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追憶~いじめられていた私へ

ニカの原点となる重い話を含みます。

苦手な方はご遠慮ください(_ _)。

「ダッセ。腕んとこすり切れてない? これだから貧乏人は」

「何、その目。キモいんだけど」


 突然、中学の同級生に花瓶の水をかけられた。

 お下がりの制服から水を(したた)らせた私を、彼女達はあざ笑う。


「制服が汚れたじゃない!」

「だから? 体操服で帰ればぁ」

「かーわいそ。一着しかないんだっけ?」


 花瓶の水は(くさ)かった。

 情けなくて悔しくて、涙がにじむ。


「どうして? 私が何をしたわけ?」

「別にぃ。ムシャクシャしたからなんとなく」

「そうそう。あんたなんかに人権ないし。あたしらが楽しけりゃいいんだよ」


 ケラケラ笑う表情にも態度にも、悪意が(あふ)れている。


「先生に言うからね」


 私の言葉に、二人は顔を見合わせた。


「言えば? あいつがあんたを(かば)うと思う?」

「どうせまた、無視されるだけっしょ」

 

 彼女達の言う通り。

 担任は見て見ぬフリで、『いじめ』は無かったものとされている。

 スクールカウンセラーも順番待ちで、時間制。真剣に相談しても、解決するとは思えない。


 ――貧乏って、そんなに悪いこと? 一生懸命生きているのに、なんで私ばっかりこんな目に?


 お金がなくて部活は入れず、時間があってもバイトは禁止。

 母は仕事で忙しく、私の悩みに気づかない。



 死にたい と、何度も考えた。



 線路を見るたび「飛び込んだら楽になれるのに」とか、オーバードーズは「お金がなくちゃできないな」とか。


 父はとっくにいなくなり、母とは最近会話もない。


 ――誰にも愛されない自分は、価値がない。生きている意味なんてあるのかな?


 落ち込む気分を(ふる)い立たせて、なんとか学校に通う日々。


「うわ、来たよ。キッショ」

「あの程度じゃ()りねーの? おもろ」

「そこ、静かに!」


 ねえ先生、それだけ?

 どうして注意してくれないの?


 私の机に落書きがあったことも、上履きを焼却炉で燃やされたことも知っているはずなのに。


 同級生にいじめられても、担任は知らんぷり。

 クラスの多数は無関心。

 私はいつもひとりぼっち。


 死にたい……死のう!


 思いが(つの)ったある日の放課後。

 私は学校の屋上に行く。


 空は青く晴れているのに、

 鳥は自由に飛んでいるのに、

 自分はどうしてこんなにつらいんだろう?


 その時ふと、あることを思い出した。


「……あ。図書館から借りた本、返してなかった」


 家の近くの図書館は、私の心の()り所。

 本の世界にいる時だけが、私は私を忘れられる。


 ――顔なじみの司書に、迷惑はかけられない。


 私は柵から離れ、(かばん)の中にあった本を返すことにした。



 人気(ひとけ)のない閉館間近の図書館には、いつもの優しい司書がいた。


「あら? 今日は遅かったのね。もう読んだの? これ、難しかったでしょ」


 返却の手続き中も笑顔で話しかけてくる。

 そんな彼女が今日に限って、私を引き()めた。


「もう閉館だけど、ちょっといい?」


 私が首を縦に振ると、彼女は私に一冊の本を差し出す。

 

「ボロボロでごめんね。これ、廃棄(はいき)する予定だから、()るんだったらあげるけど……」

「あ、はい」


 迷わず答えた。


「ライトノベルよ。若い子は、こういうの好きでしょ?」


 本は買わずに借りるもの。

 母からそう教えられていた私にとって、娯楽用の本は贅沢(ぜいたく)品だ。


 それが私と、『ブランノワール~王子は可憐な薔薇に酔う~』との出会い。


 自分だけの本を手にした私は、死にたいことさえ忘れて、ワクワクしながらページをめくる。

 ヒロインの白薔薇ソフィアより、悪役の黒薔薇ヴェロニカが好き。

 彼女は孤高の存在で、強く美しい。


 ――ひとりぼっちだから何? バカは相手にするだけ時間の無駄でしょう?


 ヴェロニカの声が聞こえた気がして、寂しくなくなった。

 

 いじめを受けるたび

 ヴェロニカならどうするだろう? 

 こう考えるかな? と自問自答。


 悪役令嬢が、やられっぱなしなわけがない。

 だったら私も――。




「は? (にら)むとか何。なんか文句あんの?」

「こいつ、泣かないから面白くない」


 自習中、バケツの水をかけられた。

 当然ずぶ濡れ。

 

 ――同じ手口でバカみたい。ま、わかりやすい方がいいか。


 今回は泣き寝入りするつもりはなく、走って職員室へ。


「なっ、なんだ!? 今授業中だろ」

「びしょ濡れじゃないか」

「何があったの?」


 職員室は許可なく入室禁止でも、理由があればいいはずだ。


 担任が無視するなら他の先生。

 全員が出払っているなんて滅多(めった)にないし、ここでもダメなら教育委員会に訴えよう。



 でも結局、主犯格には注意だけ。

『いじめアンケート』のみ実施された。

 しかもなぜか記名式。

 正直に書けるわけがない。


 逆恨みされた私は、駅のホームから突き落とされて――――。


 

 *****



「ニカ、ニカ!」

「ハッハッハッハッ」

「ニカ、目を覚まして!」

「え?」


 気がつくと、ベッドの天蓋(てんがい)と豪華な顔の男性が目に飛び込んだ。


「うわっ」

「大丈夫? ずいぶんうなされていたけれど」


 そうか。ここは寝室で、私もあの日の私じゃない。

 隣にいるのは、この世で最も愛する人。


「ラファエル」


 ラファエルは私の(ほお)に手を置くと、綺麗な顔を近づけた。紫色の瞳に、気遣わしげな光が浮かぶ。


「ニカ……」

「ごめんなさい、起こしてしまったのね」

「そうじゃないだろう? 私は君が心配なんだ」


 いつものふざけた様子はなく、心から案じているのがよくわかる。


「ありがとう。でも、こればっかりはね」

「また、過去のつらい夢?」

「……ええ」


 挙式から数ヶ月後の公務で多忙を極めた私は、前世の夢を見るようになった。彼にはその時、全て話してある。


「まったく! 私のニカを(いま)だに苦しめるなんて。八つ裂きだけでは足りないな」

「ラファエルったら怖いわ。悪夢を見たのは私でしょ? いじめの記憶を引きずるなんて、自分でもどうかと思うけど」


 前世の知識は役立つ反面、負の側面もたまに出る。

 いじめた側は忘れても、いじめられた側はずっと覚えているものだから。


「いじめ? 犯罪だろ」


 ラファエルの口調がいつになく荒い。

 確かに彼の言う通り、彼女達は一線を越えてしまった。


「でも、そのおかげであなたに会えたもの。感謝……はできないけど、運が良かったわ」

「運がいい? だったら私の方が幸運だ。でも、それとこれとは話が違う。私は君を傷つけたやつらを許せない。厳罰に処して……」

「そのことなら、きっともう罰を受けているはずよ」


 目撃者は大勢いたし、私が()かれたのは、アニメとコラボのラッピング電車。スマホに証拠が映り、SNSで(さら)されているはずだ。


「ねえ、ニカ。私の前では我慢しなくていい。全部吐き出していいんだ」


 ラファエルが、真剣な表情で私の瞳を(のぞ)き込む。


「ありがとう。それなら一つ、お願いがあるんだけど」

「なんでも言って」

「大人になった今だからわかるの。『死にたい』との思いは、『生きたい』と願うからこそ生じるものだって」


 ラファエルは(うなず)き、先を(うなが)す。


「だから、日頃の悩みを気軽に相談できる場所を作りたい。『こどもの家』とか『緊急避難所』とか。教会も手を貸してくれたら嬉しいわ」

「わかった、手配しよう」


 ――即決? さすがはラファエルだ。


「ニカはすごいな。相変わらず、自分より他人を優先するんだね」

「それはあなたも同じでしょう? 誰より民を愛しているもの」

「間違ってはいないけど、私にとっての一番は可愛い妃だよ」

「ラファエルったら」


 照れた私は、甘えるように彼の肩に寄りかかる。


「ニカ。私達の国は、悲しむ子供がいない国にしようね」

「ええ」


 生きていて良かった、前世のつらい経験さえ意味があったと思えるのは、彼のおかげ。


 ――ラファエル、愛した人があなたで良かった。


「ところでニカ、最近君は働き過ぎだ。仕事の量を調整するからね」

「わかったわ」

「それから明日の予定は、先方の都合で中止だって。久々に二人でゆっくりしよう」

「そうね」


 答えた私の(ひたい)に、ラファエルがキスを落とす。彼の唇が、左右の(まぶた)や鼻の頭、頬を滑り降りていく。


「ラファエル、くすぐったいわ」

「もう少し。可愛い君を堪能させて」


 やがて唇へ。

 深まるキスは情熱的で、頭の芯がボーッとなる。


「ニカ」


 名を呼ぶ声さえ艶っぽく、ドキドキしてしまう。


「ニカ、愛している」

「……わたし、も」


 どうにかそれだけ言い終えて、キスに溺れた。


「綺麗だよ、ニカ」


 愛する人に愛される幸せな日々。

 昔の私はこんな日が来るなんて、思ってもみなかった。



 ――いじめられていた私へ

 理不尽な目に遭っても、生きることを諦めないで。あなたは素敵な人と出会い、愛し、愛される。だから決して絶望に負けないで――



「ニカ、私は自分を止められない」


 膝をつき身体を起こしたラファエルが、金色の髪をかき上げる。その姿はゾッとするほど美しく、この世のものとは思えない。


「止めなくていいわ、ラファエル」


 感極まってかすれた声が出た。


「言ったね? じゃあニカ、覚悟して」


 笑みを含んだラファエルの、色気がものすごい。

 彼は優しく時に大胆に、私に触れる。


「あ……」

 

 今の私は絶望じゃなく、欲望に負けているような……。


 ――幸せだから、ま、いっか。


 私達は互いの想いをぶつけるように、朝までたっぷり愛し合ったのだった。

 

王子視点、いかがだったでしょうか?

最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


またどこか、別の話がお目に留まりますように。

優しいあなたに感謝をこめて――


きゃる

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子視点、ありがとうございました。 ニヨニヨが最後まで止まりませんでした。 数年ぶりに読んだので、ココ読みたかったシーンだと 呟きつつ、ニヨニヨ。 エルを堪能させてもらいました。 楽しか…
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