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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第四章 君とともに
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運命の行方 9

 楽しそうにジルドと話すニカを見た。

 本人から結婚したと聞かされたはずなのに、彼女はそれほどがっかりしていないようだ。


 それとも虚勢を張っている?


「可愛いニカ。話は済んだ?」


 私は座っている彼女の後ろに立つと、肩に腕を回して椅子ごと抱き締めた。ニカが自分のものだと確かめたくて。彼女は振り向き、笑顔を見せる。


「ええ。おかげさまで、有意義な時間が過ごせましたわ」

「それは良かった。ニカ、せっかくだから君にも見せてあげようか。看守長、さっきの場所を借りるよ」

「はい、もちろんです」

「クレマン、書類へのサインは君が。私はニカとの用事があるからね。さあ、おいで?」


 ニカを立たせた私は、彼女の手を引いて奥の特別室に連れて行く。

 今は誰も収容しておらず水も出ていないが、天窓からは光が射しこみ、中にはソファやクッション、ふかふかのベッドが置いてある。


「水が出ていないから、まるで普通のお部屋みたいだわ」

「そうだね。ここが牢獄内で一番いい場所だ。ニカは公爵令嬢だから、入るとしたらここだったかな」

「やっぱり覚えていたのね。ねえ、中に入ってもいい?」

「どうぞ。何なら水も出そうか?」

「そんなことができるの? 魔法石のある部屋は別の場所でしょう?」

「私にとっては造作もないことだ。ほら」


 両手をかざし、ニカのために水を出す。

 上から(こぼ)れ落ちた水が部屋を囲む。水の勢いが強く中は見えないが、おそらく満足しているのだろう。しばらくして、ニカがうっとりした声を出す。


「綺麗だわ。牢獄じゃないみたい。ここならずっといられるかも」


 ニカが前世で読んだという本への憧れは、並大抵のものではないらしい。


 ねえ、ニカ。ジルドに会ってどうだった? 

 まだ彼に、想いを残してる?

 

「ラファエル、もういいわ。気が済んだから、ここから出して」


 しばらく経って、ニカが言う。


 本当の私は心が狭い。

 ニカ、このまま君を誰の手も届かない場所に閉じ込められたなら……。


「ラファエル、ラファエルったら! お願い、水を止めて」


 不意に湧いた暗い感情を打ち消したくて、首を振る。私は自分で思っている以上に、彼女に執着しているようだ。こんなことでは、愛するニカに嫌われてしまうな。


「ねえ、ニカ。牢獄なんて、あまりいいものではないだろう?」

「ええ。入らなくて良かったわ。わかったから早く出して」

「さて、どうしようか? 誰にも会わせないように、このまま君を閉じ込めたいけど」

「もう! 冗談なんて言ってないで早く!」 

「冗談……か。そうだね、これだと君と触れ合えない。だから、水の勢いを弱めてみるよ。どう?」


 本気だったと言ったら、君は嫌がる? 


 私は水の流れがゆっくりになるよう、魔力を弱めた。向こう側にいるニカの顔がぼんやり見える。例えて言うなら、雨が叩きつける窓を挟んで向かい合う感じだ。


「ラファエル……」

「ニカが昔語ったのは、このことだろう?」

「ええ」


 ニカが、こちらに向かって手を伸ばす。

 そんなことをすると、冷たい水で濡れてしまう。


 ――でも、いいか。せっかくだから君の気が済むまで、付き合ってあげるよ。


 私は彼女を見てクスリと笑うと、同じように手を伸ばす。


『水壁越しに重なる手と手。触れそうで触れられない距離に、切なく苦しむ二人』


 そんな話をニカから聞いたのは、もう十年も前のこと。

 今となってはいい思い出だ。


 水壁越しに君が見つめる。

 黒く艶やかな髪と赤い瞳、魅力的な赤い唇。

 私に触れる指は、細くしなやかで。


 ぼんやりとしか見えなくても、君は美しい。

 もし出会ったのが別の場所でも、私は君に強く惹かれていた。そう、たとえばこんな牢獄の中だとしても――。


 あり得ない想像に苦笑し、手を引っ込めた。

 するとニカが、失った私の手を求めるように腕を伸ばす。


「ねえ、これ以上伸ばせないわ。見えない壁があるみたい。どういうことかしら?」

「そりゃあ一応、牢獄だからね? 魔法障壁(しょうへき)があるから、すぐに出られるわけがない」

「そうなの。それじゃあ、看守が魔法石で水の勢いを弱めても……」

「君の夢を打ち砕くようで悪いけど、脱獄は不可能だ」

「知らなかったわ」


 沈んだ様子のニカだが、次の瞬間嬉しそうな声を出す。


「ありがとう、ラファエル。私の夢を再現してくれて」

「どういたしまして。それで? ニカ、君はもういいの?」

「いいって何が?」

「ジルドのことは、諦められた?」


 水壁越しで良かった。

 今の私はきっと、君を失うことが怖くて情けない表情をしているから。


 そんな私の気持ちを感じ取ったのか、ニカの声音が必死になる。


「ラファエルお願い。ここから出して」

「可愛くお願いされたら仕方がないな。ほら、おいで」


 何でもないことのように言い、水の壁を消す。

 私はニカの腕を引っ張って、胸に閉じ込めた。

 けれど、顔を上げたニカに表情を読まれてしまう。


「ねえ、ラファエル。もしかして貴方、ジルドに嫉妬しているの?」


 頬に血が上る。

 私は彼女に、正直に告げることにした。

 

「そうだと言ったら? ジルドは既婚者だが、ニカの憧れでもある。君が想い続けた年月に、私は勝てない」


 子供のように()ねていると、思われてしまうだろうか?


 私はジルドをニカの父親である公爵に託し、ニカ本人から遠ざけた。彼が結婚したと聞き、ようやく安堵し希望に沿う看守の職を与えたのだ。


 ニカの想いを確かめるため、あえて今日ここに連れて来た。彼女に現実を見せ、私だけを愛してもらいたくて。


 ニカが私の頭に手を添え、自分の方に引き寄せた。

 彼女はそのままつま先で立つと、赤い唇で私の耳にそっと(ささや)く。


「ねえ、ラファエル。ここに来てわかったけれど、私はジルドというよりこの場面に憧れていたみたい。牢獄もジルドのことももういいの。私が好きなのは貴方よ。これからも、貴方の一番近くにいたい」

「ニカ!」


 届いた想いが嬉しくて、彼女を強く抱き締めた。

 私の鼓動にニカの鼓動が重なる。


 私達は始めから、こうなる運命だった。

 そう言ったら、君は笑うかな?


「ニカ、愛してるよ」

「私も、愛しているわ」


 水宮の牢獄は、犯罪者を閉じ込めるためのもの。

 だが、牢獄なんて要らない。

 私は初めて会ったあの日から、ニカに心を(とら)われているのだから――。

 



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