竜宮寺さん初登場
「静かにしてくれっ!」
凛とした声が響き、教室の中は時間が止まったかの様な無音。
クラスメイト達は振り返り、声の主に注目した。
注目を集める彼女は不機嫌な表情で教室を見渡している。
一文字に結ばれたその唇は潤しく、大きく見開かれた黒色の瞳はこれでもかと意思を飛ばして、腰までさらりと伸びた深海を思わせるダークブルーの髪が一本一本意思を持っているかのように見えた。
こんな状況でも彼女は傲岸不遜とでも言い表わそうか、とにかく多くの視線をものともしない佇まいだ。
「あぁ、やってしまった」
彼女は一人ごとを言うように呟くと、額に手を当てた。しかしすぐに気を取り直した様子で先生の方を向き直る。
「すみませんでした、続きを進めてください」
彼女は先生にそう言って席に着く。
先生は「あ、あぁ」と生返事をし、周りの皆は圧倒され彼女に従って腰を下ろすしかなかった。
その後も自己紹介は続いたけど、僕の記憶に残ったのは彼女、竜宮寺 花音さんのものだけだった。
「竜宮寺さん!」
休み時間、どうしても彼女が気になった僕は勇気を振り絞って声をかけてみた。
「なんだ?」
彼女は振り向かずに返事をする。
「さっきはありがとう……助かったよ」
僕が頭を下げると僕の方を向き直る気配を感じる。彼女が僕のために行動してくれたかは分からないけど、結果として僕は彼女に助けられた。
「いや、考え事をしていたのに周りがうるさかったから、それだ――」
声に反応して下げた頭を上げると初めて目が合った。竜宮寺さんが僕を見て驚いたような表情をする。
口がポッカリ開いてますよ?
「――可愛いな、君は」
彼女はそう言うと開いた口を閉じ、僕のことを舐めまわすようにつま先から頭の上まで物色する。口説き文句としては率直過ぎると思うのだけど、僕は直球が嫌いじゃ無い。あ、でもそうじゃないんだ。今の僕は女の子、彼女に口説かれるはずもない。
彼女はしばらく僕を鑑賞した後、何かを考えるようにして顎に手を置いた。
女装がバレてしまうかも知れないと思うと僕の胸中は穏やかじゃない。彼女が何を考えてるかは分からないけど、今はこの場を離れる事が重要に思えた。
「可愛くないよ! ご、ごめんね、話し掛けちゃって」
竜宮寺さんの視線を振り切って、そそくさと自分の席に戻る。
席に戻ると何人かの男子が僕の周りに群がってきた。まるでハイエナが獲物を見つけたみたいだ。僕のことを食べようとか考えてるのならお生憎様。僕は男に興味は無いんだ。
まぁ、女の子相手にも恋愛感情を持ったことが無いけどさ。
「いやー、竜宮寺さんだっけ? 怖いよねー」
「顔が良くっても性格があれじゃーな」
「それに比べて高城たんはきゃわわで最高でゲス!」
必死に僕の機嫌を伺うその様子は、食品サンプルを見て舌舐めずりをする様なものだ。
……男って本当にバカだよなぁ。
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