バケツ
――翌日、学校。
「おはよう」
教室の中が一瞬静かになり、次の一瞬には何も無かったかのように雑談が始まる。
教室に入って挨拶してみたけど誰も返事をくれない。分かってはいたけど、どうしても心が痛む。
「おはよう!」
そんな中僕の挨拶に答えてくれたのは茜さんだ。
「茜さん、ありがとう」
「ううん、いいの。皆も戸惑っているだけで、全員が夕貴ちゃんの事を嫌っている訳じゃないと思うから! がんばろう!」
多分、好かれてはいないだろうなと思いながらも茜さんの言葉に救われる。
僕は四面楚歌な訳じゃない。
ふんむ、と気合いを入れるように両手を胸の所で握った茜さんはまさに僕と一緒に戦ってくれる戦友だ。
「うん。がんばるよ」
まず一番に誤解を解きたい人は花音さんだ。
いや、正確に言えば誤解では無いんだけど……自分の口で伝えたい。
「花音さん、ちょっといいかな?」
机に一人で座っている花音さんは冗談でも上機嫌とは言えない表情だ。
「ゆ、夕貴……済まないがまだ頭の中が整理できなくてな。君が悪意を持っていない事も分かっている。私を騙した事を詫びようとしている事も分かっている。しかし、柏木からの伝言を聞いて……少しパニックだ」
「花音さん?」
「いや、だからなぁ……君が男で私のお見合いを止めて、ずっと待っていると言ったってことは……」
花音さんはブツブツと呟いて何かを頭を抱えていた。もしかして不機嫌って訳じゃないのかな?
とりあえず伝言では詳しく言えなかったから、今言える事を言ってしまおう。
「花音さん、あの特訓で使った教室で待ってるから」
「な、な? それは私に答えを出せと言う事か?」
答えって、友達に戻ってくれるかどうかって事だよね。やっぱり花音さんはまだ僕を許してくれるか決めていないんだ。今の僕が言えるのはこれだけだ。
「うん。答えが出るまでずっと待ってるから。何日でもずっと」
「そう真っ直ぐに私を見るな」
花音さんは僕の目を見て話してくれなかった。この間まではいつも目をじーっと見て話してくれていたのに。
「じゃあ、またね」
「……うむ」
僕との会話が終わると花音さんは机に突っ伏してしまった。エネルギーを使わせてしまって申し訳ないです。
その後は普通に授業が始まっていつも通りの一日が進み始めた。
心配していた先生にバレることも今の所は大丈夫みたいで、呼びだされてはしていない。母さんが早めに手をまわしてくれたのかな? なんにせよ僕はまだ学校にいる事を許されている。
「ねぇ夕貴ちゃん。一緒にご飯食べない?」
昼休みになると茜さんが弁当箱を抱えて僕の席まで小走りで来てくれた。
「もちろん。でも教室で一緒に食べてると茜さんまで悪く見られちゃうから、裏庭のベンチの所で落ち合おう」
「気にしないでいいのに」
僕と茜さんは少し時間をずらして裏庭に集まった。二人でベンチに座って弁当を開く。
「おぉ……」
弁当の中には海苔で『がんがれ』と書いてあった。多分母さんからの応援のメッセージなんだろうけど……間違えたはずなのに奇跡的に意味が通じてしまった。
夜中まで仕事をして毎日寝ぼけながら弁当を作ってくれてる母さんに文句は言えない。母さん僕ガンガルよ。
「うわぁ~! すごいね。家族も味方って感じ? でもちょっと間違っちゃってるね」
茜さんは嫌みの無い笑顔だ。多分ガンガレでもある種間違いでは無い事を彼女は知らない。
「夕貴君、学校では一人ぼっちだねぇ」
「う、うん。茜さんがいなかったら本当に一人ぼっちだね」
「ごめんね? 悪い意味じゃ無くて、私は傍にいるから忘れないでねー! って意味なんだけど……午前中だけを見てても友達って冷たいなぁって思って。私も中学までは友達が多かった訳じゃないから、ちょっと不安になっちゃいました」
「やっぱり茜さんは教室に帰った方が良いよ。僕の傍にいたら良く無い」
「違うの! ごめんね。そうじゃないの。私も同じ目に会うのが怖いんじゃなくて……なんか友達も薄っぺらさに気付いちゃったっていうか、朝は私も皆を信じようと思ってたんだけど……」
「うん、そうだね。何で壊れちゃうかなんて誰にも分からないよ」
「ねぇ夕貴ちゃん、良かったら放課後また話さない? 昨日みたいに遊びに行ってもいいし」
「あ、え~と、ごめん。待ちあわせがあるんだ。それが終わるまでは一緒にはいられないや」
茜さんには悪いけど、花音さんとの事は一対一で決着を着けたい。
「……それは竜宮寺さんとの約束?」
「うん。来てくれるかは分からないんだけどね……」
「ふ~ん、そっか」
会話はそこで止まって僕達は箸を進める。
ここでこうしていると初めて花音さんとここでした会話を思い出して僕は一人で笑ってしまっていた。早くあの日みたいに花音さんと話したいな。
そんな事を考えていた瞬間に僕は水浸しになっていた。
「え?」
何が起きたのかが分からない。ただ手の中にある弁当の文字が跡形も無い。制服は濡れて体に張り付いて気持ち悪い。
「上!」
茜さんが振り向いて上を指さした。見ると一瞬だけバケツが引っ込むのが見えた。
あぁ、やっと分かった。
バケツで水を掛けられたのか。
「……夕貴ちゃん、大丈夫?」
「ちょっと大丈夫じゃないかな」
嫌われる可能性だって、いじめられる可能性だって考えなかった訳じゃない。
でも実際に起きて初めてその辛さが分かった。
「体操着持って来るからそれに着替えよう」
茜さんはそう言って教室の方に走って行った。
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