挨拶は正直に
僕は茜さんと二人きりの空気に負けそうになりそうだったけど、伝えなくちゃ伝わらない事があるってもう知っていたから、自分の中にある言葉を紡ぐ。
「茜さんは僕の事が気持ち悪くて近寄りたく無いかも知れないけど、僕は君と友達になりたいんだ。あの日僕の心を立て直してくれたのは君だったから」
「私は夕貴ちゃん……ううん、夕貴君を苦しめるためにそうしたんだよ? そして夕貴君が言う通り、女装男子なんて大嫌い」
彼女がそう言うだろうって事も分かっていた。でも僕はそんな彼女を救いたいんだ。
父親がついた嘘で苦しみ続ける彼女を、見て見ぬ振りはできない。
「分かってる。でもこのまま男子を嫌ったままでいいの? 茜さんだってお父さんの事だけでずっと女の子としか仲良くできないなんて寂しいでしょ?」
少なくても僕だったそう思う。単純に関われる人間の数が半分になってしまうって事はそれだけで十分な悲劇だ。
「それはそうだけど、でも無理だよ」
「ねぇ茜さん、僕の事が嫌い?」
「うん、大嫌い」
分かっていたことだけど、はっきりと言われるとキツイなぁ。
「茜さんは、お父さんが女装をきっかけにいなくなったから女装する僕が嫌いなんだよね?」
「うん」
「でも君はできることなら男子とも仲良くなりたいと思ってる」
「まぁ……彼氏が欲しいとかは無いけどね。普通に話すくらいならしたいよ、でも信じられないんだもん! あいつらも裏では女装してたりするんだよ!」
いや、そんな男子高校生は極少数だと思うけど。
「僕はそんな君を救いたいと思ってる」
「……何が言いたいの?」
茜さんは試すような目で僕を見る。僕も真剣さを分かって貰うために逸らさずに見つめ返した。
「女装親父がトラウマなら同じ女装男子の僕と仲良くなれば、トラウマは消えると思うんだ!」
「……はぁ? ちょっと待ってよ、私は夕貴君のことが嫌いなんだよ?」
ナンセンスだとでも言うように茜さんが鼻で笑った。
「でもそれはお父さんの事があったからでしょ? だったら女装をする僕がお父さんの代わりに茜さんの信用を取り戻すよ」
「……ふ、ふふふ、ふははは、あはははは! 馬鹿じゃないの!? そんな事できるわけ無いじゃん!」
「僕は本気だよ」
「できないよ。私はもう歪んじゃってる……。夕貴君にもひどい事しちゃった」
「嘘をついたのはお互い様だよ」
「……信じていいの? 私これ以上自分も男の子もを嫌いになりたくないよ。本当の本当に本気なら、何か約束してよ。ただ言葉を信じられるくらいなら、こんなに苦しくない」
茜さんの言う事ももっともだった。信用してもらうためなら、リスクを払わないと。
彼女が納得するようなリスク……頭をフルで回転させて思いついたのは、男として絶対に差し出してはいけないものだった。
でも彼女と、僕自身のためだ。言うしかない!
「僕がどうしようもできなかったら、僕のあそこを切って茜さんの恋人になるよ!」
茜さんが目を丸くして僕の顔を見る。口をパクパクさせていて、本当に驚いているのだろう。
僕はそんな彼女の前に手を差し出した。
「……アハハハハ、いいねそれ! 私がハサミで切ってあげるよ!」
笑顔になった茜さんが僕の手を握り返す。
ハサミは怖いなぁ。
「これからよろしくね」
「うん、でも絶対簡単に信用したりしないからね? 夕貴君が私の信用を得るためにただただ誠意を見せるんだよ!? というかこれで本当にいいの? そんなにお人好しで人として心配だよ」
「でも、お人好し程度の信用は得られた」
「な、なにそれ、馬鹿みたい」
うん、我ながら馬鹿みたいな解決方法だと思う。というかこれは解決ですら無い。
ただの僕の自己満足。
数週間の間に分かった事。それは人に嘘をつくと自分か相手が苦しむと言う事。
茜さんは運悪く両方の被害者になっちゃったから、同じ経験をした僕が救わなくちゃ。
本来ならずっと口も聞かなくなるような傷を負わせた同士なんだもん。その二人がまたこうやって話しているだけでも、小さな奇跡だ。
「な、なんだ? もう仲直りしたのか!?」
「あんたがおにぃを苦しめた人!? 許さないよ! おにぃが許しても私が許さないよ!」
話がまとまった所に花音さんと藍がやってきた。
花音さんの反応はいいとして、敵意むき出しの愛はどうしたものか。怒っている理由が僕のためになだけに止めにくい。
「は? 別に私はまだ完全に許してなんか無いよ。あんたのお兄ちゃんがち○こ切ってでも仲直りしたいって言うから話だけは聞いてあげてるだけ」
「お、おにぃのち○こ……? だめー! 切っちゃだめ!」
「そうだぞ夕貴! ち○こは大切なものじゃないか!」
あぁ軽く眩暈がするよ。僕でもあそこって言ったのに何でこの子達はこんなに直接的なの? そして視線が僕の股間に集中しまくってて居た堪れないよ!
「……うん、でもこうでもしないと茜さんは僕を信じてくれないから」
「お、おにぃ。本当のおねぇにならないように頑張って! 私も手伝うよ」
藍は僕が一度決めたら曲げない事を分かっているからすぐに納得して僕を助けてくれる。
対照的に茜さんは納得行かないような顔をしている。そして源次さんが僕にしたように茜さんに一歩近付いた。
「夕貴が言うから認めるが、私は貴様のやろうとしたことは許さん。そして夕貴を女にはさせない」
「あらあら、夕貴君に最初に目を付けたのは私なのに今ではすっかり本妻気取り? 男には興味無いけどちょん切った夕貴君は渡さないわ」
「切らせないと言っているんだ」
二人の間に険悪な雰囲気が漂っていた。花音さんに気圧されない茜さんも相当なものだ。
「二人とも仲良くね? 僕の友達って言うだけでクラスから浮いちゃうかも知れないから」
「ふむ……その可能性は否めんな」
「私も女友達を失うのは困るわね……やっぱり夕貴君と関わり合いになるのはやめようかな」
花音さんは僕の指摘に腕を組み、茜さんに至っては早くも約束を破ろうとしている。
「だったら、おにぃが嫌われないようにすればいいんじゃないの?」
暗い表情をする三人を余所に、藍はあっさりとそんな事を言いきった。
「藍、それはもう無理だと思うよ」
自分で言うのも何だけど、今のマイナスを全てプラスに転化させる事なんて不可能に近いと思う。
「またそうやっておにぃちゃんは自分の思い込みだけで塞ぎ込む! そんなんだから山田君の気持ちにも気付かないんだよ! 山田君は、お兄ちゃんの事が好きだったから、女装したおにぃを見て止めたくてクラスの皆にバラしたんだよ!」
「……は? はっ!?」
藍が怒って口にした事は衝撃の事実だった。
確かに山ちゃんがバラした理由だけが謎だったんだけど、まさか山ちゃんが僕の事を好きだったなんて……。
「だって、女装して無い僕の事を好きだったって……それじゃあ山ちゃんは……」
「そうだよ! 山田君は、ガチホモだったんだよ!」
「な、なんだってーッ!」
藍にはっきりそう告げられて僕は地面に崩れ落ちた。
僕の秘密がバレたのはそんな理由? 山ちゃんがあんな事さえしなければ僕は細々と女装を楽しんでいられたのに……。
「ま、まぁ夕貴。山田君とやらがどんな存在か私は知らないが……私は藍君の言う事は正しいと思うぞ。クラスの皆だって説明すれば理解してくれるさ」
「ガチホモ!? 汚らわしい度百パーセントね! 男と男が絡み合うとか信じられない! でもその男には同情するわ、夕貴君って本当に他人の好意に鈍感だから」
茜さんの言葉に藍と花音さんがうんうんと頷く。僕ってそんなに人の気持ちが分からない人間だったのだろうか。
「でも、他人のために必死になれるその性格が、私は大好きだ!」
「花音ちゃん抜け駆け!? わ、私だっておにぃのこと大好きだもん! おにぃは私がいなかったらここまで可愛くなれなかったし、これからも私が傍にいてあげないと!」
「な、なんなのあんた達気持ち悪い。……ま、まぁ私の夕貴君が女の子だったら好みのタイプである事は認めるけど……」
ショックを受けていたらなぜか次の瞬間には絶賛されていた。
藍は兄として、花音さんは友達として、茜さんはもしも同性だったらとして、それぞれが僕を認めてくれている。僕を励ますために言葉をくれる。
クラスにだってもしかしたら僕の事を知った上で友達になってくれる人がいるかも知れない。
そう思えば、藍の提案を真剣に考えてみる必要もあるのかもしれない。
「ありがとう三人とも! 僕がんばってみるよ!」
「……やっぱり鈍感だね」
茜さんが言い、他の二人が頷く。
「え? なんで?」
皆が言いたい事は「クラスで嫌われないようにがんばれ」ってことじゃないの?
「何でもないさ! 君はそのままでいい」
「うん、私の今のままのおにぃが好き!」
「私としてはさっさと下半身にある余計な物を切り落としたいものだけど……今はまぁいっか」
「え? えぇ? 何か納得いかないんだけど……」
「気にするなと言っただろう! それよりも今は高感度アップの方法を考えよう」
三人は既に僕の疑問なんてどうでもいいみたいだ。
「やっぱり最初に女の子だって嘘をついたのがいけないよね」
「うん……ちゃんとおにぃの事を知ってもらわないと」
「それで嫌われるのなら夕貴も本望だろう!」
いや、嫌われて本望とは思えないけどね。
「自分の事を知ってもらうか……だったら、あれしか無いんじゃない? 最初にやった」
「自己紹介か、茜君にしてはいい意見だ」
「うるさいこの男女!」
「……君が私に冷たかった理由が少し分かった気がするよ!」
「二人ともケンカしないの! 自己紹介は私も賛成だよ!」
「うむ。私も賛成だ」
「じゃあ後は内容だね」
僕を交えずに三人の会話は進んで行く。
僕はその事に感動していた。だって、他ならぬ僕のために考えてくれているんだ。もう作れないと思っていた関係が目の前にある。
それだけで僕は幸せだ。
「おい夕貴、君の事を考えているんだから話に入れ! ……私の横が空いているぞ」
「うん、ごめん花音さん」
「花音ちゃんずるい、策士」
「男女も恋には勝てないのね」
「う、うるさい! 話を進めるぞ!」
焦った様子の花音さんを見て二人は笑って僕にはやっぱり分からなかった。
そのまま時間は進んで話し合いは結論が出て終了になった。明日、出た結論を実行することが僕は義務付けられた。
その後は何も考える事も無くただパーティーを楽しんだ。しばらくして再び柏木さんのやる気の無い合図でお開きになる。
いつの間にか太陽は落ちていて真っ暗だ。空には月が浮かんでいる。花音さんに秘密を打ち明ける事を決意した時にも見た様に丸い月。心配する事なんて無かったのだと僕を優しい光で照らしてくれている。
こうして僕達は何も隠す事の無い友達になった。
人のために優しい嘘は言っていい。でも、自分のための嘘はできるだけ言わない方がいいね。
――翌日。
ホームルームの前、まだ先生は来ていないけど教室には全員が揃っている。
ざわつく教室、飛び交う笑い声、変わらない僕への態度。
僕はそんな中教壇に立っていた。
「ちょっと皆聞いてくれ!」
花音さんが大きな声で皆の注目を集めてくれる。
僕は花音さんと目を会わせて頷きあう。目の端には机に座りながらこっちを見ている茜さんの姿が映った。
謝る事は後ででもできる。今僕がすべき事は、自分の嘘を消す事だ。
僕は深呼吸をして大きく息を吸った。
目の前にあった選択肢は今は一つだけ。
正直に全てを話す事。
僕は一度間違えてしまったけど、間違えなければ出会いは無かったかも知れない。
「僕は高城夕貴。可愛い物が好きで女装をしています。みんな仲良くしてください」
完結です。
ここまで読んでくれた方、ありがとうございました。
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それでは、次回作で。




