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出逢った小さな運命(さだめ)

 翌朝早く、サンはイーの部屋にいた。

「やはりあのヒナお嬢様でした。薄々は感じていたのですがあの母親、育児放棄に近かったようです。」

「育児放棄?」

「若い母親にはあるようです。我が子の世話より自分を優先し子供の面倒をみない。昔なら周りに助ける人達がいましたが、今はいないことの方が多いですからね。」

「まさかそれが死因? いや、確か交通事故死だったよね。」

「直接原因ではなくても、間接的には原因と言えるかもしれません。休みに入り幾日も帰らない母親、悪いことに幼稚園も休み、お腹を空かせて彼女は母親が置いていったお金でコンビニへ買い物に行き、その帰りの事故です。」

 ふたりは沈黙した、すると、部屋の扉が静かに開きそこには5人が立っていた。

「入っていいかしら?」

 チーが聞くと、

「駄目だと言っても入るつもりで来たのでしょう。」

 イーは深くため息をつき皆を手招いた。

 何も知らないレイはまだ眠りの中にいる。

 静かに7人は策を練る、白いリストだから時間に遅れないよう事故現場に行き、体を回収し、シロアムのマルタに宝箱を託せば任務完了だ。

 しかし皆の心が納得できないでいた。

「どうするつもりです。まさか全員で葬儀に参列しようなどと考えてはいませんよね。」

 イーが言うとウーが、

「それでは、前にレイに厳しく言った意味がなくなる。」

「でも、なんでしょう、気持ちがやりきれない。」

 チーが言うとリュウは、

「レイならなんて言うだろう? レイの方がいい案・・」

「駄目だ! 馬鹿かおまえは、そもそもレイに知られない為に考えているんだろ。」

 スウも皆も深いため息をついた、チーが意を決して切り出した。

「私ね、実はドレスを作ったの。ヒナお嬢様にピッタリのピンクのドレス。あの時レイがおもわず言っちゃったでしょ。宝箱に入れてあげてもいいかしら? イー。」

「じゃ、僕のストロベリーのタルトも入れてあげてもいい? もう少しで焼けるから。」

 リュウが聞くとイーは呆れながら、それでももう決めていた。

「私が駄目だと言っても、君達は入れるつもりだったのでしょ。」

 優しく微笑んだ。

「よし、俺とアールでレイをカバーする。ウーはイーを助けてくれ、マルタが来ればイーも忙しくなるかもしれない。チーとリュウはドレスとタルトをさっさと準備して、あとはランチの準備だ。サンは確実に丁寧に回収しろ! リュウ、タルトは急げ! あいつは鼻が利くからな。」

 スウの指示に全員が目を丸くした。

「驚きました、君の指示の的確さに。いつ私が倒れても大丈夫だ。」

「馬鹿、倒れるな! イーは俺達の兄貴だろ。」

 イーが笑いスウも笑っていた。

皆はそれぞれの部屋に戻りもう準備を始めた、時折レイの様子を気にかけながら・・。時間は確実に近づいていく。


 ドスン! と大きな音が・・レイは寝返りをうった勢いのままベッドの下に落ちた。

「痛ぁ〜。」

 お尻を摩りながら上半身を起こしたら、何かいい匂いがする。

 その匂いに誘われるようにキッチンへ向かう、パジャマなのも髪がボサボサなのも分かっているのかいないのか?

「やばいぞリュウ! 隠せ!」

 スウが心を飛ばしキッチンへ走り、アールも飛んできた。

 パジャマ姿でボサボサ頭のレイはキッチンを覗いて驚いた。

「どうしたんですか三人揃って? んっ、やっぱりなんかいい匂い。」

「おまえこそなんだ、いつもギリギリ起きのくせに、それにその格好・・完璧に女を捨てたな。」

「ハハ・・僕には十分魅力的だけど、顔を洗って髪も梳かしておいで。」

 スウとアールのぎこちない様子にレイは、

「ふたりして何か隠してる。」

 スウはチラッと後ろを見た、目の端に隠し損ねたタルトがひとつ・・、慌てて掴むと一口に食べた。

「あっ! 今、何食べたの!」

 むせるスウの口元に、レイは顔を近づけ匂いを嗅いだ、ドキッとするスウに、

「ストロベリーのタルトだ! ズルい!」

「おまえは・ゴホッ・・警察犬か!」

 咳込みながら言うスウに、アールは笑うしかない。

「朝から騒がしいですよ。」

 イーが顔をだした、レイの姿に呆れ、

「君には緊張感と・・」

「ごめんなさい。でもみなさんなんで今日は早くから起きてるの? 低血圧のアールが、もうシャキッとしてるってことはもっと前に起きていたってことでしょ。それに甘いものほとんど食べないスウが、一口でタルト食べちゃったし。」

「とにかく着替えてきなさい。私は女を捨てろとまでは言っていません。タルトはリュウがこっそり試作していたのでしょう。」

 イーがいつも通り落ち着いて答えると、

「試作なら、私食べたのに・・」

「うん、あとでレイもお願い。」

 リュウが言うと、やっとレイも嬉しそうに部屋へ戻っていった。

「ふぅ〜危なかった。」

「しかしレイはよく私達を見ていますね。アールの低血圧、スウの好み、しかも匂いでタルトを言い当てるとは・・」

 イーは苦笑した。スウはアールに、

「アール! 笑ってないでもうちょっとフォローしろよ。」

「だって、レイに顔近づけられた時のスウの慌てぶりが可笑しくて・・」

 まだ笑っている。

「ごめんスウ、まさかあそこまで鼻が利くとは。」

 リュウが謝った、4人はあと数時間、本当に隠し通せるのか少し不安になっていた。

「とにかく頑張りましょう、万が一知られたらその時考えればいい、レイは私達の気持ちが分かる子ですよ。」

 ウーが顔をだして言ったが、ほどなくその万が一になってしまうのだ。

 

 朝食はなぜか静かだった、レイは新しいタルトのことで頭がいっぱいだ。

(リュウ、タルトは新作だぞ、大丈夫か?)

(うん、なんとかする。)

 スウとリュウは心で語る。

 9時半になりサンは部屋へ戻り、出かける準備を始めた。

 レイは執事服に着替えると、ふと、タルトのことを思い出した。

「お昼に出してくれるのかなぁ? 試作タルト、リュウに聞いてみよ。」

 女の執念岩をも砕く、いや、違った、秘密をも暴く。

 レイが扉を開けると向かいの部屋からピンクの布を持ったチーの姿が、慌てたチーがピンクの布を落とした。

 拾い上げたレイが見たのはピンクの小さなドレス、

「かわいい、誰のドレス?」

「そ、それは・・」

「遅ぇよチー。あっ!」

 部屋から出てきたサンは固まった。

 チーとサンは動けなかった、レイがピンクのドレスを手にじっと立っている。

「サン、どこか行くの?」

「えっ、なんで。」

「だっていつもは大抵スカーフなのに、今日はミイに会いに行った時と同じ、リボンタイをしている。」

 レイの問いにサンは驚き、慌ててリボンタイに手をやった、その時、手に持っていた上着の内ポケットからリストが落ち、ヒラッとレイの足元に・・他のみんなが気づいて飛んで来た時には、もうリストはレイの手の中だった。

「何、これ?」

「見るな!」

 スウがそのリストを掴み取るよりも早く、開かれたリストの文字がレイの心を掴む。

「・・何? これ?・・・嘘! やだ!・・・」

 スウはゆっくりレイの手からリストを取り、閉じるとサンに渡した。

 朝のリュウ達の不自然さ、目の前の7人の様子、心は見えないレイにも全てが見えた。ピンクのドレスを持つ手が震えだす。

 朝田 日向 女 6歳

 レイの頭の中をその文字が埋め尽くす。レイは叫んだ。

「スウ、私の命をあげるからヒナちゃんを助けて! 体も神様に返す! だからお願い!ヒナちゃんを・・」

「無理だ。」

「イー、幕を張って! 神様からヒナちゃんを隠して! 私がヒナちゃんを・・」

「だから無理だ!」

 スウはレイに手を伸ばした。

「嫌だぁー!・・まだ6歳だよ! 幼稚園に行ってるんだよ! これからいっぱいいろんなものを見て聞いて、たくさんの人と会って、笑ったり泣いたり怒ったり、大切な人とも出逢う!」

 レイは泣き叫んだ、ピンクのドレスがレイの涙で濡れる。

 スウは伸ばした手でレイを引き寄せた。

「俺達には死を止める事はできない。神にだって無理なんだ。ただ死神は体を回収し、天使は魂を導く。」

「誰が決めたの? たった6年で連れてくなんて、誰が・・」

「運命(さだめ)だ。その6年が彼女の一生。」

「私はみんなと出逢えた。ヒナちゃんもその6年で誰かと出逢えたの?」

 スウはレイを見つめ微笑み、

「出逢えたじゃないか、おまえと。」

 スウの言葉に全員が微笑みながら頷いた。

 レイはもう叫ばなかった。

 涙はまだ止まらなかったけど、そのまま顔をあげスウを見つめてもう一度聞いた。

「ヒナちゃんの6年は、しあわせだった?」

 皆の表情は少し強張ったが、スウは、

「しあわせだったかは本人にしか分からない、だが、少なくともあの夜、彼女はしあわせだった、心が満ち足りていた。」

 そう言うとレイの涙を親指で拭い、

「もう泣くな、サンがちゃんと回収する。シロアムはマルタだし、ほら、おまえが持ってるドレス、約束したってチーが寝ずに作ったんだぞ、リュウは夜明け前からストロベリーのタルトを作るし、みんなおまえと同じ気持ちだ。」

「ヒナちゃんともう一度だけ会える?」

「それも無理だ。回収の時刻は10時17分、おまえが会いに行ける時間はない。」

「サンと一緒に行ったらダメ?」

「駄目だ!」

 レイはその声にビクッとした、それ以上の言葉は許さないと、はっきり拒む冷たく冷静なスウの声、決定が覆されることはない。

 スウの頭の中にはヒナちゃんの最後が映っていた、回収に向かうサンは、その瞬間を目にする、そのサンと一緒になど行かせられない。

(こいつはおもわず飛び出してしまうかもしれない、それはヒナちゃんを助けること、即ち運命(さだめ)を変えることになってしまう。それをさせる訳にはいかない。)

 万が一そんなことになればどうなるか、スウは痛いほど分かっていた。

(レイに俺と同じ思いはさせない!)

 強く思うスウの肩に、イーはそっと手を置き静かに微笑みながら頷いた。イーにもスウの気持ちが痛いほど分かっていた。

「レイ、回収の時刻が迫っています。サンを信じてあげることは出来ませんか? 私達を信じてはもらえませんか?」

 イーの静かな問いかけに、レイは首を横に振った。

「ごめんなさい。」

(私は今まで何を見てきたの、この7人がどれほど優しく温かく周りを包んでくれているのかは、私自身が分かっているのに、彼らの仕事の過酷さも。そして、何よりこの7人が一番傷ついている。優しい心の人達だから、辛さ苦しみを全部自分達で抱え、微笑んでくれる。)

 レイの心はみんなに飛んだ。リュウは駆け寄り、

「レイ、隠してごめん、新作のタルト、ちゃんと作るから一番に試食してよね。」

「うん。・・きっとヒナちゃん、目をキラキラさせてリュウのストロベリーのタルト見つめるよ、それから嬉しそうに食べるの。それからヒナちゃんがピンクのドレス着た姿、私ちゃんと想像する。それから・・大人になったヒナちゃんが、今度はピンクのワンピースを着て素敵な彼氏さんとここに食事に来るの、それから・・・」

「もういい、レイ。」

 スウはレイを抱き寄せた。声を出さず自分の胸で泣いているレイが心から愛おしい。

 サンは、ドレスとタルトを受け取ると静かにヒナちゃんの最後の場所へ飛んだ。


 コンビニを出たすぐの交差点、ヒナちゃんはイチゴジャムの菓子パンとジュースが入った袋を手に嬉しそうだった。髪にはあの日、レイにもらったリボンが片方揺れている。目の前を大きな配送車が通った時だ、風が舞った、リボンがスルッとほどけ風にのる・・手を伸ばし追いかけ道路へ・・・キキキキキィィー!

 大きなブレーキ音と、ドン! という鈍い音、コンビニから飛び出す店員と客達、駆け寄る人々、慌てて車から飛び降りる運転手、誰かが叫んだ。

「救急車を呼べ〜!」

 サンはじっと、車の前に倒れているヒナちゃんを見つめていた。

 10時17分。

 赤い光の中、手をかざすサンの前に宝箱が現れ蓋が開く、サンは優しくヒナちゃんの体を抱き上げると、そっと宝箱に・・・宝箱より小さなヒナちゃん。

 ピンクのドレスでその小さな体を覆い、タルトを小さな口元近くに置くと、

「ヒナお嬢様、ドレスがよくお似合いでございます。」

 サンは優しく微笑み囁くと、ふたたび手をかざし、蓋がゆっくりと閉まった。

 車の前にはヒナちゃんの体が横たわり、そばにはコンビニの袋から飛び出した菓子パンと道路を濡らすジュース、エンジのリボンはタイヤの下にあった。

 サンはそのリボンを見た、それはレイが結んだリボンではなく反対側のリボンだった。

「良かった、レイのじゃなくて、あいつ勘がいいから知ったらまた泣く。」

 サンは少しホッとした。

 

 サンが出かけた後、みんなは執事服に着替え店の準備をしていた、誰も喋らず黙々と動き、アンティークの柱時計の振り子の音だけがやけに響いていた。

 10時17分。

「レイ。」

 その声にレイは振り返った。

 目の前にはピンクのドレスを着たヒナちゃんが・・みんなが驚き、キッチンからチーとリュウも飛んで来た。

「ヒナね、もう一度レイに会いたいってお願いしたの、そしたらここに来られたの。」

 ニコニコと笑っている、レイは声が出なかった。

 駆け寄り跪き力いっぱい抱きしめた。涙が流れ止まらない。

「泣かないで、レイ、かわいいお顔が台無しですよ、それに、ヒナのピンクのドレスが濡れます。」

 口を尖らせおしゃまに言う。

「申し訳ございません、ヒナお嬢様。」

 レイは涙を拭い笑った。

「あのね、レイ、ヒナのおリボン、またほどけて落ちたの、ほら。」

 確かに左側のリボンがない。

 レイは微笑み、あの夜と同じように自分のエンジのリボンをほどくと、ヒナお嬢様の髪にキュッと結んだ。

「これでいかがでしょうか、ヒナお嬢様、ドレスもおリボンもとてもよくお似合いでございます。」

「うん! ありがとう。ふたつともレイのおリボンだ。」

 嬉しそうに笑いレイの首に抱きつき、

「それからね、仕立屋さんありがとう、ヒナ、このドレス大好き! あとね、リュウ、ストロベリーのタルトありがとう、後で天使さんと食べるの。でも、ひとつだけレイにあげてもいい?」

「もちろんでございます、ヒナお嬢様。」

 リュウが答えると、

「はい、レイどうぞ、慌てて食べてはダメですよ。」

 その言葉にスウが苦笑いした。レイは、

「よろしいのですか? ヒナお嬢様、ありがとうございます。」

 レイの手にタルトをひとつのせると、

「ヒナね、後から天使さんに羽根を一枚もらうの、約束したんだ、アン天使さんと。その羽根ね、願い事をひとつだけ叶えてくれるんだって、でも・・羽根を抜くの痛くないのかな?」

 その言葉を聞いたイーは、口元をほころばせ、

「大丈夫です、ヒナお嬢様、天使の羽根は誰かに抜かれると痛いのですが、自分で抜くのは全く痛くはありません。」

「ふ〜ん、良かった。じゃぁねレイ、天使さんが待ってくれてるから、ヒナ行くね。それからヒナ、もうすぐお姉ちゃんになるんだ。」

 そう言うとヒナちゃんは、両手でドレスの裾を少しもちあげ、お姫様のようにお辞儀をし、みんなに手を振りながら光の中に包まれた。


「いってらっしゃいませ、ヒナお嬢様。」


 そこにいた全員の声が重なる。

 イーは心の中で神に感謝した、神は魂の導きに、天使の頂点にいるアンを御使いとして遣わされたのだ。

 そしてアンは、自らの羽根を一枚ヒナちゃんに贈ってくれる。アンの心だろう。

「まさか、アンが来るとわね。」

 いつ来たのかマルタが皆の後ろで呟いた、同時にサンが宝箱と共に戻ってきて、

「ただいま。無事回収して参りました。」

 と、マルタに伝えた。

「ご苦労様でした。宝箱確かに受け取りました、これより神にお届けいたします。ではみなさん・・」

「えっ、みんなお別れしないの?」

 あっさり言うマルタに驚き、サンが聞いた。

「もうみんなお別れしたのよ、サン。」

「どういうこと?」

 チーの言葉がいまひとつ理解できないサンに、イーが、

「アンデレさんがリストを光で包んで下さったのを忘れましたか、あの光は一番会いたい人のもとに瞬時会いに行けるようにするための光だったのです。すなわち、ヒナちゃんは一番レイに会いたいと願ったのですよ。」

 その言葉に一番驚いたのはレイ自身だった。

 しかし他のみんなは十分に納得できた、マルタさえさっきのやりとりを見ていたから分かる、いや、朝からのみんなの様子を全て見ていた。

「私、このタルト食べられない、スウ、食べて。」

 濡れた瞳のままレイが言うと、

「馬鹿、おまえが食べられないもの俺が食えるか!」

「さっきは食べたじゃない一口で。」

「あれは・・」

 ふたりを見ていたマルタはレイの前にいき、手の上のタルトに左手をかざし何か呟くと小さく光った、そしてレイに微笑みながら、

「はい、これで食べなくても大丈夫、永久的にタルトはこの姿を保つ。」

「えっ?」

 驚くレイを見ながらイーは、

「また荒業を使いましたね、マルタ、神に見つかったら叱られますよ。」

「タルトくらいで叱るなら、アンを遣わされたりはしないでしょう。」

 イーとマルタは笑った。

 レイはタルトをじっと見つめ匂いを嗅ぎ、

(うん、ストロベリータルトのいい匂いだ、これ、腐らないってこと?)

 と、思いながら、もう一度顔を近づけた。

「食うなよ! もう光結されている。」

「いい匂いしてるよ。」

「匂いだけで判断するな!」

 スウが言うとみんなが笑った。

 

 マルタが去り、いつもの一日が終わり遅い夕食、レイは目の前にあのタルトを置き、じっと見つめていた、食事を終え、リュウが約束の新作のタルトを運んできた。

「レイ、こっちがかぼちゃのタルトで、もうひとつはちょっとチャレンジなんだけど、金時人参のタルト、どちらも上に黒豆の蜜煮をあしらいました。・・って、レイ! お願いだからその光結されたストロベリーのタルトは、しまってくれないかな。」

「あっ、ごめんなさい、で、なんのタルトだっけ?」

「もういい! 匂ってご判断下さい!」

 レイはひとつ手に取ると鼻に近づけた。

「おまえ、本当に匂いで判断するつもりか。」

 スウは呆れ、そして、すっと席を立つとダイニングを出た。

 すぐに戻ると手にしていた何やら小さな箱をレイの前に置き、

「その光結されたタルトは、これに入れておけ。」

 それは古い物のようだが綺麗な木彫りの小さな箱で、蓋には鈴蘭が彫られていた。

「これ、もらっていいの?」

「ああ、俺が持ってても役にたたん。」

 ぶっきらぼうに言うスウを、他のみんながじっと見つめ、

「鈴蘭ねぇ、幸せの再来、でしたよね、花言葉。」

 アールが横目で見ながら言った。

「知らん!」

 スウは言ったが、イーはその箱のことを覚えていた。

(確か北海道で・・しかし今はいいだろう。)

 イーは思った。

「ありがとう、スウ。」

 そう言って、レイは嬉しそうに蓋の鈴蘭を指先でなぞってから開けると、大切そうにストロベリータルトを入れ蓋を閉じた。そしてまた嬉しそうに新作タルトを手にすると、いただきますと口に、

「わぁ、美味しい! リュウ。自然な甘味でいくつでも食べられる!」

「ひとつだけ!」

 みんなに叱られ、

(このタルトも鈴蘭の箱にしまっちゃおうかな。)

 と、思う、

「しまうな!」

 今度はスウに叱られる。

 部屋に戻ったレイは、もう一度鈴蘭の箱を開けると、あのピンブローチをそっと入れ蓋を閉じた。今夜はどんな夢を見るのだろうか・・・。

 もう新しい年に日付は替わっていた。







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