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優しい煌めき

 2月14日、それは女性達の夢見る日なのか? それとも、いざ! 出陣日なのか?

 この日の店の予約は完全に隙間がない、朝から戻られるお嬢様方と届く宅配便の対応に全員疲れきっていた。当然昼食どころか飲み物も口にできない。

 パントリーに入ってきた瞬時に、チーは皆にサッと飲めるジュースを差し出す。

「レイ大丈夫? あなたちょっと寝不足でしょ、目の下にクマ・・」

 振り返ったレイの顔がちょっと怖い。

「大丈夫、みなさんに比べたら私なんて・・」

 答えるレイにスウが、

「レイ、トマトジュース飲め! おまえフロアでは絶対倒れるな!」

 その言葉は優しさ? それとも鬼? もうどちらでもいい、考えられない。

 そのうえチョコレートがやたら手渡され、その都度レイは満面の笑みでありがとうございますと応えていた。

 またイーがレイを呼ぶ。

「お嬢様がレイにチョコレートをお渡ししたいそうです。」

 レイは、人生初めてチョコレートが憎く見えた。

 一日の終わり、疲れきった皆がダイニングで放心状態だ。

 チーもリュウも疲れていて夕食どころではない。 

「みんなごめんなさい、今日は何もないの。」

 チーは謝ったが、皆は何も食べていないのにあまり空腹感がない、だから今日は寝ると言って各自部屋に散ろうとした。そのみんなにイーが、

「みなさん、チョコレートは中身を確認後忘れず分類しておいて下さい。レイの分はスウ、よろしくお願いします。ではおやすみなさい。」

 と、言うとスウが、

「なんで俺なんだ! 自分のだけで手一杯だ。」

 振り返ったイーの顔は反論の余地なしだった。

「分かったよ! やりゃぁいいんだろ! レイ、おまえの分のチョコレート、俺の部屋に持ってこい。」

 レイはよく分からず、

「なんで? 私食べないよ。」

 と、言うとスウが、

「箱や包みを開けずに中身の確認をする、そして寄附する分と置く分を分ける。」

「開けずに確認って?」

「いいから全部持ってこい!」

 そう言ってスウは先にいってしまった。

 レイは大きな箱を抱えスウの部屋の前に行くと、

(ダメだ、手でノックできない、失礼スウ。)

 そう思って足を上げた時、扉がいきなり開いた。

「おまえ、今足でノックしようとしたよな。」

「やだスウったら、してないよ。」

「その少し上がった足は、なんの意味だ?」

「ええっと・・ごめんなさい。」

 呆れながら、スウは黙ってレイの抱える箱を持つと部屋の中に入り、レイは、

「ではお願いします。」

 と、言って自分の部屋に戻ろうとした。

「なに戻ろうとしてる。入れ! おまえの分だろ、ちゃんと確認しろ!」

 スウの言葉にレイは少し驚き、

「部屋、入っていいの?」

 と、聞くと、

「入らないと確認できないだろ! ただし、ここで寝たら確実に襲うぞ!」

 スウが言うとレイは真顔で、

「それって吸血鬼とか狼男とかのたぐいになるってこと?」

 と、聞きスウは呆れて言った。

「まさかまだ真剣にそう思っているのか?」

「思ってないけど、スウが襲うって言ったから。」

(男として襲うって言ってんだ!)

 黙って心の中でスウは思った。レイは慌てて、

「ごめんなさい! 怒った?」

「あっ、いや、もういい忘れろ、さっ、始めるぞ!」

 レイはスウの近くに歩み寄り、まず宅配便の分の箱や梱包を開けていく、中からはラッピングされたチョコがわんさか。包みの伝票はきれいに置いておく、スウの前にもチョコの山。

「結構あるな。」

「スウ、どうしよう・・私こんなに覚えられない。」

 泣きそうな顔のレイにスウは、

「だから舐めるなと言ったんだ、一緒に覚えといてやるからそんな顔するな。」

「ホントに!」

 途端に嬉しそうな顔になるレイにスウは苦笑した。するとレイが聞いた。

「ねっ、寄附って?」

「手作りやアルコールの入った物以外は、近くの施設に寄附している。これがバレンタインのチョコだとちゃんと説明してあるし、先方も了承済だ。子供達はチョコレート好きだからな。」

 スウが説明するとレイはすぐに、

「私、全部あげる。」

 と、言ったが、

「手作りで、いきなりド〜ンと名前なんか書かれていたら、さすがに子供達だって引くだろ。」

「だから確認なんだ!」

「やっと分かったのか? じゃ俺の隣りにきてどこかに触れてろ。そしたらおまえの中に中身や色や香りが伝わる。」

「本当に? すごい!」

 そう言って、レイは瞳を輝かせた。

(夜中に眩しい顔するな。)

 スウは思った。

 レイはスウの左側に座るとなんの躊躇もなく、床におかれたスウの左手を包むように右手で触れた。

 スウは不覚にもドキッと心臓が跳ね、隣りで座るレイはなぜか目を閉じていた。

(イー、恨むぞ、こんな役目、さらりと俺に押し付けやがって・・)

 スウはゆっくりと深呼吸した。

「レイ、目は開けてても見えるから。」

 静かに言った。

「そうなの? 分かった。でもスウって凄いね。」

「俺だけができる訳じゃない、みんなこれくらいはできる。」

「みんながなんでも同じことができるの?」

「いや、赤目と青目の違いや、それぞれ出来ることの違いはある。人も同じだろ。」

「そうだね。」

 スウの言葉にニコリと笑うレイに、

「もう始めるぞ! でないと朝になる。」

 そう言ってスウはひとつめの箱に触れた、中身がスウを通してレイに伝わる。

「うわっ、美味しそう!」

「おまえ腹減ってる?」

「今、急にきた。」

「我慢しろ、とにかく先に済ませる。」

 スウが触れるたび次々と伝わる、レイの分は48個だった。

 自分の分は終わったのに手を離さないレイにスウが、

「終わったぞ、レイ。」

 そう言うとレイは、

「スウのもちょっと見たい。」

「な、なんでだ?」

「どんなのかなぁって・・ダメ?」

「かまわないが寝るの遅くなるぞ、俺のは倍近くの数だ。」

「嘘っ?」

 慌てて手を離そうとしたレイの右手を、今度はスウが掴んだ。

「一度言ったことは撤回なし! 逃がさん! では始める。」

「離せ! お腹すいた!」

「寄附できない分を食え。」

「鬼ぃ! やっぱ吸血鬼! 狼男!」

 スウは無視してひとつめに触れた。伝わるチョコにレイは驚き、

「うわっ綺麗! 薔薇の形だ、これ手作りだね凄い!」

 しかしスウは冷静に、

「寄附外だな、俺は食べないからおまえにやる。」

「いいの? 作ったお嬢様はスウに食べて欲しいんじゃ・・」

「ちゃんと礼は言う。だが食べるのは無理だ、そんな顔で見るな仕方ないだろ。」

 困ったようにスウが言うと、レイは小さな声で、

「分かってる、だから私のも悪いことしたかなって・・」

「おまえのは食べる、心配するな。」

 スウは言ったがレイはまた、

「無理ならいいよ。」

「無理じゃない! 次いくぞ!」

 わざと乱暴にスウは言った。

 全部終えた時には、スウの左手の先は深い眠りに落ちていた。

(満月じゃないが狼男になるぞ! このバカ。)

 スウは苦笑した、いったい何度、レイをベッドに運んだろう? この腕の重みが愛おしい。

 ベッドに横たえたレイを見つめ、一度触れた唇の感覚は知らなかった時よりも、ずっと強くスウの心を誘惑した。もしまた触れてしまったら、そこで自分を止められる自信がない。

 もう人と、決して関わらないと決めていたはずなのに・・・。


 翌朝、レイは大寝坊で叫びながら飛び起きダイニングへ駆け込んだ、皆は驚き、レイの姿にイーは、

「レイ! また昨夜のままの格好で寝たのですか! 君には緊張感が・・」

「すまんイー、俺が嫌がるレイを・・」

「何したの!」

 スウの言葉に激しく勘違いして皆が叫んだ。

「えっ!」

 逆にスウが驚いていると、

「ゴホン、ゴホン・・違います。スウにレイのチョコの確認をさせたのは私です。」

 咳込みながらイーが答えた。

「あっ、まぁそうだが・・」

 スウは呆気にとられたが、まぁいいかと思った。

 今年もダントツはアール120個、続いてとうとう三桁のイーが105個、ウーが82個、スウ80個、サンの51個、レイ48個、リュウ45個、チー30個だった。

 お礼を忘れてはならない、しばらくはお戻りになるお嬢様方に緊張だ。


 そんな中、三月の声が聞こえると、なぜか7人が少し落ち着きがなくなってきたようで、それもそのはず、次は女性が天国か地獄か? それとも男性の勝負日なのか? 間近にホワイトデー。

 レイの姿がない休日のリビング、レイは昼寝の最中みたいだ。

 サンがソワソワと動き皆に聞いていた。

「俺どうしよう? みんな考えた? リュウやチーはいいよな得意があって、しかもレイが喜ぶ食べ物分野だし。あ〜あ、何しよう? ウー考えた? イーは?」

「サン、心配しなくてもレイはなんだって喜ぶわよ。ちなみに私はお料理じゃないし、今すぐあげないわ、多分近い将来で渡してあげるの。ムフフ・・・。」

 チーちょっと気持ち悪い、サンは思い、まだ続けて言う。

「だいたいアールなんか余裕たっぷりみたいで・・薔薇の花とか何百万本でも贈りそうだし、ウーも無難なものちゃんと贈りそう。俺だけだ・・悩む・・」

 みんなは少なからず決めていた、だが互いに言わない、重なったらどうするつもりなのか? 声に出してバタバタしているのはサンだけだった。

 そのサンも実は決めていた、ただ贈り物なんて初めてだからこれでいいのかと不安だった。

 みんなの心中も知らずレイは眠っていた、暖かい陽だまりの中、ぬくぬくととろけるように。


 前日13日は定休日だった。

 リュウがピザを焼き、誰とはなしに言い出しその日は皆で昼食となった。

 もちろんレイもキッチンにきて、リュウが焼くピザを手伝う。

 定番のマルゲリータに、生ハム、ルッコラ、ベビーリーフをのせたサラダ感覚のピザ、モッツァレラ、ゴルゴンゾーラ、タレッジョ、パルミジャーノ4種のチーズをのせたクワトロフォルマッジ、キッチンにダイニングに香ばしいピザの焼ける匂いが漂う。

 何枚もの焼きたてのピザがテーブルに並べられ食事が始まると、レイは切り分けられたピザを口に入れ、しあわせそうに、伸びるチーズを見てはまた口に運ぶ。

「おまえって食べてる時しあわせそうだな。」

「しあわせだもん!」

 呆れ顔で聞いたスウに、レイは笑顔で答えた。

「じゃぁもっとしあわせになってもらおうかなぁ。」

 アールはそう言って立ち上がると、ダイニングのバルコニー側の窓を両手で開けた、その途端バルコニーいっぱいに色とりどりのハートのバルーンが揺れる。みんなが驚いていると、アールが、

「ちょっとこっちに来て、レイ。」

 レイは促されてアールの傍に行くと、アールはバルーンのひとつを手に取りレイの前でピンを突きパン! と割った。一斉に他のバルーンが天高く飛んでいき、驚いたことに割れたバルーンからはキラキラと輝くティアラが・・・

 これにはレイだけでなく全員が目を丸くした。

「はい、レイ。」

 アールはレイの頭にティアラをそっとのせた。

「おいアール、それ反則だろ! この後渡しづれぃ! まっ仕方ないか。」

 サンはポケットから小さな輝きをふたつ出しながらレイの傍へ行き、まず片方の髪をかき上げ耳たぶにその輝きをつけた、もちろん、もう片方にも。キラキラと揺れるイヤリング。

 次はウーが平たい箱から新たな輝きを出し、レイの首に腕を廻すようにして飾る、いくつもの星が煌めくネックレス。

 リュウが少し恥ずかしそうにレイの前に来て、

「これ、みんなのように新しい物じゃないけど、僕の母がつけていたんだ。レイが持っててくれたら嬉しいから。」

 レイの手に真珠の煌めきが温かい小さなブローチをそっと置いた。

 レイはそのままそのブローチを胸につけて微笑む。

「レイ、ありがとう。」

 リュウは嬉しかった。

「弱りましたね、私のは輝いてはいませんが。」

 そう言ってイーはリボンのかかった箱を手渡した。

 すぐにレイはリボンを丁寧にほどき箱を開けると、中には白いハイヒール、甲には白い花飾りが揺れる。

 レイはジーンズ姿なのに箱からハイヒールを出すとスッと足を入れた、その場でくるりと回るレイ。

「レイ、俺は今はまだ渡せない、もう少し待ってくれるか?」

 スウが少し思いつめた顔で言った、レイはコクリと頷き、そして、

「スウ、私は、もういっぱいスウから色んなものもらってる。だって、私のお師匠様だもの!」

「レイ!」

 スウは抱きしめたい気持ちを必死に抑え、レイの髪を撫でながら言った。

「みんなからの贈り物、よく似合っている。」

「ありがとうスウ。」

「ハイどいて! レイ、私の贈り物もまだ未完成なの、スウ同様もう少し待ってね。多分スウと同じ時くらいには贈れると思うわ。」

 チーが言った。

「ありがとうチー、私チーが大好き!」

「私だってレイが大好きよ! だからしあわせになってもらうの、絶対に!」

 レイの瞳から贈り物と同じくらい煌めく粒がいくつもいくつも零れ落ち、皆の心を包んだ。

「ありがとうみんな、みんなが大好き!」

 その瞬間ここにいたみんなが、このしあわせを永遠と信じ、この笑顔も涙も全てが、明日も明後日もずっとずっと続くと疑わなかった。

 いつも冷静なイーですら、次に起こることを考えることはなかった。

 それほど今が満ち足りてしまっていたのだろう。しかし、彼らを見ている目はちゃんとまだ存在していた。

 レイの傍には執事が7人。それは言いかえれば、死神が7人。


 その日レイはフラフラだった、レイだけではないリュウもフラフラだ。

 そう、ふたりのドルチェ班は前日一睡もしていない、それどころか、ろくに朝食もとらず、店が開く寸前までずっとクッキーやら焼き菓子作りに追われ、そのままレイはフロアにリュウはキッチンに立っていた。

「あなた達大丈夫なの? 何か食べる?」

 心配して聞くチーに、

「大丈夫、何もいらない・・」

 と、ふたり声を合わせて答えた。

 目の下のクマ、艶のない顔、

「怖いわよあなた達の顔、レイ、その顔でフロア大丈夫なの? ちょっとイー! なんとかして!」

 堪らずチーは言った。

 前日レイはみんなからの贈り物に、しあわせで胸がいっぱいになっていた。

 食事の後、贈り物を手に部屋に戻るとリュウからの集合指示。クッキーを一緒に焼くことは約束していたからすぐにキッチンへ行った。

 舐めていた、数が半端じゃない! オーブンは一階も二階もフル稼働!

 焼いたクッキーは店に置いておく分と送る分、それは皆が各自判断して段取りも各自行う。かろうじてレイの分は店に置いておく分ばかりで、宅配の準備は免れた。が、しかしだ!・・・メッセージカード!

(無理だ!・・・泣きたい・・・)

 パントリーで、カード片手にボーっとするレイの後ろから来たスウが、軽くレイの頭をつついて言った。

「難しく考えるな! 今のおまえの気持ちを一言書けばいいんだ。」

「寝たい。」

「あ、アホ! そんなこと書いたらおまえ・・」

「じゃ、しんどい。」

「却下!」

 充血する疲れきった目を急に見開き、レイが思いついた。

「じゃ! キスマーク!」

「本気で言ってるなら本気で殴るぞ! バカタレ、却下に決まってんだろ!」

「あら、アールはその手、使ってるわよ。」

 チーがキッチンから顔を出して言った。

「ホント! じゃぁ私も・・」

「却下! 却下! 却下! 俺は認めん!」

 スウが叫ぶ。チーはクスクス笑いながら言った。

「仕方ないわね、あなたのお師匠様が仰ってるから却下ね。」

「えぇ〜! キスマークなら48枚あっという間なのに・・。」

「かせ! 俺が書いてやる!」

(キスマークなんかさせない! それなら・・)

「スウ! それこそ却下でしょ!」

 チーが慌てて言った。

 カードの束の左右をレイとスウは掴んだまま、バツが悪そうにチーを見た、チーは腰に手をやり呆れながら、

「なんていう師弟なの! イーにまた叱られるわよ!」

 と、言うと、

「私に何か用ですか?」

 扉が開き入って来たイーが聞いた、慌てて取り繕う3人を、イーが見逃すはずがない。

「レイ、まだカードを書いていなかったのですか! もうお嬢様方がお戻りになられますよ!」

「だって・・」

「だってじゃありません! 君はチョコレートを頂いた時どんな気持ちだったのです? それを素直に心を込めて書けばいいのです、違いますか?」

「ありがとうの一言でもいいの?」

「心が込もっていれば相手に必ず伝わります。君が一番知っているはず。」

 イーは優しく微笑んだ。


 一月はいく、二月はにげる、三月はさる、誰が言ったのか足早に過ぎる三ヶ月を表すとおりに一年の四分の一が過ぎ去り、蕾が開き花々が咲き誇る四月に入った。

 もう厚いコートも必要ない、脱ぎ捨てられたその下からブラウス越しに透けるように、全ての秘密が見られていた。最も知られてはならない神の子に・・・。


「また見ていたのですか? よほど気になるのですね。」

 休日の遅い朝、バルコニーの手摺りにもたれ目の前の大きな木を見つめるレイにイーが声をかけた。

「おはようございます。ほら、もう蕾があんなに膨らんで、きっと一斉に咲きますよね! 満開になったら綺麗だろうなぁ・・・。」

 想像して嬉しそうなレイの横顔が可愛いと、イーはクスリと笑ってしまった。

「私、また何か変なこと言いました?」

「あっ、いや、毎日そんなに見つめられたら桜の花も咲きにくいかと・・」

 イーが少し慌てて言うと、

「えっ! 私が開花を遅らせているんですか?」

 レイも慌てて言った。

「そんな訳ないだろ! バ〜カ。」

 バルコニーに出てきたスウが笑いながら言い、

「次の休みまでには満開だろ。」

 と、言い足すと、イーも、

「そうですね。」

 と、答え、3人は同じ方向を見つめた。

 レイがここに来た時は冬、庭にこんな大きな桜の木があるなんて気づくはずもない。

 カフェ・ディオの庭は、庭園にはほど遠いがそこそこの広さがあり、季節ごとの木々や花々が品良く植えられている。小さなイングリッシュガーデン風とでもいうのだろうか、もちろん考えているのはイーだ。これも優秀な執事ならあたり前の仕事。

 この季節、クロッカス、ビオラが可愛らしくお嬢様方を迎え、スイートピーが揺れる。奥からは、ストックが背伸びして皆を見つめ、イングリッシュアイリスが品良く並んでいる。扉近くのワイルドストロベリーも白い小さな花をちらほら咲かせていた。

 庭の奥、忘れな草もじきに一面の花を咲かすだろう。

 そしてバルコニー、レイの部屋の前には桜の木、咲くのは目前。


 レイの熱い視線にも負けず桜が開花しだした。

 咲き始めた花を見つけたレイが、早朝からテンション高く、スウ、ウー、イーの部屋の窓をバルコニー続きに叩き、教えに来た時には、さすがに皆驚いた。

 スウがレイに、

「おまえ、もし俺が全裸だったらどうするんだ!」

 と、言うと、

「スウの全裸ねぇ、ちょっと考えられない。」

 上目遣いに考えるレイに呆れ、

「想像するな! もういい、自分の時は大騒ぎしたくせに・・レイ、バルコニーの窓、これから気をつけろよ・・フフッ・・・」

「ウー、怖いよスウが・・」

 大袈裟にレイが言うとウーは、

「大丈夫ですよ、まだ完全には壊れてません。」

 笑いながら言う。

「あたり前だ!」

 みんなが笑うとその声につられるように、向かい側の部屋の4人もスウの部屋からバルコニーに出てきた。

「おまえら、なに勝手に人の部屋通り抜けてんだ!」

 言っているスウを無視し、

「いいじゃん。あっ、咲き始めたんだ!」

 サンがレイの隣りに飛んで来て言う。

「まさかイーの部屋、通り抜ける訳にはいかないでしょ。あらっ、可愛らしい花。」

 チーもパタパタと手摺りに走る。

「僕はレイの部屋を通り抜けようとしたんだけど、止められたから仕方なく・・、結構近くに木あるんだ。」

 アールの髪が風に揺れる。いつの間にかリュウもレイの傍で桜の木を見つめていた。

「君達みんな、そんなに桜の花が好きでしたか?」

 イーが言うと、

「レイがあんまり楽しみにするから影響されたんでしょう。イーもよく庭に出て見上げてたじゃないですか。」

 ウーが笑いながら言った。

「あれは・・風に蕾が飛ばされては庭が台無しになりますから・・」

 イーの弁解など誰も聞いてはいなかった。

 春の優しい風が皆の頬を撫で髪を揺らす。

「次の定休日、お花見でもしますか?」

 全員が、言った人物の顔を驚きながら見た、全員が驚く人物、もちろんイーだ。

「別に他所よそに出かける訳ではありませんし、桜の木の下でティータイムくらいなら・・」

 イーは少々慌てながら言ったが、それはスタートの合図と同じ・・

「僕、お花見団子に桜餅、挑戦しよ!」

「じゃ、私はお抹茶を点てる、毛氈もうせん敷いて・・」

 リュウとレイが走り出した。

「あら、じゃぁ私はお花見弁当を作るわよ! やっぱり和風がいいかしら? オリジナルで構わないわよね。」

「衣装は着物? 一度着流しっていうの着てみたかったんだ。」

「なら日本酒だよな! 桜をイメージしたカクテルもいいか・・。」

 チーとアール、おまけにサンまで暴走しだした。

「待ちなさい! 誰が酒宴をすると言いました。私はティータイムと・・」

「固いなぁイーは。」

 暴走メンバーが声を合わす。

「固くて結構! 暴走は許しません!」

 イーの叫びも暴走のブレーキにはならない、もともとブレーキがついていないメンバーですから・・・。

 そしてこのお花見に招かれざる客がやって来るなどと、どうしてこの時想像できただろうか。







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