表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
めざせ牢獄!【王子の悪役令嬢溺愛編】  作者: きゃる
第二章 婚約から始めよう
26/61

王子として 5

 十四歳になってすぐ、僕はニカを劇場に招待することにした。恋愛物が大好きなら、歌劇は当然好きだろう?


 王族専用ボックス席は舞台袖の二階、舞台を近くで見ることのできる一番いい場所にある。ふかふかの椅子、大理石の小さなテーブルがあるその空間は、僕とニカの後ろに護衛が控えても、まだ余裕があった。


 今回招待したのはニカだけだし公務じゃないから、純粋に楽しんでくれると嬉しいな。


 ニカは劇場に来るのは初めてらしく、珍しそうに辺りをキョロキョロ見回している。大抵は十六歳で成人した後に来るものなので、当たり前といえば当たり前か。


 ニカなら、退屈して劇の途中で欠伸(あくび)をすることはなさそうだ。眠っても構わないが、たぶんそんな心配はないだろう。


「すごく綺麗ね。別世界みたい」

「劇を見るのは初めて?」

「ええ。以前は学校で……いえ、これほど立派なのは初めてよ」

「そう、それなら楽しむといいよ」

「エル、ありがとう」


 こんなに喜んでくれるなら、もっと早く連れてくれば良かったな。始まる前からわくわくしているようだけど、身を乗り出すと危ないよ? 


 演目は『天使と娘の物語』。

 三幕構成で、我が国では何度も繰り返し上演されている人気作だ。




 ――人間の娘を魔物の手から救い出した天使は、娘と激しい恋に落ちる。やがて地上に残ることを選択した天使は、素性を隠し人里離れた場所を探して彷徨(さまよ)う。探し当てたこの地で幸せに暮らすはずが、ふとしたことで娘は命を落とし、天に召された。


 地上に降りることを選んだ天使は、天には帰れない。彼はこの地で娘を想い、悲嘆にくれる。涙が川となり、ため息が風となり、悲しみの叫びが大地を揺るがし山が出来た。


 そんなある日、天に召されたはずの娘が夢に現れる。


『貴方の子供達が安心して暮らせる国を作って。平和な世に、私は必ず還るから』


 そう言って、彼の息子だという赤子を残して去って行く。翌朝、目覚めた彼の傍らには、天使の特徴を持つ男の赤ん坊がいた。

 娘を想う天使は、赤子を大事に育てつつ始まりの王となることを決意する――。




 建国の物語を元にしていると言われているが、当時を誰も知らないため何とも言えない。

 王家の歴史書を紐解いても、初代の王は背中に翼があり、全属性の魔法を扱えるということしか書かれていなかった。


 人々が天使を敬うあまり大幅に脚色したのかもしれない。でも、それに対して我々王家が口を挟んだことはなかった。娯楽として楽しめるので、僕自身は良いことだと思っている。


 今日は観劇が目的なので、大げさにするつもりはなかった。ところが、劇場主が王族専用席にいる僕とニカを見て、舞台上で挨拶をする。


 楽団は足を踏み鳴らすし、会場からは拍手の音。さらには本日の主役である天使役の男性と歌姫まで出てきた。


「お迎え出来て光栄です」

「楽しんでくださいませ」


 仕方がないので立ち上がり、ニカと一緒に手を振った。


 まったく、公務でもないのに注目されるとは。

 幸いニカは気にしておらず、劇を楽しみにしているようだ。


紹介されたくないのなら、席にあるカーテンを引いておくだけで良い。そのことを思い出し、しまったと感じたのは、幕が上がった直後のことだった。


 何度か目にした演目なので、はっきり言って舞台よりニカを見ている方がいい。彼女は退屈するどころか祈るように手を組み、真剣に舞台を眺めている。



第一幕の天使と悪魔の戦う場面。

 ニカが興奮して椅子から立ち上がる。


「頑張って! 負けちゃダメ」


 娘役の歌姫の声に酔いしれて、天使との愛が実った時には、感動のあまり涙を流していた。


 本当にニカの表情は、見ていて()きない。

 天使役の男性の歌声にうっとりするのだけは、いただけないけれど……。




 ニカは第一幕が終わるなり、僕に感想を述べた。


「ああ、エル。連れて来てくれてありがとう。こんなに近くで素晴らしい歌声を聞くことができるなんて!」

「喜んでくれて嬉しいよ」

「やっぱり愛は最高よね。()()()()()って素敵だわ」

「……え?」

「特に天使役のあの人! 背が高くて声にも張りが合って、耳元で聞いたらきっと悶絶(もんぜつ)してしまうわね」

「悶絶?」

「あ、いえ、こっちの話。二幕目も楽しみだわ!」


 二幕、三幕と歌劇を心から満喫するニカと、どんどん機嫌が悪くなる僕。

 僕は彼女から、あんな風に憧れの目を向けられたことはない。恋愛物が好きなニカが、ここまで年上好きとは思わなかった。


 終幕後、ニカはいつになく饒舌(じょうぜつ)だった。


「愛する人を亡くした時の悲壮に満ちた歌声には、胸を締め付けられたわ! 夢で逢う場面の、娘を想う愛の歌といったら……」

「楽しんでくれて良かった」

「ええ、そりゃあもう! 大人の魅力と迫力に感動しまくりよ」


 思わずムッとしてしまう。


「そう。ニカはそんなに大人の男性がいいんだ」

「そりゃあね? 優しさや賢さ、包容力が全く違うもの。渋くて落ち着きのある人って素敵だわ」

「僕ももうすぐ大人になるけど?」

「あら、エルはエルじゃない」

「男としては見ていないってこと?」

「急に何? そういうのは、ソフィアに言ってあげてよね」


 気分は複雑だ。

 年齢の割に大人びていると評される、僕の魅力がニカにはさっぱり通じない。魔法も制御できるし背も伸びた。だけどニカの中での僕は、幼い頃に出会ったエルのまま。

 王子として男として、これではいけない。


 ニカを伴い楽屋を訪ねることもできるけど、どうしよう?


 劇場主を始め、役者達はもちろん歓迎してくれるだろう。でもこれ以上、天使役の男性にうっとりするニカを見たくない。

 まっすぐ帰る僕は心が狭いかな?


「本当に素晴らしかったわ。こんな視察が毎回続くといいのに」


 馬車の中で呟くニカに、僕は思わず苦笑する。


 ――今回は違うんだけどな。


 君と二人で出掛けたかった。

 君に楽しんでもらおうと、いろいろ考えたのだ。


 でもまあ、そう思ってくれた方が良いのだろう。王子の婚約者の仕事と(とら)えていた方が、彼女が劇場に入り浸らなくて済みそうだ。


 それより、ニカにどうやって男として意識させよう? 


 天宮に着くまでずっと、僕はこの問題に頭を悩ませていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ