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レイのバレンタイン

 コーヒーを飲みながらレイとリュウは、午後から作るドルチェの試作品の話しで盛り上がっていた。

 この前京都に寄った時に、なんとなく思いつき互いに話していたことをどんどん具体化していく。ふたりだと相手が考えたことと自分のこととを足したり引いたり、時にはかけたり、構想は膨らむ。

 とにかく楽しそうで、他の皆も自分の好きなことをしているのだが、ふたりが気になってしかたない。たまらずサンが、

「俺、なんか手伝おうか?」

 と、言うと、

「大丈夫、私達で頑張るから。」

 と、レイのつれない返事にサンはガッカリする。レイは深くは考えていない。

 ふたりは話しながらリビングを出ていこうとし、チーが、

「いよいよ試作?」

 と、扉を開けたふたりに聞くと、

「まだ相談、レイの部屋で日本茶の本を見ながら考える。」

 と、言うリュウの返事にすかさずアールが、

「レイの部屋でふたりで?」

 と、聞くとレイが、

「そうよ。」

 と、さらりと言う。

 何もないと分かっていてもアールは気になり、イーとウーは静かに考えていた。

 今までイー達にもほとんど喋ってこなかったリュウが、あんなに楽しそうにレイに話しかけ笑っている。

「私達は死んだ人の姿ばかり見て、この店で執事をしていながら、生きている人をちゃんと見ていなかったのかもしれませんね。」

 ウーの言葉にイーは、

「見ていなかったというより見る必要がなかった。執事の私達を特別扱いせず気持ちをぶつける人などいなかった。ましてや、もし死神と分かればなおのこと。しかしレイは、死神と分かっても態度が変わらなかった。初めは恐怖から何も言えないのかと思いましたが、あきらかに違っていました。」

 思い出すように言い、さらにウーは、

「そうでしたね、自分の心を見られることには驚いていましたが。」

 と、言った。

「でないとここでの初めての夜に、あれだけ食べられないでしょう、しかも熟睡ですから・・。」

 イーは言うと、ウーとふたり大笑いした。

 リビングに残っていたチーとサンとアールは、そんなふたりの様子に驚き、

(みんなよく笑うこと。)

 と、チーは思い、微笑んだ。

 レイの部屋でリュウは、ベッドの脇に置かれている小さな写真立てを見つめていた。

 それは中学校の入学式の日の朝だろう、多分自宅の前、両親の間でまだ着なれていないセーラー服を着たレイが笑っている、両親も笑い三人の笑顔が優しい写真だった。

(そういえばこの写真立て、サンが包みに入れたのをスウが取り出していた。あっ、て言ったレイの一言をスウは聞いて心を見たんだ。もしかしてあの時からスウはレイを・・まさか・・・)

 そう思いながらじっと見ていたリュウにレイは気づき、

「それしか写真残ってないの、近所の人が撮ってくれてそこのお家に残ってて。セーラー服姿ってこの歳になるとなんだか恥ずかしい、あんまり見ないで。」

 恥ずかしそうにレイが言い、

「ごめん、でもすごく優しい写真だと思うよ。レイほんとに小さかったんだね。」

 リュウが言った。

「ありがとう、リュウ、でもどうして大きくなったのか? もう少し小さかったら良かったかなぁなんてね。」

 笑うレイにリュウは、

「背の高さなんて関係ないよ、レイはかわいい。」

 おもわず言っていた。レイは、まさかリュウがかわいいなんて言ってくれるとは思っていなかったので驚いていると、

「あっ、だ、だってここではレイが一番小さいんだから・・それに一番年下だし・・」

 慌ててリュウが言い、レイも、

「そうなのよね、信じられないけど、私より背が低いと思ったリュウが、並ぶと目線が上で、ヒール履いたらやっと同じくらい? みんな軽々180は越えてるんだよね。」

「僕だけだよ、180ギリギリは。」

 微妙にどんどん話しが逸れるふたりに、今日の試作は来週送りかと、隣りの部屋でスウは苦笑していた。

(あのふたり、さっきからドルチェの話しを全くしていない、大丈夫か。)

 それでもスウはリュウの柔らかい変化を他の皆と同様、心から喜んでいた。

 リュウの作るドルチェが楽しみだ、優しい心からは優しい料理が生まれる。相手を想い作るものは、どんなものでも温かく優しい。

 今までだってリュウのドルチェは十分美味しかった、そこに明るさと優しさのエッセンスが加われば、どれほど皆を魅了するドルチェに仕上がるか楽しみだ。

 ふたりが思いついたのは和のテイスト、確かに最近の流行ではあるが、リュウの中にはなかった考えだった。

 日本茶、豆乳、和三盆、これらをとり入れたドルチェをふたりは考えていた。

 日本茶だけでもあらゆる種類があり、生産地まで考えたら紅茶や珈琲と同じく奥が深い。

「やっぱりお抹茶は外せないでしょ、でももう少し庶民的というか身近なお茶も使いたいし・・リュウはどう思う?」

 レイの問いにリュウは、

「そうだね、苦味のお茶とは違う、優しいお茶の感じが出せたらなぁ・・」

 答えながら考えた、やっと本題に入り京都で買っていた茶葉と、リュウが取り寄せた和三盆やら色々な物と何冊かの本、ふたりはそれぞれ両手に抱えてキッチンに向かった。

 さあ、いよいよ試作開始だ。

「あのふたりが二階のキッチンを使っていますから、お昼は各自作るのなら下の店のキッチンを使って下さい。」

 イーの指示にサンは、

「俺はパス、あんまし腹減ってないし、後で試作品食べられるし。」

「甘いです、サン。」

 そう言ってイーはさらに続けた。

「レイが手伝っているのですよ、試作品が残ると思いますか?」

「思わねぇ。」

 サンは真顔で答えた。

「ふたりとも酷いわね、いくらレイでも試作品はみんなの所に持ってくるわよ。そのかわりしつこいくらい感想やら何やら言わされるわよ! 曖昧な答えじゃ納得しないわよきっと。覚悟しなさい。」

 チーの言葉にみんなは怯み、スウですら参ったなと部屋で思っていた。

 全員、誰が言い出した訳でもないが、お昼を食べる者はいなかった、完全待機態勢で待つ。

 チーの言った通り、夕方近く全員はダイニングに呼ばれた、テーブルにはドルチェのビュッフェのようにずらりと甘い香りが並び、キラキラ瞳を輝かせているのはレイとサンだけで、あとの6人は冷静だ。

 スウにいたっては、試食の前にもう甘い香りに胸がつかえ口を押さえた。

(無理だ! 食えない。)

 ひとりだけ許されるはずがない、気づいているのかどうかピタリとスウの隣りに張り付くレイが満面の笑みで言う、

「スウ、どうぞ召し上がれ、で、感想聞かせてね。」

(悪魔!)

 スウは心の中で叫んだ。

 皆がクスクスと笑っていると、

「ほら、笑ってないでしっかり味わって、きっちり感想聞かせて下さい、みなさん!」

 レイの号令が飛んだ。

(まさしく悪魔。)

 皆も思う。

 よく似ていても微妙に甘味を変化させていたり、使う砂糖を変えていたり、思った以上に種類が多い。

 サンが美味い美味いと食べていると、きっちり注意が入った。

「美味いの一言だけは禁止! どこがどう美味しいかちゃんと説明する!」

 厳しいですレイ副長、リュウ班長は静かに皆の様子を見ている、多分リュウにはそれで分かるのかもしれない。

 観念して食べ始めたスウが、

「んっ、これは・・もしかしたらほうじ茶か? このブランマンジェ。」

「そう! 分かったスウ、嬉しい!」

 レイは喜ぶ。スウは続けて言った。

「甘すぎず優しい味で、柔らかい香りが口の中で広がる。」

 その言葉にレイは、

「甘いの苦手なスウに、認めてもらえたら大成功でしょ。」

 と、嬉しそうに言った。

(だから俺に張り付いて、食べろと催促したのか?)

 スウはあらためて思った。

 アーモンドの代わりにほうじ茶を使い、ミルクの分量の半分を豆乳にする、見た目には和の感じはしないが口の中に残るのは優しい和の香り。

 他にも、豆乳と抹茶を使ったティラミス、和三盆と豆乳を使うクレームブリュレ、マドレーヌにフィナンシー、絹ごし豆腐を粉と混ぜてプチパンも作っていた。

 改良点が残る物もあったが、今までリュウが作っていた物とはどこか違うドルチェばかりだった。

 皆はお腹がパンパンに膨れ、心もふっくら満たされていた。

「ふたりともよく考え頑張りましたね。」

 イーが微笑みながら言う。

 レイがお礼を言おうとしたら先にリュウが、

「ありがとうみんな、休日なのに僕達に協力してくれて、甘いの苦手なスウまでたくさん食べてくれてありがとう。」

「ありがとうございます。」

 レイも続けて言った。

 僕達、と言った、リュウの心の中にはレイがいる、皆の心の中にもいるように。

 試作と試食が終わり、片付けながらレイはリュウにあることを頼んでいた。

「かまわないよ、ちょうど前日は定休日だし。」

「バレないように作れるかな?」

 リュウは、それは無理だと分かっていたが、

「じゃ、昼間じゃなく、定休日前の日曜の深夜にこっそり作る?」

 と、提案した。

「そうだね、そうする! でもリュウ、疲れてるのに大丈夫?」

「大丈夫! 翌日は定休日だよ、たっぷり休めるし、今日の試作に比べたら簡単、簡単。」

 笑って答えると、レイは真剣な顔で、

「リュウは教えてくれるだけで、手伝ったらダメなんだよ。」

「分かってるよ。」

(そちらの方が難しいかも・・。)

 と、思っていた。

 そう、レイは来月のバレンタインのチョコレートを、またまた無謀にも手作りしようとしていたのだ。

 さすがに初挑戦、リュウに助けを頼んでいた。

(皆には内緒で僕にはバレてますでもOKなんだ・・まっ、皆にもすぐにバレますが・・)

 リュウは複雑な気持ちだった。


 二月に入ってもまだまだ寒い、朝からリュウはチーには話していた。

「分かったわ、みんな気づいても邪魔しないから。レイったらドルチェ作りに目覚めたのかしら? あなたのいい助手ね。」

 チーがそう言うとリュウは、

「助手じゃないよ、仲間かな。」

「そう。」

 リュウの言葉にチーは優しく微笑んだ。

 いつもの遅い夕食の時、イーが皆に、

「毎年同じことを言っていますが、明後日14日はたくさんのチョコレートが届くことでしょう。全てのお嬢様にお礼を忘れないよう。3月のホワイトデーにはリュウ、大変ですがクッキーをお願いします。レイは初めてで驚くかもしれませんが、おそらく君にもかなりのチョコレートが届くことでしょう。いいですか、食べる前に必ずお嬢様のお名前を確認して、次にお戻りになられた時に忘れず始めにお礼を言う! 全てを忘れない! いいですね。」

 と、言うとレイは、

「私になんてこないでしょう?」

 と、言って笑った。

「舐めるなよ! 絶対に先に食べるな!」

 と、スウが言い、

「えっ?」

 と、まだ疑問顔のレイにサンが続ける。

「去年なんてアールは三桁の数のチョコレートだよ、しかも全部にお礼のメッセージカード書いて贈って。俺なんか55個でも死にそうだったのに・・」

「嘘っ!」

 レイは恐る恐る聞いてみた。

「ちなみにみなさん、去年はおいくつ頂いたんですか?」

 サンが答える。

「確か、アールが143、イーが98、ウーが80で、スウが77、リュウが43でチーが31かな。」

 聞かなければ良かったとレイは思った。

「スウが少ないのは、甘いもん苦手っていつの間にか噂になって、ワインや洋酒のボトルくれるお嬢様がいるから、そんなの入れたらイーの数超えるかもね。」

(サン、もういいです。話さないで!)

 レイは怯んだ。まさか自分には、そんな数こないよ大丈夫と、心の中で言い聞かせていた。

 甘いですレイ、世の中のお嬢様方はこの日に賭けています。


 その夜、いえ、深夜、こっそりキッチンに集合、ふたりのドルチェ班。

 あんなにやる気満々だったレイが何やら考え込んでいた。

「どうしたのレイ? チョコ溶かすよ。」

「ねぇ、リュウ、14日にそんなにたくさんのチョコレートもらうなら、私のなんか邪魔にならない? ましてや下手な手作りチョコなんて・・」

「レイ、本気で言ってる? だったら僕はガッカリだ!」

「えっ?」

 レイはその声に、言葉が続かなかった。

「手作りに上手も下手もない! それに、チョコだけ贈るならプロのショコラティエが作るものが美味しいに決まってる。レイが作るチョコには、そこにレイの心が込められるんだろ! 他の誰にも作れない世界でたったひとつのチョコレートだよ。それを僕達が邪魔に感じると思う? 僕達のことそんな風に思っているの!」

 レイは驚いた。リュウがこんなにはっきり気持ちを話してくれている。

 もちろんこの時、他の皆もそれぞれの部屋で驚いていた。

 おもわずレイは涙が零れ、

「ごめんなさいリュウ、私みんなのこと、そんな風に思ったこと一度もないよ! 本当に・・・」

「分かってるよ、レイ。」

 そう言ってリュウは優しく微笑みレイの涙を拭った、誰かを愛おしいと思ったのは初めてかもしれない。

 レイは気合を入れてリュウの指示通りチョコレートを作り始めた。

 それはあまりにも普通すぎる小さなハートのチョコレートだった。

 小さな箱に8粒のハートチョコ、1粒はホワイトチョコ、もう1粒はピンクのストロベリーチョコ、あとの6粒はビターチョコだ。

 味だって特別に凝ってもいない、ホワイトチョコとストロベリーチョコを挟んでビターチョコが並ぶ。7つの箱をそれぞれ白い紙で包み、エンジのリボンで結んだ。

 メッセージカードにレイは、みんなの名前を書き一言だけ綴る。

「ありがとう」

 それ以上は書けなかった、胸がいっぱいになって・・・。

 レイが全てを終えるまで結局誰も眠らなかった、みんなじっと部屋で、レイの心を感じていた。

 翌日が定休日で良かったとイーは思った。

 

 次の朝、明日14日を待たずにレイはみんなに渡そうと思っていた、多分明日は忙しいはずだ、ゆっくり渡せるのは定休日の今日だろうと思うとなんだかソワソワする。

(私ったらなんで緊張してるんだろう?)

 昼前にレイがリビングを覗いたら、なぜか今日は全員がそこにいる。

 レイには不思議でも、皆は今日チョコを渡そうとしているレイのことを分かっているから、自然に集まっていたのだ。

(なんで私達が緊張しているんでしょう?)

 考えながらウーは苦笑した。

 そこに、後ろにチョコを隠しながらレイが入って来た、わざと知らん顔をする皆に、

「あのぉみなさん、一日早いんですがチョコレートもらって下さいますか? お口に合うか分からないですが・・」

 少し緊張しながら言うレイに、

「もらうに決まってんだろ!」

「レイが作ったの?」

 サンとチーが即答する。

「はい、実はリュウに教えてもらって作りました、特に代わり映えしない普通のチョコだけど・・」

 レイは恥ずかしそうに言った。

「普通って、とても素敵なことだと思いますよ。」

 ウーが優しく言う。

「僕だけサプライズじゃないけど、一生懸命作るレイの姿見られたから、いいかな。」

 皆も知っていたのを分かっていて、リュウはわざと言い、イーも、

「君の頑張りには感心していますよ。」

 と、微笑んだ。

「僕は誰よりもレイのチョコが嬉しいよ。」

 アールが一番に受け取りながら言う。

 レイはみんなに順に手渡し、最後にスウに遠慮がちに手渡しながら、

「甘いの苦手だよね、ごめんなさい。」

 と、言うと、スウは、

「なんで謝るんだ? 俺がタルトをひと口で食べたの見てるだろ。」

 と、笑った。

(おまえが作るものなら、甘くても辛くても全部食べてやる。)

 スウはしっかり箱を掴んだ。

「レイ、来月のホワイトデーは何が欲しい?」

 アールが甘い声で聞く。

「何もいらないです。」

 レイは答えたが、

「ダメだよそんなの! 僕は誰にも負けないもの贈るからね。」

(何を贈るつもりだ!)

 他の皆は思った。

 ホワイトデー、この7人のお返しは?・・・それは来月のお楽しみ。







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