鈍感
「お待ちしておりました、夕貴様」
家に帰ると玄関の前に柏木さんが立っていた。
「柏木さん、どうしてここに?」
「お嬢様から聞いて来ました。夕貴様からでは無く、他の事でお嬢様は夕貴様の秘密を知ってしまったのですね?」
「はい。ん……ということは、柏木さんが花音さんに教えた訳じゃないんですか?」
「もちろんです。私はお嬢様に何も言っていません。昨日の様子ならいつか夕貴様自身がお嬢様にお伝えすると思っていましたが……まさかこんな事になるなんて」
柏木さんが申し訳無さそうな顔をするけど、僕は安心していた。
「そっか、花音さんが皆にバラした訳じゃ無かったんだ」
「もちろんです。むしろお嬢様は夕貴様と仲直りをするつもりだったのです。あの後桜庭様が改めてお見合いをしたいと仰ってくださったので、お嬢様ももう怒っていません。「夕貴は私の事を考えてくれたのに私は頭ごなしに怒ってしまった」と後悔もしてらっしゃいました」
「そっか、そうだったんだ……よかった。でもそれじゃあ誰が黒板に書いたんだろう」
「夕貴様、その事なのですが実は私昨日夕貴様をして帰る時に、あの壁の裏に女子高生が隠れるようにして立っていたのを見たのです。制服は夕貴様の物と同じものを着ていました」
柏木さんが帰った時僕は何か物音を聞いていた。確かちょうど藍と話していた直後だ。そして隠れていた僕と同じ学校の生徒……。これだけじゃ隠れていたのは誰なのか見当もつかない。
「……顔は見ましたか?」
「いえ、暗くて良く見えませんでした。お役に立てなくて申し訳無いです」
深々と頭を下げる柏木さんだけど、僕は逆に感謝したいくらいだ。
「そんな事無いです。花音さんの事を疑わないで良くなっただけで、僕は泣きたいくらい嬉しいです。今日の花音さんの態度を見ていたらもう友達に戻れないかもって思ってましたから」
「そんな事は無いですよ。ただ、夕貴様のその……ご趣味の事で少々ショックを受けたようでして」
……趣味、ですか。確かに否定はできないけどそう言われると何かちょっとなぁ。
「大丈夫です、悪いのは僕ですから。柏木さん、一つだけ伝言を頼んでもいいですか?」
「えぇ、何なりと。四百文字詰めの原稿用紙百枚分までなら暗記可能です」
「えっとそれは冗談……ですよね?」
「? いえ、冗談ではありません。少なすぎましたか?」
「どっちかと言われれば多すぎて驚いたんですけど」
「ふふ、そうでしょう。記憶力だけはご主人様にも褒められています!」
少しだけ鼻を伸ばした柏木さんは初めて人間らしくて可愛いと思った。記憶力以外にも凄い所は沢山あると思うけど、真っ直ぐに褒められるのが記憶力くらいなんだろう。
「それじゃあ、いつまでも待ってる、とだけ伝えてください」
「……夕貴様はお嬢様の事が大好き、と言う事でよろしいですか?」
「はい、大好きな友達です」
そう、花音さんは高校で出来た初めての親友。このまま仲直りができないなんて僕は嫌だ。花音さんに時間が必要だとするならいつまでも待とう。
「夕貴様、その調子では何年かして桜庭様を恨むことになりそうですね」
「え? 何でですか?」
「何でも無いです。でもとりあえず伝言に「愛してるぜベイベー、俺には君が必要なんだ」とだけ付け加えておきましょう」
「僕の真摯な言葉が台無しに!? 何でそんないらない事付けるんですか!」
「なにぶん、記憶の容量が余っていたもので」
「余計な事は良いですから、僕が言った事だけ伝えてくださいね」
「……承知しました」
「なんか凄く不満そうな表情ですね?」
「ええ、草食系男子なんて滅びろと思っていました」
「なぜ今そんな事を思っていたのかは聞かないですけど、花音さんによろしく伝えてください」
「かしこまりました。それでは私はこれで失礼します。突然押し掛けてしまって申し訳ありませんでした」
柏木さんは一礼をして車に乗り込むとすぐに帰ってしまった。
何と言うか、最後の方は何とか取り繕っていたけど少しだけ見え隠れした柏木さんの素顔に僕は興味深々だ。なんて言ったって気付れないうちに人の体に紐を巻きつけられる人だからなぁ……。
柏木さんの過去を記す本があったらぜひ読んでみたいものだ。
思いを馳せながら柏木さんの帰った方向に目をやると、昨日と同じ丸い月が目に入った。何だか、昨日も今日も物凄く長く感じる一日だ。
でもやっと休むことができる。玄関をドアを開ける。
「おっかえりぃ~! おにぃ、花音ちゃんとはどうなったの!? それと今夜は私と一緒に寝るんだからね!!」
目を爛々と輝かせた我が妹が待ちかまえていた。うん、休むのはもう少し後になりそうだ。
まだ完結ではないですが評価、お気に入りをお願いします(´;ω;`)
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