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語られる真実

 これもまた遥か遥か昔、今の神がまだ唯一の神になられる前のこと・・・。

 先の神のもと、多くの神々のひとりとして優秀な神であられた今の神は、百年に一度天上界で行われる、天界、地上界、地下界におられるあらゆる神々の集まりの末席に、最年少の若さで並んでおられた。

 それは先の神が、次なる天の父なる神を無言の内に示されていると、集まられた神々は認識した。認識するに足るだけの存在感と輝きがあったのだ。

 認識していなかったのは本人だけだった。

 そしてそこで父である鬼神の供をして一緒に来ていた末娘と出逢われ、互いにひと目で惹かれ合い恋に落ちた。

 初めて知るひとりの女性を愛おしいと想う気持ち、愛する想い、ずっと傍にいて守りたいと願い、その全てが欲しいと望む心。

 望んではならない想いに心は苦しみ、切なさで張り裂けそうになる。それは互いに同じ想い。

 神々がそれぞれの場所へ戻られる前夜、忍んでいた心は溢れ、ふたりは結ばれた。

 たった一度の哀しい契り。


「私はずっと末娘であられたスウのお母様の傍にいたからすべてを見て知っていた。そうね、その頃から執事だったのね。」

 チーは少し悲しげに笑いまた話し出した。

「身籠られているのを知った鬼神様はすぐに相手が誰か気づかれたわ。怒り狂って天に怒鳴り込むかと思ったら、静かに冷たく仰られた。」

 宿った命を殺すことは神の自分にはできない、だが鬼神である自分のもとで産ますこともできない。

 天の父なる神の裁断を仰げ、記憶を消され地上に落とされる覚悟はしておけ。そう言って背を向ける鬼神に末娘は深々と頭を下げた。

「その場で私は供をして天にいくことを願い出たの、すぐに許して下さった。それはきっと鬼神様の愛、そう思ったわ。」

 天に着くとすぐに、今皆がいるこの裁断の間で先の神に言われる。

 記憶を消し地上に落とすのは容易たやすい、しかしそれでは真の罪の罰にはならない、全てを心に残し、この天で死神として宿りし子を産み生きよと。

「それがどういうことか分かる? 愛する方がすぐ傍にいてもその髪一本にも触れられない哀しみ、宿った命のことも言えず、自分がここにいることも知らせられない苦しみ。」

 皆は声が出ず、スウは胸が刺すように痛かった。そっとその胸にレイは手をあてるとスウは自分の手を重ねた。

 神は堪らず、

「もうやめろ! それ以上話すな。」

 と、言ったがチーは、

「ダメよ! ここでやめたら神様は悪者のまま。違うでしょ、貴方はずっと愛し、ずっと苦しんだ。」

「私は悪者でよい。事実ただひとりの愛する女性を守れなかった。」

 神自身の口から、ただひとりの愛する女性、と聞いた皆は驚いていた、それはまさしくスウの母親。

「神様は少しして、愛する女性が罰を与えられ、死神に転じて天で暮らしていることをお知りになられたけど会えなかった。お母様は全て罰は自分ひとりで受けるから神様には罰を与えないでと願われていたの。鬼神様の娘らしい一歩も引かぬ力を持って先の神に凄まれた。だからどんなに捜しても見つけられなかったの。」


 神は父なる神となり、初めて子がいることを知るが、その子が死神であること以外何も分からなかった。同じ天にいながら、どこでどうやって暮らし、どんな姿なのか、何ひとつ分からず見つけられなかったのだ。

 若くして父なる神となった神は、皆を従わせるために努力を重ね、愛と力をもってどんどん存在を大きくし、同時に皆からも慕われるようになっていった。しかし母親は他の種族と交わり寿命が変わり弱っていくばかりだった。

 チーは神に近づくため、仕える死神として持ち前の明るさ器用さを武器に、神の部屋に出入りできる立場にまでなっていた。

 神もチーには心を許すようになり、ある夜ポツリと呟いた。

「私も死神に生まれたかった・・」

 チーはドキリとした。

「死神のお仕事は過酷よ、まぁ神様のお仕事よりかはましかしら?」

「そうか、ハハハ・・、楽な仕事はないということだな。・・・せめて愛する者が傍にいてくれたら・・・」

「神様の傍には愛する子達がたくさんいるでしょ。」

 神はチーの言葉に気づく、そう、神の子も死神も皆、愛する我が子。

 その心を見たチーは考える、なんとかスウの姿だけでも見せてあげたい。まだ幼いスウだが、もし神の愛が消えていなければ、ひと目見たら分かるはず、正真正銘の我が子だと。

 チーが走り出したら止まらないのは今に始まったことではない。翌週、死神の子供達が集まる場所に言葉巧みに神を連れ出すと、

「この子達もやがて死神として過酷な仕事をいたします。せめて今は優しい神様の姿を見せてあげて下さいませ。」

 そう言ってからスウの姿を探した。

(どこ? スウ。あっ! あんな隅っこに、バカ! もっと前に来なさい!)

 チーはイライラした。

 一番後ろの隅に、しかもむこうを向いてひとりで佇むスウの姿。その時風が吹いた、スウの黒髪を撫でる風、その風の吹く方を見つめる横顔を見た神は驚いた。幼い横顔に重なる愛しい女性ひとの顔。

 チーが風に背を向けている間に、神はスウの傍まで行き立っていた。

 神は膝を折り屈むと、スウの目を見ながら、

「おまえの名は?」

「スウ。」

「スウ、おまえの母の名は?」

「レラ。」

「レラ(風)、やはり・・、母は元気か?」

「ずっとベッドで眠っている。」

やまいなのか?」

「違う。母が言ってた。」

(私と交わったせいだ・・。)

 神は震える心で聞いた。

「父は?」

「死んだ。」

(やはり・・・)

「そうか。」

「でも生きている。」

(どういう意味だ?)

「母の心の中にはずっと生きている。母が言ってた。」

 神は心が締めつけられ思わず手を伸ばした、我が子を抱きしめたい。だがその手は届かなかった。遠くから名を呼ばれたスウが走り去ったからだ。

 残された神は立ち上がり伸ばした両腕で風を抱いた。

 傍で黙って立っていたチーは、神の愛を見た。

(この方の心の中にも、あの方は生きている。)

 それから数ヵ月後、スウの母親は眠るように逝った。


 スウは思い出した、母親が何度もベッドの上でその時の話しをスウに話させ、微笑んでいたことを。


 チーは母親が逝ってすぐ、神に全てを話し、スウの近くに住まうため死神として本来の仕事に戻してほしいと願い出た。願いはすぐに聞き入れられ神はチーに言った。

「死神の仕事は過酷だぞ。」

「神様のお仕事よりかはましでしょ。」

 ふたりは笑った。

 その夜、別れの挨拶に神の部屋に行ったチーは驚いた。窓辺にひとり佇む神の目から大きな涙の粒が・・・

 神はチーに気づくとすぐにいつもの顔になった。精悍で端正で冷静な顔、神は涙は決して流さない。泣いてはいけない。

 神は他の神に呼ばれ、挨拶を済ませたチーを残し部屋から出ていった。

 チーは窓辺に走り寄り、残されていた神の涙の粒をそっとすくうように包み持ち帰った。


「おまえ! 盗んだのか!」

 黙って聞いていた神は最後の話しを聞くとすぐにチーに言った。

「やだ神様、お預かりしただけ。大袈裟ね!」

「返せ! あれは・・」

「だからちゃんとじきに、お返し致します。」

 いきなりの神とチーのやりとりに、

(何? どういうこと? 神の涙の粒って?)

 他の皆は思った。

 このやりとりで一瞬皆は忘れかけていた。スウは今、死神ではあるが実は完全なる神の子。それも、天の父なる神と鬼神の娘、鬼神の一族の子。


 鬼神とは超人的な力を持つ神、死者の霊も導き、天界には住まず、地上と地下の境界を守り、言わば神の種族と鬼の種族の境も守る。荒ぶる神とも言われるが、その力は強大だ。


「信じられねぇ。」

「僕は信じられる。」

 サンとリュウの声にイーは、

「君達、気づくべきはそこじゃありません。父なる神が、なぜスウとレイをお認めにならず、しかもふたりの記憶を消そうとなさるのか。」

「なんで?」

 サンの返事にイーは呆れる。

「チーの話しをちゃんと聞いていたのですか!」

 叱るイーをマルタがなだめ、アンデレが言葉を繋いだ。

「記憶の中、互いの想いがあるまま結ばれない苦しみを、神は一番ご存知だということです。そしてもし契りを交わせば寿命に変化がおきる。その苦しみをふたりにはさせたくない。どちらも神の愛です。」

 リュウには少し分かった、でも寿命に変化がおきてもこのふたりは一緒に生きることを選ぶはず。

 気持ちを静めたイーが、

「寿命の変化はチーの預かり品でなんとかなりますよね。」

「あらっ、イーも知っていたの。」

 それを聞き神は慌てて、

「おまえ達! 預かり物は返す物だろ! 何使おうとしている!」

 ふたりに言うが、

「父なる神よ、お許し下さい。」

「かわいいスウのために使わせて下さいませね。」

 イーとチーが大袈裟に頼む姿に、マルタとアンデレは笑いを必死に堪え、

(イーがこんな技を使うとは・・これも良い意味の変化か・・)

 マルタは密かに思った。

「わざとらしい! イーまで一緒になって・・、使わさんと言っても使うのだろ!」

「さすが我が父、私達の心を全てご存知であられる。」

 イーが言うと神はとうとう、

「あぁ、段々腹立ってきた!」

「腹なんて立てないの、神様・・って・・・」

(私同じこと前にレイに言ってる! 何これ?)

 チーは言いながらひとり驚いていた。

「失礼チー、少し触れさせて下さい。」

 アンデレはそう言って左手でチーの額にそっと触れた。その手を透しチーの記憶が流れると、アンデレは驚いた。

 レイが7人と出会い過ごした数ヶ月、たった数ヶ月で起こった色々な出来事と変化していく7人。遥か長い年月の中でも起こせなかった変化を、たった数ヶ月で起こしたのは、今目の前にいるレイなのか?

 ただの、人。ただの、女性。神でも死神でも天使でも悪魔でもない、ただの、人。


「さっきから話してる預かり品ってそんなに凄い物なの?」

 アールが聞くと、

「私も詳しくは知りませんが、父なる神が落とす涙の粒は凄い力があると・・だから神は涙を落とさない、決して泣かない。」

 ウーが答えた。

「それって辛くて悲しいね。」

 ずっと黙って聞いていたレイがポツリと言った。驚いたのは皆だけではなく神も驚き、そして聞いた。

「女、いや、レイ、なぜ辛く悲しいと思う?」

「だって、悲しい時には誰だって泣きたくなる、いっぱいいっぱい泣いて、それから笑うの。」

 まっすぐ神を見つめ答えるレイの横顔が、皆には眩しかった。

「泣かずとも笑える。」

 神が言うとレイは、

「心から笑うためには、いっぱい泣いた方がいい時もあると思います。悲しいの我慢したら心が涙で溺れてしまう。」

「私に意見するとはな。」

「質問にお答えしただけです。」

「答えた礼に私も少し教えてやろう。寿命の変化を止めても死神と人ではもともとの寿命が違いすぎる。これはおまえでも分かるな。即ち、確実におまえは年老いていく姿をスウの前に晒し、醜く先に死ぬのだぞ。」

「はい、人として生まれた以上あたり前のこと、運命(さだめ)は変えられません。」

「な、なんだと・・!」

(この女の言葉はどこから生まれる?)

 そう思うのは神だけではなかった。

 スウは神の傍に近づき跪き、神を見上げ願い出た。

「我が父なる神よ、私を人に転じて下さい! 最後の願いをどうぞ叶えて下さい! お父さん・・・」

「スウ・・!」

 神の心が揺れた、愛しい我が子、我が子がこれほどまでに愛する女性、レイ。

 誰も何も言えなかった、ただ神の答えを待つ。

「違う種族に転ずる時の掟は知っているな。」

「はい。それまでの全ての記憶は消え、関わった者からもその者の記憶は消える。」

「分かっていて望むのか? 互いに消えた記憶の中でたとえ傍にいても、それでどうなる?」

「必ず俺はふたたびレイを求め愛する。レイの心が俺に向かなくても・・・」

「ダメ! そんなの絶対ダメ!」

 レイが叫んだ。神はレイに、

「自信がないのか? 記憶が消えたらふたたびスウを愛する。」

「違う! きっと私はスウを好きになる。私もスウを求め愛する。でも、スウの記憶が消えるのはダメ! 大好きなお母さんや大切な仲間とのいっぱいの想い出、消えたら悲しい。」

「いいんだ、レイ。」

 スウは言った。

「良くない! そんなの・・良くない。やっとお父さんが分かって、交わした言葉も思い出したんでしょ。スウのお母さんを心から愛し、流しちゃ駄目な涙を溢された。そんな全ての大切な想い出、スウの心から消したら駄目。」

 必死に言うレイが神には分からなかった。

(何を言っているのだ? どうしたいのだレイは? スウだけを守れと言っているのか?)

 神は頭が混乱してくる。

(このまま地上に帰す訳にはいかない、少なくともレイの中の記憶は消さねばならない。そうか、皆からもレイの記憶を消せばいいのか! そして罰は・・ええぃ、後から考えればいい!)

 神はひとり黙々と考えていた。すると、

「神様、記憶をお消しになられても、この写真はすでに地上のあらゆる場所に飛び、流れております。どうやら撮影した写真家は近く賞を頂くようで、写真集にも載るようです。」

 さらりと冷静にアンデレが報告した。

「おまえぇ! 謀ったな!」

「謀るだなどと恐ろしい。我が父なる神よ、私をお疑いに?」

 アンデレが動いたことは神でなくても分かる。マルタにシモン、そして7人は感謝しながらもその凄さを再認識し驚いていた。

「絶対敵にしたくねぇ!」

 サンは呟く。

「決して敵にはならないです。」

 イーとマルタは微笑んだ。

 神は唇を噛み、拳で玉座を叩いた、全員がビクリとしていると、いきなり神は笑い出した。大きく響き渡る神の笑い声が広間を揺らす。

 神は玉座から立ち上がると静かに降りてきて、まだ跪くスウの前に立つと、見上げたスウの両肩をがっちり掴み立ち上がらせ、そのまま抱きしめた。

 あの日届かなかった両腕の中に、あの日よりずっと成長したスウを、力いっぱい包み込む。

「大きくなったな。おまえには辛い仕事ばかりさせてきた。」

 そう言ってからスウの肩に手をやりレイの前に立ち、レイの手を取るとスウの手としっかり重ねた、そしてレイに、

「スウをしあわせにしてやってくれ、おまえならできるだろう。・・レイ、おまえを抱きしめたいところだがスウに殴られそうだからやめて・・」

 笑って言う神の言葉が終わる前に、レイは神を抱きしめていた。

「神様ありがとうございます。しあわせかどうかは本人にしか分からないって・・」

「誰が言った?」

「私の大好きなお師匠様! だから私はしあわせです!」

「そうか、良い師匠だな。」

「はい!」

 全員が笑っている。

「レイ、そろそろ抱きしめる相手の交代だ。ほら。」

 神はスウの胸に優しくレイを手渡した。







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