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村へ

どうりで途中から重さが増したわけだ、と心の中で呟く。てっきり自分が疲れているだけかと思っていたが、それは違うらしい。よく、寝た子供は重いというのを村の女性たちから聞いていたが、まさかそれを自分が経験するとは思ってもみなかった。


「……どうするよ、これ」


誰に言うともなく呟く。この垂直に切り立った崖を登らねばならない。王女様にしっかりとつかまっていてくださいと言おうとしていたところだったのだが、彼女はぐっすりと眠りこけてしまっている。起こそうかとも思ったが、起こしてさらに怒られる気がしたので、それは憚られた。とはいえ、いつまでもここで立ち尽くしているわけにもいかない。体力があるうちにこの崖を登りきりたい。


ふと、周囲を見廻すと、木に絡まった蔦があった。それを剥ぎ取って、王女様と自分の体に巻き付ける。ついでに、木になっていた果実ももぎ取ってかぶりつく。


「……ッしゃ」


気合を入れて崖を登りだす。このくらいの高さであればスイスイと登れていたのだが、後ろに重い王女様を背負っているためか、なかなか上がっていかない。後ろに注意しながら、なおかつ落ちないように足元にも気をつけながら、一歩一歩確実に登っていく。


初めてこの崖を登ったことを思い出していた。まだ小さかったころだ。兄はいつもこの崖を登って家路についていた。だが、その頃のイリノは、ここを登ることはできなかった。少し登っては落ちたり、ずり落ちたりしていた。


そのときは夕闇が迫っていた。いつもの道を通って帰ると、確実に日が暮れてしまう。夜になって森に入ってはいけないと厳しく言われていたし、それが村の掟のようなものにもなっていた。うかつに帰りが遅れたり、軽い気持ちで森に入ったりした者が、その後二度と帰らなかったというのは、実際にイリノの周りでも起きていたことだった。


そのとき彼は意を決してこの崖を登ろうとした。そして、注意深く、一歩一歩、必死になって登った。


ふと下を見ると、そこは漆黒の闇だった。なにか、不気味なものが手を伸ばして自分を闇の中に引きずり込もうとしているように思えた。それからは下を見ず、ただ、頂上だけを見据えて、一心不乱に崖を登ったのだった。


いま彼は、そのことを思い出しながら、そのときと同じルートで崖を登っているのに気がついた。実はこのルートが一番険しいが、一番岩盤が固いところだった。無意識のうちにこのルートを選択した自分自身に、思わず苦笑いを浮かべた。


息が上がってきた。体力はなくなりつつある。だが、あともう少しだ。彼は腕と足に力を込めて上がっていく。そしてついに、頂上に辿り着いた。


まるで、匍匐前進をするように腹ばいになって地面を進む。はあはあと自分の激しい息遣いが聞こえるだけで、その他は何の音も聞こえなかった。


「……何を、しているのじゃ」


ふと、背中の王女様が目を覚ました。どうやらイリノの激しい息遣いで気がついてしまったようだ。


「何だ? 寝て、おるのか? どうしてこんなことになっておるのだ? それに……この体に付いているものは、何だ?」


王女が起き上がろうとする。イリノは必死になって声を絞り出した。


「動かないで……。お願いだから……落ちる……」


「落ちる?」


王女の動きが止まった。上半身だけをもたげた変な格好になっている。王女の意気も荒くなってきている。落ちるという言葉に現状が把握できず、混乱しているらしい。周囲は闇に包まれようとしていた。


「せ……説明せよ」


不思議と、二人の呼吸の速さが一緒になっていた。面白いこともあるものだと呑気に考えていたそのとき、王女の鉄拳が彼の頭に振り下ろされた。


「イデッ」


「説明せよと申すに!」


「……わかりました。わかりましたから、殴らないで下さい。崖を……崖を登ったのです。恐らく、すぐ後ろが崖になります。あまり動かれますと、落ちてしまう可能性が、あります。下手をすると、俺も一緒に、落ちます」


「崖を……上った? どうやって?」


「あなたを背負って」


「この態勢で上ったと申すのか!」


「……はい」


「……さぞ、重かったことであったろうに」


「重かったです。……痛い!」


再びイリノの頭にゲンコツが振り下ろされていた。


「……とりあえず、この状態を、何とかせい」


「……はい」


イリノは匍匐前進で数歩進むと、ようやく王女様から体を話した。イリノが立ち上がると、王女も警戒しながらゆっくりと立ち上がる。イリノの姿が見えづらいのだろう。手を伸ばして彼を探している。


「ここです」


そう言って王女の手を掴む。小さな手だった。そして、冷たい手だった。まさか、こんな小さな手で剣を振るっているとは、信じられなかった。だが、その掌はゴツゴツとあちこちにマメのようなものができていて固かった。


イリノの位置を把握した彼女は手をほどくと彼の袖を掴んだ。


「して……そなたの村までは、あとどれ程あるのだ。もう、日が暮れているではないか」


「村は……ここです」


「はあ?」


王女は頓狂な声を上げた。

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