楽しい高校生活のために
「本当か! いやぁ、実は今度お見合いをするのだが、写真での印象が悪かったみたいでな! 可愛い女の子が好きなんだそうだ! 一応お見合い自体はしてもらえることになったからどうにかしたい。家のことを考えたら私が振られるのは非常によろしく無いのでな。まいったなこりゃ、と思っていた所に君の様な可愛い子が目の前に現れたというわけさ!」
捲し立てるように話す彼女、僕が理解できたのはお見合いをするという事だけだ。
いや、でもお見合い? 竜宮寺さんが? だって僕達はまだ高校に入ったばかりの高校生だ。確かに女の子は十六歳で結婚できるけど……。
頭が混乱で悲鳴を上げていたけど、なんとか理解はできた。
「それで僕に相談したんだね」
「そういうわけだ! ん? ……僕? 僕とな」
「あ、いやっ、これは――」
驚いていたせいで一人称を直すのを忘れてしまった。
どうしよう、女の子のはずなのに自分のこと僕っていうなんてやっぱりおかしかったかな。実は直すかどうか悩んでいた所なんだけど、結局答えを出していなかったのが裏目に出た。
「君は僕ッ子なのか! 現実で目撃するのは初めてだ。いる所にはいるものだな」
彼女はウムウムと納得したように顎に手を当てる。
あっさり受け入れられてる!? まぁそれならそれで良いんだけどさ……どこまで完璧なんだ、僕の女装。
「自分の限界が全く見えないよ」
「さらに中二成分をも付加すると言うのか! 恐ろしい、恐ろしい子だよ君は!」
いやまぁ、そう言われても、男の子なんですけどね。
「しかし、だからこそ君がいいのだ!」
あぁ、誤解されたまま彼女の中での僕のイメージが着々と出来上って、評価はうなぎ登りしてしまっている。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 僕は竜宮寺さんが言うほど僕は可愛くなんか――」
可愛くなんか……まぁ、ちょっとは可愛いかも知れないけど。高校に入ったら女装で学校に通うって決めてたから肌の手入れとか頑張ったし、具体的には生卵の白身だけを肌にすり込んだり生卵の白身だけを髪の毛にすり込んだり、フェイスアップローラーに生卵の白身を付けてコロコロしたり――卵の白身に僕の可愛さは裏打ちされている!
「ふふふ、君が協力してくれなければ私の家がどうなるか……わかっているのか!?」
彼女はニヤリと不敵に微笑んだ。
「ま、まさか……ッ! って、いやいや! なんで僕が脅されてるの!? 人質をもう一回よく考えて!」
まさか自分の家を人質に他人を脅す人が存在するなんて……うん! 世界は広いなぁ。
「君が協力してくれなければ、私の家がどうなるかわかっているのか?」
彼女はもう一度言った。
でもそれがさっきの冗談と同じ意味では無いことはすぐに分かった。
彼女の眼には今にも零れ落ちそうなほどの涙が溜められていた。
「あの……」
「お願いだ、私を助けてくれ」
竜宮寺さんは深く頭を下げた。
なんで彼女がいきなり真剣になったのかは分からない。いや、話を聞くかぎり最初から真剣に話すべき内容なんだけどね。
でも、こんなに真剣な人の頼みを無下にすることは僕にはできない。
「あぁもう! 女の子にここまでされたら断れるわけないじゃん!」
「じゃ、じゃあ!」
竜宮寺さんが嬉しそうに顔を上げた。
「でも、厳しくするからね! 絶対にうまくいく保証もないからね!」
「あぁ! それで充分だ。光が射した気分だよ! 高校に入るまではどうしようかと悩んでいたというのに!」
竜宮寺さんは勢いよく立ちあがり僕の手を握り締めた。笑顔の中に見える八重歯が可愛い。
「光か……それは僕も同じかな」
少なくとも女装がばれてからはこんなに楽しく人と話せたのは初めてだった。
「ふふ、しかしさっきの君、なかなかに男前だったぞ!」
腕を組み思い出すように彼女が言う。
「へ? なんのこと?」
「だって、「女の子にそこまでされたら断れない」だなんて、まるで物語の中の主人公みたいじゃないか!」
僕の言ったセリフのところだけをやけに格好付けて言う。彼女が言うと本当にかっこいいから余計バカにされてる気がする。
「そんな風に人をバカにする人に教えることはありません!」
「ハッハッハ、そう言わずによろしく頼む」
竜宮寺さんはそう言うと僕の頭をポンポンと手で叩いた。竜宮寺さんは僕よりも十センチ? いや、十五センチは背が高いので簡単に頭を触られてしまう。
「本当に協力しないよ!?」
手を除けて彼女を見る。なぜかニヤニヤしている。僕が頼まれたら断れない性格だとでも思っているのだろうか? まったく……その通りだよ。
「すまない、よろしく頼むぞ――夕貴」
僕の前に手を差し出す彼女。僕も握り返して契約成立。
正面にいる彼女の余裕の笑みを見ていると騙されてしまった感が半端じゃない。
でも、高校生活は楽しくなるかもな、なんてことを内心思ってしまっている僕がいた。
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