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招かれざる客

 一週間があっという間に過ぎお花見当日、ぬけるような青空、心地好い春風、桜の木は辺り一面を淡い桜色に染めるほど、満開に花開いていた。

 みんなは普段通りの自由な服で満開の桜の下にいた。

 アールは着物を着たかったと残念がるが、着ていなくて良かったと思うことになる。

「はい、どいて、毛氈敷くからね。」

 レイの声にスウは、

「いや、レイ、テーブルと椅子があるし、それはいらないだろ。」

「ダメ! お花見は朱い毛氈敷くの!」

(どんなこだわりだ・・)

 呆れてスウは、

「じゃ、おまえだけそこに座ってろ。」

「いいよ、ここでお抹茶を点てるから、スウには飲まさない!」

「ちゃんと点てられるのか? 道具はここにはないぞ。」

「リュウが茶筅ちゃせんと、なつめと、茶杓ちゃしゃく、それから茶碗も買ってくれたもの、抹茶はドルチェ用に色々買ってたし、ね。」

 レイはそう言ってリュウの顔を見た。

「おまえら京都で、いつそんなの買う時間があった。」

 驚いてスウが聞くと、ふたり同時に、

「ナイショ!」

 ドルチェ班は息が合っています。

「じゃぁ茶釜ちゃがま茶柄杓ちゃびしゃくは!」

 意地のように聞くスウにとうとうサンが笑いだした。

「弟子をとられた師匠の叫びぃ。」

「黙れ、サン!」

「ふたりとも桜の下でやめなさい。花びらが散ってしまいます。」

 イーが注意する、その横では、もうレイがお茶を点てていた。

 毛氈の上にはいつの間にやらちゃっかり、リュウ、チー、アール、ウーが並んで正座している。

「どうぞ足は崩して下さい。ものすごく略式だし、学生の時伯母に教えてもらったきりだから、上手にお点前できないと思うし・・」

 レイは恥ずかしそうに笑った。

「悪かったレイ、俺も座ってい・・」

「どうぞスウ、ホントは一番にスウに飲んで欲しかったの。京都の想い出・・かな。」

 スウはレイのはにかんだ言葉に心が震える。

「ほら、さっさと座ってよ、後ろつかえてます!」

 サンがスウの背中を押し、スウはレイの正面に座った。

「先にリュウ、お願いします。」

 レイが声をかけるとリュウはスッと前に出て、置いていた重箱の蓋を開け皆に三色団子と桜餅を取り分けた。

「先にどうぞ。」

 黙って口に運ぶスウを見てレイは驚いた。

「甘いの大丈夫?」

「ああ、和菓子はな。これリュウが作ったんだろ、桜の香りがいいし美味しい。」

「ありがとうスウ。」

 リュウもレイも嬉しかった。

 菓子の後、スウは作法通りにレイの点てたお茶を頂き、その姿にレイはまた驚いた。

(スウはお茶も知っているんだ。)

 いえいえ知っているのはスウだけではありません。この執事達、お茶やお料理、あらゆる作法、なんでもひととおり全部知っております。

 だからレイは皆の様子にひとり驚く。

「ではみなさん・・」

 レイが終わろうとしたらチーが、

「レイがまだでしょ、スウがお点前してくれるって。」

「おい! なに勝手に言ってるんだ。」

「ホント! スウ! 嬉しい!」

 レイは急いで場所を替わる。スウは、

「仕方ない。」

 と、言って始めようとした。

「待って! リュウ、お団子に桜餅。」

 レイは忘れません。リュウは、

「あっごめん、すぐに。」

 と、言って用意した。

「リュウ、ひとつずつだぞ!」

 そう言うとスウは始めた。無駄な動きのない流れるようなお点前に、

(スウが着物姿でお点前したら、きっと似合う。)

 レイは思った。

「スウは着物似合うわよ! みんな振り返ってたもの!」

 チーが言うと、

「余計なこと言うな!」

 スウに怒られた。

 レイが目の前に差し出された茶碗を引き寄せようと手を伸ばした時、はらりとひとひらの桜の花びらが・・・淡い玉露色に優しい桜色が浮かぶ。

「綺麗・・・」

 レイのその声は紛れもなく女性の柔らかい響き。

 レイ自身があの日から、無意識の内に封印していたのかもしれない。だが今日は、桜の不思議な力のせいか、それとも皆が桜色に染まったせいなのか、封印が少しほどける。

 レイが茶碗を両手で持ち上げようとした瞬間だった、優しかった春風がいきなり突風になり、桜の木の周りを竜巻のように巻き上げた。

 スウはとっさにレイの両肩を掴み抱き寄せ、目も開けられない突風に、

「イー、これは自然の風じゃない!」

「分かっています。スウ、レイをお願いします。」

 イーはそう言うと風に向かうように立ち上がり、両手をその方向へ伸ばした。風はたちまち押し戻され、すぐに何もなかったかのようにもとの優しい春風になった。

 しかし、そこに立っていたのは、神の子シモン。

 シモンの視線はイーを通り越しスウを見ていた。

「また性懲りもなく、人、と関わっているようだな。スウ!」

「おまえには関係ない!」

「俺は神の子だ、全てを父なる神に報告する義務がある。」

 冷たく言い放つ。

「報告ねぇ、ものは言いようだ。告げ口の間違いだろ!」

「やめなさい! スウ! シモンの言っていることは正しい。」

 イーはふたりの間に立ち、言った。

「イー、あいつの味方をするのか!」

 スウの言葉にイーは静かに答える。

「敵味方の問題ではありません、確かなことは非があるのは我々の方。そして父なる神のもと私達は同じ、決して敵ではありません。」

 シモンは今度はイーに向かい、

「さすがかつては神に愛されし死神イー、こいつらと関わらなければ、アルビトロの頂点よりも上の存在になり得ただろうに、自ら堕ちるとは・・、しかし神のもと同じとは認めたくはないが、まぁ俺はおまえ達を、敵とも思っちゃいない。」

 そう言うと、その言葉にイーははっきりと答えた。

「シモン、君は少し間違っています。私はここにいる皆と関わることで、自分が堕ちたとは微塵も思っていません!」

「イー!・・・」

 皆は同時に声を出していた。そしてリュウはシモンを睨みながら、

「イー、神の子達は僕達を同じとは思っていない! こいつだって・・」

「リュウ、やめなさい。相手を悪く言う言葉は、そのまま自分に返ってきます。優しい言葉は優しさを生み、温かい言葉はそのまま温もりを生む。」

「涙が出るねぇ、死神にしとくのはもったいない!」

 シモンはわざとらしく言う、しかしイーは冷静だ。

「私は今までも、これからも、ずっと死神ですよ。」

 そう言って微笑んだ。

 たとえ神の子シモンでもイーに敵うはずがない。

 シモンは不思議だった。優秀なイーが一緒にいて、なぜあのような、人、と関わるのか?

 視線の先、スウの腕の中で顔を埋める、人、を睨みつけ、その心に直接シモンは問う。

(おまえは何者だ? なぜここにいる? おまえの存在が今ここにいる死神達を追い詰めている。分かっているのか!)

 レイは思わず両手で胸を押さえ、そのまま顔を上げ目の前のスウを悲しげに見つめた。

「どうした? レイ!」

「ごめんなさい・・スウ・・・ごめんなさい・・私のせいで・・・」

 レイの瞳から一粒の涙が・・その涙を満開の桜が染める。美しい桜色の哀しみの涙・・・

 スウはレイを強く抱きしめ怒りの顔をシモンに向けた。

「何をした! レイの心に何を言った! こいつを傷つける奴は俺が赦さない!」

 瞳が青く燃え、黒髪の間から覗く耳の先は鋭く尖る。

「スウ! 駄目だ!」

 皆が叫んだ。

「やっと死神らしい顔になったな。これとは大違いだ!」

 そう言ってシモンが指先で弾き飛ばしてきた紙には、冬枯れの大銀杏の下、スウに涙を拭われるレイ、ふたりの姿が・・・。


 携帯電話やパソコン、ネットがない昔なら、もっとゆっくり時間は流れていただろう。7人はそんな時代も知っている。

 便利になった今、あらゆる情報は瞬く間に世界を走る、その是非を決めることは神にもできないであろう。

 8人が京都に立ち寄った時、その写真は携帯で撮られネット上を走り、こともあろうかシロアムとして地上に降りたシモンの目に留まっていたのだ。

 撮影し流した本人は、ただ美しい光景を切り取り、多くの人に見て欲しかっただけ、なんの意図も悪気もない。

 凛とした空気の中、ふたりの優しい心が伝わるような美しい写真。

 だが、美しさなどシモンには関係ない。

 そこに写るふやけた死神の顔は自分がよく知るスウで、涙を拭われているのは生きている、人、しかも女。

 シモンは怒りに震えた。

(スウはまた同じ過ちを犯すのか?)

 このふたりには過去の因縁があった、人、をめぐる深い因縁。互いに心に深い傷を負っていた。

 スウは言葉が出なかった、それは他の6人も同じだった。

 まさかあの日がこんな形で災いするとは思ってもいなかった。

「私の考えが足りませんでした。いくら完璧に幕を張れたとしても、その場しのぎではやがてこうなると想像するべきでした。あの時シャッター音に気づいていたのに・・」

 イーはそう言って目線を落とした。

「イーのせいじゃないわ、私達がはしゃぎ過ぎたから・・ごめんなさい。」

「チーが謝ることではありませんよ、あの時間を否定する必要はない。」

 いつも物静かなウーが言い切った。それを聞いたシモンは、

「ウー、強気だな。ラザロに泣きついても無駄だぞ。」

 意地悪く言う。

「私が兄に泣きつくと思いますか? 私達をまだ分かっていないようですね。君こそ孤独を抱え誰かを求め続けている。」

「黙れ! 神の子崩れの落血種が!」

 だが、驚くことにウーはそう言われても、微笑み真っ直ぐシモンを見つめ言った。

「ならばわざわざひとりでここに来た訳は? 心底私達を憎み、嫌っているのなら、さっさとその写真を神に渡し裁断を仰げば良いこと。」

「・・・・・・」

 シモンは言葉を探した、そしてやっと見つけたように、

「その通りだな、だがそれでは面白くない。そこの、人、いや、女の目を覚ましてから、神の裁断を仰ぐ方がスウには効くだろう。」

 意地悪く口角を上げ笑った。リュウが慌てて、

「目を覚まさすって何をするつもり!」

 と、言うとシモンはほくそ笑み、

「心配するなリュウ、おまえの兄貴のような存在の、スウの過去を教えてやるだけだ。もう1枚のグレーカードの理由・・」

「いい加減になさい! シモン。それをレイに話してどうなると言うの、人を傷つけることを神が望まれていると思う?」

 チーがシモンに言ったが、無駄だった、

「うるさい、チー! 全てを知ったら、人がどんな顔をするか、おまえ達は知るべきだろう。それとも怖いか?」

「どうぞ話して下さいシモンさん。スウのこと、いいえ7人のこと、何を聞いても私は大丈夫。」

 レイはスウの腕の中に抱かれたまま、顔をシモンに向けきっぱりと言った。

 一瞬シモンは黙ったがすぐに、

「面白い女だ、それほどスウが好きか? なら聞かせてやる。」

 スウは驚き、抱きしめていた腕が少し緩んだ。レイは、

「離さないでスウ・・スウの鼓動を感じていたい。私が迷子にならないようしっかり掴まえていて、嫌でなければ・・」

「嫌なわけないだろ! おまえが離せと言っても離すか!」

 ふたりは互いに見つめ微笑むとシモンを見た。

「この先も同じことを言えるかな? 女、レイと言ったな。こいつはかつて、ひとりの女の魂を彷徨わせた! 運命(さだめ)を勝手に変えてな!」

 全てを知っている6人でさえ聞きたくない真実。

 シモンは淡々と話し始めた。


 遥か昔、スウが死神の仕事を始めて間もない頃、その頃からスウにはなぜか、空色のリストの仕事が多かった。たいていは経験を積んだ死神に任されるはずなのだが、イー達もいつもそれが不思議だった。

 そのひとつ、アジアの大陸がまだ統一される前の、争いが続く時代、高貴な一族の男の名が、空色のリストに載りスウに託された。

 男はまだ若く野心家であったが、夢と希望を持ち突き進んでいた。そんな男の周りにはあらゆる思いを持つ女達も集まる。

 男はそれを分かっていたから心のない言葉を平気で語り、適当に女達をあしらい、戦いに明け暮れ荒む心と体を癒すつもりか、多くの女達と都合のいいように遊んでいた。

 そんなことで真の癒しなど得れるはずがない。

 そんな毎日の繰り返しにスウは嫌気がさしていたが、男はスウと話す時だけ本音が言えた。誰にも漏れないと分かっていたからだ。ただしある女のこと以外だったが。

 そんな中で、男はある下働きの貧しく低い身分の女に惹かれていく。まだ少女と呼べる歳の彼女は、男の前では決して顔を上げなかった、それは掟のようなもの、破ることは赦されない。

 だがある日、男の部屋を片付けに来てスウと鉢合わせ顔を上げてしまった。恐れおののく彼女にスウは仕方なく、自分は男の臣下で恐れなくてもいいと伝え、それ以来時折言葉を交わすようになり、そのふたりの姿を男は陰から見ていたのだ。

 疎いスウに、男の彼女に対する本音など分かるはずもない、ただスウも、彼女に惹かれていたのかもしれない。

 彼女は貧しさゆえに身なりも酷く、髪も肌も荒れていたが、その瞳は美しく、交わす言葉は少なくても、優しい声の響きは心を癒した。何よりも彼女が純真で温かいことは、ほんの少し傍にいるだけで感じられた。

 いつものように戦いから戻った男が、彼女に水を部屋に持ってくるよう命じた。

 すぐに部屋に水を持って来て、顔も上げず水差しを台に置き後退りながら部屋を出ようとした彼女に、男は待てと言うと手に持っていた小さな花束をその水差しに挿し、その中でもひと際可憐な花を一輪抜くと、彼女の髪に挿した。

 彼女は驚いておもわず顔を上げてしまった、目の前には優しく微笑む男の顔があった。慌てて彼女は跪こうとすると、その彼女の両頬を優しく男は両手で包み、立ち上がらせると、彼女の柔らかな唇にそっと口づけた。

 スウはその時初めて男の気持ちを知り、そして自分の心の中の小さな痛みを感じる。

 その夜、男は生まれて初めて心が癒され深い眠りを知った。隣りには小さな寝息の彼女が眠っていた。

 スウは苦しんだ、なぜなら次の戦いで男は死ぬ。変えられない運命(さだめ)。


「ここからがいよいよ本題だ、こいつは邪魔をした!」

 シモンの声に、

(空色のリストの人は男性、魂が彷徨うのは女性、どういうこと? スウの顔が辛そうだ。)

 レイは思った。

「大丈夫だ、レイ。」

 スウは顔をあげたまま言った。するとシモンが、

「ふん! おまえはいつも自分の思うがままに進む。周りのことなど考えていない!」

 そう言うと、リュウが叫んだ。

「そんなことない!」

「黙れ! リュウ!」

 リュウに向かい鋭い風が刺すように吹き、とっさにイーが止めた。慌ててスウは、

「やめろ! 話しは終わるのか?」

「これからだと言っただろ! スウ。」

 シモンはそのままスウを睨み、激しい口調でさらに続ける。

「男が最後の戦いに行く前夜、女を部屋に呼ぶようにこいつに頼んだ。だがこいつは女を呼ばなかった!・・・女はその夜、男の部屋へ向かう途中殺される運命(さだめ)だった。白のリスト、回収はチー、シロアムは俺、分かっているのか!」

「すまないと思っている。」

「何がすまないだ! そのせいで・・」

「やめなさい! シモン!」

 初めて聞くチーの厳しい声だった。

「そんなこと今さら言って何になるの? 運命(さだめ)を変えたらどうなるのか、あの時まだスウは知らなかった。あなただって、あの時初めて知ったんでしょ。みんな苦しんだ、そして今があるのよ。」

 最後は優しくチーが言ったが、シモンは激しさを増し、

「あんたは同じ死神だから庇うが、神の子の俺はどうなる? もういい! レイ、しっかり聞け! リスト通りに死ねなかった女は本来存在しない翌日も生きている、それは孤独な生だ。周りは女が見えていてもなぜか関わらなくなる、そらそうだろ、いないはずの、人、なんだからな!」

(どういうこと? よく分からない。)

 レイが思うとシモンは怒ったように、

「だからしっかり聞け! スウは自分が女を失いたくなくて、どうなるかも考えずに生きる屍をつくったんだ! 女と関われるのはこいつだけになるからな!」

 レイはスウを見て伝えるように心に思った。

(そんなはずはない! スウはそんな人じゃない! 何か言ってスウ。)

 何も言わないスウを見て、シモンはレイに、

「ほら見ろ! 反論できない、そもそもスウは人ではないぞレイ。こいつは死神だ!」

「そんなこと分かってる! スウもみんなも死神。長く生き、辛い仕事をいっぱいしてきて、そして今、一生懸命執事として人をしあわせにしてくれている。シモンさん、あなたが神の子として頑張ってきたように、スウ達は死神として頑張ってきた! 同じ神の種族なんでしょ。」

「レイ!」

 皆がレイを見つめ名を呼んだ。

「レイ、おまえって奴は・・」

 黙っていたスウがレイを見つめた。

「メデタイ、人、がいるもんだ! 泣けるね。その後、女がどうなったかまだ話してないぞ。」

 まだ話そうとするシモンにチーが、

「もういいでしょ!」

 と、言ったがレイは、

「チー、私ちゃんと最後まで聞きます。」

 と、答えるとシモンは呆れたように、

「女の状況を知りながらこいつは戦場へ行った。リスト通り回収をするためにな。そして自分の仕事を終え女の所に戻った・・、思い通りにはならないものだ。男の死を先に知った女は自ら胸を刺し貫き、こいつが抱き上げた時は息も絶え絶えだった。目の前で男を追って死ぬ女を抱くこいつは哀れだったよ。」

「違うわシモン、あなたちゃんと見ていない。あの時彼女が言った言葉、聞いていないのね。」

 チーはそう言ってから、ゆっくり静かに話し出した。

「スウは彼女の状況を知りとんでもないことをしたと思いながら、運命(さだめ)を変えないため戦場できっちりリストを守った。男性は空色のリストの人、スウがどういう存在か知っても受け入れ、生き方を変えない人よ。最後に、彼女に花を一輪届けるようスウに命じたの、スウは約束した。そして届けたの、男性の心も一緒にね。」

「女が目の前で死んだことに変わりはない!」

「聞きなさいシモン、一輪の花と男性の想いを伝えたスウに、彼女は微笑んで言ったのよ。・・・・・ありがとうスウ、あの方の想いを聞いてから死ねる私はしあわせです。どうか苦しまないで、私を生かしてくれたことを。優しい死神・・スウ・・・・・彼女は男性からスウのことを聞いていたのね。それだけふたりが深く信頼しあい、愛し合っていた証し。」

 聞いていたシモンの顔が少しずつ変わっていき、さっきよりも静かな声でシモンは、

「しかし、リスト通り死ねなかった人は、新しくリストが出て載るまで体も魂も彷徨う。もしその彷徨っている間に悪魔に喰われたら・・」

「だからスウは、彷徨う彼女の体と魂をずっと守っていたのよ。仕事をきっちりしながらね。そしてふたたびリストが出てあなたが彼女の体を神のもとに届けた、そうでしょ。」

 チーの話しにシモンは驚いていた。次のリストが出るまで約三ヶ月、スウは彷徨う体と魂を守り続けたというのかと。それでもシモンはまだ、

「そんなことで運命(さだめ)を変えたことは赦されない!」

 そう言い、スウが当然反発してくるだろうと思っていた。しかしスウは、

「分かっている。空の宝箱を持ち帰った神の子がどれほど辛い思いをするか、おまえが俺を憎んであたり前だ。あの後どれほど努力して、優秀な神の子と呼ばれるようになったのかも想像できる。おまえならとっくにアルビトロの一員になっていてもおかしくないのに・・すまない。」

 と、静かに言った。シモンはまた驚いていた。

「おまえ変わったな。あんなに尖っていたのに・・その子のせいか?」

「そうかもしれない。」

 その言葉には全員が驚いた。

「確かにその子・・レイ、不思議な女性だ。俺の話しを聞いても、いや、この状況下で顔色ひとつ変えない。おまけにさっきの言葉には正直驚いた。」

 そう言ってシモンは笑い、レイは笑うシモンを見つめ思った。

(初めてシモンさんの笑う顔を見た。)

「俺も、お・な・じ、神の種族だからな、笑うし泣くし怒るさ。」

 シモンがそう言うとサンが、

「シモン泣くことあるの?」

「サン、やっと口開いたらそれか! それよりこの目の前のいつまでも抱き合ってるふたりをなんとかしろ!」

 呆れた顔でシモンはスウとレイを見て言った。

「あっ、すまない。」

 スウがレイの体から腕をほどこうとしたら、慌ててレイが、

「離さないで! スウ・・」

「えっ?」

「腰が抜けて・・支えてもらわないと立てないの・・・」

「ええぇ!」

 全員が驚き一斉に笑いだした。

「もお! 笑わないで。恥ずかしいんだから!」

 だが次の瞬間レイの体がふわりと浮いた、スウがレイを抱き上げ、

「これでいかがですか? お姫様。」

「もっと恥ずかしい! 降ろしてスウ!」

「いや降ろさない! 一生おまえを抱く!」

「ええぇぇ!」

 全員の驚く声は叫びのように大きくなる。

「一生って・・? 腰は治るから。」

 レイは気づかず言う。

「バカ、治ってもずっとおまえを抱いていたいんだ。」

 レイはまだちゃんと理解できていない顔でスウを見上げていた。それを見てサンはチーに、

「レイ、女の心、忘れてねぇ?」

「しっ! お黙りなさい! いいところなんだから!」

 ふたりは小さく囁いた。

 キョトンとしているレイにスウは、

「おまえって、恥ずかしいこと何回も言わせるよな。」

 そう言って深呼吸すると、優しい声で言った。

「レイ、愛している。ずっと俺の傍にいて欲しい。」

 もう誰も驚かなかった、驚いているのはレイだけだった。

「それって・・・でもずっと傍にいるよ、執事の弟子だもの・・」

「違う! 女として傍にいて欲しい、・・・レイの全てが欲しい。」

 やっと理解したのか、レイの顔がみるみる真っ赤になっていく。

「恥ずかしい! みんなの前で・・・」

「俺だって恥ずかしい、だが誰の前でも同じことを言う。」

「女、大分捨ててるよ、私・・・」

 顔を赤らめ、躊躇ためらうように答えるレイをじっと見つめ、スウは、

「俺には十分、女だ。」

 そう言いながら顔を近づけると、抱き上げる腕をゆっくり引き寄せ、優しく口づけた。

 ふたりは淡い桜色に染まる。


「ウォゴォホン!」

 大きな咳払いをしながら、

(俺はいったい何しに来たんだ!)

 シモンは自分自身に呆れていた。

「お取り込み中悪いが、この写真は俺だけが持っている訳ではない。おそらく他の神の子も手にしているはずだ。遅かれ早かれ神の目に触れる、いや、触れていると考える方がいいだろう。」

「そうですね、シモンの言う通りでしょう。先に手を考えなければ、私達よりレイが心配です。」

 イーの言葉に、全員がさっきまでの表情が消え、厳しい顔になった。

「何があっても俺がレイを守る!」

 スウの決意の声に皆も頷くが、

「父なる神の力を舐めるな! 俺達の力が束になっても敵うはずがない!」

 シモンの言葉に皆は少し驚き、ニコリと笑いながらアールが、

「俺達って言ったよね、シ・モ・ン。強い味方だ!」

「いや、アール、深い意味は・・」

 慌てて答えるシモンを、皆がニコリと見つめている。

「ああ、もういい。そうだ言ったさ! 仕方ないから一緒に手伝ってやるよ!」

 まだ腰が抜けたままのレイが、

「あの、私なら大丈夫です、何があっても・・」

「何があるか分からないから、怖いのよ。」

 チーが言った。







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