が溢れスウの胸に顔を埋めると小さな声で言った。

「私をスウのお嫁さんにして下さい。」

「俺が先にプロポーズしてんだぞ、馬鹿。」

 スウはレイを抱きしめ左手を掴むと自分の頬に当て口づけた。

 見つめ合うふたりは視線を感じバルコニーの下を見ると、こちらを見上げるサンとリュウの姿が、

「リュウ、今日は蒸し暑いなぁ。眩しいから絶対上向くな! 目ぇ潰れるぞ!」

「分かってるサン。僕はもう目撃者にはなりたくない!」

 レイは笑いそうになる。

「レイ。」

「んっ?」

 スウはレイの頬に瞬間口づけ、誰にも気づかれないように・・・。


 その夜リビングでは7人が真剣な顔で、一枚の紙を囲んでいた。

「もっとも公平なアミダくじで決めます。」

 イーの声に、何かとレイも顔を近づけるとチーが、

「レイ、あなたは関係ないからどいて、これは真剣勝負よ!」

 皆は天に仕えに行く順番を決めようとしていた、順番は大事なのだ。

 1番に行く者は多分もっとも過酷なはず、神は手ぐすねを引いて待っているのだから。

「1番はスウが行くべきだろ! なんせ1番しあわせなんだから。」

 アールが言うとスウは詰まる。

「じゃ俺は最後に残ったのでいい、皆が先に引いてくれ。」

 あたり前顔の皆にスウは、

「おまえらぁ!」

 言ったところで無視だ。

「では年令順に引きましょうか?」

「じゃ私が1番! ここね!」

 イーが言うとチーはすぐに名前を書いた。

「ウーとイーの方が年上だろ!」

 サンが言うとチーは、

「違うのサン、死神になった歳はそうでも、私はそれより前に、鬼神様のもとにいたからね。」

「汚ねぇ! 今まで黙ってたくせに!」

「お黙り!」

 しかし先に引いたからといっても順番は関係ない。結果は悲惨、1番は5月に、そう、チーが天へ・・・

「イヤァァァ!」

 響き渡る声に庭の木々も震えそうだ。

 アミダくじ決定戦の後、イーはスウを部屋に呼んだ。

「今日リストが届きました、君への仕事です。」

 スウへの名指しの仕事だった。

「承知しました、リストを頂きます。」

 イーは先に見ていたので知っていた、手にしたスウの表情が固まる。

「過酷な回収です。シロアムはリストを届けた者とは別らしく、まだ誰かは聞いていませんが、直接回収場所へ行かれるそうです。大丈夫ですか?」

「ああ、今までもやってきたことだ。ただ、レイには言わないでほしい。」

「もちろんです。ではスウ、5月1日13時25分 杉村春男 28歳 白のリストですから時間に回収してシロアムに託して下さい。」

「お任せ下さい。」

 スウはリストを手にイーの部屋を出た、スウが部屋を出てからイーは考えていた、なぜ今この時期に、こんな状況の回収を名指しでスウに任ぜられる。


 5月1日、場所は丘の上教会、しあわせの頂点から花嫁は奈落に落とされる。急な発作で亡くなるのは花婿。その日ふたりはこの教会で式を挙げ、ふたりの生活がまさに始まろうとしていた。

 そしてリストにはいつものように最後に一文が書き加えられていた。

 運命(さだめ)を変えること許さず。

 スウの仕事のことは、誰も口には出さないだけで当然レイ以外の皆は知っていた。

 レイがここに来てからの日々の中でも、実は彼らはリストが届くと確実に仕事をしていたのだ。いちいち互いに話さないだけ、ましてレイの前で話す訳がない。レイが知っているのはごくごく限られた人の回収だけだった。

 その日は定休日だった。教会は比較的近い場所、13時迄に店を出れば十分間に合う。

 昼を過ぎてからスウは部屋で着替えると、リストをスーツの内ポケットにしまった。

 リビングではリュウがドルチェの話しをレイとしている、チーがいたら良かったのだが今日から天での一ヶ月のお務めに出て不在だった。レイは妙なところは勘が鋭い。

「あれっ、スウは?」

「疲れて昼寝じゃない?」

 アールが答える。

「スウは昼寝なんかしないよ、私と違うもの。」

 しまったと思うアールの顔をレイは見逃さない。

「私がお使いを頼んだのです。しあわせなスウにはお使いくらい頼まないとね。」

 イーが言うとそれらしい。

「なんのお使い?」

「内緒です。」

「お買い物?」

「レイには内緒です。」

「ズルい! あっ、もしかしてあのパティスリー?」

 なぜそうなる? イーは仕方なく後でスウに心を飛ばして買ってこさせることにした。

(また私の負けです。)


 スウは教会に着いていた、花婿の控え室の隅で時間を待つ。目の前の花婿は真っ白のタキシードを身につけ緊張した顔で部屋をウロウロ歩いていた、急に顔色が青ざめていく。

 13時25分。

 花婿はその場に倒れた、一瞬の出来事だ。

 付き添っていた者や教会の関係者、ブライダルの担当者が走り回る。すぐに花嫁が飛び込んできた。

 スウは我に返ると、瞳が青黒く輝き黒髪の間から覗く耳は鋭く尖る。青い光が周りを包み、現れた宝箱の蓋を開けると花婿を抱き上げ静かに納めた。蓋を閉じようとした時、花嫁が自分の髪に飾っていた花を横たわる花婿の胸の上にそっと置いた。

 スウはその花を宝箱の中の花婿の胸にそっと置いてから蓋を閉じた。あとはシロアムに託すだけだがスウは驚く、隣りにはシロアムとしてあのアンデレが立っていたのだ。

「スウ、確かに宝箱預かりました。神にお届け致します。」

「なぜアンデレが?」

「私もシロアムのひとり、今日は神の側にチーが仕えてくれていますから、神が久しぶりに私に行けと仰ったのですよ。」

「アルビトロのトップがこんな仕事に降りることはない! 俺の監視か!」

「素直になりなさい。神はお見せになりたかったのでしょう、あのふたりを。ちょっと待って下さいね、ペテロ宝箱をお願いします。」

 そう言うと、アンデレは届ける宝箱を託した。

「えっ? アンデレは戻らないのか?」

「もう少し久しぶりの地上を楽しみます。」

 するとふたりの目の前で親族が揉めだした。花嫁の父が、花婿が亡くなったのだから式を取り止めると言い花嫁を連れて行こうと手を引っ張った。

 しかし花嫁はその手を振り払い父親に言い切った。

「私は春男さんと結婚します!」

「どうやってだ!」

「神父様にお願いします。」

「バカな、今なら傷もつかん!」

「傷って何! 愛する人と一緒になることが傷なの! 私のお腹の中には春男さんの子供がいます。私は春男さんと子供と一緒に生きていく!」

「死んでる者とどうやって生きるんだ!」

「お父さんの中には死んだお母さんは生きていないの?」

「それは・・・」

「人は死んでも心の中には生き続ける。だからお願いします、お父さん・・・」

 もうここから帰ってもいいのにスウは動けなかった。

 なぜ人はこんなにも強い? 短い運命(さだめ)の中、笑い、泣き、怒り、喜び、そして愛し育む。

(レイもこの花嫁と同じことを言うだろう。もし俺がレイより長く生きるのなら、レイの運命(さだめ)を全て愛し包み、そして見届けよう。最後の瞬間まで・・・)

 神がスウに伝えたかったこと、アンデレは神の心を感じていた。

「人とは不思議です。弱いのに強く、泣くのに笑う、それでも素敵ですね。・・では行きましょうかスウ。」

「はい。・・ってどこへ行くんですか?」

「君達の家ですよ。」

 微笑むアンデレが怖い。

 教会を出るとイーからの心がスウに届く。

「ケーキ? なんで俺が買い物まで・・」

「どうしました?」

「アンデレ、ちょっと寄る所があって。」

「ご一緒しますよ。」

「いや、その格好では・・」

 スウが困ると、次の瞬間アンデレはスウと同じようなスーツ姿に変わっていた。長い黒髪は後ろに束ね、ノータイの襟元のボタンは開けられ、その姿はアール以上に目立っている。

 このふたりが並んで歩けば周りが振り返ること必然! ふたりであのパティスリーに行くのか? 店員達は気絶しないだろうか? 分かっていないのは本人達だけだ。

 パティスリーの扉を開けると、

「いらっしゃ・・・・・」

 一瞬にして固まる店員達、やっと口が開くが、

「お、お持ち帰り・・です・か? お召し・・あがり・・」

「ああ、買って帰る。」

「美味しそうですねスウ。」

 ふたりの声に店員は心拍数が上がり、

(レイ大喜びだな。)

 そう思いクスリと笑ったスウに卒倒寸前。

「大丈夫ですか? 顔色が悪い。」

 目の前に立つ店員の頬に触れるアンデレ、悪気はありません。

 この状況、イーにもさすがに想像すらできない。


 ケーキを手にスウとアンデレは皆の待つ家へと帰っていた。

 隣りでクスッと笑うアンデレにスウは、

「普通ならケーキなんか買いに行ったりしない。イーからの指示で・・」

「そのわりには、ケーキを選ぶ君は、レイのことばかり考えていましたね。」

 スウは顔が少し赤らみ、それを見たアンデレは驚いていた。

「やはり人は素晴らしい! かたくなな君の心をここまで柔和にした。いや、レイが素敵ということかな?」

 スウはアンデレに顔を見られないように前を歩く。

 家に帰りついた途端、アンデレはスウの手からケーキの箱を取ると、先にリビングの扉を開けた。

「ただいまみなさん! レイ、お待ちかねのケーキですよ。」

 後ろに続いていたスウは呆れた。

(アンデレ、ズルい・・)

 しかしレイはリビングにはいなかった。イーの言葉を聞いて普通にはしていたが、帰りの遅いスウが仕事に行ったのだと感じ、心配で、その気持ちを皆に見られたくなくて、自分の部屋にいた。そんなレイの心を皆が分からない訳がない。

 アールがスウを見て、頭を軽く振り無言でレイの部屋を指した。

 スウはレイの部屋の扉をそっと開けてから、わざとトントンとノックする。

 振り向いたレイに、

「ただいま、ケーキ買ってきたぞ。」

「スウ!」

 勢いよくスウの胸に飛び込むレイを抱きしめると、痛いほどその心がスウに届く。

「おまえ、いちいちそんなに心配してたらこれから大変だぞ。俺はずっとこの仕事をしていくんだ。」

「分かってる、だから内緒にしないで。」

「全ては話せない。」

「分かってる! ただ仕事に行くとだけ言ってくれればいい。黙って行かないで、私はスウを信じている。」

「分かった、俺もおまえを信じている。・・ケーキ食べないのか?」

「食べるよ!」


 リビングでは、みんながふたりの会話にホッとしていた。急にサンが、

「おい、レイがくる前に各自自分のケーキは確保!」

 号令すると、リュウがパタパタと皿を並べケーキをのせていき、

「アンデレさん、どれを食べられます?」

「私はどれでも・・」

 分かっていないアンデレにサンは、

「そんなこと言ってたらあたらないよ! 全部レイに食われるからね。」

「全部って・・。」

(本当に全部食べるのですね・・)

 最後の1個を嬉しそうに皿にのせ、口に運ぶレイを見ながらアンデレは思った。

 ねっ、と言わんばかりにサンとリュウがアンデレの顔を見る。そんなことも知らずレイは、

「アンデレさんて、スーツ姿だと雰囲気変わられますね。みんな負けてます。」

「レイに言われると嬉しいです。なんなら私と結婚しますか?」

 スウが飲んでいたコーヒーを吹き出した。

「汚いよスウ、慌てなくても私はスウと結婚します。」

 コーヒーを拭きながらレイはさらりと言った。

 そんなふたりを見て、笑いながらアンデレは、

「ご馳走様。で、式はいつですか?」

 と、聞くとイーが、

「来月6日に、ここの庭で式をして、パーティーもいたします。神にはお伝えしております。アンデレさんもご招待したいのですがいかがでしょうか?」

「もちろん出席しますよ、楽しみですね。」

 この会話には本人達が驚き、

「いつ決めたんだ、俺は何も聞いてないぞ!」

 と、スウが言うと、

「何も言ってませんよ、全ては我々に任せてもらったはず。」

 イーの暴走も止まらない。


 チーが不在の一ヶ月は大変だった、イーとウー、スウまで交代でキッチンに入り料理を作る。もちろんレイも手伝ったが3人に敵うはずがない。一流の執事は全てが完璧でレイはただただ感心するばかりだった。

 フロアには神から命じられたマルタとシモンがいた。

 鳶色の巻き毛でアポロンのようなマルタ、シルバーグレーの不揃いな髪が揺れる男らしい顔立ちのシモン、長身で精悍なふたりの人気は急上昇だ。

 優秀な神の子だけに、所作や立ち居振舞いもスマートで執事としても高得点。

 イーは、よくぞふたりを寄越してくれたと、神に感謝していた。

 その頃、天ではチーがフラフラになっていたが、そんなことは皆には分からない。

 6月に入ると目の下にクマをつくって戻ってきたチーに代わり、サンが天に向かった。レイとスウの結婚式には一時帰宅させてもらえるように、アンデレを通して許しは得ていたが、サンはかなりビビりながら行ったのだ。


 〜 招待状 〜

  スウとレイの結婚式

  日時 6月 6日 (火)  11時より

  場所 カフェ・ディオ

   みなさまのご列席をお待ちしております。


 天にこの招待状は届けられた。


 4日の真夜中、廊下がきしむ音がした、弱々しくすり歩くような足音だ。

「誰だ!」

 皆の部屋の扉が一斉に開き、イーが叫んだ。薄明かりの廊下に怪しく浮かぶ赤茶の髪。

「サン!」

 皆の声に振り返ると、

「た・・だ・・いま・・・とりあえず寝てもいいかな・・」

 弱々しい声にレイは、

「大丈夫? サン。顔怖いよ。」

「レイ、あなたには分からないわ、このしんどさ。たった4日であの元気なサンがこうなるのよ。」

 先陣をきったチーが言うと真実味がある。

「僕、来月行くの恐ろしいよ。」

 アールが怯える。

「またなんでこんな真夜中に帰ってきたのです? 確か5日から3日間、戻る許可は頂いているはずです。」

 イーの問いに虚ろな目でサンは、

「だからもう5日でしょ、早く帰ろうと・・」

「サンごめんね、私のせいだ。大丈夫? 早く休んで。」

 レイが言うと、やっとサンは笑った。


 翌日、式の前日は通常の定休日だが、店は今週9日の金曜日まで臨時休業にしていた。

 朝からみんなはもう明日の準備の計画を立て、動き出すつもりだ。定休日には皆好きに食事をするのだが、なんとなく朝食も皆が揃っていた、ただレイがいない。

「まだ寝てるのかしら? スウ、起こしてらっしゃい。」

 チーが少し心配して言うと、スウは、

「寝てんならほっとけばいい。」

 と、言ったがサンも、

「俺が真夜中に起こしたから・・」

「違う! 起きてるよ、スウ行ってあげて!」

 いつにない口調でアールが言った。

「まったく・・」

 仕方なくスウはレイの部屋へ向かうと、

(えっ! 泣いているのか?)

 心に飛び込んできたレイの姿に、慌てて走り扉を開けた。

 ベッドに腰掛けたまま下を向いていたレイは、スウに気づくとむこうを向き慌てて涙を拭い、こちらを向くと笑いながら言った。

「おはよう、ノックしないのルール違反!」

「どうした? なんで泣いてる?」

「泣いてない。」

「泣いてた!」

 スウはレイの前に跪き顔を見上げ、

「レイ。」

 優しいスウの声にレイは、

「私のせいだよね。サンやみんながあんなに辛い思いしてるのに、それなのに私はしあわせで・・・ホントにいいの、私がスウのお嫁さんになって? 私ひとりがしあわせになって・・」

 拭った涙がまた零れる。スウは微笑みながらレイの涙を拭い優しく抱き寄せ、

「おまえひとりがしあわせになるんじゃない。俺だってしあわせだ。みんなだってしあわせなんだ。レイ、おまえは考えすぎ、バカ。」

「スウ・・。」

 するとパタパタと走って来る音がして、

「レイのアホ! そんなこと考えんなら、俺帰ってこないぞ!」

「そうよ。私は今、しあわせでしあわせで仕方ないのよ!」

 サンとチーが叫び、他の皆もふたりの後ろで頷いていた。

「分かったろ、これが皆の心だ。俺の心は・・」

 スウはレイにそっと口づけ、

「愛している。このしあわせを離さない。」

 ふたりは見つめ合う。

「はい! 撤収、撤収。走って来て損した。」

「みんな朝食にしましょ。しあわせいっぱいのふたりはほっといて、私達はお腹ペコペコだからね。」

 サンとチーの言葉にふたりは笑った。


 6月6日は朝からぬけるような青空、澄んだ空気が皆を包んでいた。

 7人は朝から忙しかった。リュウは大きなウエディングケーキとドルチェ作り、チーは料理を指示したらレイの衣装の着付けや準備、イーとウーは式の準備に料理や招待客の接客、アールにサンもパーティーの準備やテーブルセッティングと忙しく動いていた。新郎のスウでさえ料理にかり出され、マルタとシモンも執事続行中だ。

 レイは自分の部屋で真っ白なウエディングドレスに身を包んでいた。

 大胆に開いた首筋から胸元、体に沿うドレスの裾は後ろが長く伸び、美しい刺繍柄はあの日の桜、ノースリーブの腕はレースのロング手袋が覆う。

 頭にもレースの長いベールとアールからのティアラが輝き、少し薄紅色した耳たぶにはサンからのイヤリングが揺れ、白い首筋にはウーからのネックレスが光る。胸元にはリュウからのブローチが上品に飾られ、もちろん足元はイーからのハイヒールが女性らしさを彩る。

 チーはレイの薬指のリングを見て驚いた。

「もしかしてスウから?」

 レイはリングに触れ小さく頷く。

「スウはあなたを心から愛しているのね。レイここだけの秘密、そのリングはスウの手作りよ。」

「えっ!」

「満月の夜、四葉のクローバーに落ちる夜露を集め光結する。その輝きは贈った者の心を届け、贈られた者を永遠に守り続ける。そのリングには七つも輝く粒がある、スウは一生懸命集めたのね。だからホワイトデーに間に合わなかった。ホント不器用な子。」

「チー、教えてくれてありがとう。私、不器用なスウが大好きだもの。」

 私もよとチーはレイの髪を撫で、そっと耳打ちすると、レイは分かったと頷きあの鈴蘭の箱を開けた。


 いよいよ式直前、イーとマルタが揉めていた。

「確かに君はここのリーダーかもしれないが、私は神の子だし適任だろ。」

「数回の付き合いでよく言いますね、彼女のことは私の方がよく知っている。父親役なら私。」

 どうやら誰がレイの手を引いて入場するからしい。

 料理やら何やらでかり出されていたスウも、さすがに着替えて式の場所に現れた。

 真っ白なロングのタキシード、似たような格好を毎日しているのに今日はなんだか気恥ずかしい。

 式の祭壇の中央には、な、なんと! 父なる神が・・!

「おい、まさか・・しかも神父みたいな格好で。」

「私も父なる神が来られるとラザロから聞いた時は嘘だと思いました。そのせいでアンデレさんは、ご自分がされるおつもりだった神父役を神にとられて・・、なんでもない顔をされていますが内心は複雑かと・・・」

 スウはウーの説明に呆れ、アンデレを探すが近くには姿がなく、さらに驚いたことに、用意したオルガンの前には天使のトップ、アンが座っている。両脇には天使の子供達まで一緒だ。

「おいウー! まさかアンにオルガン弾かせて歌わせるのか?」

「みたいですね。」

「おい、イーはどこなんだ!」

 そこに勢いよく飛び込んでくる人の姿、

「誰が僕のレイと結婚するの!」

 トラブルメーカー、ドゥエの登場に、アールが飛んで来た。

 ドゥエはスウの姿を捉えていた、あきらかに真っ白なタキシード姿のスウが新郎なのは誰にでも分かる。

「やっぱりスウなんだ!」

 つかつかと歩み寄りスウの前まで来たドゥエを、アールは思わず後ろから押さえた。

「スウ!・・レイをしあわせにしなきゃ僕が奪いに来るからね! この、世界一しあわせ者! おめでとう。」

「ありがとう、ドゥエ。」

 アールは気が抜けて座り込みそうになり、笑い合うふたりに腹が立つが、ホッとした。

 そうそうサンの横にはミイも来ていた、今日の神はやたら寛大だ。


 オルガンの重厚な響きが皆を包んだ、スウは祭壇の前で緊張した顔で待つ。

 庭に真っ白な花嫁が現れた。手を引いているのは・・・アンデレ。満足顔だ。

 近くには、いつの間にやらお役を奪われたイーとマルタが諦め顔で立っていた。誰もアンデレには敵わない。

 オルガンの音に合わせ、ゆっくり新郎の待つ場所までバージンロードを歩く新婦、天使の子供達の歌声が包む。

 アンデレはゆっくりレイの手をスウに託した。

「スウ、レイを泣かせたら私が許しませんよ。」

 神、いや、神父の咳払いに、

「嘘っ!」

 レイは驚き、

「しっ! 俺も驚いた。」

 そんなことは無視で、神父はいきなり始めた。

「新郎スウ、おまえはこれより先、何があろうとレイの傍を離れず、これと共に笑い、泣き、怒り、喜び、愛し育む。そして運命(さだめ)を全て愛し包み、最後の瞬間まで見届けよ! 誓えるか?」

「もちろんです。誓います。」

「新婦レイ、おまえもこれより先、何があろうとスウの傍を離れず、これと共に笑い、泣き、怒り、喜び、愛し育む。そして運命(さだめ)を全て愛し包み、最後の瞬間まで見届けよ! 誓えるか?」

「誓います。神さ・・神父様。」

「おまえ達は今、神の前で誓い、ここにいる神の子、死神、天使の全てが証人となった。誓いは永遠。忘れるな!」

 神はふたりの頭に手を置き微笑む。

「では、気は進まぬが誓いの口づけを・・。」

「待って神父様、その前に涙の交換を・・」

 チーが言った。

(涙の交換とは?)

 神は疑問顔だったが、それを見てすぐに分かった。

「チー、おまえぇ!」

 ふたりは向かい合うと先にスウが、あの日レイの髪から落ちたピンの飾りを胸ポケットから出し、レイの髪にそっと挿し、桜の花びらも髪に戻した。

 レイも、スウからもらった、鈴蘭の箱にしまっていたピンブローチを、スウの襟に挿した。

 互いにダイヤだと思っていた輝きは、チーが大切にとっていた神の涙の粒。

 神はチーを睨んだが、しあわせそうなふたりからそれを奪うことはできない。

「よいかおまえ達、互いに大切にするがよい。その輝きはおまえ達を必ず守る。しかし、寿命の変化は起こらずとも運命(さだめ)は変えられぬだろう。」

「ありがとうございます。」

 ふたりは見つめ合い、スウはレイのベールを後ろへあげた。

 柔らかな優しい誓いの口づけを交わす。

 木漏れ日の中オルガンの音が響き、天使の子供達の歌声が澄んだ空気を震わす。

 皆の祝福の拍手がふたりを包み込むと、スウはレイを抱き寄せ、もう一度口づけた。







ラストまでありがとうございます。

執事達、いえ、死神たちのエピソードはまだまだありますので、また書かせて頂きます。もちろんこのラストのその後も・・・。

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