運命の行方 3
「ふぉうひて……」
手で覆われているため、満足に声が出せない。
男性の力には到底敵わず、もがけばもがくほど、掴まれた腕をギリギリ締め付けられる。
「どうしてって? 全て貴女のせいでしょう。貴女と関わらなければ、僕がここまで追い込まれることはなかった」
背後に回った彼が私を羽交い絞めにし、耳元でねっとり囁く。
恐ろしく、気持ちが悪くて吐きそうだ。
私は必死に首を振る。
確かに人攫いを依頼したのは私だけど、それは元々いけないことだし、本物の誘拐なんて頼んでいない。人身売買にも手を染めていたなんて、もっての外だ!
「助けを呼ぼうとしても無駄だ。会場から偶然火が出てね。王子はそっちで忙しい。こんなことなら、さっさと僕のものにしておけば良かった。楽しい方法でね?」
言うなりフィルベールは、片手で私をあちこち触る。
誰にも触られたことが……いえ、ラファエルにでも、ちょっぴりしかないのに。
これはもしや、白薔薇が悪党に襲われるシーン? なんで私に代わったの?
「思った通り良い香りだ。貴女はやはり母に似ている。僕を棄てた母に」
え? 私まだ、十八歳だけど?
フィルベールの方が私より年上だ。
彼ったら、まさかのマザコン!?
「知っていましたか? 貴女方を閉じ込めていたあの場所で、美しい母は一番人気だったそうです。その後、行方がわからなくなりましたが」
ボロボロの館は、元娼館だったはず。
それなら、彼のお母様って……。
「おや? こんな所にキスマークがある。上書きしておきましょう」
首筋に息がかかる。
本気で嫌なのでやめてほしい。フィルベールの手から逃れるため、私は必死にもがいた。
*****
火はあっさり消し止められたが、残して来たニカが心配だ。
護衛と共に慌てて戻りかけていた私、ラファエルの首元にチリッと焼けるような痛みが走る。
――ニカ!
私は駆け出した。
さっきまでいた部屋の扉には、きっちり鍵がかかっていた。
淑女であるニカが、自ら密室を作り出すはずがない。
「ニカ!」
私は扉ごと風の魔法で吹き飛ばすと、足音高く踏み込んだ。
すると、男が弾き飛ばされて、倒れているのが見えた。
――良かった、所有の印がニカを守ってくれたらしい。
印には、危険が及べばその身を守り、刻んだ相手に知らせる仕掛けがあった。印があれば、魔法石など必要ない。私は走り寄り、彼女を強く抱き締めた。
余程怖い思いをしたのか、ニカが私にしがみつく。
「ラファエル!」
「ニカ、もう大丈夫だ」
掠れた声になってしまう。
私の側にいる限り、君は安全だ。
腕の中のニカを確かめたくて、艶やかな黒髪にキスを落とす。
変装していた男の正体は、逃走中のフィルベールだった。のこのこ出向いて来るとは意外だが、彼のことは護衛に任せておけばいい。
「痛てて……いったい何だったんだ。くそっ」
護衛のダリルに手を縛られ、床に両膝をつく形でフィルベールが私の前に引きずり出された。
「自らここに飛び込んで来るとはね? でも、惚れた相手が悪い。彼女は私のものだ」
一度ならず、二度までもニカを怖い目に遭わせた男に怒りが増し、彼を睨みつける。と同時に腕の中で震えるニカを安心させるため、さらに引き寄せた。
しかし、フィルベールも言いたいことがあるようで、許可もなく口を開く。
「僕の持っている物を見ても、まだそんなことが言えますか? 僕ではありません。全てはその女に指示されたことです!」
バカじゃないのか?
とっくに調べはついているのに、まだあがこうと?
私は護衛に短く指示を与えた。
「クレマン」
長年一緒の彼は、私の言いたいことを瞬時に理解する。
縛られたフィルベールの衣服の中を探ると、紐でくくられた紙の束が見つかった。
手渡された紙を私は受け取る。
――紙の束は便箋で、ニカの筆跡だ。
「そう。これで全部?」
束を振り、彼に確認する。
ニカと文通していたなんて、それだけでも許しがたい。
「ええ。婚約者がこんな女だと知り、王子殿下もさぞショックを……なっ、燃えている! すぐに消さないと証拠が!」
フィルベールが大声で喚いているが、気にしない。
私は手に持った便箋だけを燃やして灰にした。 嵌めていた手袋に影響することなく、紙だけを全て燃やしたのだ。
呪文も唱えず魔法陣もない。
目当ての物だけを灰にする魔法。
火の魔法使いの所で修業していて、良かった。
「どういうことだ、まさかわざと!」
「わざと? 何のことだろう。私の婚約者に手を出そうとし、振り向いてくれない彼女に腹を立てた君が、文書を捏造した。しかも紙に怪しい仕掛けを施して、私まで害そうとする。そう見えたが?」
「バカなっ」
「誘拐と売買だけに関わらず、私の大事な人を穢そうとしたことについて、十分な取り調べが必要だ。むしろ私の中では、それだけで極刑に価する」
今すぐ死刑にしてもいいくらいだ。
口元にわざと笑みを浮かべて見せるが、もちろん笑えはしない。
私が本気だと察したのか、フィルベールが黙り込む。
私は護衛に合図をし、フィルベールを連行するよう指示した。行き先はもちろん、火宮の刑場だ。
「さて、ニカ。邪魔者はいなくなったね。ようやく君の番だ」
私は愛しいニカを見た。
彼女は怖い目に遭ったにも関わらず、見当違いなことを言い出す。
「私も、ということね? できれば水宮の牢獄を希望するわ」
違うだろう? さっき説明してと言ったのは、君の方だ。
私は目を細めると、息を吐きながら金色の髪をかき上げた。
君はいったいいつになったら、私の想いに気が付くの?
「ニカ、まだわからないのか。そんなに私のことが嫌い?」
首を振って否定する彼女に、少なからず安堵する。
私はニカの表情を窺いながら、こう告げた。
「良かった。それなら予定通り、二ヶ月後に結婚しよう」
「……はい?」




