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めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第三章 意識させたくて
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大事件 6

 指定の場所とは崩れた大きな建物の横で、ここは元娼館だったらしい。


 ぐるりと囲む鉄柵の側に、打ち合わせ通り黒塗りの馬車が()めてあるのが見えた。このまま真横を通れば、中から出て来た人物がソフィアを(さら)ってくれるはず。


 私は緊張でドキドキしながら、近くに行こうと足を進めた。


「待って、やっぱりおかしいわ。お店もないし、引き返しましょう」


 素直なソフィアは、私が道を間違えたのだと本気で信じているようだ。元の場所に戻ろうと、私の服の(そで)を持ち、懸命に引っ張っている。


「いいえ。どうしてそう思うの? 貴女より私の方がこの街に詳しいのよ」


 悪役っぽくニヤリと笑う。


 正直、私もここには初めて来た。

 昼間でもカラスがたくさん飛び交い、陰鬱(いんうつ)な感じがする。夜だと一層怖そうだし、普段なら絶対来ない場所。でもこれから連れて行かれる隠れ家は、居心地が良いと聞いている。


 だからソフィア、安心して監禁されなさい。


「嫌よ、帰りたい。ヴェロニカのバカ!」

「ほら、行くわよ。あともう少しなんだから」


 歩き出さない私達を見て気を効かせたのか、馬車から黒ずくめの男達が出て来た。その数はフィルが手紙に書いてきた通り三人だ。

 男達は私とソフィアを取り囲み、こちらに向かって手を伸ばす。


「嫌っ」


 (おび)えて私にしがみつくソフィア。

 だけど私は悪役っぽく、無情に言い放つ。


「助かったわ。じゃあ、この子をお願いね? もちろん丁重に扱うのよ」


 ショックを受けたようなソフィアの顔に、またもや胸が痛くなる。

 

 ところが、何かがおかしい。

 男達はソフィアに続き、私にも迫る。


「え? 私は違うから。止めて、違うの!」




 数刻後――。

 私達は冷たい石の床に転がされていた。


 ソフィアと私が目隠しをされて馬車で連れて来られた所は、快適と言うには程遠く、じめじめしてかび臭い。石の壁はひび割れているし、天井もくすんで所々水が(したた)っている。申し訳程度に敷かれた絨毯(じゅうたん)は、()り切れてボロボロだった。


 私達はそんな場所に、二人だけで置き去りにされていた。恐怖のあまり大泣きしていたソフィアは、今は泣き疲れて眠っている。


 ――快適な郊外の隠れ家、どこに行った?


 目隠しは外されたけど、両手と両足の自由は奪われたまま。麻のような縄で背中側に回した手首、それと足首を固く結ばれている。


 チクチクするし、動かせそうで動かせない。

 手を引き抜こうと試みるものの、ちっとも(ゆる)くならないし、(こす)れた手首が痛かった。


 これはいったいどういうこと?


 フィルとの打ち合わせでは、ソフィアだけが攫われる。

 快適な隠れ家に監禁……というより軟禁されて、VIP待遇で王子の助けを待つはずだったのに。


 隠れ場所の地図も貰ったし、間違えないように大きく花丸までつけておいた。だけどここはどう見ても田舎の一軒家と言うより、忘れ去られた廃墟のようだ。


 男達の声が聞こえて来たので、私は咄嗟(とっさ)に寝たふりをする。


「馬車を無駄に走らせろってどういうことなんだ? 今回に限ってボスは何でそんなことを」

「しっ、声が大きいぞ。聞こえたらどうする」

「心配ねぇ。二人共、泣き疲れて寝ているんだろうさ。まあ、黒髪の方はあんまり泣かずに固まっていただけだが」

「こいつらも売るのか? もったいないねーな。身代金を要求した方がよっぽど(もう)かるのに」

「ボスの方針だから、仕方がない。貴族にたんまり恨みがあるんだろう」


 聞こえてきた話によると、ボスはとんでもない人物らしい。家族に知らせてお金を手にするより、売り飛ばした方がいいと考えているなんて……。


 ――待って。じゃあ、彼らは本物の人攫い!? もしかして、フィルは(ちまた)で騒がれている犯人に誘拐を依頼してしまったの? だから私まで、ソフィアと一緒に攫われたのかしら。


 前言撤回。

 フィルを有能だと言ったこと、無しで。


 最後の最後で本物に頼むというミスを犯すなんて、悪役令嬢の協力者の風上にも置けないわ!


 逃げ出さなければ、いずれどこかに売り飛ばされてしまう。何よりソフィアが可哀想。義妹がいなくなったことに気づけば、ラファエルだってすごく悲しむ。


 ――おかしいわ。また、胸が痛い。


 胸の辺りを見下ろした途端、あることに気づく。


 ――そうか、魔法石! 


 お守りだって言ってたし、何かあれば叩き壊すように教えられていた。今まさに、その時では?


「うう……」


 喜んだのも束の間、自分の姿を見て絶望する。


 手と足を縛られているため、叩き壊すどころか取り出すことさえできない。それに、変な動きをすればたちまち見つかり、取り上げられてしまうだろう。


「何だ、嬢ちゃん。目が覚めたのか?」

「よく見ればべっぴんさんだよな。そのまま売るのが惜しいくらいだ」

「こらこら。そんなことを言ってボスにバレたらどうする?」


 三人組の二人は体格が良く、一人は普通の体型だ。

 だけどもちろん、私が(かな)う相手では無い。


 頭巾(ずきん)を取った凶悪顔の彼らが逆らわないくらいの人なので、ボスは相当すごいらしい。


 ――フィルってば、どういうつてを使ったの? 


 とりあえず、縄を早く外してほしい。


「ねえ、手が痛いの。お願い、これ外して下さる?」


 ラノベのヴェロニカが人を動かす時のように、一生懸命色っぽく言ってみた。


 考えてみれば、彼女は次々と男性を(とりこ)にしていた。けれど私はまだまだだ。協力者のフィルの詰めが甘かったのって、もしかして、私の色気が足りないせい!?

 

「それはできねえ相談だな」

「ボスが戻って来るまで辛抱してくれ」

「足だけなら、まあ」


 だめか。やっぱり色気不足?

 それならこの際何でもいいや。


「お願いするわ。あなたって優しいのね」


 足だけ、と言った男に笑みを浮かべる。

 ここで妖艶に迫ったら、手まで外してくれるかしら?

 色気ってどうすれば出るの? 

 ラファエルに聞いておけば良かったな。


 ほら、また。

 気づけば彼のことを考えている。

 でも、ラファエルが愛しているのは、ソフィア。

 彼女が可愛く頼んだら、悪党達もあっさり外してくれるかな?


 男が足首の縄をナイフで切った。

 刃物を持っているなら、下手な動きはしない方がいい。


 ――身体ごと床にぶつけて、魔法石を叩き割るのはどうかしら?


 ラファエルを喜ばせたくないので、魔法石はあれから肌に直接ではなく、ドレスと下着の間につけるようにしている。ちょっとくらいケガするかもしれないけれど、スライディングすればもしかして……。




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