温もりの中で
神はふたたびゆっくりと玉座に戻り前に立つと、皆を見た。全員がその場に跪き頭を下げる。
裁断の間で下される神からの言葉は、
「死神スウ、おまえを人に転ずることはできぬ。死神としてこのままさらに過酷な仕事を任ずることとなるであろう。」
「そんな・・」
チーの呟きに、
「チー、最後までちゃんとお伺い致しましょう。」
アンデレが静かに言う。
「人であるレイ、おまえは全ての記憶を携え、この先も人として運命(さだめ)のままにその寿命を全うするがよい。ただし、ふたりよ、おまえたちはこの先どのような過酷な出来事が待とうとも、互いに目を逸らさず、ともに生きることを命ずる!」
「神様!」
スウとレイは一緒に声をあげ、
「我が父なる神、いえ、我が愛する父! ありがとうございます! どのようなことがあろうと、決してレイから目を逸らしたりはいたしません。」
「神様ありがとうございます! 私、お婆ちゃんになってもずっとスウの傍にいます!」
そう言ってふたりは見つめ合いゆっくり顔を近づける。
「待て! まだ全部終わっとらん! 馬鹿者! おまえ達は何かあれば連帯責任だったのを忘れたのか?」
神はニヤリと笑った。背筋がゾクッとする7人に、
「全員ブラックカードだ! ・・と言っても7人全員いっぺんに天に来られてもうるさいので、一ヶ月交代でひとりずつ来い! もちろん私に仕えてもらうから覚悟しておけ!」
「イヤァァ〜!」
叫び声と共にチーが、
「神様、お洗濯や繕い物やお掃除、なんでもいたしますから、神様にお仕えするのはイーだけでお願いできません?」
「な、何勝手なこと言っているのですチー! 君達も同感の顔はやめなさい!」
イーが慌てる。神は冷静に、
「私もそうしたいのだが、それでは不公平だろ。それから、7人が交代で私に仕えている間、マルタにシモン、おまえ達が地上のこいつ達の仕事を手伝いに行け!」
「な、なんでですか!」
急にふられたふたりは慌てたが神はさらりと、
「おまえ達も同罪!」
マルタは納得ができずなおも神に、
「待って下さい。シモンはともかく私は・・」
「おまえはアンデレの分も受け持つから仕方なし! アンデレは私の側で忙しいからな。」
(嘘だ! 最近アンデレさん、しょっちゅうミイと遊んでるぞ!)
マルタの心の声が聞こえているはずのアンデレは、知らん顔で神に微笑んでいた。
「やっぱ凄くて怖いっすアンデレさん・・。」
サンの呟きに皆は同感する。
「マルタはいいだろうけど、俺は執事なんかできないぞ!」
シモンの叫びに、
「心配するな、俺が教えてやる!」
「お師匠様は厳しいわよ!」
スウとレイが答えた。笑っているふたりにシモンは、
「おまえら、恩というものは感じないのか?」
「・・・・・・・・」
「ふたりして感じていないようだな! 腹立つぅ!」
レイは落ち着いた顔で、
「シモンさん、腹なんか立てちゃダメ! 私もちゃんとお教え致しますから。」
「いらん! スウに聞く。」
「どういう意味! 腹立つぅぅ!」
今度はレイが叫んでいた、そして全員が笑っている。
「ゴホン!」
神は大きな咳払いをしてから言った。
「今日から誰か仕えるか?」
父なる神は完全に楽しんでいると、皆は神の顔を見て思った。
「神様、私も一ヶ月お仕えしたらよろしいですか?」
レイが聞くと、
「おまえは仕えなくてもよい、間違って手を出したらスウに殺される。」
「手ぇ出すんですか!」
皆の非難の声に神は慌て、
「だから、間違ってと言っているだろう!」
全員がまだ疑いの目で神を見つめていた。
「なんだ、その目は! 私は父なる神だぞ!」
「それとこれとは別ですから。」
イーが冷静に言った。
しかし神は裁断を下した後もずっと思っていた。スウとレイ、確実に老いていく早さが違う。やがてリストに載りレイの体の回収を、スウに命じる時がやってくるだろう。それは罰と同じではないのかと。
「神様、私、スウに宝箱に入れてもらえたらしあわせです。だから私は大丈夫です。」
神は驚いた、心が見えるのか? そんな訳はない。
そう、運命(さだめ)を変えられないことを、レイはしっかり心に刻んでいた。しかしその運命(さだめ)の中をどう生きるのかは本人次第だ。
人であれ、死神であれ、神であれ。
もしあの日、レイがパントリーに飛び込んでこなければ、アールに驚き戻る方向を間違わなければ、7人のいる執事喫茶カフェ・ディオの扉を開けなければ、考えだしたらきりがない。
しかし、レイがこの世に生まれ、生きていてくれたから出逢いがあった。
辛くても、苦しくても、生きているから人は出逢う。人と死神も出逢ったのだ。
神は遥か昔を思い出す、神の出逢い。
「おまえ達はいったん地上に戻るのだな。」
「はい、明日も予約がいっぱい入っておりますので。」
イーの返事に神は笑った。
突然強い風が吹き、皆は一瞬目を閉じた、そして目を開けた時には玉座にもう神の姿はなかった。
「では、裁断の間から出ましょう。この建物の中には多くのアルビトロ達が常に待機していますからね。」
そう言うとアンデレは両腕を左右に広げ、眩い光が皆を包むと閃光が光った。
全員が閉じていた目を開けると、天に着いた時の場所に立っていて、そこにはラザロが待っていた。
「ラザロありがとう。無理を言ってすみません。」
ウーの言葉に微笑むラザロは、
「決して連絡してこないウーから心が送られてきたのですから、驚きましたよ。しかし嬉しかった。」
だから天に着いた時、騒ぎになっていなかったんだとスウは分かり、
「ラザロありがとう。でも神の子達の中には、あの写真を手にした者がいたのでは?」
と、聞くと、
「そんなものアンデレさんが一喝のもとに回収し処分しましたよ。私はその後、皆の疑問をやんわり消しただけ。」
「やんわり消すって?・・・俺、神の子が怖ぇ・・。」
サンは柔らかく笑うアンデレとラザロを見つめ少し身震いした。
「皆近い内にまた天で会えますね。そこで化け物を見るような目で私を見ているサン、神に仕えるのは大変でしょうが、きっとその間ミイに会えますよ。」
アンデレがそう言うとやっとサンは明るい声で、
「あっ! そっかぁ、やったぁ!」
と、飛び上がったがアンデレに、
「神に仕えるお仕事が終わってからの時間ね。」
と、言われ、
「えっ、それって実質時間ゼロなんじゃぁ?」
「君の頑張り次第でしょう。」
微笑む顔がやっぱり怖いとサンはビビッた。
「サン、頑張ってね。私留守番しながら応援してるから。」
レイが言うと、
「レイ、顔、笑ってるよね。」
「やだ、サンったら、被害妄想!」
「スウ、こんな奴でいいの? やめるなら今の内だぞ!」
「こんな奴がいいんだ。頑張ろうサン。」
サンは大袈裟に肩を落とした。笑う皆を見ながら、
(こんな会話ができるとは、ここに向かう時には誰も思っていませんでした。想像できないことが起こるのが人生、いや、死神生。)
イーはふと思い、そしていつも通り、
「さぁ家に帰りましょう。明日からも忙しいですよ、予定も立てなければなりません。覚悟していて下さい。」
そう言って優しく微笑んだ。
「イー、悪いが先に戻ってくれ。俺は・・」
スウが口ごもるとイーは、
「分かりました、レイに天の家を見せてあげたいのでしょう。店が始まるまでには必ず戻ってくるように、いいですね。」
「ありがとうイー、必ず戻る。」
そう言ってスウは、ふたりの会話にキョトンとしていたレイの手を取ると翔んだ。天の上さらに高く、一気にまっすぐふたりは翔ぶ。
「レイ、怖くはないか?」
「怖くない、スウが手を繋いでくれてるから。でもどこへ行くの?」
「俺が母と暮らしていた家、前に連れて行くと約束しただろ。」
「覚えてくれてたの? 嬉しい!」
(おまえとの約束、忘れる訳ないだろ!)
スウは繋ぐ手に力を込めた。
翔んでいったふたりを見つめながら、
「俺んとこも連れてくって言ったのに・・」
と、呟くサンに、
「慌てなくても機会はありますよ、サン。」
アンデレが言うとサンは少し緊張する。
「レイなら我が家もいつでも歓迎しますよ。」
ラザロがウーに言った。
「ありがとう、近い内に。」
残っていた皆はそれぞれの場所に帰る。風が、光が、皆を運んでいった。
どれだけ翔んだのだろう、スウは静かにレイと降りた。
目の前には小さな家、白い壁、青い屋根、低い戸口を開け玄関まではすぐ、その両脇には忘れな草の青紫色の小さな花が一面に咲いていた。淡い色の濃淡が風に揺れ、ふたりにお帰りなさいと囁いている。
「フォーゲットミーノット・・・私を忘れないで・・・もしかしたらお母さんが植えられたの?」
レイが聞いた。
「ああ、なぜ分かった?」
「心が込められている。」
私を忘れないで・・は、愛するたったひとりの神に。そして、愛する我が子に宛てたお母さんの心。
(スウの記憶が消えなくて良かった・・)
レイは思った。
「レイ、ありがとう。母の心を伝えてくれて。」
「綺麗だね、スウの瞳みたい。」
(おまえの瞳の方がもっと綺麗だ。)
スウはレイの手を引き家の中に入った、長く帰っていなかった我が家だが何も変わってはいない、ただ埃がひどい。
スウは部屋を案内した、リビング、キッチン、母の部屋、最後に自分の部屋の扉を開けると埃がいっきに舞った。
「これは酷いな。びっくりしただろ? 埃は仕方ないとしてもあまりにも小さな家で。」
「うん、びっくりした、天にこんな素敵な家があるなんて。スウ、凄いね。私この家大好き! スウの想い出がいっぱい詰まってる、お母さんの声が聞こえてきそう。」
レイは愛しげにスウが使っていた机の上を撫でた、埃など関係ない。その後ろ姿にスウは堪らずレイを背中から抱きしめた。
「レイ・・」
髪に口づけ、振り返らせるとそのまま抱きしめベッドへ・・レイの足がベッドにあたった途端、埃が舞い上がる。
「うわっ! こりゃ大掃除だ。レイが埃に埋もれてしまう。」
舞い上がる埃を掃いながら、苦笑するスウの髪に落ちた綿埃を、レイは笑いながらそっと指先で優しく掃った。
「レイ、・・やっぱり止められない。」
スウはレイの後ろ、ベッドに掛けられているカバーの端を掴みいっきに引き、そのまま自分の後ろへ剥ぎ取った。壁にあたりベッドカバーは埃と一緒に舞い落ちる。
真っ白なシーツが掛かるベッドがあらわれ、スウはそこに優しくレイを横たえた。
「レイ・・」
「スウ・・」
それ以上の言葉は今のふたりには必要ない、交わされる熱い口づけ。もう想いを止めなくてもいい、スウの心は溢れレイの心に注がれる。
(レイ、おまえの全てを俺は抱く。ずっと永遠に・・おまえはどんな時も、俺を包んでくれ。)
スウの腕の中、レイはひとりの眩しい女性となる。髪も、肌も、その声も・・・
地上に陽が昇る頃、ふたりは小さなベッドの上、互いの温もりを抱きながら眠りの中にいた。
優しい契り・・・。
「レイ! 起きろ! ヤバいぞ!」
「うぅ〜ん・・」
レイはくるりと背中を向けた。
「寝ぼけるな! 起きろ!」
陽があたるレイの白い背中がスウの心を揺らす。
(無防備に背中を露わにするな! ・・止められなくなるだろ、レイ・・)
スウはその背中にそっと口づけ、抱きしめようとした時、
「わっ! 寝坊した!」
振り向き飛び起きたレイの肘が、スウの顔面を直撃する。
「痛ぇ! おまえ・・!」
「キャッ! スウ。」
自分の露わな姿に驚き、レイはシーツを手繰り寄せた。
「スウなんで隣りに・・あっ私・・」
昨夜の全てを思い出し顔が真っ赤に染まっていく。
「おまえ今日は肘か! 痛ぇ・・で、なんで真っ赤なんだ、シーツ全部持ってって俺はそのままか。」
「あっ、ごめん、半分どうぞ。」
シーツの端をさしだすレイの手を引き、スウは自分の胸に埋めた。
「おはようレイ。」
「おはようスウ。」
スウの顔を見上げレイが答えると同時に、
「遅刻だぁ!」
ふたりは叫んだ。
地上ではもういつでもお嬢様方をお迎えできる準備ができていた。
イーひとりがまだ戻らぬふたりにイライラしている。
「心配しなくてもじきに戻ってきますよ。」
「心配などしていません!」
イーの言葉に苦笑するウーに、
「スウとお母様が過ごしたあのお家で、ふたりは素敵な一夜を過ごしたんでしょうね・・・」
ウットリした目でチーは言う。
「想像するからそういうの言わないで!」
アールが言うと、なぜかリュウの顔が赤くなる。そのうえサンは、神の子が気になり寝不足顔、ウーは大きなため息をついた。
その時庭にバサッと何かが落ちるような音がして、慌てて皆は飛び出した。
庭の忘れな草の真ん中にスウとレイの姿が、
「何をしているのです! 忘れな草をなぎ倒している! バカタレ!」
イーが叫んだ。
「悪い、慌てて着地失敗。」
「ごめんなさいイー。」
謝るふたりに皆が一斉に、
「遅い!」
そう言うと、チーは駆け寄りレイを抱きしめ、
「お帰りなさい。」
と、言い、抱きしめたままレイの耳元で囁く、
「レイ、シャツのボタンかけ違えてる、私が隠してるから直しなさい。」
「あっ!」
「下を見ない! そのままで。」
しかしサンがスウの顔を見て、
「スウ、顔腫れてねぇ?」
「こいつが寝返りうって飛び起きた時、肘で・・あっ!」
レイはボタンをかけ直す手が止まり、皆が気づく。
「あ〜あ・・」
チーは頭を抱えた。
「悪いけど僕は今日、仕事できそうにない。イー休ませて。」
アールも頭を抱えた。
「許しません! 全員仕事です! スウ、レイ、さっさと着替えてフロアに出る! 急ぎなさい!」
走り出すふたり、それすらしあわせそうだ。
「イー。」
ウーの声に、
「ええ、分かっていますウー、ちゃんと考えます。スウも分かっているでしょう。」
ふたりの会話を聞きながらチーも考えていた、倒れた忘れな草を無理やり全部、力まかせに起こしながら。それを見てイーは、
「チー、忘れな草を・・」
「ええ、とりあえず元通りにしといたわよ。気にしない、気にしない。」
イーも頭を抱えた。
その日の夜、それぞれが部屋にいった後、イーの部屋の扉をノックする音がして、
「どうぞ。」
入ってくるのはスウだとイーには分かっていた。
「今朝は悪かった。イー、天でも迷惑をかけた、いつも本当にすまない。」
「そんなことはいいです。で、いつどこへ出ていくつもりですか?」
「敵わないなイーには、全てお見通しか。」
「一応リーダーのようなものですから。」
優しく笑うイーにスウも笑う。
「イーは兄貴だよ。まだ許可が取れるかは分からないが、このままここでレイと今まで通りは無理だ、俺自身が多分・・」
「レイも今まで通りに見えて、今日はしっかり女性でした。」
やはりイーはどんな小さなことも見落とさない。
「勘違いしないで下さいスウ、それはレイにとって悪いことではありません。ただ男として執事の仕事は無理でしょう。」
「ああ、そうだな。」
「私からも神にお願いします。大丈夫! 父なる神は君達にこの先ずっと目を逸らさず、ともに生きよと命じられた。」
イーはアンデレに負けないくらい凄いとスウは思った。
さらにイーはスウに、
「ここを出てレイと一緒に暮らすとしても、けじめはつけなさい。」
「けじめ?」
「レイは女性、ウエディングドレスを着てバージンロードを歩く姿を私は見たいのですが。」
イーは微笑みながら言い、なぜか扉に向かうと、
「彼らも私と同じ思いのようですよ。」
イーが扉を開けるとそこに皆が立っていた。
「気づかれているとは思いましたが・・」
ウーの言葉に皆は苦笑いする。
「まったく、早く入りなさい。レイの鼻が利く前に。」
スウは頭を掻きながらも胸が熱くなり、
「俺が結婚式なんて、許してくれるのか?」
「スウのためじゃない、レイのためだ。僕が教会から花嫁を奪ってもいいしね。」
「アール、バッカじゃねぇ。レイはスウが好きなの!」
サンはアールに言うとチーの後ろに隠れた。
「スウ、結婚式してもらわないと私困るの、だって作り始めたウエディングドレスが無駄になっちゃう。」
そう、あのホワイトデーにチーが渡せていないプレゼント、手作りのウエディングドレス。
「スウも渡したいものあるんでしょ、ちゃんとプロポーズしなさい! 答えは分かっているけどね。」
チーはウインクした。
「僕は最高のウエディングケーキを作る!」
リュウは内心、これで秘密に慌てなくてもいいとホッとする。
「しかし教会ではさすがに無理でしょう。我々一応死神ですしね。」
ウーはそう言い、考えると、
「そうだ! ここの庭で皆の前でのウエディングにしたらどうです?」
この提案にイーも、
「そうですね、それなら誰にも気兼ねなく自由にできます。料理や準備全てはお手のものですから。」
いっきにどんどん話しが進む、イーまで暴走しだしたか?
「おまえらみんな・・」
「じゃ、あとは私達に全て任せてね。スウは言うべきことをレイに伝える!」
「これからのことも考えなければなりません。」
チーとイーの優しい暴走。




