運命の行方 6
「護衛の職務を全うしているはずの男が、自分の娘と恋仲になっていると知れば、公爵の逆鱗に触れるかもしれない。私の監督不行き届きで、君との婚約を取り消されるのが嫌だった。だから私達の結婚を発表するまで、待ってほしいと頼んだ」
「そんな理由で?」
「ああ。他に何が?」
ニカと一緒になることほど、私にとって大切なことはない。
ようやく理解したのか、彼女はうろたえ真っ赤な顔をする。
「どうかな、ニカ。疑問は解消した?」
「ええ、まあ……」
再び唇を噛むニカ。
そんな彼女の頬に、私はそっと手を添える。
「それなら良かった。綺麗で可愛い私のニカ、好きだよ」
甘く囁く。
今度こそこの想いが届けばいいと、そう願って。
顔を近づけるが、またしてもストップがかかってしまう。
ニカは深呼吸し、口を開いた。
「勘違いしてごめんなさい。ラファエル……私も。私も貴方のことが、好きなの」
思わず息を呑む。
ニカが認めてくれるとは!
私は彼女の額に自分の額を合わせた。
至近距離で宝石のような赤い瞳を見つめる。
「ニカ、嬉しいよ。すぐに応えてもらえるとは思わなかった」
感極まって、少し掠れた声が出る。
照れているのか、再び強く唇を噛みしめるニカ。
私はその顎に手を添えて、自分の方に向かせた。
「ダメだよ。君の愛らしい唇を、これ以上傷つけてはいけない。私が治してあげよう」
万感の想いでキスをした。
幼い頃から抱いてきた愛情の、全てを込めて。
「待っ……」
「待たない。可愛いニカ、ずっと前からこうしたかったんだ」
君が唇を噛む度、どんなにこうして触れたかったことか――。
目を閉じたニカが可愛くて、震えるまつ毛が綺麗で、私の渇望は留まるところを知らない。再び開いた目は潤み、蕩けたような顔をしているのがたまらなく愛しい。
ニカは照れているのか、私の胸に手を置き離れようとする。
だが今ここで、離すわけにはいかない。
私は彼女の腰に手を回し、さらに抱き寄せた。
角度を変えて、彼女の甘い唇を味わう。
何度も啄み、舌で赤い唇の輪郭をなぞっていく。
でもまだ足りなかった。
長年にわたる私の想いは、こんなものでは到底満足できない。
「……ラ、ラファエル」
ニカが、抗議のような可愛らしい声を上げる。止めようとしているのかもしれないが、その声は逆効果だ。
「ニカ、好きだよ」
そう告げて、真っ赤な顔で呼吸を整えているニカの肩を軽く押す。長椅子のクッションの上に背中から倒れるニカ。彼女に覆い被さるようにして、私は長椅子に片足をかけた。
もう少しだけ、付き合ってもらおうか?
「ま、待った!」
ところが、慌てて飛び起きたニカが私を拒絶した。手を突っ張って、必死にこの先を阻止しようとする。
そんな姿も愛らしく、唇の端に思わず笑みが浮かぶ。
「どうしたの? ニカ。まだ軽くしか触れていないのに」
「いえ、もう十分よ。軽くとか重くとかじゃないし、婚姻前にこんなこと……。そろそろ戻らないと、舞踏会が終わってしまうわ」
「舞踏会よりニカがいいな。もう少し、君に溺れていたい」
正直な思いを口にして、にっこり笑う。
――両想いなんだし、いいよね?
けれどニカは私の胸に手を置いたまま、怒ったように言葉を続ける。
「まったくもう! いい加減にして……」
言い終わらないうちに、外から扉が開かれた。
誰かと思えば噂の当人、護衛のクレマンだ。
「し、失礼しましたっ。まさか、お二人がその……」
彼の視線が私達の上に注がれる。
――ああそうか、上着を脱いでシャツを羽織っただけだったな。
止めようとしたニカの手は、私の裸の胸板の上。
長椅子の上で睦み合っていたと勘違いされても、おかしくない状況だ。私としては、むしろその方がいい。
「違っ……」
途端に手を引っ込め、おろおろするニカ。
そんな様子がおかしくて、つい声に出して笑ってしまう。
するとクレマンの後ろから、ソフィアがひょっこり顔を出す。
「あら、ヴェロニカったら積極的ね」
「違うわ! これはその……」
赤くなったり青くなったり。
私の薔薇は本当に、見ているだけでも可愛い。
「そうなんだ。ニカがなかなか私を離してくれなくてね」
「エル!」
エルと呼ばれたため、気だるげにわざと髪をかき上げる。
男として見られるよう、もっと努力しようか?
「結婚の時期が決まったと思えば、もうそれなの? 舞踏会を放ってまで二人でいちゃつくなんて、信じられないわ。せっかく今日は、私のデビューなのに」
ソフィアが頬を膨らませて文句を言うが、彼女なりに義姉の幸せを喜んでいるようだ。
ニカとソフィアはいがみ合っているようにも見えて、実は仲がいい。そんなソフィアの肩には、クレマンの手が置かれている。
ほらね?
見上げたニカと視線がかち合う。
じっと見つめる赤い瞳から、私は目が離せない。
すかさず、ソフィアの不満そうな声が飛ぶ。
「ほら、見つめ合うのはあーとーで。エル、約束通りお父様に話してね? もちろんお母様にもよ。私としては、そっちの方が心配なんだけど……」
「こら、ソフィア。王子に対してなんて口をきくんだ。私が直接話すと言っただろう?」
「だって~すご~く待ったんだもの。私だって早く幸せになりたいわ。エルは王子なんだから、彼のお墨付きがあれば十分でしょ?」
「だからといって、無理にお願いするのは……」
苦笑交じりのクレマンに、ソフィアが甘えた声を出す。
やれやれ、彼も今後は苦労しそうだな。
でもまあ、美人姉妹と名高いローゼス公爵家の妹と仲良くなれたのだ。その点は、私に感謝してもらわないと。
「大変失礼致しました。私達はこれで。どうぞごゆっくり」
二人が姿を消したので、私はニカに向き直る。
「ごゆっくり、だって。じゃあニカ、続きをしようか」
「しません! 舞踏会に戻らないといけないわ。私達が二人になりたくて消えたのだと、みんなが誤解したらどうするの?」
自らの発言に青ざめるニカ。
誤解も何も、私が婚約者に夢中だということはみんなが知っている。
「もう遅いと思うし、このまま戻らなくても私は別に構わないよ?」
「私が構うの! こんなんじゃ、どこにもお嫁に行けないわ」
「そうだね。だからニカ、諦めて早くお嫁においで?」
私は愛しい彼女を見つめ、満足げに微笑んだ。




