天使が望む者 4
ヴェロニカ視点です(=_=)
昨日は変な夢を見た。
純白の翼の天使が私、ヴェロニカをニカと呼び、好きだと告げたのだ。
「思い出すだけで赤面ものだけど、酔っていたからうろ覚え。教会に行ったおかげで、天使が夢に出て来たのかしら?」
『何度も言っているのに。好きだよ、ニカ』
天使は私の髪にキスを落とした。
首や肩にも。この感触、どこかで……。
思い出そうとするだけで、胸が苦しく切なくなった。
泣きたくなるのは、なぜ?
ああ、そうか。
私は知らないうちに、あの人のことを好きになっていたのね? 私の弟子で一番の味方だと、信頼していて。だけど彼は義妹が好きで、義妹も彼のことが好き。そんなことは、最初からわかっていたはずなのに。
好きだと告げても、私のものには決してならない。私の方がソフィアより、長く側にいたけれど。
悪役はつらい。
番外編にならないと相手が登場しないのだ。
違う、私が好きなのは、ここにいる天使なんかじゃない――。
『違う……こんなに好きなのに』
私は片手で目を覆い、涙を隠した。
からかってばかりのあの人は、私のこんな姿を見たらなんて言うのだろう?
『ごめんね、ニカ。もう放してあげられないんだ』
天使が私に謝ったので、首を横に振る。
純白の翼が震えたような気がした。
いくら天使でも、気づいたばかりのこの気持ちを変えることなどできない。
『ラファエル……』
自分の気持ちを認めた私は、愛しい人の名を呼んだ。
夢で良かったと思う。
この国で神より偉い天使を拒絶するなんて、私くらいなものだから。
そして、今朝の私は頭痛に悩まされている。
「やっぱりお酒のせいね。まだガンガンするわ! 二日酔いってこんなにキツイの?」
「ふつかよい? 大酔いのことですか?」
「こっちではそう言うのね」
「こっち、とおっしゃいますと?」
「いえ、何でもないの」
担当女官からもらった冷たい水で喉を潤し、水に浸した布を目に当てた。
こんなに酷い状態なのは、夕食でワインを飲み過ぎたせい。
完全に、私の落ち度だ。
途中からほとんど記憶がなく、気づけば部屋にいた。そのため、自分で服を着替えたことも全く覚えていない。首元の虫刺されにしたってそう。赤くなっているけれど、痒くないのが幸いといえば幸いだ。
「うう、頭が痛い。まろやかで美味しかったけど、特産ワイン、恐ろしいわね」
私は額に手を当てた。
自力で部屋に戻れたくらいだから、酔って大暴れなんてしてないわよね?
もう少しで偽婚約者としてのお役も御免なのに、最後に大ポカをやらかした感じ。
――まあ、酔ったくらいで婚約破棄にはならないと思うんだけど……。
ノックの後、返事を待たずに誰かが部屋に入ってきた。
「もうすぐ出発だ。ニカ、具合はどう? おや、目の周りが赤いね」
「ラファエル! そんなはっきりと……」
腫れぼったくなるほど深酒した自分が、非常に恥ずかしい。
「帰りは馬車をゆっくり走らせよう。何なら私と二人で、もう一泊していく?」
「しません!」
女官もいるし、そういう冗談はやめてほしい。
ただでさえ頭が痛くて、答える気力もないのに。
「まあいいか。弱ったニカもすごく可愛いかったし」
「なっ!」
「あら」
ラファエルったら、何てことを言い出すの。
女官を赤くさせてどうするつもり?
私と仲のいいフリなんかしたら、後が大変よ。
婚約者がソフィアに代わった時に言い訳するのは、貴方なんだから。
それになんか今、聞き捨てならないセリフを聞いたような気が。
「ちょっと待った! 弱ったって?」
「秘密。でもニカを部屋に運んだのは、私だから」
「え? じゃあもしかして、着替えさせたのも……」
「さあ、どうだろう?」
笑いながら部屋を出て行くラファエルは、何だか機嫌が良さそうだ。
問いかけるような目を女官に向けたところ、微妙な感じで笑われた。
――ま、まさか!?
冷静になって考えよう。
ラファエルが、私の着替えごときで上機嫌になるはずはない。私のドレスを脱がせたのは女官で、彼が嬉しそうなのは、もうすぐソフィアに会えるから。きっとそうだ、そうに違いない。
私達を乗せた馬車は、日暮れになってようやく天宮に到着した。
私のせいで、休憩を多めに取ったから。
ラファエルはぐったりしている私を見て、「私にもたれかかればいい」と言ってくれた。彼の言葉に甘えた私は、肩を借りる。
優しさに涙ぐみそうになってはいけない。
お酒はもう飲み過ぎないように、気を付けなければ。
国王に報告するため玉座の間に向かっていると、廊下で待っていたソフィアが駆け寄って来た。
「ご無事のお戻り、何よりです。待ちきれなくて、来ちゃった!」
ソフィアは今日も愛らしい。
秋に社交界デビューをする義妹は、花が綻ぶように綺麗に笑う。
「ただいま。クレマン、ソフィアの相手を頼む」
ラファエルは片手を上げ、後ろにいた護衛を呼び寄せる。ソフィアも王子の仕事の邪魔をしたと思ったのか、頬を赤くして反省し、ベテランの護衛に素直について行く。
「もう少しお話しても良かったのよ?」
「話す? どうして?」
言葉は要らないということだろうか。
それとも公務を優先しなくてはならないから、ソフィアとの時間は後でゆっくり取るってこと?
どちらにしても、これは二人の問題だから、胸の痛みは無視しよう。
これから先『ブラノワ』では、王子と白薔薇のシーンが続く。
白薔薇が義姉を不幸にするわけにはいかないと嘆き、王子はそんな彼女に心配は要らないと慰める。
ヴェロニカが次に登場するのはソフィアの社交界デビュー当日で、暴漢に襲わせたソフィアを陰からこっそり眺めるのだ。その後、物語はクライマックスを迎える。
だけどもう、そんな気はない。
愚かな自分に気づいた私は、悪事をやめることにしたからだ。
ストーリーを知る私でも、誘拐は怖かった。何も知らないソフィアはなおさらだろう。
――自分もいじめられたことがあるくせに、ソフィアをいじめようとしていた私は、人として最低だった。悪役令嬢になりたいという、自分の欲だけを優先するなんて。
自分本位の考えは、前世で私をいじめていた浅はかな連中と同じだ。
気に入らないことがあったとか、異質な者を排除したいという、ただそれだけの理由で人を傷つける人達と。
自分がされて嫌なことを、他人にしてはいけない。
逆に自分がされて嬉しかったことを、周りの人にしてあげたいと思う。
私は南部の教会で、そのことにようやく気づいた。
悪役令嬢が輝けるのは、ラノベの中でだけ。
現実世界で同じことをすれば、ラファエルの言う通り、重犯罪者で火あぶりとなってもおかしくなかった。それに王子が助けに来るとわかっていても、ソフィアを危険な目に遭わせるわけにはいかない。
婚約破棄まであと少し。
ここまで来れば私が悪役にならなくても、二人はくっつくはず。
ラファエルに会えて、嬉しそうな顔をしたソフィア。
その様子を見て、確信した。
――私はやはり、番外編でしか愛されない。
でも、これから出会うジルドに私はときめくの?
なぜなら、今の私が好きなのは――――。




