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小さな運命(さだめ)が遺した命

 レイは目を覚ますとバルコニーに続く大きな窓を両手で押し開けた。

 眩しい朝の光に目を細めながら外に出ると、手摺りに寄りかかり思う。

(ここに来てまだ一ヶ月も過ぎてない、なのにここは、私にとって大切な特別な場所になり、私はここの7人をどんどん大好きになっている。)

 新しい年の最初のレイの心が、みんなに飛ぶ。

 レイは朝日の昇る方向に二回手を打つと、

「明けましておめでとうございます。神様、私を生かして下さって、ありがとうございます。」

 小さく声にだした。

「おめでとう。」

 隣りの窓が開き、ブラックデニムの上に羽織った白いシャツのボタンを留めながら、スウが出てきて言った。

「おめでとう、レイ。」

 その先の窓が順に開き、上着なしの執事服のような服装で、ウーとイーも現れた。

「ええぇ! このバルコニー繋がってるの!」

 驚くレイの声に、

「今頃何を言っているのです。それにしてもその格好・・」

「拍手打って、神様に挨拶する格好じゃないよな。」

 イーの言葉にスウが続けた。

 レイは寝起きのパジャマ姿で、ボサボサ髪のままだった。

 廊下を挟み、向かい側の4人も部屋の中で笑いながら、

「おめでとう、レイ。」

 と、呟く。

 レイは慌てて自分の部屋に飛び込むと窓を勢いよく閉めた。

(並んだ部屋はバルコニー行き来自由、嘘!)

 と、思いながら、そっともう一度窓を開け顔だけ出すとスウに、

「覗いたことある?」

「あるか!」

 スウが断言した。

「だよね、ごめんなさい。」

 ふたたび窓を閉め、

(スウが覗くわけないよね、そういうの興味なさそうだし。隣りがアールじゃなくて良かった。)

 と、思った。

 スウとアール以外は吹きだし、当然ふたりは、

「興味がないって・・・」

「僕じゃなくって・・・」

「どういう意味だ!」

 ふたりの声にサンは、腹を抱えて笑っていた。

「レイ、新年早々ナイス心飛ばし!」

 イーは眼鏡を外し眉間を軽く摘むとため息をつき、ふたたび眼鏡を掛けながら、

「スウ、レイに今日明日は休みだと、もう一度伝えて下さい。執事服に着替えようと思っていますよ。」

 そう言うと部屋に入った。

 面倒くさい奴だなと思いながらも、イーから教育係を命じられているし仕方ないかと、スウは何も考えずバルコニーから窓を叩いた。

 窓ガラスの先には、今まさにパジャマを脱ごうと肩から袖が落ち、背中が露わなレイの後ろ姿が、振り返ったレイはキャッとすぐにパジャマを羽織りなおした。

「すまん!」

 スウは窓を背にして言うと、

「スウが覗いた!」

 レイの声に慌てて窓越しに、

「違う! イーに言われ、今日明日は休みだと伝えに、だから・・断じて違う!」

 スウの声にレイはパジャマの前を合わせもち歩み寄ると、

「休みなの? 今日も明日も。」

「ちゃんと聞いとけ! おまえは・・。伝えたからな!」

 スウはバルコニーを自分の部屋へ戻りながら心の中で、

 一瞬見えたレイの白い背中は朝日より眩しかったと思った。


「ねぇ、イー、やっぱりダメ? 今日はお休みだしお仕事には支障ないでしょ? だから、お願い。」

 チーがイーの部屋で必死に頼んでいた。頼み事は今日のヒナちゃんの葬儀に誰かを参列させて欲しいというものだった。

 気になっていた、ヒナちゃんが最後に言った一言が、

「それからヒナ、もうすぐお姉ちゃんになるんだ・・」

 単純に考えれば弟か妹ができるということかもしれない、しかし、あの母親だけにチーは確認したかった、その為に誰かを参列させたい。

「グレーカードぎりぎりのことを、私が許可すると思いますか。」

「だから頼んでいるのよ、私が行くから万が一の時は私ひとりが責任をとるわ。」

「そうはいかないことを分かっていて言っているのですか。」

 机に両肘をつき手を組み聞いていたイーは、また眼鏡を外すと眉間を摘み深いため息をつく、その時扉をノックする音がして、イーの返事より先にリュウが入って来て言った。

「僕が葬儀に行くよ、チーは母親と面識がない、僕なら大丈夫でしょ。」

「君はグレー2枚なのですよ。」

 イーの返事に、

「じゃ、私が行きます。」

 半分開いていた扉の外に、レイが立っていた、

「立ち聞きとは、執事として感心できませんね。」

「ごめんなさい。イーにお願い事があって来たら、みなさんの声がして・・」

「君も葬儀のことを頼みにきたのですか?」

「いえ、私は個人的なことで・・、それより今日の葬儀のことの方が大事です。面識なら私もありますから適任でしょ。」

 イーは悩んだ、あの言葉がイーも気になっていた、しかし、レイひとりで参列はさせられない。やっと落ち着いた心がまた揺れるだろう。

「分かりました。私とレイで葬儀に参列します。これで君達も納得できますね。」

 イーは答えた。

「もちろんよ。レイならヒナちゃん喜ぶわ、それに、イーが一緒なら大安心よ。ありがとう。」

 チーはそう言うと、すぐにレイの式服を用意しなくちゃと小走りに出ていった。

「レイ、ごめんね、でも僕よりイーと一緒の方が心強いと思うから。」

「私こそ出しゃばってごめんなさい、リュウも見送りたいよね。」

「レイ・・僕の心はレイに託すよ。」

 にっこりリュウは微笑んだ。

 

 イーは部屋でひとりになると考えていた。

 今まで数限りない多くの回収をしてきたが、誰も葬儀のことまでいう者はいなかった。むしろ関わり過ぎてはいけないと事務的に処理してきたかもしれない。もちろん、空色のリストの人物とはそういうわけにはいかなかったが、それは稀にしかないだけに仕方がないことだ。

(心を見られないレイが、私達の心を捉えているというのか?)

 またイーの部屋の扉を叩く音がして、

「はい、どうぞ。」

 と、イーが答えると、サンが顔だけだし、

「チーが、ちょっと遅くなったけど朝飯みんなで食おうって。」

「休日なのに珍しい、分かりました、すぐに行きます。」

 ダイニングにはみんなが集まっていた。

 テーブルの上の料理を不思議がる皆に、チーは早く席につくように言う。

「ここでは今まで、お正月料理とかイベントっぽいことはしたことないんだけど、今年は見よう見真似で少し作ってみました。お雑煮も用意したから、まずイーがご挨拶してお屠蘇からね。」

 そういえば確かにお正月の飾りといわれる物も一切ないなとレイは気づく。クリスマスも、店にはツリーや簡単な飾りがされていたが二階にはなかった。

「お屠蘇って?」

 サンがチーに聞くと、

「これだ。」

 と、スウがテーブルの中央に置かれた朱塗りの酒器を指さした。

「イー、早くご挨拶して。それから年少者から順に三献ね。」

 戸惑うみんなに、とうとうチーは立ち上がり、

「イー!」

「わ、分かりました。大きな声を出さなくても・・、こういうのは初めてなので簡単に、皆さん、明けましておめでとうございます。」

「おめでとうございます。」

 全員が一斉に挨拶した。

「今年もよろしくぅ!」

 そう言ってサンが料理に手をのばそうとしたら、チーがその手を止め、

「次はお屠蘇!」

「もう、どうするの? 早く食おうよ!」

「だから、年少者から年長者へ順に三献飲むの!」

「面倒くせいなぁ、はい、リュウ飲め。」

 サンは一番上の小さな盃に酒を注ぐと、隣りのリュウに差しだした、次の盃にも酒を注ぎ、今度は自分が飲もうとしてまたチーに止められる。

「三献って言ったでしょ! 小、中、大、全部ひとりずつ!」

「もう! チーがしろ。」

 チーはリュウ、次にサンとお屠蘇を飲ませ、

「あっ! 違うじゃない、ここで一番若いのはレイでしょ。サンのバカ。」

「バカとはなんだよ、初めからチーがしないからだろ!」

「あのぅ、リュウやサンの方がずっとお若く見えますし、この順でよろしいかと・・」

 レイが言ったのでチーも仕方なく、

「じゃ、次レイね。」

「待て! 盃には一滴ずつ注げよ。」

 スウの声にチーは、

「大丈夫よ、こんな小さな盃よ、スウは心配性ね。」

「駄目だ! レイはこの後イーと一緒に出掛けるんだろ。」

 あの場にいなかったのに知っているんだと、レイは思った。

「そうですね、私はスウのように優しくはありませんから、寝たらその場に放っておきます。」

 イーが言うと、

「厳しいねぇ、イー、僕は寝たらそのままホテル行きかな?」

 スウの次にまわされたお屠蘇を口にしながらアールが言う、

「元旦から不謹慎ですよ、アール。」

 ウーは笑いながら言ったが、レイはふたりの言葉に絶対に寝ないと心に誓った。

「どうせ僕はそういうキャラのようですから。」

(あっ、朝の・・アールに見られたんだ! じゃ、スウも見た?)

 と、思い、レイはチラッと隣りのスウを見たが、いつもと変わらぬクールな顔だ。

(私の裸見た時は慌ててたくせに。)

「ゴホッ、ゴホッ!・・」

 最後にお屠蘇を飲んでいたウーが咳込み、全員が目を丸くしてスウを見た。

「おまえ! 誤解を生むようなこと言うな! いや、思うな! 俺は背中しか見てない!あっ・・」

「ふ〜ん、背中見たんだ。」

「しかも裸の・・」

「イヤン、恥ずかしい。」

 サン、アール、チーが続けると、

「素っ裸だったの? レイ。」

 リュウが聞いた、

「違う!」

 スウとレイは声を合わせて否定した。

 全員の笑い声と、テーブルには和洋中が不思議に混ざったおせち料理、イーの眉間の皺も消えていく。


「レイ、お数珠は持った? リボンは黒いの用意したから結んであげるわね。」

「ありがとう、チー。」

「用意は出来ましたか? もうすぐタクシーが来ますよ。」

 イーが開いている扉から声をかけた。

「はい、すぐ行きます。」

 コートを手に部屋を出ようとしたレイの両腕を掴み、真っ直ぐ顔を見てチーは、

「泣かないで私が頼んだことしっかり見てきてね、あなたならきっと分かると思うから、お願いよ。」

(そう、レイならあの母親の心の中が分かるはず。)

 チーは思っていた。

「はい、行ってきます。」

 レイは答えた。

 タクシーに乗るとイーが、行き先を運転手に告げ、

「元日からどなたかのご葬儀で?」

 と、運転手は尋ね車を走らせた。

 会館に着くとふたりは受付を済ませ、母親の姿を探した、母親と接触しないと、ここまで来た意味がない。葬儀が始まると言葉は交わせないかもしれない。

「もしかして、レイ?」

 やはりふたりは目立っていたのだろう、母親の方が先に見つけてくれた。

 振り向くふたりの前には、微笑んでいるが真っ赤に充血した目を腫らした母親が立っていた。

「わざわざ来てくれたの? ヒナ、喜ぶわ。」

 瞳から一筋の涙が流れた、レイは思わず母親を抱きしめてしまい、

「レイ、周りにたくさんの方がおられます、いきなり失礼ですよ。」

 イーが落ち着いた声で言う。

「失礼いたしました。」

「うんうん、大丈夫、私周りなんか気にしない人だから、レイが来てくれるなんてヒナには大きなお年玉。あの子あなたからもらったリボン宝物だったから・・、棺に入れてあげたの、ピンクのランドセルも入れてあげたかったけど、金属ついてるからダメだって、それに自分でピンク選んだのにあの子、エンジが良かったとか言い出してね・・・。」

 よく喋る母親、でもそれはあの日のお喋りとは違う、

「私がちゃんと一緒にいてあげてたら・・ヒナは事故になんか遭わなかった・・全部私のせい・・私の・・・」

 泣き崩れる母親の、その言葉に嘘はなかった。

「そんなに泣かれたら、お腹のお子様に障りますよ。」

 イーが小さな声で言うと母親は驚いた顔になり、

「どうしてそれを?」

「そ、それは、ヒールを履いておられないし、お顔の表情からも・・。」

 そう答えながらイーは、母親以上に驚き、イーって凄い! と思っているレイを見て、

(ヒナちゃんの最後の言葉、やはりレイは聞き落としていますね。)

 と、思い、ため息をつきかけたが止めた。

「年末に分かってね、お腹の子、相手の男に言ったらしっかり逃げられたわ。」

 自嘲する母親は、

「ヒナを放って遊んでた罰ね、でも、ヒナを亡くして決心できた。私この子生むよ、生んで必ずヒナの分も大切に育てる。葬儀終えたら田舎帰って、母がやってる食堂手伝うことにした。私母親と喧嘩して飛び出してきたんだけど、帰って来いって連絡あって・・たった一言、帰って来い! だけ言ったら、電話切るんだからたいした母親でしょ。」

 呆れた表情を作っているが優しい顔だった。

 一方的に喋る母親を係の人が呼びに来た。

「あなた方の店にヒナと一緒に行けて良かった。生まれて初めて神様に感謝したかも・・田舎の食堂、中身はぜんぜん違うけど負けないわよ!」

 そう言ってから、母親はふたりに頭を下げ控え室へと消えた。

 たった数日で母親は本当の母親になっていた。レイは感じていた。

(チーにちゃんと報告できる。)

 イーはレイの背中に触れ、見上げるレイに微笑み、

「ヒナちゃんの死は無駄ではなかったです、彼女はたった6年でも、たくさんのものを遺しました。私にはそう思えるのですが。」

 レイも大きく頷き、

「イー、ここに来させて下さってありがとう、一緒に来て下さって、ありがとうございます。」

 イーは小さく咳払いしてから、

「一応、君を監視しなければいけませんから、・・それから、私に敬語はやめなさい。」

(ひとり距離をおかれているようで嫌なのです。)

 最後は心の中で呟いた。

 会館を後にするふたりの前に天から何かが降ってきた、雪? ひらひらと舞い落ちる。

両手を広げたレイの手の平の上に、静かに落ちる白く輝く美しい羽根。

「あっ!」

 レイはイーの顔を見た、優しく微笑みイーが頷くと、次の瞬間、手の上の白い羽根はどこかへ吸い込まれるように消えた。

「ヒナお嬢様、素敵な贈り物、ありがとうございます。」

 レイは天に向かって囁き、

(我が父、神よ、ありがとうございます。アン、ありがとう。)

 イーも天に向かい心の中で囁いた。そしてレイに、

「少し寄り道をして帰りましょうか。」

 と、言うと、驚くレイを無視して、イーは黒いネクタイをスルッと外し、白いシャツのボタンをふたつ外すと首元を緩めた。

「もう何も降ってはきませんから、手は引いた方がよくないですか? レイ。」

 笑うイーに、まだ驚きが隠せない。

「私に話しがあったのでしょう? この近くに評判のパティスリーがありますから、君も黒いタイは外しなさい。」

 レイはタイを外しボタンも外そうとして、なぜか慌てるイーに止められた。

 

 木の扉を開け中に入ると、色とりどりのケーキと甘い香り、レイの目は輝く。

 その様子に微笑むイー、さらにそのふたりを見てため息を洩らす店員達。

「い、いらっしゃいませ、お持ち帰りですか?」

「いや、ここでいただきます。」

 イーの落ち着いた静かな声に店員達は溶けそうだ。

 レイの背中を押しイーは早く席につかせようとした、でないとケーキを前に暴走しそうだった。

(連れて来なければ良かった、かもしれない・・私のミスだ。)

 と、思いながら、注文を聞きにきた店員にイーは、

「ニルギリをレモンティーで。」

 と言い、レイの顔を見た。ケーキを何にするか悩んでいる顔だ。

「レイ!」

「あっ。」

 同じ紅茶を頼み店員が下がると小さな声でレイは、

「イー、ケーキは1つだけしかダメ?」

「ダメ。」

「ケチ。」

「ケ、ケチ・・男が2つも3つもケーキを食べません!」

「じゃ、イーが1つ注文して私に頂戴。」

「注文しません!」

「やっぱりケチ。」

「怒りますよ。」

 どうやら話しはすぐには始まりそうにない。







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