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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第四章 君とともに
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運命の行方 3

「ふぉうひて……」


 手で(おお)われているため、満足に声が出せない。

 男性の力には到底(かな)わず、もがけばもがくほど、(つか)まれた腕をギリギリ締め付けられる。

 

「どうしてって? 全て貴女のせいでしょう。貴女と関わらなければ、僕がここまで追い込まれることはなかった」


 背後に回った彼が私を羽交(はが)()めにし、耳元でねっとり囁く。


 恐ろしく、気持ちが悪くて吐きそうだ。


 私は必死に首を振る。

 確かに人攫いを依頼したのは私だけど、それは元々いけないことだし、本物の誘拐なんて頼んでいない。人身売買にも手を染めていたなんて、もっての外だ!


「助けを呼ぼうとしても無駄だ。会場から()()火が出てね。王子はそっちで忙しい。こんなことなら、さっさと僕のものにしておけば良かった。楽しい方法でね?」


 言うなりフィルベールは、片手で私をあちこち触る。

 誰にも触られたことが……いえ、ラファエルにでも、ちょっぴりしかないのに。


 これはもしや、白薔薇が悪党に襲われるシーン? なんで私に代わったの?


「思った通り良い香りだ。貴女はやはり母に似ている。僕を()てた母に」


 え? 私まだ、十八歳だけど?


 フィルベールの方が私より年上だ。

 彼ったら、まさかのマザコン!?


「知っていましたか? 貴女方を閉じ込めていたあの場所で、美しい母は一番人気だったそうです。その後、行方がわからなくなりましたが」


 ボロボロの館は、元娼館だったはず。

 それなら、彼のお母様って……。


「おや? こんな所にキスマークがある。上書きしておきましょう」


 首筋に息がかかる。

 本気で嫌なのでやめてほしい。フィルベールの手から逃れるため、私は必死にもがいた。



 *****



 火はあっさり消し止められたが、残して来たニカが心配だ。


 護衛と共に慌てて戻りかけていた私、ラファエルの首元にチリッと焼けるような痛みが走る。


 ――ニカ! 


 私は駆け出した。


 さっきまでいた部屋の扉には、きっちり鍵がかかっていた。

 淑女であるニカが、自ら密室を作り出すはずがない。


「ニカ!」


 私は扉ごと風の魔法で吹き飛ばすと、足音高く踏み込んだ。


 すると、男が弾き飛ばされて、倒れているのが見えた。


 ――良かった、所有の印がニカを守ってくれたらしい。


 印には、危険が及べばその身を守り、刻んだ相手に知らせる仕掛けがあった。印があれば、魔法石など必要ない。私は走り寄り、彼女を強く抱き締めた。


 余程怖い思いをしたのか、ニカが私にしがみつく。


「ラファエル!」

「ニカ、もう大丈夫だ」


 (かす)れた声になってしまう。

 私の側にいる限り、君は安全だ。


 腕の中のニカを確かめたくて、(つや)やかな黒髪にキスを落とす。

 変装していた男の正体は、逃走中のフィルベールだった。のこのこ出向いて来るとは意外だが、彼のことは護衛に任せておけばいい。


「痛てて……いったい何だったんだ。くそっ」


 護衛のダリルに手を縛られ、床に両膝をつく形でフィルベールが私の前に引きずり出された。

 

「自らここに飛び込んで来るとはね? でも、()れた相手が悪い。彼女は私のものだ」


 一度ならず、二度までもニカを怖い目に遭わせた男に怒りが増し、彼を(にら)みつける。と同時に腕の中で震えるニカを安心させるため、さらに引き寄せた。

 

 しかし、フィルベールも言いたいことがあるようで、許可もなく口を開く。


「僕の持っている物を見ても、まだそんなことが言えますか? 僕ではありません。全てはその女に指示されたことです!」


 バカじゃないのか? 

 とっくに調べはついているのに、まだあがこうと?


 私は護衛に短く指示を与えた。


「クレマン」


 長年一緒の彼は、私の言いたいことを瞬時に理解する。

 縛られたフィルベールの衣服の中を探ると、(ひも)でくくられた紙の束が見つかった。


 手渡された紙を私は受け取る。

 ――紙の束は便箋(びんせん)で、ニカの筆跡だ。


「そう。これで全部?」


 束を振り、彼に確認する。

 ニカと文通していたなんて、それだけでも許しがたい。


「ええ。婚約者がこんな女だと知り、王子殿下もさぞショックを……なっ、燃えている! すぐに消さないと証拠が!」


 フィルベールが大声で(わめ)いているが、気にしない。

 私は手に持った便箋だけを燃やして灰にした。 ()めていた手袋に影響することなく、紙だけを全て燃やしたのだ。


 呪文も唱えず魔法陣もない。

 目当ての物だけを灰にする魔法。

 火の魔法使いの所で修業していて、良かった。


「どういうことだ、まさかわざと!」

「わざと? 何のことだろう。私の婚約者に手を出そうとし、振り向いてくれない彼女に腹を立てた君が、文書を捏造(ねつぞう)した。しかも紙に怪しい仕掛けを(ほどこ)して、私まで害そうとする。そう見えたが?」

「バカなっ」

「誘拐と売買だけに関わらず、私の大事な人を(けが)そうとしたことについて、十分な取り調べが必要だ。むしろ私の中では、それだけで極刑に価する」


 今すぐ死刑にしてもいいくらいだ。


 口元にわざと笑みを浮かべて見せるが、もちろん笑えはしない。


 私が本気だと察したのか、フィルベールが黙り込む。


 私は護衛に合図をし、フィルベールを連行するよう指示した。行き先はもちろん、火宮の刑場だ。


「さて、ニカ。邪魔者はいなくなったね。ようやく君の番だ」


 私は愛しいニカを見た。 

 彼女は怖い目に遭ったにも関わらず、見当違いなことを言い出す。


「私も、ということね? できれば水宮の牢獄を希望するわ」


 違うだろう? さっき説明してと言ったのは、君の方だ。


 私は目を細めると、息を吐きながら金色の髪をかき上げた。


 君はいったいいつになったら、私の想いに気が付くの?


「ニカ、まだわからないのか。そんなに私のことが嫌い?」


 首を振って否定する彼女に、少なからず安堵(あんど)する。

 私はニカの表情を(うかが)いながら、こう告げた。

 

「良かった。それなら予定通り、二ヶ月後に結婚しよう」

「……はい?」




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