嘘
クローゼットの開いた音に反応した二人が僕の方を見て凝視している。突然すぎる登場に呆気に取られているみたいだ。
「ゆ、夕貴!? 何をしているんだそんな所で!」
真っ先に言葉を発したのは花音さんだ。驚きのためか口調がいつもの物に戻っている。
「いや、これはその……あの……」
「言っちゃえ! おにぃ!」
クローゼットの中から声援が聞こえるけど、何も言葉が出てこない。
「か、花音さんが言っていたお友達……かな? 心配になって隠れて見ていたとか?」
修一さんがこの異常事態の中出した答えは見事正解だった。ある意味一番冷静でいられるのは状況的に彼なのかもしれない。
「えぇ、友達の夕貴さんです。夕貴さん、心配してくれたのは嬉しいけど、今はすぐに出て行ってもらえる?」
言葉遣いをすぐに修正した花音さんが部屋のドアの方を指さす。
「ご、ごめんなさい。本当に失礼しました」
僕はドアに向かって足を進めるけど、一歩一歩が凄い長い道に感じられた。花音さんの怒りが空気を通して伝わってくるようだ。しかしそれでも震える足でドアまで辿り着き、ドアノブに手をかけた。
――これでいいのかな? このまま外に出て本当にいいのかな? 頭の中にそんな疑問が巻き起こる。
今、花音さんを助けられるのは僕だけなんじゃないか?
そう思うと、ドアノブを回せなかった。
「おねぇ、待ちなよ! ここで言わなきゃ後悔するんじゃないの? 落ち込んだおねぇ何て、もう見たく無いよ……」
いつの間にか藍もクローゼットを出て僕のすぐ後ろにいた。
そうだ、僕はもう失敗しているじゃないか。中学で女装がバレた時、僕が何も言わなかったから状況は変わらなかった。違う高校に逃げるしか選択肢が無くなってしまったんだ。
「ちゃんと花音ちゃんに言いたいこと言ってから出てきて! 私は聞きたくないから先に出てる!」
ドアノブから僕を手を払って先に部屋を出る藍。さっきも僕が花音さんのことを好きだとか言ってたから、多分僕が言おうとしてることは分かって無い。
でも、その勘違いが僕の背中を押してくれた。
大きく深呼吸を一つ。足の震えはもう止まっている。
「花音さん、ごめんね。でも言わなくちゃ駄目なんだと思う。この目の前にいる人は君が結婚するかも知れない人なんだから、正々堂々と好きになってもらわなきゃいけないんだ。嘘で好きになってもらっても後で苦しむのは君なんだから」
「な、何を言っているんだ夕貴? 私は嘘なんて……」
「本当の花音さんはさっきまでの話し方じゃありません!」
僕は修一さんに言う。
「やめろ、夕貴」
花音さんの震えた声が、彼女がどれだけ怒っているかを物語っていた。これから僕が何をするか分かっているのだろう。やっと友達になれたのにこれでもうぶち壊しだ。
でも、それでも良いんだ。苦しんでいる花音さんの横で何もできずに指を咥えて見ているのよりも、少しでもいい、僕が彼女のために今出来ることをするんだ。
「本当の花音さんは、お父さんみたいに豪放磊落で……いつも断定命令口調で、会ってすぐに人の事呼び捨てにして。趣味だってスクワットだし、飼っている犬だって只の番犬だし、そもそもこんなに可愛くない。でも……家族のために自分を殺して、お見合いのために相手の好みに合わせて、友達に遠慮の無い愛を配ってくれて、引っ張って行ってくれる……そんな優しくて格好良い人なんです。こんな表面だけ繕った花音さんを見て気に入っても勿体ないです! ……本当の花音さんを、好きになってあげてください」
「……」
言ってしまった。
後先考えもせずに自分の言いたいことを、子供の様に並びたててしまった。修一さんは一言も言葉を出さない。僕が言ったことをまだ咀嚼できていないようだ。深く考え込んでいる。
「言いたい事はそれだけか? だったらさっさと出て行け!」
俯いたままドアの方を指さす花音さん。妙に静かなその声が、余計に迫力を持っていた。
「でも、花音さん! 嘘をついたままじゃ――」
「出て行けと言っているんだ。今はもう何も聞きたく無い……」
床に花音さんの涙が落ちた。
それ以上僕は何も言えなくなって、黙って外に出るしか無かった。
まだ完結ではないですが評価、お気に入りをお願いします(´;ω;`)
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