第六十五話 襲撃
「うーむどうしたものかな」
クラス対抗戦がスタートしてからというもの、斎藤は一人悩みながら歩いていた。事前に探索に関係する能力の発現もなくAPの関係でそれを補助するアルマを買うこともできなかった。
そんな状態でこの広いフィールドに放り出されたこともあって、斎藤は警戒しながら地道に歩いて散策しかすることがなく、こうしてぼやいていたといわけだ。
ただ、斎藤の方から索敵ができないとはいえ、それが戦闘にならないというわけではない。
「見つけた!」
「ぐぁっ!?」
斎藤が木々を突っ切る音を聞き、その方を向いたのとほぼ同時に塊のように身をかがめた存在が突っ込んできた。何とか防御はしたが、その威力に斎藤は大きく体勢を崩し後ろ向きに倒れながら片腕を着いてしまう。襲撃者はさらに斎藤に覆いかぶさるように追撃しにかかる。
(不味っ……このままじゃっ!)
最初の体当たりの時点で、相手の持つ力の強大さに気が付いた斎藤はこのまま馬乗りになって追撃を受けてしまうと、そのままやられかねないと直感し右手に力を込める。握った右拳に眩い光が集まり、斎藤は襲撃者の脇腹をそのまま殴りつける。
そのパンチはヒットすると同時に爆発を起こし、馬乗りになった襲撃者と斎藤を吹き飛ばし無理やりに距離を開ける。斎藤自身ももダメージを追うが、このまま一方的にやられてしまうよりはいいという判断である。
「がはっ…………誰だお前は !?」
口に入った砂を吐き出しながら斎藤は襲撃者の正体を暴こうと言葉を投げる。
「それなら答えてやろう! 俺の名は木崎大狼、今はBクラスだが必ずやAクラスに入る男だ!」
腕を腰に当てて叫ぶ男、斎藤の拳が直撃したはずだが咄嗟に出したのもあって致命傷にはなっていないようだ。
「こっちも名乗ったんだ、お前も名乗れ!」
「Fクラス、斎藤謙二だが狙うは優勝だ!」
大声で叫ぶ木崎に対抗し、自分を鼓舞するように斎藤も叫ぶ。少し前ならFクラスで優勝など夢物語もいいところで、思っていても声に出すことはなかっただろうが今は違う。大声と共にテンションが上がった二人は、戦闘用に同調率を引き上げ激突する。
「おりゃあ!!」
アルマの性能に加え、上位クラスに入れるだけの同調率もあり身体能力では木崎の方が高い。拳一つとっても防御した腕がしびれるような威力があり、その速度もまともに追えるものではない。
「それっ!」
「! チッ、合わさっちまったか」
だが、斎藤は木崎の拳を足さばきで躱すとカウンター気味に拳を木崎に直撃させる。アルマの差があれど、攻撃の途中という防御意識が薄れがちな瞬間に拳が当たればダメージは軽くない。木崎は偶然出した拳が、自分の攻撃途中に合わさってしまったのだと考えてさらに手数を増やしにかかる。
「お前、何をした!? 俺の攻撃が当たらんぞ!」
「分かりやすすぎるんだよ、お前の攻撃はな」
ただ、それでも木崎の攻撃がクリーンヒットすることはなく、それどころかぎりぎりで避けられると同時にカウンターを貰う場面が増えた。身体能力に限れば、木崎が斎藤を圧倒しているというのに攻撃が当たらない。
(光一との特訓が役に立ったみたいだな)
斎藤からすれば自分よりも速く、それでいて一度でもまともに攻撃を貰えば致命傷になるような相手とずっと特訓を続けてきた。パワーやスピードなどの分かりやすい部分で負けていても、諦めてしまうのではなく相手の一挙手一投足を観察し、最善を勝ち取っていく。そのようなことをあの日、光一と特訓をすることを決めたあの日から続けていたからこそ、木崎の猛攻を捌きながら戦えているのだ。
「認めてやるよ、Fクラスだといって今までお前のこと舐めてた。全力出さなくても、温存したまま勝てるってな」
「何を言って……」
唐突に木崎が猛攻を辞め、距離を取って膝をつく。唐突な行動に斎藤は面を喰らうが、それでも何かをしでかそうとしているのは感じ取り気弾砲弾を放つ。が、
「野生の咆哮!!」
「っ!?」
叫び声とともに全身に毛が生え、狼の獣人のようになった木崎は一気に地を駆け斎藤に迫る。その速度は先ほどよりも格段に速く、ぎりぎりで防御した斎藤の腕に伝わる威力も上がっている。さらに向かい風になっているのは、
(こいつ……急に戦闘スタイルが変わりやがった)
「ほらほらどうしたぁっ! さっきまでの余裕はどこ行ったんだぁ!」
木崎の戦闘スタイルの変化である。動きそのものが洗練されたというわけではないが、時折まざる四足歩行から繰り出される獣のような動きが、合理的であった光一や笹山のものとは違く、対応に苦戦を強いられているのである。
「おりゃ!!」
「そんなの当たるかよ!」
この日一番の気力を込めた気弾砲弾も、五感と身体能力が強化された上に四足歩行という不規則な動きで避けられてしまう。カウンターを狙った拳をすかした木崎は、さらに重い一撃を叩き込み斎藤を近場の木にまで吹き飛ばす。
「ぐはっ!?」
背中を木に強打し、ダメージからしゃがみ込んでしまう斎藤。
「強かったぜ、お前」
すぐにでも立ち上がろうとする斎藤に、ナイフのように鋭く伸びた爪を突き付けながら木崎は告げる。この距離、この体勢であれば斎藤が何か動きを見せた瞬間に止めを刺すことができる。一度寸止めをしたのは、最初はFクラスなど能力を使わずとも勝てると考えて舐めていたことの謝罪と、強さを認めるという感情が混ざり最後に一言残したくなっただけにすぎない。
だが、次の瞬間には爪を突き刺さされ、止めを刺されるというのに斎藤の目に諦めの色はない。
(こいつ、まだ目が死んでねぇ! だが、何かしていてるなら俺が気が付くはず…………!?)
「!?」
木崎が斎藤を警戒し、早く勝負を決めてしまおうと動き出そうとした瞬間。野生の咆哮により強化された感覚がこの日一番の殺気をキャッチすると、木崎はほぼ無意識に横に飛んだそこを後ろから高密度の気弾が通り過ぎた。
木崎がいたのは斎藤の正面、その後ろから木崎を狙うように気弾が飛来したとなれば、
「ぐあああっ!!!!」
当然、その気弾はダメージでしゃがみ込んでいた斎藤に直撃する。
(あ、危なかったぜ。あの密度、あいつこの戦いで出した気弾を全部まとめてやがったのか)
斎藤の持つ能力、気弾砲弾は気を弾として発射するというシンプルなものであった。だが、それは代表決定戦までのこと。あの時は発動すら不安定であったものの、今では発射した気弾を操るということも可能になっていた。
斎藤の目が死んでいなかったのは、今まで外していた気弾を操り相手が完全に油断した瞬間に当てるという作戦を立てていたからである。
「俺ぐらい勘が冴えてるやつじゃなければ当たっていただろうな」
特大の気弾が直撃し、周りの周りの木々も吹き飛び土が巻き上がり土煙が上がるのを見て、木崎はその場を去ろうとする。
だが、その足はすぐに止まった。
「!? 嘘だろ!」
背中越しに誰かが二本の足で立ち上がるその音を聞いたから。




