本音と建前
「柏木は下がってよい」
「はい、失礼いたします」
柏木さんが部屋を出て、中にいるのは僕と源次さんだけだ。オレンジの間接照明が点いているだけで他に灯は無く薄暗い。
「座りなさい」
源次さんに言われ、部屋の中央にあるソファに腰掛ける。見渡すと部屋の奥には大きな本棚、窓はシックなカーテンに覆われ、そして家族の写真が飾られた写真立て……こう言ってはなんだけど、家の大きさには合わない質素な部屋だ。広いけど、どこか寂しい感じがする。
「あの、話って……」
「あぁ、花音についてのことなのだ。あの子は学校を楽しんでいるか?」
「え、えぇ……楽しんでると思いますけど。この前もクラスメイトとカラオケに行ったりしましたし」
「ふむ、そうか、カラオケか……夕貴君、君は普通の高校一年生だ」
「は、はい」
普通かどうかはとても疑問ですが。
「君は今結婚を考えてはいるかね?」
「いいえ、考えていません。というか恋人がいないです」
「おぉ、そうなのか。クラスメイトは何をしてるのやら、もったいない。いや、そうではないのだ。大切なのは、普通の高校生は入学したばかりで結婚を考えているはずが無いということだ」
窓の傍に立っていた源次さんは僕の向かいのソファに座る。手を祈るように組み、表情は沈んでいる。
「だが、花音は考えなければいけない……いや、受け入れなければいけないのだ。しかし私にはどうすることもできない。今回の話を断っては、この家も、家族も守れなくなってしまう」
「は、はぁ……」
どうしていきなりこんな話を僕にするんだろう。家の話とか、他人にする話じゃないと思うけど。
「そこで君に頼みたいことがあるんだ」
あ、何を言われるか分かったよ。これあれだ「お見合いを潰して欲しい」とか頼まれちゃう奴だ。いやぁ、ドラマとかでよくある展開だけど、まさか自分が頼まれることになるなんて思いもしなかった。
「花音の友達でいてやって欲しい。この先もずっと」
「……は?」
予想してたのと違う言葉に気が抜けてしまう。
「明日の見合いが終わったら早々に結婚の話が進むだろう。そうなれば花音はきっと将来が見えなくなってしまう」
「将来……ですか」
僕は源次さんの言っている意味がよく分からなかった。
結婚が大きな転機であることは分かるけど、なぜそれで竜宮寺さんに将来が見えなくなってしまうのか。
「あの子は結論を出したがる子だ、自分の人生は家を安泰にするだけの物だと割り切ってしまうかも知れない。……そんな時に傍にいてあげられるのは君の様な友達だけなんだ。私にはもうその資格も無い。……娘を守ることすらできない親には資格が無いんだ」
源次さんは深々と頭を下げていた。
ここにいる僕にでは無く、竜宮寺さんに謝っているように僕は感じた。
「……分かりました。竜宮寺さんは僕にとって大切な友達ですから」
僕はそう言うしかなかった。
源次さんの想いを考えれば、断ることなんてできなかった。
『友達でいる』
そんなある意味当然であることをわざわざ僕に言う。今日初めて会った僕に。
愛する娘を嫁に出すだけでも父親だったら当然嫌だと思う。
それを反対することもできない立場にいて、しかも娘には嫁に行ってくれとしか言えない何て……八方塞がりもいい所だ。
そんな中で僕は頼まれた。
「ありがとう、ありがとうなぁ」
源次さんは僕の手を取って声を震わせた。
会った時は竜宮寺さんの様に明るくて豪快だと思った人が、体を震わせていた。
源次さんを見て思う、世の中って言うのは思った以上に複雑で、ドラマみたいな事は起きないのかも知れないなぁ。
僕は特訓中に見ていた竜宮寺さんの笑顔を思い出していた。あの時彼女はどんな気持ちで笑っていたのだろう。
彼女の決意の強さが初めて分かった気がする。
優しく光る間接照明が、まるで夕日の様に源次さんを優しく照らしていた。
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